第52話 気分転換
夕方。
「エミリー、ミア。準備出来たからご飯にしよう」
アルトナー家のリビングで編み物をするエミリーと、本を読むミアに向けて声を掛ける。
「やった! 早く行こっ、お姉ちゃん!」
ミアは明らかに本に集中出来ておらず、俺の声に真っ先に反応した。
「お腹をすかせて待っていましたので、急いで行きます!」
エミリーも嬉しそうな表情でソファから立ち上がる。元々食べるのが好きな彼女だ。内心ではミアよりも楽しみに待っていたのかもしれない。
俺が住まわせて貰っている部屋へと二人を案内し、マイルームへ続く扉を開く。
「お邪魔しまーす。わぁ久しぶりだ!」
「お邪魔します」
覚えていたのか、玄関で靴を脱いでから室内へ入るミア。エミリーはその後ろを追うようにして続く。俺は二人の後に入り、扉を閉めてから中へ入った。
玄関に置いていた木材は、事前に無限収納ボックスに入れておいた。また暇な時にでも取り出して、別な物を作るため作業することにしよう。
リビングからダイニングを見ると、既に椅子に座ったミアが、興味深そうに蓋がしてある鍋に顔を近づけている。上半身を前に突き出し、匂いを嗅いでいるようだ。
エミリーはそんなミアに呆れ顔をしながらも、小鼻をひくつかせ、周囲に気付かれないように匂いを嗅いでいるように見えた。何処と無く行動が似ている姉妹なのだ。
「朔夜さん、私に何か手伝えることはありますか?」
「エミリーは座って待ってて。もう準備は終わってるから」
エミリーは頷くと、ミアの向かいの席に座る。
俺もミアの隣へ移動し、IHクッキングヒーターの電源を入れた。
しばらくして、ぐつぐつと煮える音を立てる鍋。
俺はキッチン収納からお椀を三つ取り出し、席へと戻る。今回のすき焼きに生卵は使わない。日本と違い、衛生的な問題があるためだ。
「そろそろかな」
蓋を開け、テーブルの端に置く。
肉には火が通っていて、赤い部分もほぼなくなっている。野菜類も煮えているようだ。
エミリー、ミア、俺の順でお椀に盛り付ける。見栄えが良くなるように配置にも気を使う。
「はいエミリー、ミア」
「ありがとうございます朔夜さん」
「サクヤありがと! いい匂いがして美味しそう!」
お椀を彼女達へ渡す。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「「いただきます!」」
すき焼きのたれが染み渡った白菜と、薄切りの肉を口に運ぶ。
美味しい。肉には脂が適度に乗っているし、噛みごたえがある。高級なものだと口の中で溶けるように消えていくというが、庶民の俺にはこのくらいが丁度いい。
ネギやキノコも味が染みている。
ただ、覚悟はしていたが、春菊や豆腐、白滝が無いのが残念だ。豆腐あたりは大豆に似た植物を探し出して、試行錯誤で製法を確立出来そうだとも思うが。いや、一介の元高校生には難しいか。
「うん! あつあつ、美味ひい!」
「美味しいです。温まるので、この季節にとっても合っています」
日本を代表する料理に舌鼓を打つ彼女達。こちらまで嬉しくなるような、とても美味しそうな表情をしていて、作り甲斐を感じた。
しばらくして。
「んー。ちょっと飽きてきたかも」
箸を置くミア。鍋は3分の1まで減っていて、一人三杯以上は食べた計算になる。
「もうミア! こんなに美味しいのに……お姉ちゃんが全部食べちゃうからねっ」
エミリーはプンスカ怒りながら、おかわりをしている。食べ尽くす勢いだ。俺が食べる分くらいは勿論譲るが、このままだとミアが可哀相なので、卵を使って違う料理に変化させることにする。
「エミリー、ミア。また違った食べ方に出来るけど、そうしていい?」
「いいよ!」
「私も大丈夫ですよ」
「よし。じゃあ残りは卵とじにしよう」
冷蔵庫から卵を取り出し、キッチン収納棚から新しく取り出したお椀にあけ、撹拌する。
「ん、たまご?」
首を傾げるミア。
「ああ。こうやって、といた卵をかけると、美味しい丼が作れるんだ」
すき焼きの上からとき卵を流しこみ、蓋をして数分待つ。
その間に、事前に炊いた米を、三人の丼に盛り付ける。
頃合いを見て蓋を開け、中を確認すると、程良く卵が固まっていた。そして出来上がったそれをご飯の上に乗せて完成だ。
「はい、すき焼き丼。このスプーンを使って食べてね」
おあがりよっといった感じで彼女達へ提供する。
「ありがと! もぐもぐ、んん! んまい!」
「こんな美味しい食べ方もあるんですね! 味がマイルドになったというか、お腹にたまるというか、とにかく美味しいです」
スプーンを握りしめて口いっぱいに掻き込むミアと、スプーンに一口一口大きく盛り、頬張るエミリー。
幸せそうな顔の二人を見ながら食べるご飯は、とても美味しかった。
「じゃん! ミア、エミリー。これで遊ぼう」
食事を済ませ、マイルームのリビングでくつろぐ。
そんな中、テーブルの上に高さ三十センチの木製の玩具をドンと置く。これはあの乾燥させた木材で作ったものだ。童子切で切り、サンドペーパーで軽く角を丸めた、古い記憶を思い出しながら作った物。
「サクヤ、なにこれ? 木?」
「ジェンガって言う簡単なゲームだよ。一人一本づつ抜いて上に乗せていく。それで、タワーを崩した人が負けってルールなんだ」
説明をしながら、中段あたりからブロックを一本抜いて上に積み上げる。それを数回繰り返す。
「結構神経を使う遊びなんですね」
エミリーはちょんちょんと人差し指でブロックを押して、脆くないかを確認する。
「面白そう! 早くやろ!」
「ああ。じゃあ、ミア、エミリー、俺の順でやるか」
タワーを元に戻し、早速始める。
「分かった! じゃあミアからね! ここかなぁ」
ミアは下から二段目の真ん中からブロックを引き抜き、上に置く。
「次は私ですか……えいっ」
エミリーは上層の右端のブロックだ。安全に引き抜きたいという表情で、下から取って崩れてしまうことを懸念しているようだった。
十分ほど経った。
今の順番はエミリーで、手を上下に動かしたりしていて苦慮している。少し前からどのブロックを抜けばいいのか悩んでいるのだ。
しばらくして、意を決したのか中ほどのブロックを抜いた。手がぷるぷると震えていたが、タワーは崩れない。ホッとし、息を吐くエミリー。
「ふぅ……。次は朔夜さんの番ですね」
ミアは余裕そうだが、エミリーは次あたりで崩してしまいそうだ。
はじめてのこのゲーム、彼女達には楽しい思い出にして欲しいから、ここはわざと際どいところを抜いて負けることにする。何事も最初の印象が大切なのだ。少し癪だが、プテロスティリスとの闇のゲームで学んだ。
もちろん、折角作ったのだから、また次もやりたいと思って欲しいというのもある。
俺は一番下の右側のブロックに指をかける。今のタワーの状態は右に多くブロックが積まれているため、これを抜けば重心が傾き、崩れるだろう。
「サクヤ危ないよ!」
「えぇ! そこ行くんですか」
「大丈夫だって」
だって、わざと負けるからな。
思いっきりブロックを引き抜く。すると、タワーは若干揺れた後、何事も無かったかのように直立したままだった。
「やるじゃんサクヤ!」
「ふえぇ。より危険な状態になりました……」
「あ、あれ……ま、まぁね! こんなんじゃ崩れないと思ったんだ、うん」
狙いは外れたが、より面白い展開になったのでオーケーだ。なんて。次で負けよう……。
それから数回ジェンガをやり、早めに就寝した。明日はミアの大切な試験だ。根を詰めすぎるより、リフレッシュして、より良いコンディションで望んでもらいたかった。
自室へと移動する時のミアの表情は晴れやかで、そんな彼女に優しげな視線を送るエミリーも上機嫌だった。




