第53話 試験の裏のできごと
通りを挟んだ図書館の向かいにその学校はあった。王立ラヴィトゥーア魔法学校。エーベルハルト王国建国直後に設立された魔法研究機関の高名な教授が集まり、より優秀な後進の育成を目指し開校したとされる由緒正しき教育機関である。
歴史もさることながら、周辺国からの留学生の受け入れに規制がほぼ無く、入試試験の成績さえ良ければ、貴族や庶民関わらず入学が許可される。王侯貴族が箔を付ける為に試験を受け、及第点に達しない場合、容赦なく不合格を突きつけることで有名だ。実力が全てなのだ。中には特別な能力を所有しているという理由で合格した生徒もいるらしいが……。
午前。ラヴィトゥーア魔法学校の門前では、複数の入学志願者が列をなしていた。
その列の手前では、様々な服装、年齢の人達が自分の息子や娘、あるいは友人等を見送っている。その中で、俺とエミリーも周りと同じようにミアへと激励の言葉を掛ける。
「ミア、思い切って行ってきなさい!」
「はーい」
エミリーは眉を顰め、ミアの肩を両手で掴む。発破をかけているようだ。だがミアは、緊張しているのかしていないのか、お気楽笑顔だ。
「ミアが努力してきたことはエミリーも俺も知ってるから。だから、その、頑張れ」
受験は受かって当たり前。そんな考えの両親は、俺が高校の入学試験を受ける当日にも何も言ってこなかった。それを言い訳にしたくはないが、ミアに向けて気の利いた言葉や、背中を押す言葉というのが都合良く浮かんでこないのだと痛感させられた。自分が言われて励みになったという経験が不足しているのだ。だから言葉に詰まってしまう。
「余裕だよ、よゆー。じゃあ行ってくるね」
ミアはというと、そこらを散歩しに行く時と同じような雰囲気で、不安を一切感じさせない返答だ。肝が据わっているというか胆力があるというか、見た目は子猫のように可愛らしいのに、内にライオンハートを秘めている。
別に意外だとは思わない。なにせ、この国を滅ぼすと予言された『災厄の魔物』にたった一人で挑んだ人物なのだ。
俺には想像出来ないくらい精神的に強く、逞しいのだろう。
鼻歌を歌いながら、校門前の列に向けて歩みを進めるミア。
最後に、言い残したことは……。何でも良い、絞り出すんだ。
「ミ、ミア! 帰ってきたら、何でも一つ、言うことをきいてあげるから! 頑張って!」
エミリーと同じく発破をかけようとする気持ちと、試験後にご褒美をあげたい気持ちが混ざって、声を荒げてしまった。ちゃんとエールが伝わっていればいいのだが。
数メートル先のミアは勢いよく振り返る。
「ほんと!? 絶対だからね! 約束ね!」
ニコッと、花が咲くような笑顔を見せるミアは、今度こそ志願者が成す列の最後尾まで歩いていくのだった。
柔和な笑みで手を振るエミリーは、左に立つ俺へと向きを変える。
「朔夜さん。これでミアも頑張れると思います。ですが、良いのですか? 一つだけですが、何でも言うことをきくと……あの子は何をお願いするか分かりませんよ?」
少し心配そうな表情のエミリー。
「ああ、大丈夫。上手い言葉が言えなくて、でも、最後に口から捻りだそうと思って咄嗟に出たのがあれだったから。……これで頑張れるんだったら良いんだけど」
ミアのために少しでもいい、力になりたいんだ。
エミリーは頷くと、少し遠くのミアを見つめる。
それから、三十分ほどその場でミアが敷地の中へと入るのを見送る。列に並んだほとんどの人が緊張した面持ちの中、ミアだけは最後まで余裕の表情だった。
「ミアの試験が終わるまでどこで暇を潰そう」
「それなら、王都で少し買い物をしてから、美味しいお茶とお菓子を出す店があるのでそこに行きましょう」
エミリーの提案に乗り、二人で日用品などを買い、大通りを見渡せる西欧風のオシャレな雰囲気のカフェに入った。
人が賑わう大通りを眺める事ができるテラス席にエミリーと座る。今日は冬とは思えないくらい暖かく、強い風も吹いていない。真上には太陽が燦々と輝いているが、テラスの屋根が遮ってくれ、とても快適だ。時折冷たい空気を乗せた風が吹くが、ポカポカとした気温の中では逆に心地よい。
「朔夜さんは紅茶とコーヒーどちらにしますか? お菓子もどうです?」
「俺はコーヒーで。あと、メニュー見ても分かんないから、お菓子は何でもいいよ」
「分かりました。朔夜さんも甘いお菓子は好きですもんねぇ……じゃあ、私おすすめの品を頼みますね!」
店員を呼び、注文するエミリー。本当は男の俺がリードしなければいけない場面ではあるのだろうが、妹の世話に慣れた彼女にはこういった時に勝てないのだとこの数ヶ月一緒に過ごして感じた。だから俺は無理に紳士な態度を繕わずに済む……と良い方向に捉えておく。
それにしても、先ほどからエミリーは惚れ惚れするような笑顔だ。甘い食べ物が好きなのは分かるが、ミアが試験中ということも思い出してほしい。
ちょっと不謹慎。……こういう時に、不謹慎だのという言葉が浮かんでくる時点で、日本人らしいのかなと思う。本当は幸せそうな他人が妬ましく見えているだけなのかもしれないのに。
それに、そんなことを考えたり、周りの目ばかりを気にしてしまう性分の自分が嫌になる。本当に彼女に対し不謹慎などとは感じないのに、他人から見れば、今の彼女はそう思われてしまうのではないかと頭の隅に浮かんでくるのだ。
なんて、くだらない事は考えずに今を楽しもう。
エミリー自身、ずっと勉強していたミアを見ていたし、魔法の才に優れていると言っていたので、きっと受かると信じているのだ。俺も単純に今を楽しんで、心の底からミアを応援しよう。それは簡単に、両立できる。人の目なんて気にしたらいけない。
だってそれは、当人達が決めることなのだから。
しばらくして、やってきた飲み物とお菓子を食べる。コーヒーは独特な香りで美味しい。お菓子はというと、シュークリームにチョコレートソースをかけた見た目の食べ物だ。これもこの世界の人ではない者の知識で作られたのかななどと考えながら食べる。色々な文化が混ざった結果生まれたり、この世界のパティシエが思い付いた可能性もある。どっちにしろ美味しければ何でもいいが。
「んん! 甘いくておいひいですね! どうですか朔夜さん!」
ナイフとフォークで一口サイズに切り分け、じっくり味わうように食べるエミリー。咀嚼に時間を掛ける様は見ていて面白い。ほっぺたが落ちるという表現がしっくりくる、可愛らしい笑みだ。
「うん。美味しいよ。お菓子と、コーヒーも」
甘いお菓子とほろ苦いコーヒーはバランスの良い組み合わせだ。それに目の前に幸せそうな笑顔の美少女がいる。視覚情報と小腹が同時に満たされる幸福感。
「それは良かったです!」
そう言ってまたシュークリームを一口食べ、笑顔を浮かべるエミリー。
「あはは、ほんと美味しそうに食べるなぁ。……そういえば、ミアって本ばかり読んでるイメージがあったけど、ノートに書かなくても大丈夫な天才なんだな」
「へ? ミアが本ばかり……うふふ、それはですね、朔夜さんに格好良いところを見せようとして見栄を張っていただけですよ。朔夜さんがいない時は、リビングでもガリガリ勉強していましたし、部屋に籠もったりしてましたもん」
そうだったのか。単に俺が知らなかった、いや、ミアが陰で努力をしていただけだったのだ。この事実はミアの為にも、聞かなかったことにしておこう。カッコつけたい気持ちも分かるしな。
「話変わるんだけど、エミリーは……ええと、何か夢とかってあるのか?」
急に話を逸らすようで申し訳ないが、これもミアの為と自分に言い聞かせる。
「夢、ですか……ええと……さんです」
「え? なんだって?」
肝心なところで小声になったため、聞こえなかった。
フォークを皿に置き、もじもじしだすエミリー。テーブルの下で見えないが、両手は太腿の間に挟んでいるのだろう。
「だから、あの……ぉ……さん……です」
「お? おっさんです?」
初めの『お』以外聞こえなかったので、勝手に補足する。これも焦らすエミリーが悪いのだ。小学生ばりの意地悪だが、しょうがない。
「もう! 朔夜さん! だから! あの、……お嫁さんですぅ!!」
頬を赤らめ、ほっぺたを膨らませるエミリー。ちょっと張った声に、気圧される俺。
「お、お嫁さんね! と、ても素敵だなぁ……それに……エミリーならすぐにでも叶いそうだよ」
タキシード姿のレオと、ウェディングドレスを着たエミリーがブーケトスをするヴィジョンが脳内再生される。高く舞い上がるブーケに群がる女性達。その中で血相を変えたクラリッサが人波をかき分け、全力でブーケをもぎとる……まで簡単に想像出来た。
それに――――どうしても悲観的に捉えてしまう。エミリーの隣にはいけないのだと。レオという顔も社会的地位も良い男性がエミリーを生涯支えていくのだ。だから、尚の事俺は、元の世界に帰るしか無い。
気がつくと、目を丸くしたエミリーをジッと見つめていた。
悲観から少しエミリーを見過ぎたことを反省し、無理矢理笑顔を作ると、エミリーに向けて微笑む。この醜い感情を知られたくはないし、心配させたくもない。俺は、彼女の夢を全力で後押しするのだ。せめて、応援をしていると、思って、くれないと……。
「そ、そうですかね、すぐにでも叶う、ですか……えへへ」
照れた表情で視線を泳がせるエミリー。きっとレオとの結婚式を想像しているのだろう。
でも何故か、少しの時間だが俺と目を合わせないようにしていたり、チラッと一瞬だけ視線を向けてきたのが気になった。
***
エミリー視点
ミアの話をしていたら、急に夢について聞いてきた朔夜さんに、戸惑いながらも返答をする。
私自身恥ずかしいが、覚悟を決めて、言った。夢は、お嫁さんだと。
もちろん、目の前の男性を意識しての発言だ。両耳に血液が集まる感覚があるが、止められそうもない。
すると彼は、笑顔になって
「……エミリーならすぐにでも叶いそうだよ」
と、言ったのだ。いつもみたいに苦笑いで誤魔化すのかなと思っていたので、この反応に私の心臓は大きく高鳴った。
黒く大きい瞳が私を射抜く。
すぐに叶う……ということは、結婚相手は――――朔夜さん自身と捉えてもいいのだろうか?
私は恋人が出来たことがない。マリィお姉ちゃん、いえ、シスターと妹のミアばかりにかまけて、そういった努力を怠ってきたのだ。同性の友人や冒険者仲間にも恵まれたので、余計にだ。
漠然とした夢であったが、数ヶ月前に朔夜さんに助けてもらって初めて現実味を帯び、加速したのだ。この人となら、と。
しばらく目線が交わっていたが、恥ずかしくなり私から逸らしてしまう。
でもまた気付かれないように一瞬朔夜さんを見る。すると、真剣な表情から笑顔へ変わる。
「――――ッ」
だめだ。もうまともに彼を見ることが出来ない。
でも、黙ったままじゃいられないから、努めて平静を装わないと。何か、喋るんだ。
「そ、そうですかね、すぐにでも叶う、ですか……えへへ」
やばい。少しどもってしまった。朔夜さんへの好意を隠しきれてないが、しょうがない。
だって、嬉しい気持ちが溢れ出してしまいそうなのだから。
お菓子を食べ終え、ミアを迎えに行った。その間も、頭の中は、ぽーっとしていて朔夜さんのことばかり。その状態は就寝するまで続いたのだった。




