第9話 日常
窓から差し込む日差しで目が覚める。
昨夜エミリーと話した後に、一階の空き部屋に案内された。こじんまりとしていて、窓が一つにベッドと机が置いてあるだけの部屋だ。それからお風呂も沸かしてくれたみたいで進められたが、断わった。
それにしても昨日は恥ずかしいところを見せてしまって、エミリーに会うのが憚られる。
「いや、でもエミリーさんの泣き顔をみてるし相殺だな。うん」
よく分からない理論だが、そう自分を納得させる。同じ屋根の下にいるんだし、嫌でも顔を合わせるから変に意識した態度は駄目だ。普通にしよう普通に。
「よし! 心機一転、頑張りますか! でもその前に……入浴しよ。マイルーム」
ベッドの横に扉が出現する。それを四十五度ほど回転させて部屋の入口に扉の正面を合わせる。マイルーム内リビングのモニターに監視映像を映すことが出来る体勢だ。
俺はベッドから起きて、マイルームに入った。
リビングのモニターは部屋の中を鮮明に映している。
俺はソファに座り、タブレット端末でショップを開く。そこから防御力が無いに等しい初期装備のコンプレッションシャツと下着を大量に買い、ソファの横に出現させる。そこから一セットだけ引き抜いて、後は無限収納ボックスに仕舞った。
リビングから洗面所に移動し、そこで服を脱いで浴室に入った。
温めのシャワーで身体の汚れを落とす。頭や顔、身体を洗うのに十五分ほどかかった。
バスタオルで頭を拭きながらリビングに戻る。モニターを見るが、誰も部屋に入ってきてはいないみたいだ。
基本的にマイルームで消耗品を使っても、無くなった瞬間にまた新しいものが出てくる。オンラインゲームのザコモンスターと同じでポップするのだ。ただ、使用した分のお金は減る。
ソファやモニターも買い替え可能だ。
冷蔵庫から冷えた炭酸ジュースを取り出して飲む。やはり風呂上がりの炭酸は最高だ。
飲んでいる間、横目でモニターを見ているが、エミリーが来る気配はない。リビングダイニングなので、ダイニングからでもモニターを見る事ができる。
リフレッシュ出来たし、そろそろ顔を出そう。
マイルームから出て、部屋に戻る。
扉を消してから、姉妹が居るであろうリビングへと移動した。
「あっー! サクヤ! サクヤ! 起きた!」
リビングに入るなり、ミアが声を掛けてくる。
「おはようございます朔夜さん。もうお昼なので、そろそろ起こしに行こうかと思っていたところです」
「おはよう。ミアちゃん、エミリーさん」
少しだけ照れくさいが、挨拶はきちんと返す。いつも家では一人で過ごしていた俺にとって、とても新鮮だ。両親は仕事で帰らない日が多く、帰ってきたとしても俺が起きる前に出勤していたからだ。
「じゃあ食事にしましょうか。ミアは手を洗ってきてね」
「はーい」
ダイニングに移動し、昨日と同じ席に座る。俺はエミリーの対面を……陣取るぞ。
エミリーがテーブルに食事を並べていく。自分の前と、俺の前と、俺の横にだ。そこに洗面所で手を洗い終わったミアが戻って来た。
「サクヤ、そこミアの席」
「はい、ごめんなさい退きます」
俺は一瞬で横の席に移動した。
「もう、ミアも席くらいどこでもいいじゃない」
「いや、俺が悪かった。ミアちゃんごめんね」
「いえ、ミアが……」
「いや、俺が……」
「いただきまーす! うん! お肉おいしい!」
俺とエミリーの謝り合いはミアの一言で閉幕したのだった。
食べはじめてから少し経った頃、ミアがエミリーに話し掛ける。
「そういえばお姉ちゃん、冒険者ギルドには行ってきたの?」
「朝に行ったよ。それで各パーティーが揃ったところで、偵察隊から報告があったの。災厄の魔物が忽然と姿を消したって。みんなびっくりしていたわ」
ふふっと笑うエミリー。
「あと偵察隊が驚きながら、五階層の扉の守護者の部屋の床に大穴が開けられていて、それも下まで長々と続いて不気味だったって話もしていたの」
「それはサクヤがやったんだよね! バーンって! アレって何なの? それとあの黒くてでっかいのもう一回出して!」
好奇心いっぱいの顔をしながら質問攻めをしてくるミア。
あれはね、ただ殴っただけなんだ。それにここで装甲を展開したら家が崩壊するよ。
「やめなさい。ミアだって人に言いたく無いことの一つや二つあるでしょう?」
「はーい」
諌めるエミリーと素直に従うミアは、母娘の様にも見えた。
それからこちらを向くエミリー。
「朔夜さん、午後は王都を案内しましょうか? ついでに私は夕飯の買い物も行けるので」
「だったらお願いしようかな」
丁度、王都を散策してみたいとぼんやり考えていたタイミングだ。俺から言おうと思っていたのに、先に言われてしまった。エミリーはとても気が利くようだ。
彼女に頼みたかったが、自分の都合でエミリーの時間を割くのはどうかとも思っていたし、渡りに船だ。
「デート! お姉ちゃんデートだ!」
はしゃぎだすミア。エミリーは段々と赤面していく。
「や、やめなさい! 朔夜さんに失礼でしょっ!」
そんな可愛い反応をされると俺の方も意識してしまうから止めてくれ。
二人と取る昼食はとても賑やかだった。
食事を終え、エミリーと一緒に皿洗いをする。彼女が洗い、俺が拭く。
それも終わるとリビングに移動して、無限収納ボックスから黒いフード付きコートを取り出して羽織る。これで出かける準備は万端だ。
自室に戻ったエミリーは、少し時間が経ってからリビングにやってきた。白いブラウスにカーディガン、膝下まである黒いスカートにローヒールのパンプスを履いている。
「エミリーさん、とても似合ってますね。清楚で素敵だと思います」
素直に思った感想を述べる。
「いえいえ、でも、あの、嬉しいです」
そう言ってはにかむエミリーはとても可愛かった。
アルトナー家を出て、道を一本挟んだ向こうの商店街は多くの人で賑わっていた。道の左右に二十を超える店の数々。それぞれ看板を見ると簡易な絵が描かれており、肉を取り扱っていることや、魚を取り扱っていることなどが分かる。
俺はこの国の文字も問題なく読めるみたいだ。
だが残念なことも一つある。見る限り亜人種、エルフやドワーフなどはいない。剣と魔法の世界には付き物だというのに。せめてケモ耳の種族くらいはいて欲しかった。
「ここがいつもパンを買っているベーカリーです」
商店街に入ってすぐ右側の店を指差すエミリー。ベーカリーは結構広く、家二つ分はある。それに客で店内はいっぱいだ。
「へぇ、すごい人気店なんだね」
「はい。ですので、朝にまとめて買うんですよ」
そうなのか。今度早起きしてエミリーについて行ってみよう。
「あっ、まずは冒険者ギルドに案内しないと。そっちの方が遠いですから。商店街は帰りにまた寄りましょう」
商店街の入口から引き返し、王城がある方向に進むエミリー。城壁都市中央にそびえ立つあの大きい城。
近くで見たいと思っていたのでいい機会だ。
意気揚々と歩いていたが、急に反対を向くエミリー。
「どうしたの?」
「冒険者ギルドはこっちじゃなかったです……」
天然が発動しただけのようだ。
王城ではなく、行き先は冒険者ギルドのようだ。ゲームとかで馴染みが深いあの冒険者ギルドか。
エミリーも自分で冒険者と言っていたし、ダンジョンで魔物を狩って生計立てているのかと想像する。俺もこのチートみたいな力で美少女だらけのハーレムパーティーを結成出来たりして……ゲフンゲフン。こんな邪な考えはよくない。
誠実に生きるのだ誠実に。
「あはは、意外とおっちょこちょいなんだねエミリーさん」
思わず笑ってしまった俺とは反対に、エミリーはむくっとした顔になる。
「だって、道って覚えにくいじゃないですか……」
「うんそうだね。じゃあ先行くよ」
「もうっ、待って下さい~! わ、私が案内しないと場所わからないじゃないですかっ」
前を歩く俺の横まで駆け寄ってくる彼女。ついつい、拗ねる顔も可愛くてからかってしまった。