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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
4章 大学放逐編

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9.nobody knows inside your heart

 ディアンは目を閉じる。索敵の魔法を張り巡らせたまま、意識は研ぎ澄ませたままの、身体の休息だ。


***


 ――あれは、魔法学校での課外活動だった。

 ディアンはすでに魔法師団への半年後の入団が決まっており、課題などどうでもよかった。ただ師団との兼務で欠席がちなディアンに、これだけは参加してこいと師団の方から命じられ、来ただけのものだった。


 入ったばかりの初等科の下級生と卒業を控えた上級生の共同課題。

 それぞれペアとなる相手を見つけては、初対面同士挨拶を交わし、課題を受け取りに行く生徒たちでごった返す広場。


 そこで初めてアイツに会った。


「あの……!」


 駆け寄ってきたのは、子ども(ガキ)だった。

 ぶかぶかの学校お仕着せの真っ黒な法衣のフードを跳ね上げて、すがりつくように見上げてきたのはエメラルドの瞳。

 ずいぶん小さくて、やせぎすで、驚いた。あとで八歳だと聞いてそれも驚いたのは、幼児じゃないかと思ったから。正直に言うと、みっともなかった。

 

 ディアンの一瞥に子どもは怯えたようだった。それで諦めたかと思えば、食い下がるように見上げてきた。


「ディアン・マクウェルさん、ですよね。私、今回の――」


 ああ、相手か。ディアンはそれで納得した。道理で食い下がるはずだ。

 最初の試験だ、単位がもらえなくなるからな。


 ディアンは、背を向けてそのまま歩き出す。


「あの?」


 課題受け取り所の列に並ぶディアンの後を、よろけながら足がついてくる。肩にかけた鞄は膨らみ、引きずっているかのよう。


 外れだ、そう思う。――こいつも、俺も。

 見るとその子どもだけ浮いていた。誰も話しかけてこない、いないかのように存在が無視されていた。


 そしてディアンに対しても遠巻きの視線が向けられていた。傑出した異例の能力、得体の知れない存在。教師からも生徒からも煙たがれていたディアンと組ませたのは、この子どもが浮いていたからだろう。


 課題シートを受け取り、転移陣へと向かうディアンについてくる声。


「――あの、ディアンさん」

「煩い」


 冷ややかな声を投げつける。相手が口を閉ざす、怯えた気配に畳み掛ける。


「俺の名を呼ぶな。――それからお前の名前なんてどうでもいい」


 声を黙らせたことに満足して、ディアンは転移陣に入った。

 教師に促されて、子どもが身を縮ませて、横に並ぶ。一人分開いた距離、だがついて来たしつこさに懲りないと呆れる。


 この声の子どもが怯えて、一生話しかけてこなければいい、本気で思ったのだ。


***

 

 指定されたのはサンクレマンス山。

 標高千二百メートルほどの山で、大人の足で二時間ほどの山頂にある魔石をとってこいという課題だった。


 子どもを無視してディアンは山を登っていた。


 木々が根を、枝を張り巡らせていて歩き難いが、もとは登山として有名なコースだ。

 ただここ数日天候が悪く、冬が近い今の時期とあって、登山客はいない。長袖シャツに、パンツ。一応、履きなれたシューズ。


 だが、後を歩く子どもは授業時指定の黒い法衣。山登りをする格好じゃない。誰も教えなかったのだろう。

 

 最初は黙ってついてきていた子どもだが、時折空に手を伸ばし、首を傾げたり、うなずいたり、小さな声で喋っていた。最初は頭が足りないのかと思って無視していたが、ディアンは次第にいらつきだす。


「あの!!」

「……」

「こちらの道のほうが――」


 案内板が示す矢印とは反対の獣道を選んだディアンは、一応は振り向いたが無言でまた顔を元に戻す。そんなのは知っているという意思表示だ。


「“雨が降る”と言っています。そちらは崩れやすいから、やめたほうがいいと思います」

「だからだよ」


 枝を、草を、風魔法で切り裂きながらディアンは進む。


「それまでに戻るんだよ!」


 空を見れば、天気が今にも崩れそうなのがわかる。指摘されるまでもない、“誰か”に、“何か”を言われたのだとしても。


「でも――」

「俺に話しかけるな」



***


 空気が湿り気を帯び、緑の匂いが濃くなった。そう感じたと同時に、バラバラと重い雫がたれてきたと思えば、あっという間に身体を叩く激しい雨になった。


 それから半刻、雨足は遠のくことなく、次第に体温がうばわれ始める。


(――体温保持の補助魔法のひとつぐらい、身につけておけばよかった)


 攻撃魔法しか興味がない、先制攻撃で終わり。そんな闘い方しかしてこなかった。

 無言で歩きながら己の甘さに苛立つディアンは、後ろの気配にまた苛立ちを募らせる。


 話しかけるな、と告げたせいか、子どもはディアンには話しかけてこなかった。ただ時折後で何かを呟いている。


(――魔法か?)


 いや、ちがう。誓願詞ではない。雨音で、声が聞こえない。

 どちらにしても、意味はないだろう。


 ――天候を操る悪魔を配下にしておけばよかった。

 今、考えても無駄なことにまで思考が及ぶ。


 思い通りにならない状況に苛立つのは、組んだ相手のせいか。それとも他人という存在に慣れないためか。

 これまで、独断での単独行動で成果を上げてきた。だから、強いられる行動に意味を見いだせない。



 切っても切っても、雑草ははびこり、歩みを邪魔してくる。枝がわざとのようにディアンの体を打つ。木々の合間から空間が見え、ようやく頂上にたどり着く。


 そこは何もない場所。晴れていれば、それなりの景観だったのだろう。


「……魔石は?」


 子どもが周りを見渡し、途方にくれたように呟く。


「ねえよ、そんなもん」


 貴重な天然の魔石がこんなところに落ちているか。

 本来ならば、教師が魔石の存在を確認して、準備してあるはずなのだ。


 おおかた嫌がらせだろう。目的地の書かれた手書きのメモを渡した助手の、にやついた口元を思い出す。殴り書きされた文字。とっさに適当な目的地を書いたのだろう。


「そうしたら、課題は?」

「その辺の石でも持って帰れよ」


 赤黒い渦模様の石が転がり落ちている。

 魔のものの気配に触れた石、魔界にはよく落ちている魔力を求める雑魚(魔獣)の食い散らかしの雑魚石スクラップだ。

 何でこんなところに落ちているのか、と思うが、どうでもいい。

 

 ディアンは一つ拾い投げる。


「それだって魔力素を含んでる、魔石には違いない」


 純度が高いほど透明度が高く美しい魔石に対しての雑魚石は、むしろ不気味といった様相。子どもは戸惑いを顔に浮かべたまま、受け取った石に目を落とす。


 ディアンはそれを背に、元の道へと戻り始める。


「あの、その道は……」

「……」

「嵐が来るから危ないって言ってます!」

「うるさい! おまえも、その“何か”も、黙れよ!」


 ディアンは声の存在を無視して、もとの足場の悪い道を下り始めた。


nobody knows inside your heart 

(あなたのこころは誰も知らない)

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