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リディアの魔法学講座  作者: 高瀬さくら
1章 大学授業編
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5.ココの常識

 生徒に舐められない、そんなことは些細な問題だった。


「は? 学生証は教員が用意? 学務関係なし? 業者に頼むの?」


 学務との内線電話を切りながら、リディアは混乱に陥った。

 サイーダを振り返る。相変わらず、彼女は文章を打ち込む手を止めない。


「学生の学生証って教員が手配するんですか?」

「そうみたいね。うちは頼んじゃったけど、業者教えようか? 学生に写真を提出させて回収して業者に送るの」


 業者の名刺を貰いながら、リディアは何度もすみませんと続ける。

 サイーダは忙しそうで、声がかけ難い。


「ロッドって、四年生で購入するのですか?」

「そうね。実習までに間に合わせないといけないから。カタログ見る?」


 各領域で学生に購入案内をするらしい。サイーダも聞けば教えてくれるが、聞かないと改めて説明はしてくれない。

 けれど領域が違うから仕方がない。本来は、リディアの領域の誰かが教えてくれるはずなのだ。

 

 カタログを見ながら、リディアは困ったように眉を下げる。


「ブライアン先生の領域は、どのロッドにしましたか?」


 サイーダに重ねて問う。

 魔法師の使うロッドとは、魔法師の魔力を伝道させて、対象物を指し示し魔法を発現させる際に使う。素材も様々で、値段もピンからキリまで。伝導率や、効果に差があるから、十万エン近いものを使う魔法師もいるが、たいていは一万エンくらいのものが主流だろうか。


「うちは、三種類のうち各生徒に好きなものを買うよう提示してるわ」


 カタログに貼ってある付箋を見ると、胡桃材、オーク材、樫材にチェックしてある。各八千エンで、妥当な選択かなと思う。リディアはカタログを更にめくる。


「胡桃材とか、使いやすくていいですよね。栗も硬くて丈夫だけど、トネリコはやっぱり高いですね。うちも三種類ぐらいから、選んでもらえばいいのでしょうか?」

「お宅は去年、その三千エンのみたいよ」

「え!?」


 三千エンのロッド素材は、合成素材になっている。


 写真を見ると、すごく――ださい。


 見本あるわよ、とフィービーが棚からクッキーの空き缶をあけて、いくつかのロッドを取り出してみせてくれる。


「これがそれよ」

「……割り箸、みたいですね」


 使い捨ての割り箸の片割れのような軽い質感と、頼りなさ。


「まあ、素敵ではないわよね」


 自分だったら使いたくない。


「なんで、これを?」

「お宅の教授が選んだみたいよ、去年の辞めた先生も気落ちしていたわね」

「……これにお金を出すの、いやですね。安くても」

「ハーネスト先生は、どの素材のロッドを使っているの?」


 フィービーが、穏やかに聞いてくる。いつも彼女は癒しの雰囲気だ。


「最初は胡桃材を買いましたが、そのあとは使ってないです。……魔法師団では使わないので」


 サイーダのキーを叩く手が止まる。 


 ロッドは、魔法をかける対象を指し示すためにある。でも使う以上は、正確に指し示さないといけないのだ。


『お前は何がしたいんだ? 林檎を割りたいのか? 一年後はスイカ割りが目標か?』


 リディアが拙くロッドを振り回していたら、口の悪いとある先輩に、鼻で笑われたことがある。

 八歳のいたいけな女児になんていうことを。


 当時は何を意図して言われたかわからなかった。ただロッドを使うと彼に馬鹿にされるということだけが理解できて、やめたのだ。

 

 でも、彼の意図は後にわかった。

 

 林檎のように動かない対象物ならば、ロッドで示すのもあり。

 けれどロッドをふり示した時には、動く対象物はそこにいない。

 

 おまけに、ロッドで派手に示すというのは、魔法をかける意図がどこにあるのか敵に知らせてしまう。

 

 それにロッドは片手がふさがる。

 

 とことん戦闘には向いていないのだ


 だから、リディアは最初からロッドを使うなと教えられたのだ。たとえば指、たとえば目線で対象物を指定する。魔法に精通すると、対象物を意識するだけでいい。感覚で出来るようになるまで訓練したほうがいい。


「ふーん」


 サイーダが呟く。

リディアは微妙な雰囲気に、あれと首を傾げた。


 が、電話が鳴るから話を中断する。


『――あのう。ハーネスト先生ですか?』

「――はい? そうですが」

『本日の教授会で、ハーネスト先生に着任の挨拶をして欲しいと連絡をしていたのですが、いらっしゃらなかったので」

「――は?」


 ところであなた誰?


『ですから、なぜいらっしゃらなかったのですか?』


 ええと、教授会にでなかったのはなぜか、と訊かれているのだろう。教授陣の前で挨拶をしなければいけなかったと。


「――失礼ですが、どちら様ですか」

『庶務のホワイトです、メールを差し上げたでしょう』


 名前を訊かないと名乗らないことに引っかかりも覚えたが、それには何も言わないで、リディアはPP(個人端末)をいじる。


 相変わらず、今日も大量にメッセージを受信していた。

 庶務のホワイトという差出人を探す。

 

内容は、「添付の内容、ご確認ください」

 

 そして添付ファイル。 

 

 本キャンパスからのそのままの転用。内容の説明は一切省いての転送は、危険なのでは?


(不審メッセージの添付ファイルは開かないようにと警告している自分たちが、添付を開かないとわからないものを送ってくるなんて)


 添付ファイルには、PDFで「教授会での挨拶のお知らせ」


 これ、本文で送ればいいよね? 


「――失礼しました。メッセージが多すぎて、気づきませんでした。以後気をつけます」


 見落としたのは、こんなに大量メールがあって、その中で大事なメールを分かりにくく送ってこられたことに原因があるよね。若干、そこを強調してみるけれど、相手は全然その皮肉に気づいてくれなかった。



 ……すっぽかしてしまった、着任の挨拶。

 

 結構落ち込む。

 ちゃんとメッセージを見ていなかった自分にも反省する。

 多分、ここのやり方はこうなのだろう。

 送ったら終わり。電話してくれたのは、まだいいほうなのかもしれない。


 教授と同じだ、――対処方法を学んでおかないといけない。 


 そして、リディアもここに慣れてしまうと、この不親切で少々常識外れな方法が当たり前になってしまう危険性がある。

 自分も、ここのやり方が常識になってしまう恐れがある。

 

 ついつい批判がちになるけれど、批判だけでは学べない。

 自分がその立場になった時はどうするか、という視点で前向きに考えなくてはいけない。


 一つ息を吐いて、気持ちを切り替える。


 複雑な思いを前向きに昇華したのに、それを台無しにするような嫌な予感を覚えさせる電話が鳴る。


『ハーライトさん? あなた会議の時間過ぎているわよ。準備しておくのが当然でしょ? 気が利かないんだから』


 相手は名乗らないが、今回はわかる。ついでに、名前も間違えられている。

 ハーネスト、ですけど。


(――本日、お留守のはずの教授、ですよね)


 オリエンテーションを休まれましたが、今日は教授会だったみたいですよ? 

 出たの、休んだの?


「会議? あの、失礼しました、会議って?」

『毎週木曜は会議よ。覚えておきなさい!』


 初めて聞きました、と頭によぎるのにそれが言えない。


「失礼しました、すぐに。ところで、エルガー教授。私、今日教授会で、挨拶をする予定だったのですけど――失念してしまって。欠席してしまって、すみませんでした」

『そんなの知らないわよ。私もいなかったんだから』


(えええ!?)


 あなた教授ですよね?


「――ところで、学生にロッドの購入案内をしなくてはいけないのですけれど。どの素材がいいでしょうか? 他の領域と同じように三種類くらい提示しますか?」


 ちなみに、リディアにロッド購入を伝えていなかったことも気にしないらしい。鼻であしらう気配がした。


『去年と同じでいいわよ、安いのがあったでしょう?』

「でも。これは――素材もひどいと思います」

『あのね。ハーライトさん、ロッドなんてどれを使っても同じ』


(え!?)


 ――同じではない。


 全然違う。愛用しないリディアでもわかる、値段と材質でまったく効果も違う。



『学生なんだから、一番安いのでいいの。高いのを買わせたら学生から苦情がくるでしょ?』

「ですが、それならせめて何種類から選ばせたら」


『あとで違うロッドだから、魔法の出来が違うとか、それを買わせたとか、苦情がきたらどうするのよ? いいのよ、安いので。どうせ学生なのよ、適当な素材でいいの』

「ですけれど!」

『それより、早く会議の準備をして頂戴!』 


 呆然として電話を置くリディアは、たまたま振り返ったサイーダと目が合ってしまう。


「ロッド、安いのがいいって。高いと苦情がくるって教授が……」

「ああ、去年もそんな理由みたいよ」


「そして私、教授会での挨拶、すっぽかしちゃいました。でも、――エルガー教授も出ていないみたいで、そんなの知らないって」

「あの人、いつも教授会出ないでしょ。気にしなくていいんじゃない?」


(そういうものなの!?)


 

「――ていうか、どのロッド使っても同じって言われましたけど……」


 あの人って、本当に魔法師?


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ありがとうございます。楽しんでいただけますように。
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