38.生徒達の恋愛事情
「ミユちゃんは、ウィルの元カノさん」
フィービーも部屋にいて、珍しく仕事の手を止めたサイーダと三人で昼食をとる。
「ダーリングの? そうなんですね」
早速、授業での彼らのことを訊いたら、意外にもフィービーが答えてくれた。
フィービーはふふっと笑って、サラダを口にする。
彼女の微笑む姿は癒し系。でも情報収集能力はすごい。
いつも食堂で生徒の輪に混じり昼食を共にして、そのさりげなく溶け込む癒しの雰囲気で、情報を仕入れてくる。
それは好奇心からじゃない、必要性からだ。
誰と誰が付き合い、誰と誰の仲が悪くて、生徒たちの力関係はどうか、それを仕入れてくるのだ。それは演習や実習で班を作るときに重要な情報となる。
学生たちは難しい、誰とでも上手くやってくれ、なんて求めてはいけない。指導者が同じ状況下で同じ叱責をしたとしても、学生の構成メンバーによって、全体が指導者に批判的になる時と、前向きに捉えるときと、違いが出てしまう。
明るい性格で気を配れる生徒が、どんな状況下でも班を前向きに導いてくれる時もあれば、何においても批判的な生徒が、班全体の不満を煽ってしまう時もある。
学生の人柄や関係を把握して、演習や実習グループを組むのは大事な作業だ。ひそかにフィービーの情報を求める教員は多い。
それ以上に何より感心するのが、フィービーは自分のことは漏らさずに、情報を得てくること。
リディアだったら、絶対自分のことを話してしまう、探られてしまう。情報を集めているはずなのに、むしろ自分のほうが曝け出してしまう。
今回だって年齢をごまかすことができなかった。
(やっぱり迫力不足かなあ)
フィービーのように、踏み込んではいけない、怒らせたらいけない、という貫禄がリディアにはないのかもしれない。
リディア自身の課題だ。
「ミユちゃんは魔性の女だから、もてるのよ。ウィルくんはふられちゃったの」
フィービーは優しげな口調とは裏腹に、辛辣な内容を暴露する。
(……すごい話題だ)
ウィルの知らないところで聞いてしまって、申し訳ない気持ちになってしまう。
とはいえ、教員の話としては日常的のようだ。
「でも、ミユちゃんは何回も彼を変えているから、女子からの受けがあんまりよくないのよね」
「独特な様子ですね。少し扱いが難しい気がします。リュミナス古語も習得してくれないと。誓願詩も術式の暗記も不十分でした」
「去年一度面談したの。魔法師の資格は取ればいいんだって。それで働くつもりはないってはっきり言われたわ。勉強しなかったら、試験さえも通らないわよって言っておいたの」
「そう、なんですか!?」
「たしか、アパレル関係に1回就職して、その後うちの大学に来たのよね」
ミユは苦労して大学に来たのに、どうして魔法師にならないの?
「魔法師との結婚が目的って言われたわ。あとはもう本人に好きにすればいいのよ」
サイーダが勘弁という様子で、肩をすくめる。
「ええと、魔法師と結婚?」
なぜ?
「国家資格だからね。それなりに給料もいいじゃない、男性も多いし」
……確かに、ミユに女の子の友達ができない理由がわかった気がする。
「ちょっと露出が多めの格好ですよね。彼女の詠唱時の姿勢もおかしいですし」
「ケヴィンくんが、好きなのよね、ああいう格好。童顔で胸が大きい子が好きみたい、前はもっと大人しい服装だったのよ」
「彼のために……?」
ミユなりに、彼のために必死なのだろうか。
「魔法師の資格を持っていることをウリに、アイドルやってるグループ知ってる? ウィッチーズ、っていう三人組。胸元見せて、すごいミニスカート履いてるの。彼女たちの決めポーズが可愛いって、一時期生徒が真似してね。あの姿勢、未だにやる子いるのよね」
「そうなんですね、全然知らなかったです」
「大学祭でコスプレする学生もいるわよ。男子も好きよね、あの格好。本人達は、二十五歳ぐらいじゃなかったかしら。魔法師としては全然活躍してないけど」
魔法師団にいたせいか、リディアは世間の流行りに疎い。
(でも、グラビアモデルの雑誌とかは、休憩室にたくさんあったな)
男性団員ならきっとチェック済だろう。魔法師団のせいではなく、リディアの感心の薄さの問題だろう。
「ミユは、幾つなんですか?」
なんで、あんなにリディアの年齢にこだわっていたのだろう。
「二十三だったかしら? 確か、シルビス国の出身じゃない?」
「ごほっ、こほっ」
リディアは、飲んでいたお茶を咽そうになった。慌てて息を止めて、吐き出さないようにこらえる。
「やだ、リディア平気?」
「んっ……けほ」
「たいへん、大丈夫?」
頷いて必死で大丈夫だと頷く。
(シルビス国って……知らなかった)
まさか同郷人とは思わなかった。彼女があまりシルビス人の特徴がないから、わからなかった。
もしシルビスの人間ならば、確かにミユが結婚第一主義なのはわかる気がする。
かの国の価値観は、『女性の幸せは結婚である』というもの。女性の結婚適齢期は、十六歳。
連盟国の間でも批判されており、時代錯誤も甚だしいが、リディアもシルビアにいた頃は、その価値観がおかしいとは思わなかった。自分も親の選んだ男性と、十五歳くらいで結婚するのだと漠然と思っていた。
そういう国の出身だと、ミユの必死さも優先順位が何かもわかる。
ただ、女性が魔法師になることに反対のシルビスで、どうしてこの年齢で魔法学科に来たのかは、ますますわからない。
「シルビス人なら、リュミナス古語が苦手なのもわかる気がします」
リディアには、理由が思い当たる。
「シルビスの女性は共通語を習わないので。辞書もシルビス語対応のリュミナス古語の辞書がないし、魔法の勉強には、まず共通語の習得から始めなきゃいけないんですよね」
「え、だって共通語って連盟国間では必修言語でしょ? シルビスも加盟国なのに?」
共通語は、世界で一番流通している言語だ。このグレイスランドでも、公用語として使われている。
「女子は共通語を学べないんです。シルビスの女性はシルビスから生涯出ない、だからシルビス語以外を学ぶ必要がない、そういう考え方なんです」
そう言うと二人は絶句した。
シルビスは、ものすごく女性の地位が低い国なのだ。とはいえ、いくら閉鎖的な国風とはいえ、連盟国間での国交がないわけではない。シルビスの女性も、最近はかなり国外に出ていくようになった、リディアのように。
「ていうか、リディア。いつも思っていたけど、あなたシルビス人まんまの容姿よね」
「いいえ、その……。私はあまりそうじゃなくて」
「そう? 小柄で金髪碧眼、肌が真っ白。ああでも、シルビスの女性って確か凄く大人しいのよね、性格はちょっと違うわね」
サイーダは茶化すように笑う。悪意はないのだろう、むしろリディアのシルビス人らしくない性格を評価してくれているところがある。
けれどリディアは、自分がどういう表情を浮かべているのかわからなくなる。ちゃんと微笑んで入るだろうか。不自然な顔をしていないだろうか。
「私は、八歳でグレイスランドの魔法学校に入ってしまったから、シルビスの女性らしくないんだと思います」
「あれよね。シルビス人の女性って、連盟国の中でも実はすごく人気よね。従順で大人しいって。『自立していて自分の意見を主張する女性が好きだ』とかいいながら、結局男の本音はそれかよ、みたいな!」
「そう、ですか」
「あまり国外に出ないから、希少性が高いのかもね。シルビス人の女性は、おしとやかで男を立てる、なんて言われているけどさ」
サイーダは男性関係で、何かあったのだろうか。リディアはなんと返事をしていいのかわからなくなる。
そして気遣わしげにリディアに視線を向けたフィービーが、「ところで」と声の調子を変える。まるで話題を変えてくれるかのよう。
「ウィルくんは、二十二歳でしょ? 誕生日迎えて二十三になるのかな? ウィルくんも変わっていて、大学来る前に一年海外を放浪していたみたいよ。ミユちゃんの新しい彼のケヴィンくんも二十三でしょ、彼は浪人していたみたい。ウィルくんのお父様は有名な教授でしょ、ケヴィンくんもいいお家柄なのよね。ミユちゃんは、そういう彼ばかり狙うから、女の子の友達もいないみたい。おまけに二人、最初は同じ軽音サークルだったけど、ミユちゃんの取り合いで、男の友情も壊れたみたいなのよ」
フィービーの説明は続く。なんだか、怖いほど詳しい。そして少し悲しい裏事情だ。
「まあウィルはチャラ男だから。お互いに合わなかったのかもね」
サイーダがあっさり言って、その言葉にリディアは意識を戻される。
(ウィルは、チャラい、のかな?)
ウィルは、確かに言動が軽い時がある。けれどリディアを庇ってくれて、助けてくれた。実は優しくて、誠実ではないかと思う。
(ウィルも火属性なのに……。付き合っていた元カノと、友人が火系魔法領域選択して付き合うって)
辛いよね……。
ウィルが、本当は火系魔法領域に行きたかったのかはわからない。でも、火系魔法領域は花形で、人気があるのは確かだ。反対に、彼が所属している境界型魔法領域は、いまひとつ何かわからなくて、ぱっとしなくて人気もない。
(ウィルは、結構複雑なんじゃないかな……)
この領域に来たことが、後悔になっていないといい、リディアは、そう思った。




