第60話 ジークハルト・シュバルツ
中央広場から真っ直ぐ伸びる道の先に王城を囲う城壁とその正門があり、その周囲には白を基調とした制服を着用した、衛兵と思われる人が複数警備にあたっていた。
石造りで、常人では到底乗り越えられないであろう高さの城壁は、表向き城内へ用がある者でも簡単に近付けさせないような圧迫感を放っていた。
そんな中、俺は勇気を出してその中央にある正門へと近づいていく。そして強化した視力で衛兵一人一人の顔を舐めるように見回し、目的の人物を必死に探した。
もし見付からない場合は、声をかけられる前に全力でこの場から逃げ出そうと算段を立てる。当然、人見知り故の行動だ。無事逃げきれた後は、遠くからレオが現れるのをじっくり眺めるのだ。
正門周りの衛兵がこちらの顔を判別出来る距離まで近づくと、衛兵達をかき分け一人、俺に向かって歩いてくる人物が見えた。
「おはよう朔夜。ギリギリだね」
レオだ。これで一安心。ホッと胸ををなで下ろす。
泣き腫らしていた一昨日とは打って変わって、爽やかで、そこらの女性を一瞬で虜にするような笑顔だ。
「おはようレオ。すまん、ダンジョンからさっき出て来たとこだから」
一人でこれ程の時間ダンジョンに籠もるなど、sco始めたての時のレベル上げ作業以来かもしれない。そう考えると、ちょっと懐かしい気分になった。
「えっと、それは体力や怪我とか大丈夫なのかい? 仮にもこの後は……」
「大丈夫大丈夫。ちょっと肩慣らししてきただけだから」
「だったらいいけど……それに、ダンジョンに一人では危ないからさ」
心配そうな顔のレオ。この世界の常識的に、ダンジョンというモノは命懸けで危険な場所という共通認識だから当たり前の反応だ。レオ自身も過去に死にかけたと言っていた。
俺がゲーム感覚で潜るのが非常識なのだ。本来なら、こんな重要な時に体力を無駄に使うなと怒ってもいいのだが、逆に心配してくれるのが彼の優しいところなのだ。
「見た感じ怪我とかもしてなさそうだし大丈夫か。よし、行こう。朔夜こっちだ」
レオに案内され、正門の左側へと進む。しばらくすると、小さな入口に到着。衛兵も僅かな数しかいない。何故正面から入らないのか疑問に思う。そんな俺の表情を察してか、王城へ出入りする商人や貴族の小間使い、使用人などが使っている勝手口みたいなものだと簡単な説明を受けた。
レオが顔見知りの衛兵に話を通し、城壁の内側へと入る。奥には大きな城と、右奥には城壁外からは見えなかった宮殿が見えた。それらとは別方向に進む。流石に常備兵の訓練所は離れているみたいだ。
そんな広い敷地を歩いた先、均一の長さに刈られた芝から硬い土の地面へと変わるところがあった。そこでは百人近い兵士等が各々訓練に励んでいた。二人一組で木剣を打ち合う者や、人に見立てた丸太へ剣を振り下ろす者達、弓で的を射る訓練をする者などだ。広く開けた場所に多数兵士達。ここが今日の目的地のようだ。
レオに連れられて俺は訓練場の中央まで歩く。訓練中の兵士等は手こそ止めないが、訝しげな視線だけをこちらに向ける。そんな中、レオはある人物の前で立ち止まった。
「おはようございます騎士団長。あまり時間が経っていない中申し訳ありませんが、もう一度手合わせよろしいでしょうか」
騎士団長、つまりレオの兄は、レオと俺を交互に見る。
「ああいいだろう。ヴィレム、訓練用の木剣の用意を」
「はっ!」
ヴィレムと呼ばれた明らかに年上の男に命令する騎士団長。男は素早く行動に移った。年齢差など関係ない。軍隊というものは、やはり上からの命令は絶対なのだろう。
「レオ、そちらは?」
「ボクの……友人の朔夜だ。今回一緒に戦ってくれる」
『ボクの……』の後の少しの間が気になったが、何も言うまい。レオが好きな女性と同居している男(俺)というちょっと複雑な関係なのだ。多少言葉に詰まるくらい何でもない。俺が勝手に友達以上の親しい感情を寄せていただけだ。この間まであまり好きではなかった彼だが、接している内に不思議と感情は反転していた。こんな振り幅が大きい自分だが、妙に人間臭いと客観視してしまう。
「初めまして。一ノ瀬朔夜と申します」
「エーベルハルト王国第一騎士団長、ジークハルト・シュバルツだ。レオがいつも世話になっている」
「いえ、こちらこそ」
軽く頭を下げる。冷静な振る舞いをしているように見せているが、内心は緊張しっぱなしで、口の中が乾いている。
ジークハルト・シュバルツは俺より十センチ以上高い身長と、恵まれた体格。雰囲気も固く、硬派な感じがした。年齢は二十歳中盤くらいに見える。
鷹のような眼光で見た目は少し怖いが、平民の俺相手にも敬意を払う姿勢に、かなりの人格者であろう事が伺えた。
「ふっ。レオはよく、君とアルトナー嬢の話をすると祖父から聞いているよ」
「に、兄さん!」
いきなりの暴露に焦るレオ。兄とは仲が良くないとばかかり思っていたが、そうでも無いのか? それに、家族にエミリーだけじゃなく俺の事まで話していたとは……ちょっと内容が知りたい。
「それで……二人はどんな関係なんだ?」
「さっき友人と言いました!!」
ジークハルトさんは何を言いたいのだろう。俺とレオが男同士で恋人だとでも思っているのだろうか。
「失礼します。持って参りました」
「ありがとう」
まだ文句を言い足りないという顔をするレオを遮るようにヴィレムと呼ばれた男性が現れる。
ジークハルトはヴィレムから三本の木剣を受け取ると、それを俺とレオにも手渡す。
「あのすいません、自分はこれじゃだめですかね?」
俺は渡された木剣は受け取らず、後ろ手にボックスから取り出した自作の木刀を差し出す。それを手に取るジークハルト。
「あまり見ない木材だな。まぁ良いだろう」
ダンジョンに生えていた木から作ったなど夢にも思うまい。多分そこらの木とは込められている魔力量が違うのだ。知らないけど。正直、木材の違いなんて分からない。この世界の住人ではない俺は魔力自体感知出来ないし。
でも、どこか違うとこのレベルの人物なら感じられるのかもしれない。
それから一度咳払いをした後にジークハルトは喋り出す。
「レオから話は聞いていると思うが、この模擬戦の概要を伝える。勝利条件は単純に、私に戦闘継続出来なくなるようなダメージを与えるか、この木剣を手から離れさせることが出来たなら君たちの勝利だ。それに対し、君たちにハンデなどは無い。私は基本的に受けに回るから、思う存分攻撃を仕掛けてきてくれ。思わぬカウンターを受けて気絶や失神などしないように気をつけてな。それとお互い剣技のみで、魔法は禁止だ」
以外にも相手に有利すぎる条件だ。こちらからは攻めていればいいだけなのだから。
でも、それだけ強さに自信があるのだ。前回レオが勝てなかったというのも、隙をついての一撃がとてつもない威力とのことだった。もしジークハルトが攻めに転じたら、勝てる者はいないとも言っていた。
魔法禁止は当然か。この世界の住人は最低でも全四属性ある内の一属性の魔法を使えると言われている。レオは三属性、兄であるジークハルトも同じだと事前に聞いた。二属性使えれば優秀と言われる世の中だ。才能ある二人がもし魔法まで使うと、命の保証がなくなるのだ。
ちなみに、エミリーも三属性使えると非常に優秀。ミアに至っては四属性と、天才だ。俺は魔法が一つも使えないから、エミリーに慰められたこともあった。出会ってすぐの頃だったからもはや懐かしささえ感じる。
それはそうと、この兄……話に聞いていたよりも冷酷な感じはしない。むしろ、弟に甘いのではないかとさえ思う。模擬戦というより、胸を貸していると言った方が近いのではないか。
「分かりました。じゃあ行くぞ朔夜!」
「おう。とにかく俺が突っ込んで隙を作るから、レオはタイミングよくよろしく!」
守備と攻撃を瞬時に入れ替え、レオ自身の手で倒すという戦法で挑む。俺はあくまでも盾役だ。カンストステータスで反射神経も高くなっている。国一番の剣士相手でも、攻撃を受けきることくらい余裕だろう。
木剣を全面に構え、俺達に鋭い視線を向けるジークハルト。
周囲で訓練している兵士等も手を止め、様々な色の視線を向けてくる。
「レオのやつ、また挑んでるよ……」
「たった二人じゃ団長の体に当てることさえ出来ないわね」
「もしかしたらがあるかもじゃん……無理だろうけど」
改めて周囲の視線を集めていると自覚したことで、少しばかり手が震えてしまうが、これもレオの為だと心を奮い立たせる。
人見知りで目立つことを嫌う俺がここまでするんだ。
レオには絶対に目標を叶えて貰わないと。
そう冗談っぽく心の中で呟き、俺は駆け出す。
一歩で瞬時に距離を詰め、ジークハルトの肩を目掛けて上段から木刀を振り下ろす。ダンジョンの中層あたりの魔物では、躱すことはもちろん、目視さえ困難な一撃だ。
ゴンッ! と音がし、木剣同士がぶつかる。ジークハルトは腕を僅かに動かしただけで俺の攻撃を防いだ。かなりの速度で接近しての攻撃なのだが、余裕を持って受け流されてしまった。
ここは敢えて引く。相手がカウンターを繰り出す前にバックステップで後退した。
「ほう……驚いた。威力、スピード共に中々……。騎士達でさえ、君に勝てる者は少なそうだ」
たった一度の攻撃で相手の実力を見抜く技量に驚く。流石の洞察力だ。
「ありがとうございますっ」
一応礼を言ってから、またすぐに駆け出す。今度は様々な角度から攻撃を仕掛ける。左右、斜め下、突き。だが、それら全てを防がれ、受け流される。
全力とまではいかないが、初手より力を込め、ダンジョンの下層モンスターでも二、三撃であっさりと沈むくらいのパワーで打ち込んでいる。だが、それすらも余裕を持って防がれるのだ。ジークハルトはもしや俺と同じで転移してこの世界にやって来て、ゲーム同様のステータスを得たのではないのかという疑問が生まれる。
「ふん。これくらいならなんてことは無いな」
「そうですかねっ!」
相手の軽口を突っぱねるように力を込めた薙ぎ払いを一閃した後、俺は瞬時に彼の後ろへと回る。
対してジークハルトは木剣を縦にして刀身の背に左手を当てがい、薙ぎ払いを難無く受け流し、僅かに受けた力を推進力に半回転し素早く後ろを向いた。相手の力を利用し、俺の全力に近い移動にすら追いつくジークハルト。木剣は常に俺の軌道上へと置き、防御の姿勢は崩さない。
そんな彼に向け、大きく振りかぶった木剣を振り下ろすが、案の定簡単に受け流された。だが、それも想定済みだ。意識を俺へ向けることが狙いなのだ。その隙を狙うように背後からレオが音も立てずに接近、突きを放つ。俺へと意識が向かっていたジークハルトは、そんなレオの俊敏な動きに気が付かず、脇腹に重い一撃を食らい、思わず膝をついた――――ように思われた。
だが、違う。ジークハルトは俺の攻撃に木剣を当て受け流し、その勢いのまま後ろを見ずにレオの突きへ木剣の柄を当てて防いでいたのだ。
「レオっ! くっ!」
レオへと視線を向けていた俺に、横薙ぎの攻撃を仕掛けてくるジークハルト。それをギリギリで防御する。速度は早いが、思ったより威力は弱い。それもそうだ。俺への攻撃はあくまでも牽制。彼は流れるようにレオにも後ろ蹴りを入れていたのだ。
それはレオの腹部にまともに入り、地面を転がる。だが、レオは転がっている合間にも体勢を整え、直ぐ様戦闘態勢へと移行した。きちんと受け身を取ったようで、レオの表情を見るに大丈夫そうだ。
「中々良いコンビネーションだったが……大きな攻撃には力が入り、同時に隙を生むんだ」
そう言ったジークハルトの視線は俺の脇腹に向く。
何か違和感を感じ、俺はゆっくりとした動作で脇腹に左手を当てる。左手は服ではなく、直接肌に触れた。
「なっ!」
いつの間にか脇腹部分の服が切れていたのだ。彼の言動から察するに俺が振りかぶった時か、レオに視線を向けた時に超高速の攻撃が繰り出されたのだろう。ゲームレベルカンストの俺に知覚させないとは、本当に規格外の人物のようだ。
ダンジョンなどで上級の冒険者達を見てきたが、さっきの連携攻撃を防ぐのみならずカウンターを入れられるのは、この人くらいだ。流れるような剣術と体幹。scoプレイヤーでもこんな洗練された動きは見たこと無い。
レオに視線を飛ばすと、まだまだやれると言わんばかりの視線が返ってきた。
俺も右手に持つ木剣の柄に力を入れる。
すると、タイミングよく俺の正面のジークハルトの口角が少し上がった。
「申し訳ない。前言撤回させてもらう。一ノ瀬君、君相手には全力を出しても大丈夫そうだから、こちらからも仕掛けさせて貰うよ」
気づいたらジークハルトが目の前にいた。
「えっ……? ちょッッ!!!」
慌てて木剣を前に出して防ぐ。
「ふっ……」
ゴンッ! ゴゴンッ! ゴゴゴンッ! と木剣とは思えない音が響く。ジークハルトが素速くも威力のある連撃を繰り出して来たのだ。
「あっ、ちょッ! くっ!」
目にも留まらぬ速さの攻撃に、防御だけで精一杯だ。
ゲームの能力そのままでもこの世界では強いと過信しすぎていた。そのツケを払うかのように、俺はジークハルトに手も足も出ないまま数分間何も出来ず、防御だけに専念せざるを得なかった。
「ふんっ、いいぞ」
木剣を振りながら喋る余裕すらあるジークハルトと、彼の攻撃を防ぐだけの俺。想像以上の強さに驚いたが、対人用スキルを使うしか無いと決断する。だが、これを使うとジークハルトに大怪我をさせてしまうかもしれない。そんな葛藤があったが、scoプレイヤーにも勝るとも劣らない戦闘能力に、この人なら対等に渡り合えるだろうと確信した。
だが。
「ああああああああああああああああああ!!!」
お互い気付いた時には、ヴィレムと呼ばれていた人物が奇声を上げてジークハルトへと肉薄していた。それも、真剣を振り上げて。
俺とジークハルトは互いに集中しすぎていた。だから周りが見えず、ここまでの接近を許してしまったのだ。
このままだとジークハルトに剣が突き刺さる。だが、俺とジークハルトは気付くのが一歩遅れてしまった。もうヴィレムは真剣を振り下ろしている。
「はあああっっ!」
カンッ!!! 傍で大きな音がする。
それは、レオがヴィレムの剣を弾く音だった。
レオはヴィレムの剣を弾くと、木剣で彼の腹部へと重い一撃を入れ、気絶させる。
「レオ、よくやっ……」
俺はレオに言葉を掛けようとするが、頭上を見上げ、顔を青くする周りの兵士達の声に遮られた。
「なんだアレは!?」
「ワ、ワイバーンだと!!!」
「なんで王都に出るんだっ!」
「皆冷静に! 王族は親衛隊、各貴族要人も護衛がついているが、念の為急いで救援に迎え! そして各隊に別れて魔物を追うんだ。急げ! 何故ここに魔物が現れたのかは後で調査する。今は仕事にかかれ! すまないが模擬戦は中止だ。一ノ瀬君、レオ、君たちはここでヴィレムを見張っていてくれ」
そう言うと、ジークハルトは隊を指揮して散開した。
急な出来事に俺はついていけず、ほとんどの人がいなくなった訓練場で立ち尽くす。レオは縄でヴィレムを捕縛していた。
それから一時間も掛からずに、第一騎士団は事態を収めた。聞くに中々手強い魔物のワイバーンも、組織力のある第一騎士団はそれほど被害も出さずに殲滅したそうだ。
ジークハルトは戻ってきて、ヴィレムを牢屋に移送するよう部下に命令し、自身も事後処理をすると語る。
「それであの、ジークハルトさん……」
未だ険しい顔つきのジークハルトに声を掛ける。レオは俺の隣に立ち、戸惑った表情を浮かべている。兄に挑むのが二回目で、横槍を入れられ中断させられたのだ。このままだと、レオの願いは承認されないと思われたが、ジークハルトは口角を上げる。
「ああ、今回はレオに助けられた。だからと言ってはなんだが、認めるよ。戦場へ立つことを。レオは今迄でも実力は充分あったが、周りを頼ろうとしないのと、一人で突っ走る危うさがあった。だが今日は適切な判断が出来ていたし、仲間に頼るということ覚えた。この調子で今後も精進するんだレオ」
「あっ! ありがとうございます騎士団長。やったよ朔夜!」
レオが突き出す拳に、俺もコツンと自らの拳を当てる。
「やったな、レオ」
眩しいほどの笑顔を咲かせるレオ。そんな彼に、心臓がドクリと跳ねた。俺の心のネガティブな部分を吹き飛ばす程、清々しい表情だったのだ。やはり、そんな彼の真っ直ぐな人柄は好感が持てる。
「そうだ。一ノ瀬君。少し話せないか?」
「はい、大丈夫ですけど」
一体どうしたというのだろう。まさか、ワイバーンを嗾しかけたと疑われているとか。尋問されるのでは無いかちょっとだけ不安だ。
ジークハルトと二人、レオから離れたところに移動する。
「単刀直入に言う。君は英傑血統なのか?」
「あ、あとび……? すいません、多分違うかと……?」
「知らない、か。ならいいんだ。今日はバタついてすまなかった。また会おう。レオ! 彼を城門まで送って行ってくれ!」
その声に、子イヌのように浮足立ったレオが走って来る。
「はい騎士団長! 行くぞ朔夜っ」
「ちょっ……」
レオに手を引かれ、訓練場を後にする。その際、何か思考するように遠くを見るジークハルトが気になった。俺もアトヴィズムという聞いたことのない言葉について質問したかった。だが、ワイバーンについての調査などがあるため、無理に時間を取らせるような真似も出来なかった。
「俺は事情聴取とか受けなくて大丈夫なんだろうか」
「そこら辺は問題ないと思う。そ、その、兄は家族から色々と聞いたと言っていたし。ボクも、近況報告だったりで祖父にキミについて少し話した」
少しだけテンションの高いレオと並んで歩きながら一方的に話を聞く。
「でも、プライベートまでは話していないよ! ほら、君が旅してこの国に来たとかそれだけさ、うん! あと、話のほとんどはエミリーやミアちゃんのことだしね! そもそも……」
「……久しぶりだね。レオニ・シュヴァルツ君」
城門の出口まであと少しといったところで、レオに声を掛ける中年の男性に偶然出会った。彼の側には護衛と思われる屈強な男が二人いて、俺たちに向けて軽く頭を下げた。
「……お久しぶりですビットナー伯爵」
「ああ。御祖父は元気にしておるかね?」
「……はい。今朝も元気に剣の稽古をしておりました。その、ビットナー伯爵……この度は……」
「……気を使って貰わなくても結構さ。私は国のことを一番に考えている。そう息子にも教育してきた。だから、大丈夫だ。それより、君たち騎士団には期待しているよ。どうか、どうかあの忌々しい帝国を叩きのめしてくれ。それでは失礼する」
目の下には深い隈が出来、やつれ気味のビットナー伯爵は、俺たちが歩いてきた方向へと踵を返した。しっかりとした足取りとは対象に、何故か今にも消えてしまいそうな雰囲気の男性だ。
「レオ、あの人は……」
「……彼はルーカス・フォン・ビットナー伯爵。帝国に接するノイス地方を治めるお方だよ。ボクのシュヴァルツ家とも懇意にさせて頂いている仲なんだが……」
苦虫を噛み潰したような顔になるレオ。
「帝国から宣戦布告されたという話はしたよね。その後なんだけど、ビットナー伯爵の息子さんが帝国の者に誘拐されたんだ。まだ六歳だというのに」
「……それは酷いな」
「帝国と接している土地柄、例年ノイス平原で戦争は行われるんだ。だから帝国側はそこを治める領主の息子を拉致し、帝国に寝返らないと息子の命は無いと脅してきた。普通なら要求を飲むのだろうが、ビットナー伯爵は長いことここエーベルハルト王国に仕える貴族。それらを突っぱねてありのままを王へ報告したんだ。愛する息子より、高貴な貴族としての義理を果たすために国を選んだ。ボク達には計り知れない、苦渋の決断だったと思うよ」
そんな事情があったのか。帝国の行いは勿論許せることではない。これから起こる戦争はより悲惨なものになるだろうと簡単に想像がついた。悲劇も多く生むだろう。
「なあレオ。どうにか助けることは出来ないのか?」
「多分無理だ。王国に有効な手段では無いと分かった時点でもう命は……」
「くそ……こんな簡単に小さい子供の命が……」
強く拳を握りしめる。自分が救える範囲が狭いことは十分に分かっている。だが、この行き場のない思いはなんだ? もし最強装甲で戦場に立っても帝国側の命を無数に奪うこと以外は出来ないというのに。この強すぎる力は破壊以外生まないのだ。
「だからさ、朔夜。ボク達騎士団が頑張るしか無いんだよ。武力で帝国の力を削がないと。そのために身を粉にして働くのさ」
決意を固めるような、でもどこか悲しそうなレオの横顔が脳裏に焼き付いた。
レオと別れ、アルトナー家へと戻った俺は、苦境に立たされていた。
「それで、お泊りしてまでどこに行ってたのか……説明してくれますよね、朔夜さん?」
「そうだそうだー! ばかサクヤー!」
リビングのソファに並んで座るエミリーとミア。俺はというと床に正座させられている。文化が違うというのに、どこか日本を感じさせるスタイルなのは何故なのだろう。
「えっと、だからダンジョンに行りしたりして、えーっと、」
レオについてのあれこれは本人から伝えるのが筋だと思うので黙っておく。
「はぁ。もうハッキリしないんですから」
呆れ顔のエミリー。申し訳ないがこれくらいしか今は言えないのだ。
ミアも何故か頬を膨らませ、エミリーに乗っかっている。
「サクヤはダンジョンがあまり好きじゃないはずなのにおかしいなぁー? どこ行ってたのかなー? もうこれはミアにお菓子いっぱいくれて、いっぱい甘やかせてくれないと許さないやつだよサクヤ?」
ニヤニヤとした顔でこちらを覗き込むミア。やはりミアは怒っているフリだけで、いつもは通らない要求を通そうとしている魂胆なだけだ。
「はいはいミアはお口チャックしててね。朔夜さんはいつもより長い期間お風呂とトイレ、その他隅々の掃除をしてもらいます。心配かけた罰です! ……それじゃあ遅めですが、お昼にしましょうか」
「今日は、みーとすぱげちーなんだって! 楽しみ!」
言うべきことを言い、笑顔に戻ったエミリーと天真爛漫なミアの後を追い、ダイニングへと移動した。
やっぱり、ダンジョンで食べた味気ないカップ麺より、エミリーの手料理の方が百倍美味しかった。




