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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
4章 大学放逐編

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39.第一師団内にて

 グレイスランドの首都、グレイステネス中央駅からディックの先導で、第一師団本部に転移したキーファは、ディックに指示を受ける。


「先に全身、そこの部屋でフルスキャン。荷物もそっちでスキャンな。そのあとシャワー、着ていたもんは全部焼却炉行きだから、服はこっちで借りとけ。そのあとまた全身スキャン受けてから、中に入れ」

「そんなに……」

「機器にしろ魔法にしろ、何かをつけられている可能性は考えておけ。常に一番最悪な状況を想定しろ。楽観視はすんじゃねえぞ」


 指示通りの過程を経て、指定されていた部屋に入るとちょうどディックも入ってきたところだった。

 向かい合い腰をかけたところで、ドアが開いてシリルが顔を覗かせる。


「よ、ご苦労さん」


 二人にそれぞれ、水のボトルを投げた彼女は、椅子を寄せて斜めに座り同席する。


「――団長は?」

「リディアんとこのガキのウィルをしごき中、そろそろ出てくるだろ」


 キーファは特に反応をしなかった。残りの二人もキーファの反応を伺うことはしない。


「――変化は?」


 こんどは、シリルが尋ねる。


「ねぇな。警備体制も雰囲気も変わりなし。リディアのクソ兄貴と王女が婚約して、お祝いムードが落ち着いたって感じだな。しいていえば、落ち着きすぎつーか」

「結婚の時期さえも明らかにされてねーつのが、引っかかるな」

「フツーは準備に時間がかかるだろ。日取りはともかく、時期ぐらいは明らかにすんだろ。アイツが次期王位継承権を持つんだ。いくら閉鎖的な国でも、国賓はかなりの数になる。未定ってのはおかしい」

「――何かを警戒しているのか。婚姻に何か問題があるのか」


 二人の会話に、キーファも考え込む。

 シルビスの王位継承はかなり特殊だ。


 現在は王弟が王位継承第一位。ところが、王女が結婚した場合、その夫が王位継承権第一位になるのだ。


「女性に継承権を与えないとはいえ、王族外部からの人間が王になるというのを当然として受け入れるのが、あまり理解できないのですが」


 キーファは疑問を呈する。


「あのクソったれ外道は、国内外で人気らしいな。リディアんちは、爵位はそれほど高くないが、近衛兵団団長かつ騎士団団長のアイツなら大歓迎、っていうのがあるらしい」


 国民の目も腐ってんな、とシリルが吐き捨てる。


「怖い、国ですね」


 キーファの言葉に、ディックが言ってみろと促す。


「女性が勉強する場がない。外で働くこともない。情報を得る場がないということは、身を護る方法を知らないということになります」

「その分、男が守るって言えば聞こえがいいけどな」

「あとは、歴史の長さや自国に対するプライドの高さというか、連盟の『光の主信仰』の始祖であるという自負が強いですね。『太陽の主の降り立った地、聖地である』という考え方は、俺も初めて知りました」


「グレイスランド人はここ、グレイス(祝福された)ランド(土地)が、光の主の祝福した地だと思ってんからな」


 先ほどはシルビス人を装っていたディックは、グレイスランドの信仰を否定するような言動だった。そして今も、どこか冷めた響きを帯びている。


「あなたの故郷は違うのですか?」

「俺の国は、もうねえの。結局、国や誰かを守るのは、自分たちの力でしかねえ」


 光の主や、上位存在の力を借りる魔法を駆使しながらも、最後は人間の力だという。それにはキーファも同意した。

 上位の存在は、人間たちを守るためにいるのではない。むしろ……彼ら自身も自分たちのことで精一杯なのではないか。


「一旦、潜らせてるのを全員引き上げるか?」


 シリルの言葉にディックも頷いた。


「あのクソの動きがないのが気になるな。うちの団長にやられっぱなしつー性格じゃねぇだろ」


 先ほどから悪態をつかれているのは、リディアの兄の、アレクシス・ハーネストのことだろう。

 だがキーファも彼のことを思い出すと、殴るだけですませられない衝動がわきあがる。リディアの身内だとしても、だ。


 彼女の焦燥しきった様子が、いまだに目に焼き付いている。


「アレは直接攻撃をしてこないタイプですね。自分で動かずに人心を動かし、誰かに手を下させる」


 ヤンと手を結んだ様子だったが、本当にあれらの行動はヤンの意思だけだったのだろうか。バルディアの新国王即位の報は国外に流れてきたが、相変わらず国境封鎖は続いている。


 マーレンの亡命を、グレイスランドは受け入れた。彼自身はまだ重症でキーファも会えていない。療養場所も隠されており、警護は師団が担っているという。

 それだけでも、グレイスランドはかなりのリスクを冒しているとは思うが、師団の彼らはあまり気にした様子を見せない。要人擁護は慣れているようだ。


「それから、お前とリディアが調査したパーティグッズな。一部中毒性のあるものや、魔力増強作用があるもんが見つかった。そのうち一斉調査が入る」

「父から聞きました。魔法省のほうでも規制対象にするそうです」

「お前んちの父親、やり手だよな。彗星のように現れて、魔法省を改革した若手の急進派ダニエル・コリンズ。敵対してた魔法師協会の追い落としは見事だったよ」


 キーファは黙っていた。


 もともと魔法に興味を示さなかった自分は、父親との会話がほとんどなかった。大学で魔法が使えないと分かってからはなおさらだった。


 リディアによって自分が特殊な魔法の使い手だと気づき、目指すべき道が見え始めてから、ようやく最近父と魔法に関しての会話ができるようになったのだ。


(――それも、リディアのおかげだ)


「魔力増強薬の類似品がひそかに出回っていたのは、なぜでしょうか」


 学内でもひそかに広まりつつあった。

 マーレンの状態が思わしくないのも、長年の増強薬の影響が大きいらしい。ケイも使用していたようだが、彼は今出講していないので話も聞けない。


「なんらかのデーター収集の可能性があるな、または薬漬けにするためか」

「害がないと思い、見目の良さだけで若者に長期摂取させ、その後影響下に置く、その可能性もありますね」


 データー収集、もしくは洗脳のため。

 自分の周囲で水面下で密かに行われているとしたら、このグレイスランドもどこか空恐ろしいものに感じる。


「リディアの家の様子はどうだ?」

「タウンハウスのほうは、誰も住んでねえ。兄貴は元々近衛兵だろ、現在は廷内に居留している。両親は息子に爵位を譲った後、それぞれ所領の別荘にいるみてーだな」

「ハーネスト大臣ですが家督を譲ったのもそうですが、政界からも随分早く引退されましたよね」


 つぎつぎと話題が変わり、見解が述べられていく。

 キーファは臆することもなく、それに加わっていた。


「息子が王位につくのに、親が大臣のままつーのは外聞が悪いと思ったのか。あるいは退かされたのか」

「んな、謙虚な性格でもないって聞いてるぞ」

「何らかの持病があった、とか」


 息子が王位につくのに都合が悪い事情があったのだろうか、とキーファは推測する。


 ディックがボトルをぽんと机に戻した。

 机の端に足をのせ、前後に背を揺らす。


「離婚はしてね―が、母親は南のほう、父親は東南の別荘。父親は最近迎えた第二夫人を連れて引きこもってる。相手は十八歳、だそうだ」

「十八……」


 キーファは面食らったが、ディックは忌々しげに舌打ちするだけだった。


「一夫多妻だからな。今頃になって、と珍しい例だ。むしろなんで他に手を出さずにいたのに、今になって、か」

「職を辞めて気楽になったのか、あてがわれたか」


 シリルが鼻を鳴らす。


「どちらにしても、リディアは気にするでしょうね。というか気遣いそうな気がします」


 自分より若い母親。

 それだけだと複雑な心境を抱くだけだろうが、あの国を見る限り、そしてリディアの様子を見ると、若い女性に対しての仕打ちがあまりよくない。


 リディアの父親が、その若い妻に対してどういう仕打ちをするのか、リディアが気にしないわけがない。

 

 キーファが言うと、ディックが頭を掻きまわし呻く。


「そっちの方まで人質にされちゃ手が回んね―よ」


 その時、ふっとディックが顔をあげてなんの脈絡もなく、ドアを開いて廊下に顔をだす。

 そちらに目を向けたキーファが見たのは、廊下を歩いてくるここの団長、ディアンだった。


 黒いタンクトップに、黒いズボン。シャツは汗で濡れ、額や頬からも汗が伝い落ち、髪もシャワーを浴びたようにぐっしょり濡れている。


「――終了?」

「潰れてる、邪魔だから回収しとけ。俺はシャワーに行ってくる」


 トレーニングルームから出てきたというディアンは、疲労が見えていた。

 へいよ、と言いディックが軽いフットワークで外へ出ていった。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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