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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
5章 大学年度末編

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【番外編2】 何度も告げて2

「迎えにきてくれてありがとう」


 店を出たところで、リディアが言うとディアンは短く「あぁ」と答えるだけ。でも、その手はそのまま腰を支えてくれているし、歩く速度もリディアを先にいかせて合わせてくれている。


 それに気づいているから、リディアは頬を緩めて眼差しを落とす。それは安堵のような、こみ上げてくる幸福感のようなもの。


「ずっとお酒やめてるよね。気晴らしできないよ?」

「別に、飲む必要はない」


 リディアが妊娠してから、彼はアルコールを摂るのをやめた。彼が妊娠したわけでもないのに、と不思議に思っていたらシリルに言われた。


 「いざという時のためだろ」と。


 何か合ったときに少しでもアルコールが入っていたら万全な状態で戦えない、守れないからだと。


 お酒が入っていても、すぐに臨戦態勢が取れる人なのに。


 勿論、戦いの気配が濃厚な時はお酒を入れない人だけど、“常に”、というのは、いままでになかった。


 「それだけボスにとっては大事なことなんだろ」と。シリルから、それをきいたことをリディアは思い出して、唇を引き結ぶ。


 言いようのない感情がこみ上げてくる。申し訳無さとか、すまないとかじゃなくて。

 彼が自分たちとの間の存在を大事にしてくれている、共有してくれている。

 それは、いい表しようがないほど嬉しい。 


「――パパが来たから、嬉しいのかな。よく動いてる」


 そして、お臍より更に下、重みを増した腹部をそっと撫でる。だいぶ大きくなって、足元は見えづらくなったし、歩くバランスも取りにくくなった。


 でも、帰り道の公園の階段ではディアンが手を取ってくれた。


 隣にある存在は、すぐに距離を縮めて支えてくれる。伝わる熱はわずかでも、そのぬくもりはいつも隣にいて、絶え間なく守ってくれていると感じることができる。


「そいつ、男だろ」

「そうだけど、嬉しがってるよ」

「……すげえ、俺が近づくと魔力で威圧してくる」

「嬉しがってるよ」


 リディアが再度繰り返すと、ディアンはわずかに黙ってしまう。


「ほら、触って」


 リディアがディアンの手をって自分の下腹部に持っていくと、彼は黙って手を当ててくれる。

「……この硬いのは何だ?」

「足で蹴ってるね」


 へその横、ちょうど足の部分が激しく動き出して、複雑そうな顔のディアンにリディアはつい笑ってしまう。


「パパのこと好きだから、大丈夫」

「それ」


 ディアンがこれまでとは違って、少し咎めるように言う。というか、いままでの拗ねた様子が更に言い難そうになる。


「――また、俺は名前で呼ばれないのか」


 ぼそっと小さくつぶやかれた言葉。その顔は逸らされていて、リディアは小首を傾げて、それから微笑んだ。


 先輩からパパかよ、と。


 その不満の滲む口調は、少し拗ねているようで。こちらを見ないけれど、リディアのお腹から下ろされた手は、今は握っていてくれる。


 足を止めたリディアは、ディアンをしっかり見上げる。

 何事か、と。ディアンも立ち止まりリディアを見下ろす。その目は、鋭くもなく、ただリディアを見下ろしていた。


 感情は見えないけれど、少し眼差しが揺れている。


 昨晩のことは聞かない。彼は絶対に守ってくれる。

 彼は恐れている、でもリディアや子どもを守れないことじゃない。強すぎる思いと、強くなっていく自分の姿に、きっとまだついていけていないだけ。


 彼の背後には満月があった。その光に照らされた彼の姿。その満月を、こういう夜を、自分は忘れないだろうと、思った。


「――ディアン。好きだよ」


 リディアがはっきりと言うと、驚いた様に見張った目。その顔を見て、急に恥ずかしくなった。


 リディアのほうが目を逸して下を見て、握られた手を引っ張るように歩き出す。


 先輩から、パパに変わった呼び方。

 ディアンという呼び名もパパも全然慣れていなくて、慣れていないからこそ、両方ともに照れてしまう。


「――リディア」


 逃げるように歩き出した手を引っ張られて、立ち止まる。振り返ると真摯な眼差しのディアンがいた。


「――愛してる」


 不意をつかれたのは、今度はリディアの方だった。


 その眼差しはからかいでもなく、本気で、本心なのだと思った。

 黒い瞳は揺るぎない。多分、この言葉には、彼の一生の思いが、覚悟が込められている。


「私も」


 迷うことなくそう言って、リディアは区切る。それだけじゃ足りない。


 この思いはどうしたら届くのだろう。

 言葉だけじゃ、心を占め尽くすこの思いは表せない。リディアは少し顔を伏せて、それから彼を見上げる。


 それでも、言葉で、声で、顔で、そして行動で伝えるしかない。


「私も愛してる。――ディアン」


 そして踵を持ち上げて、背伸びして彼の首へと手を伸ばすと、それより先に彼の片手がリディアの腰を持ち上げる。


 見下ろす顔、彼もリディアを愛しいと言っているよう。空いた手がリディアの顎を捉えて、近づいた顔が口づける。


 最初はリディアの唇を食むように軽く何度も重ねて。軽く下唇を噛んだあと、余韻を残すように顔を一度離して、リディアの眼差しを捉えて、見つめてくる。


 二人が同時に目を閉じた時、今度は離さないというように彼は強く唇を重ねた。


 リディアの腰を支える手が引き寄せる。その腕はいつも以上に熱を伝え、強く抱きしめ、そして絶対に揺るがなかった。



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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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