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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
4章 大学放逐編

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18.逃がされた獲物は自ら檻のなかへ

 ――現場は混乱を極めていた。いや、混乱というよりも混沌カオスだ。


『バルディア政府は依然声明をだしておらず、ある政府筋の情報によるとバルディアのザハリアーシュ国王が何ものかによって銃撃されたとのことで、安否が気遣われております。またバルディア軍による国境封鎖は依然続いており、何らかの軍の関与が予想され――』


 駅構内の売店上にある、小さなテレビモニターは緊迫した様子を伝えてくる。


『バルディア行きへの列車は現在キャンセルとなっております。繰り返します、お客様へご案内いたします――』


 群衆たちが駅の窓口や駅員につめよる。モニターでは盛んにバルディアの国境閉鎖について報じていた。 


 まるで沈みゆく船で、脱出路を求めているというよりも、ただ騒いでいるだけの混乱を極めた群衆をながめて、それらの間隙をさがす。


 そして身を屈めて男たちの隙間へともぐりこんだ。


 力比べではかなわない。隙を探すのだ。師団の野郎達の間で学んだことだ。


 リディアは見事群衆の先頭に身体をひねり出すと、一つの窓口へと押されるように身を乗り出す。


「――バルディア方面への切符を大人一枚、片道で」

「バルディアまでは行かないよ」


 急に現れたリディアに驚いたものの、販売窓口の彼はちらりと一瞥して、一応相手をする。

 よし、とりディアは思う。


「隣国のエッジランドの国境駅まででいいわ。――お願い」


 顎の無精ひげは性格だろう、やや太り過ぎの中年駅員に、笑顔をつくる。そしてさりげなく、個人端末(PP)を見せる。そこには特級魔法師グランマスターの称号。


「お釣りはいらないわ」


 定価四千五百エンのチケットに一万エンを出す。


 魔法大国のこの国では、この称号はかなり融通が利く。もちろん普段は、あまりみせることはない。基本はいい目にあうことがないからだ。

 災害時に協力を申し出る時などに、これを見せる時はあるが。


 彼の気が変わらないように笑顔を保つ。

 駅員は基本的にやる気がないが、お願いが通じるかはその人次第。そそくさと札を仕舞う彼、そうして切符を手に入れたリディアは、すられないように握り締め、ホームへと向かった。



***


 発車が危ぶまれたが、列車は定刻の二十分遅れで動き出した。


 アナウンスでは盛んにエッジランドで引き返すことを通告している。

 それを耳に、周囲をさりげなくリディアは見渡す。


 ボックス席で向かい合うのは、母親と男の子。不安そうに泣き出す少年を膝に抱いた母親、リディアは彼に向かいキャラメルを差し出す。


「……ありがとう」


 少年に笑い返すと、リディアは母親を見る。


「どういたしまして。バルディアの方ですか」

「いいえ、エッジランドに帰るのですが。主人の伝手でなんとか列車に乗れました。彼があちらでまっているのだけど、無事につくかしら」

「そう願いましょう」


 隣の席は、スーツの男性だった。すでにMPを開いて作業をし始めているから、彼には会話を持ち掛けなかった。


 リディアは窓際の席で、昨晩届いた封書を開ける。

 周囲に魔力を持つものはいない、一般人相手で本当は倫理違反だが軽くスキャンをさせてもらった。


 だが油断はできない、一応目くらましの魔法をかけておいたそれを開く。

 何度も見直したが、ここに何か情報がかくされているのだろうか。

 


 月光が降り注ぐ月の道を我が心の小舟は進む

 どんな荒波もお前への愛を砕くことはできまい

 お前を胸に抱くことを夢見て困難を乗り越えよう

 待っていておくれ ああ愛しき我の道標みちしるべ

 

 ――お前の愛のしもべより

 

 やけにきれいな筆記体で始まる手紙。

 だが、うたとしては、かなりひどい。


(……何かの暗号?)


 それだけなら不審な手紙として放置したかもしれない。


 だが同封されていたのは、写真が何枚か。

 その写真を見てリディアは息をのんだ。


 それは何かの文書を撮影したもの。よく見るとそれは文書ではない、鈍色にテカるのは金属だ。ひっかくように文字が書かれている。

 その金属板に書かれた内容は一見意味不明。だがよく見ると逆さ文字になっており、反対側から読むもので、リディアはその文体も内容も見たことがあった。 


 ――その瞬間背筋が凍った。


 リディアが受けた呪い、呪詛版と同じ文言。いや、もしかしたら同じものかもしれない。


 差出元は、バルディア。マーレンから届いた小包は、意味不明な手紙と、呪詛版を写した写真だけ。

 その直後に報道されたバルディアの国境封鎖。


 ――ここ二週間ほど、マーレンからのメッセージは途絶えており、リディアが送っても返事はない。彼はあんなにマメに、毎朝謎の告白を送ってきていたのに、だ。


 逡巡はなかった。

 リディアは、旅支度を整えると、バルディア行きへの列車に飛び乗ったのだ。

 

(――大学からは自宅待機だったけれど、おとなしくしててもしょうがないし)


 リディアは自分に言い聞かせる。


 生徒のみんなには、何も言っていない。キーファには告げてこようかと思ったが、彼を巻き込むことになる。さすがに情勢不安な国に連れてくるわけにはいかない。


 リディアは、彼からもらったネックレスをいじりながら、列車の中央車両に向かい、そこのカフェに立ち寄る。

 カウンター形式のそこは、対面式でカフェや軽食を売っていた。

 こんな状況だし、営業をしていないと思ったが、そのカウンターには店員がいた。


「カプチーノを一杯頂戴」


 リディアが言うと、にこりと笑い愛想の良いバリスタはカフェを作り出す。そして薄いジンジャークッキーを添えて、カップを差し出す。


 そのラテアートは、Xに似た記号、ルーンのギュフだ。

 愛の贈り物という意味であるそれを見て、リディアは笑みを返す。


 込められた意味を深読みするとちょっと苦笑もしてしまうが、護りの意味もある。旅人への護りを、という意味と取り、リディアは口にする。


 バルディアはエルフも多い。

 

 リディアはルーンによる長文を読めないが、それを発声し使いこなせるディアンを思い出す。

 いざという時、六属性には直接の強制力を持つ言葉だ。彼はたくさんの言語を使いこなす。シルビス語も、いつの間にか習得していた。


 潜入・潜伏には多言語を自在に操る能力が求められるとはいえ、彼の姿勢には頭が下がる。

 

「いろいろ混乱しているからね、途中でストップするかもしれない。何か食べておいた方がいいよ」

「そう、じゃあ――パニーニをお願い」


 彼の勧めにのって、平たいパンにチーズとトマトとハムを挟んで鉄板でプレスしたものが、出される。シンプルだけれど、温かいそれはしっかりチーズが溶けていて、なかなかおいしい。


 なんとなく喉が痛い、風邪をひいたのだろうか。

 リディアはチップを含んだ代金をおいて、カウンターから礼を言いつつ離れた。



***


 マーレンからの小包とキーファのネックレスを服の内側に抱え込んで、ジャケットを毛布代わりに胸にかけて、うとうとしていたリディアは騒ぎで目を覚ます。

 子どもが泣いて、母親があやしている。


 群青が支配する明け方近く。エッジランドの国境駅ではない。

 外を見てもどこの駅でもなさそうだが、おそらく快速列車は止まらない、とても小さな駅の周辺なのだろう。


「――検札だ」

「バルディア軍が」


 隣の男性が舌打ちして、通路を出て行った。何人かの乗客が一号車の方に向かい情報を騒ぎ立てる。

 周囲に習いリディアも窓の外に目を凝らす。


(――軍用機!? あれはバルディア軍?)


 それに気づいたと同時に、車両の連結部からドアが開き、機関銃を肩にかけた男たちに左右を守られたバルディア軍の制服の男が現れる。


「――全員降りろ。列車はここまでだ」


 一斉にブーイングがおきる。


「ここはバルディアじゃねえぞ!!」

「そうだ、お前たちの命令になんか従うか」


 左右の男たちが銃を構える。それにより静まる乗客たち。

 リディアも緊張を高めて、荷物を構え身構える。下手な動きはできない。



***


 ――外にはまだ、夜の残り香が漂っていた。


 先ほどよりは外は明るみを増している。黄色い光の筋が地平線から立ち上っている。乗客全員が頭の上で手を組まされて、列車から降ろされている。荷物はもちろん車内だ。


 少年が泣いていた、慰めてあげたいが銃で威嚇されてそちらに向かうことができない。


 まだ中立国のエッジランドのはずなのに。


 何人かの乗客が抵抗をみせたが、銃を見せられておとなしくなる。

 いびつな列を作らされて、一人ずつボディチェックをされるのを見て、リディアは顔には出さないように、心を落ち着かせた。


(私が魔法師団だったという証拠はない)


 リディアの番が回ってくる。

 さてどうしようと、思いながらも大人しく手を挙げて、彼が触れるに任せる。男の手がリディアの腹部に触れ、いぶかし気に手を止める。


「何を入れている?」

「ラブレターよ、恋人からの」

「出せ」


 リディアはおとなしくマーレンからの恋文らしきものを渡す。それを確認した男は、それを部下に押し付ける。


 マーレンからの写真はすでに個人端末(PP)に取り込んで、それ自体はトイレの水に流してある。

 リディアはただ不安げな表情で相手を見つめていた。


「IDを」


 それを断るすべもない。チケット売り場で特級魔法師の称号をちらつかせたのが悪かったのか。断れば怪しまれるどころか、さらに詰問がまっているだろう。


 リディアがそれをゆっくりと懐から出そうとしたとき、後ろから砂利を踏みしめる音が微かに響く。


「――その必要はない」


 その声を耳が捉える前に、リディアは魔力をとらえていた。


 体中が緊張して、思考が止まる。

 その声の主が、リディアの横に並ぶ。


「これは私の連れだ」


 リディアの腕を掴む手、見下ろす視線はない。その腰に下げられているの剣の柄にはシルビスの紋章。


 リディアの喉がなる。声はでない。


「閣下」

「――いいな」

「はっ」


 その腕がリディアを強く掴んで、歩き出すように促す。

 リディアは逆らうことができない、ただ一言ようやく声を絞り出し呻いた。


「おにい……さま……」



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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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