第7話 実は強い彼女
「あの、情けないところを見せてしまって……すみません」
涙は引いたが、まだ目元はほんのり赤いエミリー。
彼女は少しの間泣いていたが、結局俺は何も言葉を掛けてあげられなかった。人を慰めるなんて経験、今までしたことは無かったのだから。
「い、いえ。あっ、そういえばあそこ、災厄の魔物が消えた跡にいっぱい紫の石が転がってますよ。何でしょうかねアレ」
俺はなんとか明るい雰囲気にするために話題を振る。
それと、エミリーを元気づけるために思考を巡らせたが、結局気の利いた言葉なんてものは出てこなかった。
「あれは魔石ですね……それも大量にありますよ! 拾ってきますっ」
寝ているミアを起こさないように横にした後、素早い動きで移動し、魔石を回収するエミリー。そこまで大きくない革袋に次々と魔石を入れていくのが見える。元気になってくれたみたいで良かったが、魔石とは何か重要なものらしい。ただの紫色の石としか思っていなかったが、ここに来るまで倒したモンスターから拾っておいて良かった。
回収し終わったエミリーが戻ってくる。
「普通の魔石は赤子の掌くらいなんですが、その倍以上の大きさのものがいっぱいありました」
嬉々として報告してくれるが、魔石の使い道も分からない俺に言われてもさっぱりだ。
「その魔石って何に使うんです? 俺も結構な数持ってるんですけど」
ここに来るまでに倒した魔物から拾っておいた物だ。
「あれ、それも知らないんですか? 照明やお風呂を沸かすのに使うんです。上質な物になると何年も使用可能で、市場価値が高くなります」
不思議そうな顔で応えてくれる。日常的に使用しているのだろう。こればかりは知ったかぶり出来なかった。
「そうなんですね。あと、その革の入れ物なんですけど、小さいのに沢山魔石が入るので不思議です」
「これはアイテムポーチといって、一定の重量までアイテムが入れられるものなんですけど……冒険者以外だとあんまり馴染みが無いんですかね」
また不思議そうな顔をして応えてくれた。常識が無くて申し訳ありませんと心の中で謝っておく。
「そろそろダンジョンから出ましょうか」
エミリーはそう言って身支度を整える。
彼女から言い出してくれて助かった。俺は出口が分からないから、彼女についていくしかないのだ。
「エミリーさん、体力とか消耗してますよね。よければ妹さんは俺が背負いますよ」
「いいんですか? あの、助かります」
少し照れ笑いするエミリー。災厄の魔物と戦ったんだ。そりゃ疲労する。
俺はエミリーが視線を外した一瞬で、無限収納ボックスからsco初期装備の黒いフード付きコートを取り出し羽織った。
それから寝ているミアをそっと背負う。こっちを見たエミリーは、ちょっと間抜けな顔をして『いつの間にマントをっ』と呟いていた。
エミリーの案内でダンジョンを上る。最短ルートを知っているらしく、移動に無駄がない……と思いきや、オロオロしながら『こっちだったっけ? あれ、こっちかな』などと迷ったりしていた。妹の前では頼りになるお姉さんだったのに、今はその面影が無い。
それから少し時間をかけ一層に着いた。エミリーが言うにはもうすぐ出口らしい。
「いつもならスパッとダンジョンから出られるんですが……すみません」
「いえ、全然早いですよ。俺一人なら出られなかったです。それにしても、エミリーさん強いんですね。出てくる魔物も杖で一撃じゃないですか」
俺達は森の中の獣道を進みながら会話をする。
「一〜五階層はあまり魔物も強くないですから。私なんか一ノ瀬さんと比べるととても……」
そう言ってから、意を決した表情になるエミリー。
「あのっ、いきなりですが、敬語とか無しにしましょう! 堅苦しいですからっ」
本当にいきなりだ。でもそうか。敬語だと距離があるように感じるからな。この世界はもっとフレンドリーみたいだ。俺も適応しないと。
「そうですね。あ、そうしようか。それと俺も思ってた事があって、ファミリーネームじゃ妹さんとどっちか分から無くなるから、名前で読んでたんだけど、失礼かなとも思ってて。だから俺の事も、朔夜って呼んでください」
「もう……最後敬語に戻ってますよ」
微笑むエミリー。
「そうだった。ごめん」
「ふふっ。ではよろしくお願いします。朔夜さんっ」
「はい、よろしくエミリーさん。あれ、エミリーさんは敬語のままなの?」
「私はあまり男性との会話に慣れていなくて……。しばらくこのままでお願いしますっ。すみませんっ」
申し訳なさそうな顔で頭を下げる彼女。
「いや、俺は全然大丈夫だから。頭を上げて!」
「あ、はいっ。ありがとうごさいま……ぁあっ」
足を滑らせ、倒れそうになるエミリー。
俺は目の前で倒れる寸前だった彼女の腕を取って引き寄せる。レベルカンストで、ステータスの高い俺にはこの程度のスピードなど造作も無い。
自然とエミリーは俺の胸に顔を埋める形になった。
「しゅ、しゅみません……」
若干赤い顔で応えるエミリー。熱でもあるのだろうか……なんて思う訳がない。俺も恥ずかしくて顔が赤くなっているからだ。意図せず密着し、お互いに照れてしまっているこの状況。転んで怪我しないためにこれはしょうがなかったんだ。うん。
それに彼女の身体はとても柔らかく、とても良い匂いがした。
今のままだと距離が近いので、腕を離して距離を取る。
「あの、いや、大丈夫っすか」
あせりで変な喋り方になってしまう。エミリーは、『は、はい』と言ってから案内に戻った。
この人と行動していて分かったが、妹の目を離れるとかなり天然だ。素がこんなに無防備だったとは……以外だ。でもなんだか癒やされてる自分がいる。
それから暫く歩くと、白い石材で出来た出口と思われるところに着いた。
背中のミアは未だに眠っている。時折首にかかる彼女の鼻息がくすぐったくて、もどかしかった。
「着きました。ここをくぐると地上に出られます」
そうは言うが……内側がブラックホールみたいで凄い怖い。
「大丈夫、一瞬で抜けられますよ。あそこだけ暗闇みたいなものですから」
恐怖が顔に出ていたみたいだ。それを察知して先に安心させてくれる。
そしてエミリーの案内の元、やっと俺は地上に出ることが出来たのだった。