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第57話 ひかり

 東京某所。


「本当に私が取り戻したかったものはこれなのか……」


 アパートのベランダから外を眺める。

 コンクリート製の建物と、地面は土の見えないアスファルト。空気はガス臭くて人も多い。二十三区から外れた街でもこの混雑具合。懐かしさを感じたのは最初の一日だけで、三日目の今日は、心に大きな穴でも空いたかのような虚無感が飛来している。それもそうだ。つい最近までは自然が近くにある都市で、血はつながっていないが家族と呼べる人たちと一緒に暮らしていた。


 ここ、東京へ帰ることだけを悲願に、走り続けてきたこの十年。時には立ち止まり、寄り道をしたが、今こうして叶えられている。だがこの乾きは何なのか。考えればすぐに出る答えは、随分と昔から無意識下で押さえつけていた。


「そうだ、高校行かないと……」


 クローゼットから制服を取り出す。だが、明らかにサイズが合わない。いや、もうアラサーと言っていい年齢の私は、これを着て通学など出来はしないのだ。


「とりあえず見に行こうかな……未練、いっぱいあるし」


 季節は秋の初め。半袖では肌寒いからカーディガンを羽織る。だがそれも成長した身体には窮屈だった。丈が足りず、仕方なく腕捲りをする。現実から目を背けたい気持ちもあったが、覚悟を決めて外へ踏み出した。


 アパートから歩いて十五分程の位置にある高校。その近くのコンビニから通学を眺める。


「懐かしいな。クラスメイトも誰一人として顔変わってないし……私だけこんな歳くってさ……」


 一人愚痴を呟き、コンビニを出た。もっと近くで見たいと思い、校門の傍へと移動する。

 そこでもじっと学生を眺める。通りかかる学生の多くは、不信感を宿した瞳を私に向けてくる。それもそうか。学校前で生徒たちをじっと見つめる見たこともない人間がいると怖いだろう。でも、今更制服を着て登校なんて出来ないのだ。だから少しでも近くで自分が取り戻したモノを見ていたかった。


「あの、もしかして小鞠(こまり)さんの……お姉さんですか?」


「あ、ああ」


 不意に後ろから声をかけられる。振り返るとそこには見覚えのある女子高生二人がいた。


「やっぱりそうなんですね! うわぁ、めっちゃ美人……スタイル良い!」


「だよね! 羨ましい! あの、お姉さん、ひかりさんは学校来ないんですか?」


 高橋と横田の二人だ。かなり久しぶりに見たが、ちゃんと憶えている。クラスカースト上位の清楚系ギャルだ。当時の根暗でぼっちだった私とは正反対の人物達で、話したこともなかったが、性格は悪くないらしいと噂で知っている。

 教室で寝たふりをして過ごす休み時間中。それはカモフラージュでもあり、実際は耳を立ててクラスメイトの会話を覗いていた。


「ああ、ひかりはちょっと体調が悪くてね……」


 適当に返す。


 だって、小鞠(こまり)ひかりの正体は――――私なのだから。


 正確には、十年前の私だが。


 今は昔と違って背も伸びたし、髪も後ろで束ねている。全体的な長さは変わっていないが、当時は前髪が長く、ボサボサのまま適当に下ろしていた。

 大人になって垢抜け、多少人目も考慮して容姿に気を使っている今の私は、世辞でも美人に見えるのだろう。


 美人と褒められるのは嬉しい。でも、大人っぽくなったというか、相応に歳を取っただけだ。なにせ、あれから半年しか時間が経っていないクラスメイトと、十年の月日が経過した私だ。内心、十代の少女なんかと比較されたくない。


 そんな事実を知るはずもない高橋と横田は、きゃっきゃと騒ぐ。


「そうなんですか。早く学校に来てねって伝えといて下さい! それじゃ、失礼します」


「私からもです! 失礼しまーす!」


「元気でね。高橋さん、横田さん」


 最後に笑顔でそう言うと驚きの表情に変わる二人。何故クラスメイトの姉というだけの他人が、自分たちの名前を知っているのか不思議だという顔だ。

 イタズラの成功に、心の中でほくそ笑みながら帰路へついた。


 その途中、ある一人のクラスメイトの名前を耳にする。それは向かいから歩いてきた男子二人組から聞こえてきた。

 見覚えのある顔だ。確か、他クラスだった男子だ。


「そういえばさ、二組の不登校のやついたじゃん。お前と同じバスケ部だった奴」


「ああ、誰だっけ……あー朔夜か。一年の終わりに辞めちまったやつな」


「そいつさ、なんか行方不明らしいぜ」


「マジ!? 二年になってから少しして学校来なくなったからなぁアイツ。いやぁマジかぁ」


「噂で聞いた程度だけどね」


「うーん、なんかあいつのこと思い出そうとしても頭にボヤがかかるっつーか、記憶が薄れてるっつーか、変な感じになるんだよ」


「それ分かるわ。俺も何回か見た事ある筈なのに、顔思い出せないし。でも不登校だったししょうがねーんじゃねえの。そういえば話変わるけど昨日のテレビでさ……」


 二人とすれ違う時に一瞬顔を見られたから、ニコッと笑顔を返しておいた。後ろからは、『何あの美人……』『すげぇ綺麗』といった声が聞こえた。実は隣のクラスだったぼっちの喪女だとは気付くまい。それほどまでに小鞠(こまり)ひかりの女子高生時代は色が無かった。


 それにしても朔夜、か。またも懐かしい名前だ。本名一ノ瀬朔夜だったか。まさかあいつも不登校だったとは。私の場合はやむを得ず学校へ行けなくなったのだが、彼はどういう理由があったのだろう。

 考えてみるだけ無駄か。あいつのことは……正直嫌いだったし。優柔不断なのに優しいアピールしていたのが鼻についた。私が教室全体を俯瞰して見ていて感じたことだが、友達やクラスメイトとも仲が良く運動部で、その上ゲーム好きアピールだ。クラスカーストも悪くない位置にいたと思う。

 ぼっちの私に話しかけてきたし。でも買い物帰りに街で偶然会っただけで声かけてくるなよと思った。あいつもちょっと気まずそうな顔をしていたし。いい人ぶった感じが嫌いだ。


 図書館で本を借りて外へ出たら、ばったり会った時もあった。その時も、あっちから話しかけてきたっけ。変な表情で。今思うと、アイツも人見知りだったのかなと読んでいる。当時は分からなかったが、人生経験を積んだ今の視野が広くなった私だからこその意見だ。


 途中スーパーで夕飯の弁当を買い、帰宅した。昼はカップラーメンだ。


 自宅である女性専用アパートの二階の角部屋。ここは一人暮らしだった私の唯一の居場所だった。それと同時に、牢獄でもあった。

 物心ついてすぐに交通事故で両親と祖父母を亡くした。旅行の帰りに私達一家が乗った乗用車と酒気帯び運転のスポーツカーが正面衝突し、後部座席で両親の間にいた私以外、全員が亡くなったのだ。それから親戚の家で世話になるも、その家の子供との関係が上手くいかず、中学に上がると同時に家を出て一人暮らしをはじめた。もちろん親戚夫婦は反対したが、内心いなくなってほしかったのだろう、少し粘っただけですぐ許可をくれた。それからは毎月祖父母両親の保険金を定額私の口座に振り込んでくれ、それを生活費にあてた。親戚家を出る時、成人したのちに遺産は全て渡すと話していた。


 親戚の元を離れて五年の月日が経った頃、突然状況が一変した。二年に進級してすぐ、高校から帰ったあの日、部屋の真ん中で突如激しい光に包まれて私は――――エーベルハルト王国へと召喚された。

 神聖な教会の聖堂で予言の巫女と名乗る人物に出迎えられ、私の新しい人生がスタートしたのだ。なんでも、世界を破滅させる魔物の王を討ち取って欲しいとか。

 そして、それを成せるだけの力を、転移時に授かった。あまりにも強大な力だった。それを使えば簡単に人を、世界を滅ぼすことが出来る。そう確信出来るほどに強力な『力』だった。


 それからの日々は、地獄と言える。それでも何とかこの東京に帰還することを目標に頑張ってこれたのだ。教会や信者に期待され、英雄マリィとして沢山良いことも悪いこともした。引っ込み思案な性格も、明朗快活に様変わりした。多少厚かましくもなった。そして、人も魔物も、敵対するものは容赦なく殺せるようになった。全てが変わった。内面も外面も。


 そして十年かけてやっと叶えた。公国で見つけた秘宝を使い、東京に、帰還した。共に戦ったパーティーや家族を捨てででも叶えたかった夢を、果たしたのだ。


 その結果が――――これか。帰還一日目は大いにはしゃいだ。コンビニで好きなものを好きなだけ買った。それだけで幸せを感じた。この世界の缶ビールの美味しさに驚いた。

 だが、二日目の朝、起きて気づいた。夢に見たのだ。もう会うことは出来なくなった家族のことを。家族と言っても、ただ回復魔法が使えるから便利そうだと思って拾った孤児と、魔法の才能がずば抜けいていた貧民街の子供だった。でも、いつの間にかその二人は、自分にとって掛け替えのない存在になっていたのだと、気がついてしまった。


 右手を見て、技を発動するイメージをするが何も起きない。それと、この世界へ帰還してからは、自身の桁外れた魔力の存在も確認することが出来なくなった。

 一応保険としてあの世界へと帰る方法は用意してある。だが、魔法が使えない今の私には、本当に帰ることが可能なのか分からない。


 異世界で過ごした十年間、帰還を夢見ていた私は無意識に考えないようにしていたのだ。本当は、東京にも私の居場所なんか無いのだということを。


 会いたい。


 家族に会いたい。


 シスターと。お姉ちゃんと呼んでくれたあの子達に。


 だから、もう一度会うために。


 私はもう一度宝玉を使ってエーベルハルトの家へ帰るのだ。

 もう一度だけ家族のことを鮮明に思い浮かべる。私と似た、茶色の髪をした姉と妹を。


「エミリー、ミア。置いてきてごめんね。駄目な姉でごめんね。でもすぐ、帰るから。そして、真っ先に会いに行って、思いっきり抱きしめるから」


 十年の月日が、こっちではたった半年しか経っていなかった。

 こちらとあちらの世界では時間の流れが違う。だとしても。たとえエミリーとミアがお婆ちゃんになっていたとしても。


 どれだけ姿が変わっても関係ない。私はあなた達のことを、愛していたのだ。

 その気持ちにやっと気づけた。


 今度こそあなた達と共に生きたい。


 だから今、会いに行く。

ミアとエミリーが心から敬愛するシスター(マリィお姉ちゃん)の正体が判明しました。


彼女、小鞠ひかりについては、1話の朔夜転移前でも少し触れています。

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