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第8話 あたたかな気持ち

 ブラックホールの様な真っ黒の穴から出ると、外は夜だった。

 白い石材で出来ている入口から後ろは小さな林になっており、その先に石とレンガで出来た城壁がそびえ立っている。高さは二十メートルほどだ。

 それからダンジョン入口の前方には、中世ヨーロッパの様な街並みが広がっていて、奥には大きな王城がそびえ立っている。


「ここが王都……」


 石造りの建物の数々。日本では見る事が出来ない景観に圧倒された。


「あれ、警備の方がいませんね。まぁ、第三騎士団だしサボりなのかな? それとも何処かへ駆り出されたのかな……今は人手が足りないから……」


 何やら小声で独り言を呟くエミリー。


「ん? エミリーさん、何か気になることでもあった?」

 

「あ、いえ、何でもないです。それより、旅をしていた朔夜さんは泊まるところとか無いですよね?」


「そういえば、そうですね……」


 どうしよう。今も俺の背中で寝ているミアをエミリーの家まで送り届けるのはいいが、その後の事など考えていなかった。


「よかったら私達の家に泊まっていって下さい。広いので部屋には余裕がありますし、なにより命の恩人をもてなしもせずこのまま帰すなんで出来ませんから」


 笑顔で提案してくれるエミリー。


「え、いいの? あー、じゃあ、お言葉に甘えさせて貰います」


 上層にいたモンスターはレベルの低い雑魚ばかりだった。たまたま災厄の魔物が五階層にいただけで、地上は強いモンスターがゴロゴロしているかもというのは杞憂に終わった。実際地上をこの目で見ても、モンスターがいる気配すらない。

 そんなどうでもいい思考にふけっていた俺は、深く考えずに反射的に返事をしたのだった。



 

 ダンジョン入口から少し歩いて、住宅街の中を進むと、大通りに出る。そこからまた二十分程歩いたところにある商店街の近くに、同じ様な見た目の家がずらりと並んでいる。煉瓦の屋根とクリーム色の壁で出来た二階建ての建物。そのうちの一つがアルトナー家だ。


「ただいま」


「お邪魔します」


 エミリーが玄関の扉を開けてくれ、俺は彼女の横を抜けて中へ入る。

 家の中は歴史を感じさせる作りで、古臭いわけでも無いが、新しくもない。


 靴を脱がないままリビングまで案内される。日本人の俺からしたら少し違和感があるが、こればかりは慣れるしか無いだろう。

 リビングはそれなりに広く、四人掛け用ソファが二つ、リビングテーブルを挟んで置いてある。

 俺はミアを背中から降ろして、ソファに寝かせた。


「朔夜さんはくつろいでいて下さい。私はミアを部屋まで運んだ後、晩ごはんでも作りますね」


 エミリーはミアを抱き上げ、寝室まで運んで行く。

 俺は空いたソファへと腰かける。

 孤児院と聞いていたけど普通の家みたいだし、なにより二人しかいないのか。色々気になるが……俺の事も深く詮索しないでくれたし、探るような真似はしないでおこう。それとシスターとやらに触れるのは気が引ける。エミリーはシスターの話題になると泣き出してしまいそうな顔になるから。

 

「明日からどうしよう……」


 今後の方針も考えなければならない。ダンジョンから出たはいいが、剣と魔法の世界でどう生きていくか。何か目標が無いと……。


「忘れてた、日本に帰るんだ」


 今日は地上に出ることばっかり考えていたし、色々なことがあって忘れていた。とりあえず日本への帰還を目指すことにしよう。そうと決まれば……何からやればいいんだ?

 分からないことがあったらインターネットに頼っていたが今はそんなものは無い。


「はぁ、マジどうしよう……あ、そういえば……」


 エミリーが冒険者ギルドとか言ってたっけ。そこから何か手がかりを探していけばいいかもしれない。インターネットではなく、自分の足で調べるんだ。


「朔夜さん、食事出来ましたよ。こっちへどうぞ」


 声を掛けられ、エミリーが目の前にいることに気付く。結構な時間考えにふけっていたみたいだ。

 ダイニングに案内される。リビングと廊下を挟んだ向かい側だ。ダイニングテーブルは六人掛けで、椅子も六つある。俺は通路側の端の椅子に座った。

 エミリーは俺の前に、ステーキの様な見た目の肉が乗った皿、パン、スープ、ナイフとフォークを置く。それから自分の分もダイニングテーブルの上に並べて、俺の向かいに座った。


「お口に合うか分かりませんが、ソースで味付けしたお肉を焼いたものと、パンと、根菜のスープです」


「何から何までありがとうエミリーさん」


 今夜の宿ばかりか、食事までごちそうしてくれる。豪華ステーキに口内が涎でいっぱいだ。

 俺からも今度なにかお礼をしよう。


「いえ、気にしないで下さい。では食べましょうか」


「はい。いただきます」


「いただきます」


 俺はぎこちない動きで肉を切り分けてから、口に入れる。


「んんっ!」


 噛むたび溢れてくる肉汁と柔らかさ、甘めのソース。絶品だ。ここ一週間カップ麺だけしか食べていなかったのもあって、より美味しく感じる。それに根菜のスープもコンソメ風味でとても肉に合う。パンも柔らかく、酵母の良い香りがした。


「エミリーさん料理上手いんだね。めっちゃ美味しい」


「そ、そうですか。嬉しいですっ」


 そう言ってうつむく彼女。あれ、俺変なこと言ったかな?なんで顔を隠すんだろう……などとは思わない。

 少しだけ見える表情からは、ほんのり頬に赤色がさし、口角が上がっているのが見える。そう。完全に照れているのだ。


 今しかない、気の利いた言葉を言うんだ俺。


「あ~、アレですね、あの、エミリーさんは良いお嫁さんになれましゅっ、なれますね!」


 噛んでしまって、めちゃくちゃ気持ち悪くなってしまった。

 無理してキザな褒め言葉を言うのは止めよう。現実は、ロマンス映画のように上手くは行かないんだ。

 

「えっ、あっ、ありがとうございますっ!」


 目を見開いてから、またうつむく彼女。少しだけ見える顔は、さっきより赤く、もう完全に照れてしまっている。


 意外に成功していた……だと。


 久しぶりに話す女性がとてつもない美少女で、なおかつ俺に照れた表情を見せてくれる。これが、これこそが最高のスパイスだ。


「んっ、うん。美味しい美味しい。この手作りのパンも絶品ですね! 才能の塊ですよホント!」

 

「それは今朝、商店街にあるベーカリーで買ったものです」


 調子に乗った俺は最後の最後で失敗した。




 食事を終え、リビングのソファに腰掛ける。

 蛍光灯に蛇口。それと食後に案内してもらった風呂場に水洗トイレ。時代とは矛盾したような、発展した技術が使われているものが多数存在していて庶民にも普及している。なぜこんなに技術が発展しているのか俺はエミリーに聞けず、あたかも既知のように振る舞っていたが、正直驚いた。

 考えうる可能性は……俺と同じようにこの世界に迷い込んだ現代人が技術を持ち込んだということだ。だとしたら日本に帰る方法も見つかるかもしれない。

 少しだけ希望が見えてきた。


 しばらくして洗い物を済ませたエミリーもリビングにやってきて、俺の向かい側のソファに腰掛ける。


「粗茶ですがどうぞ」


 俺の前にそっと紅茶を置くエミリー。わざわざ食後のお茶を用意してくれたようだ。


「ありがとう。頂きます」


 匂いを嗅いでから、一口飲む。紅茶に詳しくは無いが、とても美味しく感じられた。


「あの、朔夜さん。今日は助けて頂いて本当にありがとうございました」

 

 改まってお礼を言うエミリー。


「いや、たまたま通りかかっただけだからさ」


 地上に出るため、がむしゃらに何も考えず破壊しながら進んでいただけだ。もしかしたら彼女達姉妹を殺していた可能性だってある。あの装甲の拳で。


 本当に、ただの偶然なんだ。


「たとえ偶然だとしても、私達は助けられたんです貴方に」


 真剣な表情で語る彼女の言葉に、泣きそうになる。

 今まで何も誇れるものが無かったそんな俺が、人の助けになれたのだと。こんなに感謝されたことなど人生で初めてだ。


「朔夜さんは今みたいに、不安そうな、寂しいような表情をしている時があります。あの……どれだけ小さなことでもいいんです。ほんの些細なことでも、なにか相談して下さい。今度は私が力になりますから」


 

 エミリーの言葉に、無意識に押し殺していた不安や困惑など、深層心理が見透かされたようで驚いた。

 だが、どうしたというのだろう。何故か不快感は無いのだ。むしろ、心が暖かくなるような気持ちになる。


 固定概念に縛られた考え方や、疑ってかかる捉え方。俺は科学技術が発展した元の世界の常識に毒されてしまっているのではないか。だから、この世界で誰にも頼ることが出来ないと勝手に決めつけていたし、薄っすらとだが、他人は信用出来ないと思い込んでいた。

 だけど、会って間もない俺なんかにも手を差し伸べてくれる、そんな存在が目の前にいた。

 ちゃんと俺の事を思って言ってくれてるのは、真剣な表情を見れば分かる。


 エミリーがくれた言葉は胸に刺さるというより、まるで心の棘を抜いてくれたみたいだ。



 彼女の温かさに触れ、俺は少しだけ涙を流す。


 静かに席を立ち、俺の側へと来るエミリー。 

 今度は彼女が俺の肩をさすってくれた。そんな彼女の手が触れたところは、とても温かかった。

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