第6話 それは、思いがけない出会い
「次で四十部屋目くらいか」
一階一階天井を貫いて上ってきたが、いつまでこんな白い部屋に出るんだろう。これだけ上ってもまだ地上が見えず、だんだん苛立ってくる。
「はぁ……次だ次」
装甲脚部に力を溜めてからジャンプし、天井に近付いたら右手で殴る。もはや作業になりつつあるが、地上に出るまでの辛抱だ。天井を突き破り、白い石材のような床に着地する。
そうしてまた似たような上の部屋に出る。そしてまた同じ要領で上の部屋へ……あれ?
白い粉煙が晴れると、なぜか目の前には複数のモンスターを合成したような生物が立っている。
大きくて気持ちが悪い見た目だ。
雰囲気的に下層で倒してきたモンスターより強そうに感じる。
それから少し離れたところには傷ついた少女が二人、寄り添っているのが見えた。状況的にあれだ、この大型モンスターにやられそうになっているということか。二人共血が出ちゃってるし可哀想だ。何とか助けてあげたいが……マイルームに行ってショップでポーションを買うか?でも何も無いところからドアを出してその中に入るのを見られてしまうのは……。
そんな事を考えていた刹那、大型モンスターがこちらに素早く近づき、蹴りを放ってくる。
ジャンピングニーだ。
やばい、気を抜いていたのもあってか、スピードに反応出来ない。
モンスターの膝は装甲の胸部に当たる。威力は凄まじく、まるで大きな岩がぶつかってきたようだ。
鈍く大きな音が鳴る。
これは、流石に深刻なダメージが入っ……てはいなかった。それはモンスターの足の骨が砕けた音だった。
「ギギッ、ギャーーーーッッ!!!」
痛みで絶叫するモンスター。怒りを含んだ声だ。常人なら気絶するであろう咆哮。だが、今の俺はこの装甲を着ているから全く怖くない。と思ったが、いや、ちょっとだけ、ほんの少しだけ怖かった。
地面に着地した大型モンスターは負傷した右足を庇い、左足を軸にして俺に攻撃を仕掛けてくる。
高速で繰り出される右左の拳と、触手で叩き付ける攻撃に俺は何も反応しない。ただ立っているだけだ。ラッシュは暫くの間止まなかった。
このモンスターは強い。レベルにして五十以上はあるだろう。この洞窟で出会った中では最強クラスだ。
雨のように降り注いだ攻撃が止む。モンスターの方を見ると、殴る為酷使した拳からは血が溢れ、触手もズタボロだ。もちろん俺は傷一つなく、装甲も黒く輝いたままだ。
モンスターも気付いたのだろう。圧倒的なまでの差に。俺からは何もしていないのに負傷しているのだから。慌てて後退しようと足を動かすが、それは叶わなかった。俺が胴体を掴んだからだ。
「ギギギギギギッッ!!!」
装甲の巨大な左手から逃げ出そうと必死に藻掻く。叩いて殴って蹴ってくるが、掴んだこの手が外れることは無い。
「ガァァアアアアアアッ!!!」
最後の足掻きか、蕾のような口を開き何かを吐き出そうとするのが見えた。
何か悪い予感がしたので、少し持ち上げてから手を離し、地面に投げ倒す。突然離されたことで驚く素振りを見せるモンスター。
俺は右拳を振りかぶり、瞬き一つすらさせる隙を与えずに一気に叩き付けた。
拳はモンスターの身体の中心に当たった。
殴った衝撃で床にはクモの巣状のヒビが入り、部屋全体が大きく揺れる。そしてモンスターの胴体はというと、水風船のように潰れて皮だけが残り、手足はバラバラに弾け飛んでいる。その中で首だけが唯一皮一枚で繋がっていたが、それも拳を引き抜く時の些細な揺れで引きちぎれた。
大型モンスターは一瞬にして即死した。
こんなものか。
それにしても、上には下層よりちょっと強いモンスターもいるみたいだ。もしかしたらもっと強い、怪物みたいなものが地上に跋扈しているのかもしれない。そう考えると軽く恐怖だ。
それから暫く逡巡した後、少女達の方を向く。
片方は怪我をして動けそうにないのが見て取れる。それでも、もう一人の小さい少女を懸命に抱きよせ、守ろうとしている。
それが俺にはとても美しく見えた。
俺は少女達の方へ歩みを進める。一歩近づく度に顔が強張り、恐怖しているのが伝わる。
ついに移動し終え、俺は少女達の目の前で止まる。
一体……何て声を掛ければいいんだ?こんにちは?こんばんは?そもそも言葉が通じるのか。あれ、どうしよう。
色々迷った挙げ句俺は、
「ヴヴヴゥ……(あの……言葉分かりますか?)」
と声を掛けてから気付く。初対面でこれは失礼なのではないかと。
少女達を見てみると、恐怖で顔が真っ青になっている。
やってしまった。
そういえば一つ、忘れていたことがあった。装甲を着てると喋ることが出来ないということを。
今俺は『――ヴヴヴゥ』と、低い唸り声を上げただけに見えただろう。もはや威嚇だ。
むしろ、俺のこと魔物に見えているんじゃないか。凄い怖がってるし。これはすぐ装甲を脱がないといけない。
俺は心中で、デウスエクスマキナと呟く。そうすると、全身が黒い光に包まれ、数秒してから元の学生服を着た姿に戻った。
俺の早着替えを見た少女達は、驚きで目が点になっている。無理もないか。厳つく、でかい装甲は化物にしか見えないからな。それにしても驚きすぎだ。
「えっと、初めまして。色々質問したいんですが、その前に怪我酷そうなので治しましょうか?」
出来る限りの笑顔で話しかける。俺と同い年くらいに見える少女は、口をパクパクさせた後、応えてくれた。
「あ、あの、ええっと……」
凄い戸惑っている。もしかして俺は余計な事をしてしまったんじゃないのかと今更ながら不安になる。
でも、あの状況で見過ごす選択肢は俺には無かった。
「お姉ちゃん、しゃ、喋ったよっ」
小さい方の女の子も状況がよく飲み込めていないようで、必死に姉と呼ぶ人に訴えかけている。
それにしても良かった。ちゃんと言葉が通じる。
でも、これは日本語ではない。彼女達は知らない言語を喋っている。そして俺はその意味がはっきりと分かる。彼女達の耳にも日本語では無く、彼女達の国の言語に変換され聴こえているようだった。
どうせ訳のわからない状況だ。ちゃんと意思疎通が出来ていればそれで良い。
あくまで仮説に過ぎないがここは異世界で、脳や身体がこの世界用にコンバートしたとも考えられる。
でももしそうだとしたら、これからの生活、頼る人もいない中どうやって生きて行けばいいんだ。現代っ子の俺は原始的な生き方なんてとても出来な……
「あのっ! 助けて頂いてありがとうございます。ほんとに何とお礼を言っていいか」
姉と呼ばれていた少女の声に、俺の意識が引き戻される。
「ミアからも! お姉ちゃんとミアを救ってくれてありがとうございます!」
そう言って二人は揃って頭を下げた。
「いえいえ、頭を上げて下さい。その前に怪我、あの、酷そうなんですけど……」
特に姉と思われる女性は、左足が血で赤く染まっている。
「じ、自分達で治せるので大丈夫です。ミア、痛いとこどこ?全部治すから」
「お姉ちゃんから治してよ! 足とかひどいじゃん。ミアはおでこ切ったくらいしか怪我してないからヘーキだよ」
「いや、でもミアも結構……」
「ミアはいいから!」
それから暫く押し問答していたが、結局姉の方が折れて自身を治療し始める。
「治癒」
彼女の手から緑色の光が放たれ、その光を当てたところがゆっくりと治療されていく。それは時間を逆行しているようにも見えた。
初めて見る現象に驚く。これはスキルなのか?ゲームでは見た事が無い。ポーションを飲んで回復というのがscoでは普通だったのだが。
「あの、凄い驚いたような表情なさってますけど、どうかしましたか?」
キョトンとした顔で女性が話しかけてくる。
「いえ、そんな治療法見た事が無かったので。少し見入っちゃいました。失礼しました」
若干早口になってしまったがしょうがない。
冷静に考えるとこの二人、とても可愛い。どこからどう見ても美少女なのだ。
姉の方は俺と同い年くらいに見える。
明るい茶色でふわふわした腰まである髪に、色白できめ細かい肌、若干たれ目なおっとりめの美少女。そして白のフード付きローブに胸プレート、下はフレアスカートという、白いドレスに鎧が付いているような印象を受ける装備だ。
妹の方は、俺より年下で小学校高学年くらいに見える。髪は姉とは違い、暗めの茶色で、肩までの長さだ。そして毛先が外にハネている。普段は活発なのだろうと感じさせる、笑顔が似合いそうな美少女だ。服装は大きめのローブを着ていて上半身はよく分からないが、下はショートパンツにニーソックスを履いている。
現実世界で人と会話すること自体久しぶりな俺に、この少女たちはハードルが高過ぎるんだ。ほら、姉の方が不思議そうな顔でこっちを見ている。
俺は出来るだけ意識しないようにしてここが何処か聞こうとするが、
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私はエミリー・アルトナーと申します。こっちが妹のミア・アルトナーです。本当に危ないところを助けていただきありがとうございます」
姉から先に切り出された。真面目とは言えない俺とは反対の、よく出来た人みたいだ。
「ミアです。さっきはありがとうございました」
それからペコリとお辞儀をする妹。礼儀正しく、笑顔が眩しい。
さて、俺も名乗らないと。
「一ノ瀬朔夜です。たまたま通りかかっただけで、ほんと感謝とかいいですから」
何より美少女に頭を下げられると、こっちが悪い事をしているみたいで申し訳なくなってくる。
自身の治療が終わり、ミアに治療を施し始めるエミリー。ミアは安心しきった仔猫のように目を細め、気持ち良さそうにして身を任せている。
「あの、いきなりで悪いんですが、それってどういったスキルなんですか」
「スキル? ですか? これは回復魔法ですが」
『怪我には回復魔法が常識』とでも言いたそうな表情で応えているが、魔法か。それにスキルが分からないとは。スキルという概念が無く、魔法に頼りきった世界なのかもしれない。
彼女の言動から常識を学ばないといけないな。
「こちらからも質問なんですが、なぜダンジョンの下層から? 扉の守護者でも壊せない床をたやすく貫いていましたし、それに何か凄い装備をしていらっしゃいました……あの、応えられなかったら全然大丈夫なので……」
エミリーからの質問に、俺は口ごもる。手の内を明かすのはリスクがあるからここは隠す、というか誤魔化すことにしよう。
「俺はですね、とても遠いとこから来て……そうです! 旅していて! あー、何やかんやあって、たまたま地下に出ちゃったんですよ」
自分でも分かってる。どう考えても嘘だ。咄嗟に口に出たにしろ、もっとマシな言い訳があったはずだ。肝心の装甲にも触れて無いし。
「そうだったんですか。……あはは」
エミリーは苦笑いで応えてくれた。あえて詮索はしないその優しさが心に刺さる。
「そ、それはそうと、そんなに遠いところからいらっしゃったのなら、この国のこととか、さっきの魔物のことって分からないですよね?」
変な空気になる前に自分から話題を振ってくれる。その優しさも心に刺さる。
「そうですね。そういったところも教えて貰えると助かります……」
所詮俺はコミュ障だ。目の前の美少女に何だコイツとか思われていないだろうか。
「ではまず、ここはエーベルハルト王国の王都にあるダンジョン、“ヴァルト”の内部です。その昔、このダンジョンに潜り、そこで見付けた金銀財宝で多額の財を成した人物がここに国を創ったと言い伝えられています。国名の由来も、ダンジョンの名前“ヴァルト”から取ったと言われているんですよ」
「なるほど。ここがあのエーベルハルト王国なんですね」
エーベルハルトね、聞いた事はある。みたいな雰囲気を出し、知ったかぶり作戦に出る俺。
「それでさっきの魔物という口ぶり的に、普通のと違うんですか?」
「はい。あれは今から一ヶ月ほど前のことです。協会から、強大な力を持つ災厄の魔物がダンジョンの底から現れ、王都を燃やし尽くすと予言が告げられたんです。それからすぐ王城から第二騎士団が派遣されダンジョンを調査したところ、各階層の扉の守護者を喰らいながら上ってくる巨大な魔物が発見されました」
「話の腰を折るようですみませんが、扉の守護者とは一体……」
「ご存知無いのですか? 下の階層に進むための扉を守護している存在で、そのフロアの中で一番強いんです」
「そういえばそうでしたね、はい」
もう誤魔化しが効かないレベルではあるが、知ったかぶり作戦を続行する。そんな俺にも、少し困った表情をしながらも優しく付き合ってくれる美少女エミリー。女神かな。
「それから第二騎士団が発見した数日後に一斉攻撃を仕掛けたんですが、あまりにも強かったんです。各階の扉の守護者の能力を取込んだ攻撃と、圧倒的なスピードにパワー。話を聞くに手も足も出なかったみたいです。国同士の戦争では無敗の第二騎士団がですよ。それで多くの死傷者がでてしまい撤退を余儀なくされたんです」
第二騎士団。名前からして強そうだ。でもそれ以上に強かったのか災厄の魔物。
「第二騎士団が敗れたことで第一騎士団が派遣されることが決まったのですが、準備に時間が掛かるということで、その前に私達冒険者ギルドに国から依頼があったんです。災厄の魔物を討伐せよと。それで高ランクの王都ギルド所属パーティー複数とヒーラーである私が行くことになったのですが……」
そう言って俯くエミリー。
「予定では明日、冒険者ギルドのパーティーに混じって災厄の魔物を討伐しに行くことになっていたんです。でも、討伐隊に決まってから私が暗い顔をしていたせいなんですかね、この子は隠れて災厄の魔物を倒す準備をして、たった一人でダンジョンに向かったんです」
いつの間にか寝てしまったミアの髪を優しく撫でるエミリー。それはまるで絵画に描かれている聖母のようだった。
「今日最後の作戦会議が終わって家に帰ると、災厄の魔物を倒してくるって書かれた紙を残してミアがいなくなっていて、びっくりしましたよ。それで慌ててダンジョンに潜ったんですが、ミアを見付けた時にはもう災厄の魔物と戦っている最中で、ほんと、どうしようかと思いました。それから私も戦闘に加わりましたが、もう想像以上に強くて、私もミアもやられてこのまま死ぬのかなって思ってたところにあなだ、が、現れて、助けてくれたんです……」
大切な妹の頭を優しく撫でながら、涙を流す彼女。ずっと怖かったんだ。それでも誰にも言えず、ただ一人で耐えていた。家族、ましてや国を守るためなど、少女が背負うにはあまりにも責任が重すぎる。
「せめて両親とか、保護者の人に相談しなかったんでしょうか」
疑問に思ったので質問してみる。
「あの、両親は……。私、孤児院で育ったんです。拾って育ててくれたシスターがいましたが、少し前に亡くなってしまって……ぐすっ。実はミアとも血が繋がっているわけじゃないんです。この子はスラム街からシスターが見つけ出してくれて……シスターは、いっぱい、魔法も教えてくれて……ぐすっ、シスターは……」
やってしまった。俺の余計な質問でさらに大泣きしてしまうエミリー。
それでも、支離滅裂になりながらも、ちゃんと応えてくれる。とても優しいのだ彼女は。
俺はそんな彼女の肩をそっと撫でてあげる事しか出来なかった。