第56話 彼
「もう! 朔夜さんったら!」
ダイニングでいつもの席に座るエミリーと俺。うなだれている俺に向け、厳しい視線を向けるエミリーの姿がそこにあった。
今朝目が覚めると、隣にはスヤスヤと眠るミアがいた。徐々に意識が覚醒していくにつれ、昨夜のミアの甘える様子と自分の言動を思い出し、羞恥で顔が赤くなる。
頭を一回降って、心の中で何もなかったと言い聞かせ、隣のミアを起こさないようにベッドから抜け出た。すると、ドアが数センチ開いているのを発見。そして、ゆっくり下から上へと視線を移動させると、笑顔なのだが、目が笑っていないエミリーと目が合ったのだ。
俺はとんでもないことを仕出かしたのだと、その時やっと気がついた。
無言のエミリーの後ろを歩き、ダイニングへ。
もう朝食の用意は済んであるようで、皿の上にはパンと、鍋からは湯気が上がっている。
エミリーが席についたのを確認してから、俺も座った。
彼女が喋り出すのを待つ。だが、たった数秒の沈黙も俺には我慢できなかった。自然と言い訳が口から溢れたのだ。
「エ、エミリーさん、聞いてくれ、これはですね、あの、」
「もう! 朔夜さんったら!」
ちょっぴり涙目のエミリーに、言葉が詰まってしまう。
ここは、正直に言おう。言い訳なんてやめだ。
俺は貴女の妹、プリティでキュートなプリンセスミアちゃんと同衾していました。しかも朝まで。ベッドに入った後とか、右腕にぎゅっとしがみついてくるミアの柔らかさを堪能したり、頭の匂いを嗅いだり、色々撫でたり、挙げ句に頬にキスまでして貰ったり。とても幸福な体験でした……なんて、馬鹿正直に言えるわけねーだろ!!! こんなこと、アルトナー家大黒柱のエミリーに話したら、信頼を失うどころか豚箱行きだ。
「あのですね、えと、昨日ミアに何でも言うことを聞いてあげると約束したじゃないですか、それを叶え……」
「そんなことは分かってます! でも……」
一応何故こういうことになったのか、事のあらましを説明しようとするが、最後まで言うことは出来なかった。
そして俺が吐露するまでもなく、大体予想がついていたようだ。今までも自分からミアを部屋に入れることは無かったのだ。察しの良いエミリーは、状況を見ただけで理解していたということになる。では何故怒っているのか……? 俺にはよく分からない。だからもう、とにかく謝って許してもらう他ない。希望の光が一差し見えたのだ。なりふり構わずそれを掴むだけだ。この際怒っている理由は考えない。
「とにかくごめんエミリー。悪かったと思ってる」
何が悪かったが理解してないが、とにかく謝る。
「ミアについては、あの子たっての願いだったのだろうし、いいんです。朔夜さん、私が何に怒っているのか分かりますか?」
真っ直ぐ見つめるエミリー。
いくら考えてもエミリーが怒っている理由が全く分からない。ミアと同衾問題が大丈夫なら、何が駄目なのだろう。
「いや、あの、とにかく……すいませんでした」
「もう、私は! ミアばっかりで……いえ、私も……」
言い出しにくそうな顔で、チラリと俺を見た後に沈黙するエミリー。
結局のところミアを甘やかしたのが悪かったのか? いやでもエミリー自身が何か思いつめいてるような、そんな表情だ。ミアでなく、エミリーの問題なのかもしれない……。
「……」
エミリーをじっと見つめる。すると、観念したのか、ゆっくりと口を開いた。
「朔夜さん、あの、私のことも……」
エミリーのことも? 言いよどむ様子に、やはり、エミリー自身の行き場のない無意識の憤りみたいなものを感じた。
「私の、ことも……甘やかし、……甘えさせたりした方がいいんじゃないでしょうか!」
「……うん?」
頬を赤らめて下を見るエミリー。時折恥ずかしそうに上目を向けてくる。
「ど、どうなんですか……」
「……」
つまりは、ミアを優先し過ぎてエミリーを疎かにしていたと……捉えていいのだろうか。
でもそれだと、エミリーはレオではなく俺に甘えたい、構ってほしいと思っているということになる。ちょっとした居候で、いついなくなるのかも分からないポンコツな俺を。
でもそんな事はありえないだろう。
エミリーは分別のある立派な大人の女性だ。今の俺は彼女の甘えたい発言のベクトルを勘違いしているのだろう。何か言いにくい、それでも伝えたいことがあるのだ。そのためにあえて甘えさせる程の近しい関係になりたいのだと、思ったのかもしれない。
だったら。
「いいよエミリー。いつでもあ……」
「おはよーお姉ちゃん、サクヤ。朝ご飯出来てる?」
話が纏まる寸前で、起きてきたミアがダイニングに現れた。固まるエミリーと俺。少し間を置いてから挨拶を返した。
「「……おはようミア」」
「んーいい匂い。なんのスープかなぁ。えへへサクヤぁ」
定位置である俺の隣に座り、甘えた声を出すミア。そんなミアの頭を撫でてから、いつも通りの朝食が開始した。
昨日の余韻を引きずるミアをちょっとだけ引き剥がしたりして。
「ミア、右腕にくっつかれると食べづらいからさ……」
「えへへ、そうだよね! ごめん!」
ストレスから開放されたおかげか、はたまた甘えたいだけなのか、接触が多いミア。俺としては悪い気はしないが、姉の手前、自制心が働く。
「あれ、試験の結果はいつ分かるんだ?」
ふと疑問に思ったので、エミリーへと質問を投げかける。エミリーは食べかけのパンを飲み込んでから目線をミアへと向けた。
「確か一ヶ月後くらいでしたっけ。ねぇミア」
「そうだよ!」
エミリーは暫くして何時もの調子を取り戻した。まるで先程の会話など無かったかのように。『姉』であるエミリーに戻ったのだ。もう少しだけ初心なエミリーを見ていたかったとういう思いは、心の中に仕舞っておいた。
昼過ぎ。
リビングではここ一ヶ月ほど姿を見せないレオについて心配する声があがっていた。
「レオくんどうしたんでしょうか。こんなに長いこと家に来ないのは久しぶりで……」
「レオくん、どうしたのかな?」
「確かに最近来ないな」
俺が最後にレオを見たのは、公園でトレーニングをした時だ。その後家の前で別れたのだが、何か決意を決めたような、そんな後ろ姿で王城へと帰る様子が強く印象に残っている。
「エミリー。久しぶりってことは、前にも長期間顔を出さないことがあったのか?」
「……ええ。その時はその、災厄の魔物が……ダンジョンからあらわれると予言された……時で……」
言いにくそうなエミリー。それもそうだ。良い思い出では無いのだから。一歩間違えば命を落としていた可能性もあったのだ。
「……」
ミアも気まずそうに視線を左右に動かしている。時間が経ったことで、初めて自身が仕出かしたことの重大さが理解出来たのだろう。
「あー……そっか。じゃあこっちも待つしかないか」
無難な答えを返し、この場をやり過ごすことに決めた。
それにしても度々レオの心配をするエミリーに、少しだけモヤっとした気持ちが湧いてくる。でも友達としてのレオには好感を持っている。だからこそ、この行き場の無い気持ちは何処にもぶつけることは叶わないのだ。
自室にマイルームの扉を出現させ、中へ入る。玄関にシートを敷き、ジェンガを作った時と同じような作業場を再現する。そこで無限収納ボックスから取り出した木を削り、木刀を三本作った。非殺傷用の武器だ。
もし、やむなく対人戦になった時、人間相手に童子切で斬り合うというのは、現代的道徳感を持つ俺には躊躇われる行為だからだ。だから余程のことが無い限り、魔物以外はこの木刀を使うと決めた。備えあれば憂いなしだ。
「試しに振り回したいから、ダンジョンにでも行くか」
木刀を何時でも取り出せるようにボックスに仕舞い、部屋を出る。エミリーとミアにも少し出掛けると伝えてからダンジョンへと向かった。
その途中。
ダンジョンの通り道にある公園に、ふらっと立ち寄る。なんてことはない、ただの気まぐれだった。
だがそこで、悲壮な雰囲気を醸し出す見覚えのある背中を発見した。
「レオ? 久しぶりじゃん。エミリーとミアも心配してたん……」
振り向くレオ。
「朔、夜。ううぅ……。朔夜ぁ……」
目は充血し、頬には涙の跡がくっきりと見えた。さっきまで泣いていたのだと分かる。
いつものクールな雰囲気は無く、まるで弱々しい女の子のような、初めて見る表情の彼がそこにはいた。




