43.影
暗い、暗い、闇の中。
暑い、熱い、苦しい。
いやだ、何か、くる。
たくさんの虫。きれいな顔、こわい。
(いやだ……!)
叫ぼうとした時、何かが額に触れた。
途端に、何もかもが消えた。
のしかかる闇も、たくさんの虫も……兄の顔も遠ざかる。
「重い……」
額に何か載っている。いやだ、重い。苦情を言うようにリディアが眉間にシワを寄せると、前髪をかきあげるように頭を撫でられる。
(あ、そのほうがいい)
――リディア。
そう、それは昔からの呼びかける声。
――焦るな。
みんなについていけないのは当たりまえ。でも足手まといにはなりたくないから。
――お前のペースでいい。
わかっている。誰が何をすべきか。どこまでやれるか、全て考えた上で配置されていた。それでも、それでも――自分の実力以上のことを示さないと。できて当たり前。無理をしているなんて見せられない。みんな余裕でこなしている。だから――。
――お前が負いきれなかったら、俺が負ってやる。
でも。
額に載せた手が言い聞かせるように重みを増す。
リディアは答えない。そして、相手が根負けしたように再度頭を撫でる。
リディアが寄せていた眉間を緩めると、ふっと離れる手。
ベッドが揺れる、横に載っていたものが離れる。
光が差し込む、どうやらドアが開けられたらしい。
誰かが出ていく。
懐かしいような、寂しいような感覚。
行かないで、と言いたくなる声を飲み込む。
うっすら開いた瞼。
戸口に立つ黒い影。
(……先輩?)
呼びかけようとしたけれど、声は出なかった。




