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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
1章 大学授業編

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36.よその生徒

 次は、金色が混じる茶色の髪の青年の番だった。

 彼は緊張した様子で、肩を若干上げて円陣の中に立つ。先程、ミユのことでからかわれていた生徒だった。


 たどたどしい口調ながらも、誓願詞の暗記はしているようだ。発音も間違いなく唱えて、ロッドを大きく振り下ろす。


 しばらく何も起こらない。

 約十秒後に野球のボール大くらいの火の玉が現われ、微細に震えながら蝶の羽ばたき程度の速度で飛んでいき、ポスっと音を立てて的の端を掠めた。


 棒に布を巻いた的は、ボッと燃え上がり、火球は地面に落ちて黒い燃えカスを残して消えた。

 わあっという他の生徒の歓声。「よしっ」と青年がガッツポーズを作る。


(ええと、ケヴィン・ボスよね)


「じゃ次。――と、その前に、ボスは火を消して」


 的に火が灯ったままにして戻ってくるケヴィンに、すばやく釘を刺すと、「え?」と彼から困惑の返事が返ってくる。


(あれ? 消し方は教えないのかな)


 リディアが戸惑い周囲を見ると、他の班は教員が火を消していた。そういえば、魔法の調節は、説明だけで実施はしていないとサイーダが言っていたのを思い出す。


「先生、どうやるの?」

「水魔法で打ち消す魔法は習得している?」

「水領域じゃないんで、打ち消しかたは知らないです」

「じゃあ炎を消す魔法は?」

「小さくする魔法術式は、授業で去年習ったけど、実技では……」


 リディアは、ちょいちょいと彼を手招きして、先ほどと同じように魔法術式を展開させる術場に立たせる。


「自分で発現した魔法は、自分で消せないとね」


 彼のロッドを持つ腕に、リディアは「触れるわね」と断ってから手を添える。


「まず、ロッドの先端は、必ず的に照準をあわせる。振り下ろすと照準がずれるから、先端を照準に合わせたまま、誓願詞を唱えていいわ」

「でも……」

「格好悪いから嫌? 持ち方は、拇指を支柱に第二指、第三指を添える。手のひらに包み込んで。親指の付け根に、ロッドの端が当たるようにね。そして姿勢をまっすぐ、首を前に出さない。肩の力を抜く」


 背中、肩を叩くと、彼の姿勢がよくなる。


「そうすると、格好良く見えるから」


 彼の顔が赤くなるので、穏やかに微笑み返す。


「そのあとに、否定術式を展開させる。そしてロッドを左回りで円を一回描く、そのまま左上から右下へと円をロッドで切る」


 フッとかき消すように炎が消える。おおっという声が後ろの生徒達から上がる。


「上手」


 リディアが言うと、初めての魔法に上気した顔で、ケヴィンが仲間を振り返る。

 魔法が使えた実感は嬉しいよね。リディアも微笑ましく見守る。


「否定術式を展開させて、ロッドを左回しにするのは魔法相関図の属性が右回りで影響を与えあっているのを反対回しにすることで効果を打ち消すということ、そして左上から右下に切ることで、すべての魔法相関を無効ヌルにするということよ」


 説明するリディアを振り返りじっと見つめるケヴィン、その視線が絡みつくようで、少々居心地が悪くなる。なんだろう?


「――先生!! 私っ、覚えました!!」


 と、ミユが突進するようにケヴィンとリディアの間に割り込んでくる――というか、リディアに背を向けてケヴィンに向かって、大声で叫ぶ。


 あの、私、こっち……。


「ミユ・ギルモア?」

「覚えました!」


 ケヴィンが好きなのかな? でも、教えていただけなんだけど。


「詠唱は資料を見ながらでもいいわよ」

「いいです」


 そして詠唱を始める彼女の声はかなりたどたどしかったが、暗記はしたようだ。発音が苦手な箇所は声が小さくなり、一度声も途絶えたが、最後まで誓願詞を唱え終えて、ミユはロッドを的にかざす。


 しばらくは何も現れなかった。


 二十秒ほどたち、ようやくピンポンボール大の火の玉が現れるが、それは一メートルも飛ばずに地面に線香花火のようにぼとっと落ちた。


 地面にくすぶる火の玉までリディアは歩んでいって、魔法で跡形もなく消滅させた。意地悪ではなく、火災が怖いからだ。


「んもう!」

「ちっちぇの。カワイイ」

「うるさい~!」


 ミユは、失敗をあまり気にしたようすもなく、ケヴィンのからかいに怒ったふりをして彼の背中を叩く。二人は楽しそうだ。

 なんだか、微笑ましい。リディアの担当する領域は男子しかいない。彼らもきっと女子とこういうやり取りをしたかったのじゃないかなと、同情してしまう。


 とはいえ、そんないちゃつきを、観察している場合じゃない。

 彼女には課題が山ほどある。


「ギルモアは、誓願詞を練習すること。スムーズに言えるようになれば、正しい大きさの火球ができるから。飛行しなかったのは、魔法術式の方向性を示す“指向”が間違えていたからよ。術式は覚えている?」

「……だって誓願詞のあとに、思い浮かべるの難しいんだもの」


 ミユの言い分は確かにわかる。魔法の発現で難しいのは、誓願詩の暗記ではない、魔法術式の“展開”だ。


 魔法術式の展開は、口述以外の方法が取られる。脳裏に描くのが一番安易な方法だが、複雑な術や多重魔法を使用する場合は、指やロッドで空中に描くこともある。

 その魔法術式が出てこないのは、勉強不足だから。


「六系統魔法の魔法術式は、難しくないし基本よ。火球魔法は、その応用式。あなたは火属性の魔力は高いのだから、よく復習して」

「はあああい」


 ぷうっと頬を膨らませるミユだが、教員にそれを見せるということは、リディアが舐められているのだろうか。


 目に見えてぷんぷんと不貞腐れている様子だが、それを注意すべきか悩んでいるうちに、彼女は行ってしまう。


(もっとうまく言えばよかった……)


 けれど、話しかけてきたケヴィンと楽しそうにつついたり肩を叩いたりしているから、機嫌は戻ったみたいだ。

 本気で受け止めてほしかったのだけれど、もっと厳しく言うべきだったのだろうか。

 リディアが一番深刻に悩んでいるみたいだ。


 それから、残り三人の学生の魔法も確認する。スムーズに詠唱できて火球が発現できたのは一人だけで、あとの二人も資料を見ながら詠唱をして、何とか火球が出る状況だった。的に当たったのは、ケヴィンだけだった。





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