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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
4章 大学放逐編

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35.まだ、ここにいてもいいの?

 転移した先は、第一師団の固定転移陣の中だった。

 膝をついてへたりかけていたリディアだが、すぐにマーレンを見て周囲に声をかける。


「誰か、彼の治癒を……」

「リディア、大丈夫だ。メディカルケアスタッフに任せろ」


 転移陣の光が消えたとたんに、ディックが周囲にある進入禁止棒を飛び越えて、リディアのもとにやってくると、両肩を掴んで言い聞かせてくる。


 マーレンが担架で運ばれていく。

 そこでようやくリディアは両手を力なく落とした。


 いつのまにか気がつけば、空き室の一室に座らせられていた。支えられて連れてこられたのがここだ。

 リディアのあとから入室してきたディアンと、キーファを交互に見つめる。


「……どうして?」


 理由も方法も全てをひっくるめての疑問だった。


「すみません。あなたにあげたペンダントに転移・転送陣を差し込んでおきました。ダーリング教授と師団に相談して、開発途中のものを仕上げました」


 いざという時のために、と。

 緊急脱出用としての用途として、携帯転移陣を大学と共に開発を進めているという。


「今回のような、転移からの転送への転換術式はうち独自(オリジナル)のものだけどな。転移を感知した時点で転移元の場所を特定し、人を送り込む魔法陣だ」


 ディックが説明を補足する。傷ついた仲間を避難させ、代わりの人材を送る。そういう意図の魔法陣なのだろう。

 そのまま魔法陣を維持して、また転移で戻るのはディアンだからできたのか。

 どれも実用化は困難と言われていたのに、様々な課題をクリアしている。


「すごいのね」


 ダーリング教授はウィルの父親で、魔法陣学の権威だ。彼にまで働きかけるなんてキーファはすごい。


「マーレンは?」

「意識不明だが、既に亡命者として扱っている。元々グレイスランド王立大学の在籍者だ、承認はおりやすい。治療後にどうしたいか、お前が確認しろ」


 どうして彼を助けたのか、とは聞けなかった。

 リディアを助けるため、グレイスランドは――ディアンは介入したのだ。じゃないとリディアはあの場から動かなかっただろう。


「ああもう、そうじゃないだろ! リディア、大丈夫か」


 シリルが駆け寄ってきて、リディアの頬を包む。


「おい、冷却材持ってこい! ついでに水も」


 シリルがディックに命じて、後ろを振り向いたディックは自分の後ろに誰もいないのを見て、舌打ちして出ていく。


「ちゃんと食べてたか? いや、最後に食べたのはいつか?」


 リディアはシリルの目を見つめ返す。親友の眼差しはこれ以上ないほど怒りと保護欲に溢れていて、リディアは戸惑う。


「……わからない」


 シルビスで何かを食べただろうか、思い出せないのだ。

 頼りない声を出すと、周囲に戸惑いの気配が漂う。どうして、こんなに心配されているのか。


「ボス、アンタ上着貸せよ」


 シリルに命じられて、ディアンが思い出したかのように、黒い上着を脱ぐ。


「ったく、気が利かねーヤローどもだ」


 シリルは武器の整備中だったのか、上半身は灰色のタンクトップ一枚、つなぎの上衣は半分ほど折り返して脱いでいた。彼女はディアンのトレードマークの戦闘服の上着を奪うと、リディアの足にかける。

 そこでようやくリディアは自分の格好を悟る。わずかに羞恥心が湧いたが、どうでもいいという気持ちもある。


 ディアンがわずかに嘆息して、ようやくリディアに近づく。

 シリルが場を譲ると、彼はわざわざ屈んでリディアと目線を合わせる。彼がそんなことをするなんて初めてで、戸惑う。


 ぼんやりと目を合わせると、彼の目は力強く見返してきた。黒がより濃い。


「お前の国籍の話をしてもいいか? これは、今ここだけの話だ、いいな」


 リディアは首肯した。


「お前が退団届を出したとき、確かに師団はお前を除籍にした。だが、俺はお前を第一師団付にしておいた」

「え」

「俺は退団を認めてない。そこからこじつけて、籍をうち(第一師団)に置いておいたんだよ。そして、成人したときに国籍取得申請をしておいた」


 魔法師師団を退団したのに、第一師団には、いたことにしてあった。

 そんなのありなのか、しかもそれで国籍取得の申請ができるのか。


「すぐにグレイスランド国籍とすると、シルビス側にばれる可能性があった。だからお前が捕らわれたそのタイミングで、滑り込ませた」

「それって」


 ぎりぎりだ。兄はすぐに対抗措置を取るだろう。でもあの場では――リディアを逃がした。


「そうだ。黙って引くような奴じゃない。だがうちにいる限りは、手出しはさせない。だから――いいな」


 リディアは黙って、ディアンの差し出す書類を眺めた。あとから本人に署名をさせるなんてありなのだろうか。よほど、国王に借りを作ったのに違いない。


「私、ここにいて……いいの」


 呟いたと同時に、頬を何かが伝っていった。頭にディアンの手が置かれて、迷うかのように、そのあと肩に引き寄せられる。


「もう、もどらなくて……いいの?」

「そうだ。――お前はグレイスランド人だ」


 よくわからない。よくわからない。

 でも、リディアの喉が鳴って、頬から伝い落ちるものの理由がわからなくて。体中から力が抜けていった。


「大学の方でも呪詛の犯人や魔法晶石の盗難調査が進んでいて、今先生の辞職勧告を撤回するように署名を集めています。すでに先生の自宅に連絡が行っていると思いますが、退職にはならないと思います」


 キーファの声が響くから、益々リディアの目から何かが止まらなくなる。声は出さない。ただディアンの背を叩く手が優しくて、声を抑えることしかできない。


「ああもう、どけよ」


 ディックがディアンをどかす。そして、ペットボトルのキャップを外すと水を手渡してくる。


「飲めるか?」


 水を飲んだのは、最後はいつだっただろう、そう思いながら口に含み、食道から胃の腑に滑り落ちたとたん、リディアは口を手で押さえた。


「ごめ……」


 ディックにボトルを返すと、立ち上がったリディアをシリルが支える。こみ上げてきた吐き気、そのまま彼女に伴われて洗面所に向かう。


 ――誰も何も言わなかった。案じるような眼差しを受けたまま、リディアは部屋を出た。

 そういえばシルビスでは吐いてばかりだったと、ぼんやりと思いだした。


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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