表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
5章 大学年度末編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

327/330

【番外編1】告白のその前に2

「もっと大きな問題がある」

「……これ以上何だよ」


 シリルは目の前の水の流れを見て悩ましげに漏らす。いつの間にか水の流れは、下に落ちていた。時間によって上がったり下がったりしている。


「リディア。ボディスーツがまた合わなくなったんだ」

「――は?」


 何の話か、正直わからなかった。またって、何だ? 訊きそうになって思い出す。

 確か、だいぶ前に作り直していなかったか。ていうか、ボディスーツと聞くとカレンダー事件を思い出す。


「前にもきついと言われたからサイズ変更したんだけど、やっぱりそれでもきついんだよな。――胸元だけ」

「それ。――俺は聞いていい話なのか?」


 一応、なんつーか。えーとな。


「下着チェックすると言った兄貴がよく言う」

「――!」


 ディックは酒をむせて吐きそうになり、それを飲みくだした。それでも咳き込むのは避けられなかった。 


 ――リディアが初めて下着を購入してきた時、チェックすると言ったのは自分だ。あの時リディアはまだ子供で、狙われやすくて、処女で、兄として当然のことだ――と言いたい。


 事件は未然に防ぐべし。知っておくのは兄貴として当然。踏み込んじゃいけない領域なんてない。


「もともとうちは女が少ないだろう。野郎のは改良されるけど、少数派の女用のは、なかなか改良されねぇんだよ。でリディは、胸が目立ちたくないから、押さえつけて着るからいいって言うけどな」

「あー」


 そりゃよくねえだろ。

 なんだかんだで、ディックも馴染みの女の買い物に付き合ったこともあるし。相談もされることもある。それには誘いも含まれてるってことも、互いに承知の上だが。


「リディは、胸もそうだけど腰が細い。くびれと、尻の上がり具合がヤバいんだ」

「――んーまあな」


 俺は、酔ってきたのか?

 そう思いつつ同意してしまう。リディアに欲情はしないが、目に入るものは見てはいる。


 兄として太ももや胸が見える服は禁止して、うるさがられていたこともある。


「しかも今の新デザイン、胸と背中の腰にスリットが入って谷間と腰が見えんだよ」

「……なんでそんなことになった」

「作ったやつの趣味?」

「疑問形で言うなよ」


 リディアに着るなというか?

 言えね―だろ。……いや必要があれば言うか? 言うだろうな、とディックは酔い始めた頭の片隅でちらりと考えた。


 口出しする権利は永久にある。アイツなんて関係ねーんだよ、と胸中で悪態をつく。あの元凶のせいで、いらん心配をすることになったんだ。


「気づいてるか?――今度の階級ランク戦、ボディスーツ着用だ」


 シリルの指摘に、ディックはカウンター席のやけに背の高い椅子を鳴らして、無言で立ち上った。


 ――酔いが冷めた。


 奥からマスターがちらりと顔を覗かせたから、慌ててなんでもないと手をふる。


 ランク戦――二年に一度だけある、階級(ランク)を決める対抗戦だ。

 うち(第一師団)は、戦闘能力が重視される。魔法師団だが、魔法の腕は実戦能力を発揮してのこと。そこで行われる団員同士の対抗戦でランクが改定される。


 それはいい、ディックもシリルも別に結果がどうなろうと気にしちゃいない。


 だがそこにリディアが参戦するというのが問題だ。

 まとうのはボディスーツのみ。他に一切の着衣も武器の携帯も許されない。腕一本のみで試される。


「アイツ、最後に参加したのはいつだ?」


 声が掠れる。リディアは前回の時は師団にはいなかった。今は二一歳だ。


「最後は十七歳だな」

「くっそ!!」


 あの頃のリディアは尖っていたし、まだ女になりきる前の体型で、未成熟で、それほど手を出そうって馬鹿な奴はいなかった。


 なによりうちは未成年への接触は厳罰処分だ。だから、あんまり心配はなかったが。

 もう守ってやれない。リディアは自分で自分の身を守るのだ。


「最初は一斉戦だろ。そのあと勝ち残りで、対抗戦。そしてボスは途中からの参加」

「……」

「ボスがリディアのボディスーツ姿見て、どう反応すんと思う?」

「いや……ちょっと待て。その一斉戦が問題で――」

「第一師団全員の野郎どもの前に出るんだよな。なあ、男としてやりたくなるか?」

「…………聞くなよ。そして想像させんな」


 二日酔いのときのような声を出すディックに、シリルは笑う。


「ま、当日のボスの反応が楽しみだつーことで」

「止めろよ! 防げよ! 言っとけよ!」


 シリルがマジの顔でディックを見つける。


「あの余裕綽々のボスに痛い目を合わせたいんだろ?」

「リディをヤバい目にあわせたくねえ」

「うちらの待遇改善のためだ」

「だから!!」

「――言うなよ」


 シリルの目はマジだった。


 シリルは目的のためなら手段を選ばない。そして最終的にはリディアに被害が及ばないように運ぶのは知っているが。


「お前、それ着たリディが見たいだけじゃねーのか?」


***


 ――ディックが執務室に乗り込んできたのは昼頃だった。

「言いたいことはわかるな」


 たまりまくった案件の処理、不機嫌な顔のディアン以上にディックも凶悪な面だった。


「まさか俺が店を手配するとこまで、世話をやかせんじゃねーよな?」


 ディアンが睨みつけると、負けじと牙を向くように顔をしかめて、ディックはドアも閉めずにでていった。


***


 無機質な廊下を歩み、個人端末で電話をかける。


「――三十分後、席は二人分。店は貸切にしてくれ」


 通話の向こうは「かしこまりました、お待ちしております」の一言だ。


 端末を切り、居住区間に入る。ディアンが与えられているのは、幹部たちが住む中でも最奥の居宅。


 通路を進むにつれて、極端に扉が少なくなる。しばらくは壁のみが続く廊下を進み、そして自室の前に立つ。


 ドアを開ける前から、リディアの魔力を感じていた。


 ホッとする自分に気がついて、わずかに動作が止まる。今朝まで部屋に連れ込んでいた。勤務があるディアンとは違い、リディアは休暇だった。


 そしてディアンは基地に向かい部屋を出る際に、今日はここにいろと念を押していた。

 疲れているようだというのは表向きの理由。早く戻るからと付け足したのも、自分の本音を誤魔かしたかったから。いて欲しかった。帰したくなかった。


 いない間にも己の空間で独占したいなど、どこのイカれた野郎だと思っているのに。


 ディアンの自嘲など構うことなく、魔力を探知してメタルのドアが開く。


 途端に、リディアの魔力を強く感知する。そして寝室のドアを開ける前に香るリディアの匂い。

 感情よりも先に、己の身体が反応する。朝まで貪ったはずなのに。条件反射のように、リディアの匂いに、下肢に熱が集まる。


 ――溺れている、と思う。


 部屋の中には、リディアがいた。ベッドの中で、薄手の布に肢体を埋もらせていた。


 朝方、部屋を出た時と様子が変わっていない。胎児のように身を丸めて、輝く金髪だけが白い布地に映えている。


 起きずにいたのか、とディアンは息をつく。


 昨晩、徹夜続きのキツイ任務が終了した直後のリディアを部屋に連れ込んだ。ほとんど眠らせなかった。


 ディアンが戻っても身じろぎもせず眠り続けるリディアは、おそらく今日一日、食事さえ取らなかったのに違いない。


 ディアンはベッドの端に腰を掛け、リディアの髪を梳いて、後ろに流す。指を通る金髪は、するりと流れて、絡まない。まるでリディア本人のように掴みどころがない。


 その金の房を指で絡めて、唇を落とす。


 気配に気づいたのか、リディアの瞼が引くつく。そして身じろぎすると白い肌が顕になる。


 目が吸い寄せられる。視線を外すことなどできなかった。なだらかな曲線を描く腰、陶磁器のように白い肌は手に馴染み、柔らかい胸は手に吸い付くようだ。


 ――我ながら、どうしようもない。


 喘ぐ声に、すがりつく腕に。理性も感情も吹っ飛ぶ。ただ抱きたいと、その感触だけを味わっていたいと、それを求めていると夜が明け、外が白くなる。


 やがて強い日差しが差し込み始めると、ようやく寝具から身体を起こす。


 任務がなければ、疲れて眠ったリディアを起こして、また触れる。仕方なく出る日は、リディアにそのままでいろと言い捨てて、名残惜しさを隠しもせず外に向かう。


 ディックや、他の連中の責める視線も感じていた。我ながらどうかしていると思う。

 なのに、自制が利かない。


「――リディア」


 呼びかけると、ううん、とか返事にならない声が応える。眉がしかめられて、それから薄っすらと目が開く。翠の瞳はまだ虚ろだ。

 だが、何度か金色の睫毛を揺らして瞬くと、鮮やかな新緑のような瞳がディアンを見上げてくる。

 その瞬間が好きだ。


「……するの?」


 だが、喉から飛び出た掠れた声が最初に発したのはそれだった。自分のこれまでの行いが、全て現れていた。


「いや――」


 取った店の予約時間まであと十五分。多少遅れても問題はないが、準備なども含めるとギリギリだろう。


 リディアの予想外の言葉は自分の普段の行いを知らしめさせる。

 店を予約していると、言いよどんでいるディアンの前で、リディアがほわっと笑む。


「いいよ」


 リディアの身体が伸びをして、そして白い腕を伸ばしてくる。柔らかな笑みを浮かべたその顔に、ディアンは目をみはる。


 自分が、守っているとか、そんなんじゃない。


 ――彼女に許されている、と。


 選んでいるのも、主導権を握っているのも自分じゃない。すべてリディアに許されているのだ。


 浅く息を吐いたのは、やはり自分への呆れから。壁に浮かぶデジタルの数字は、残り十分を切っていた。


 だが伸ばされたリディアの白い手首に唇を落としながら、ディアンは黒いシャツのボタンに指をかけた。


お付き合いからしばらくのディアンのリディアの扱いが酷かった件の、ディアンの言い訳です。

……言い訳になっていない。


もうひとつ載せたい後日談(未来話)があるので、もう少し連載中にさせて下さい。


*ちなみに、短編集とムーンライトの方では話が追加(継続)中です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ