35.魔法師団をさがして
放り出された先は、うっそうと茂る森の中だった。地面に片膝をつき、吐気を堪えるウィルの周囲を取り囲む男たち。
「――動くな」
全部で五人。黒い衣装の男たちの顔は見えない。
ウィルが起き上がる前に、体が組みしかれて、地面に額づかせられる。
「――まって、くれ」
「見たところ子どものようだが――。一応聞いてやる。誰に命じられてきた」
要塞は見えない。だけど師団の者たちだ。間違えていない――来れたのだ。
「団長に、ディアンに会わせろ」
「……」
相手の返事は無言だった。ただぐいっと立たされて、背に回された両腕を縛られる。
なんだ、これ!
全員の黒衣装の胸元には、竜を貫く剣の悪趣味な紋章。
ウィルはその下で、頭を抑えられて声を張り上げていた。
「だから! 団長、ディアンだよ!」
「……」
「じゃあ、副団長でもいい、それかえーと、シリル・カーでもいいし」
「もう一度だけ聞く。貴様は誰の命があってきた」
「誰からも言われてねー。ディアンに取り次げよ!直接言わなきゃ分からないっていうか。それかえーと、ディック……なんだっけ? 魔法剣のやつ、そいつでもいい」
「――バカか、お前?」
ようやく困惑が返ってきた。人間らしい反応だ。
「会わせてくれればいいって、俺が、奴らに何ができるわけないだろ!」
「――」
「ああもう。俺は学生だって。こないだ実習来ただろ、俺の魔力派登録してるだろ!!」
男たちは黙ったままだ。
リディアの名前は出したくない。くっそ、長期戦か?
「ウィル、ウィルダーリングだ。いいからディアンに繋げよ!!」
「――おまえな。せめて人の名前くらい覚えろよな」
突然、感情のある声――知り合いにかけるような気安いそれが、背後から飛び込んでくる。
ぐいっと後ろに襟首が引かれる。見上げると、自分よりも更に背の高い目つきの悪い男が見下ろしていた。
「あ、えーと、ディック」
「リトラ師! こいつが、第一境界を突破し、地中の魔力導より侵入してきたので拘束しました」
「ええと、まあ、お疲れさん」
ディックは嫌そうにウィルに目を向ける。
「おまえ、限定転移陣通ってきたな。――これまで使用した転移陣の再流用の可能性があるって、ガロに言っとけ。あと下の封印、もう一度確認」
ディックの後半の言葉は、黒装束の男たちにだろう。
「まあ、お前が見たこと、しちまったことは後で聞くとして。んで何? 人の非番に、玄関で騒いでんじゃねーよ」
ディックがウィルに背を向けて歩き出すから、慌てて追いかけると、透明な膜を通ったみたいな感触。
気持ち悪さに顔をしかめていると、目の前には堅牢な石造りの要塞。石壁には、つぶらな瞳の竜を貫く剣の悪趣味な紋章。
魔法師団の秘密の片鱗に触れたようで、ウィルが思わず身ぶるいしていると、ディックが「おい」と叫んだ。
ディックが手にしている袋には、菓子や酒やリンゴやパンや、主に食料が大量に詰め込まれていた。買い出しだと丸分かりだった。
「なあアンタ休み? よかった、団長に繋いでくれよ」
「よくねーよ、俺の非番妨害してるってんだろ。それに団長にもホイホイ会わせらんねーよ」
ウィルは周囲を見渡す。ディックが現れ、彼に任されたのか周囲は誰もいない。
だから口を開く。
「リディアが。――ちょっとまずいかもしんねーんだよ、急ぎだ」
「は?」
ディックの沈黙は一瞬だった。入口を通ると、そこに立つ男に紙袋を渡して「保管しておいて」と頼んで、今来た道を戻るように歩き出す。
「あ、なあ」
「車出す。道中説明しろ」
ウィルは、車中で第ニ師団の実習にリディアが行ってること、そこの生徒の評判がやばいことを説明した。
ちなみにどうしてここに来たかというと、第ニ師団での実習場所を知らないからだ。
それに第ニ師団の場所も公表がされていない、この第一師団の正確な所在地もわからないのと同じだ。
「――つってもな、リディアだってガキじゃねーし。お前より十分場数踏んでんだせ」
ディックの台詞に、ウィルはそうだけど、と言いながらも付け加える。
「薬飲ませて、集団強姦したのも、気に入らないグループの頭潰したのも本当だと思う」
普通だったら、女教師につけるような案件じゃない。
サイーダに聞きに行ったら、教員誰もが怖がり、全く内部事情に精通していないリディアの領域のエルガー教授が、自分の株をあげるためにリディアを推薦したらしい。
「――リディア、お人好しだろ」
ディックがそれには答えず、端末を操作して、誰かと通話し出す。
「ああ、俺。悪い、ちょい、聞きたいんだけどさ、アンタのとこ、学生指導誰? そうそう、ちょい調べてくれる?」
仲間だろうか。アンタのところ、っていうから第ニ師団のところだろうか。
「ヘイ? あのマート・ヘイか?」
だが、ディックの声が裏返る。隠そうともしない舌打ち。
「いや、なんでもねー。そうちょっと気になってさ。また連絡するわ。そ、今度な」
ディックが通話を終えると同時に、強くアクセルを踏み込む。
「やばいのかよ?」
「だな」
多くは語らない。詳しく聞きたいが、強張ったディックの顔に、それ以上は声をかけられなかった。




