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第51話 試験に向けて出来ること

 あれから数週間。プテロスティリスから辱めを受けた所為でできた心の傷も、すっかり治った。

 最初の数日は、ふさぎ込む度にエミリーが優しく声を掛けてくれた。人口比率から見ても珍しい治癒魔法適正があるだけに、カウンセラー資質もあるのだろう、完全回復するまで付きっきりで癒やしてくれ、ものの見事に調子を取り戻した。下手をすれば女性恐怖症になるかもしれなかったのだ。心から感謝だ。


 そして、比例するようにエミリーに対しての想いも強くなっていく。元の世界へ帰ることを目標としている俺は、いずれ離れる時が訪れるのだろうし、彼女にはレオというパートナーもいる。だから、徹底的に封じ込めるのだ。口には出せない、この気持ちを。


 冬が到来し、外の気温は低い。

 リビングの暖炉に火を入れ、その前に置いてあるソファにだらしなく座る。


 テーブルを挟んだ向かい側のソファには本を読むミアと、編み物をするエミリー。真剣な表情で手元を見るエミリーはマフラーのような物を熱心に編んでいて、レオに渡すのだと悟った。


「ぁあ……エミ……っ!」


 思わず自分の口を塞ぐ。

 無意識に『エミリーにプレゼント貰うとか羨ましいな俺も欲しいな。てか、一生懸命手元を見るエミリーの顔可愛いなぁ。おっとりたれ目なのに、眉が上がってキュッとなっていて、そんな表情もまた可愛いな』と、口に出してしまいそうになったのだ。

 薄っすらと目を開けて二人を見ると、集中しているのか、気付いていない様子だった。


 危なかった。思考を変えて、エミリーのことは考えないようにしないと。

 ならばと、エミリーのすぐ隣、ミアを見る。


 彼女は今、明日の試験に向けて復習をしている最中だ。

 文字列を追う、丸く大きな瞳は流れるように左右へ動く。まだ幼い顔に、形の良い小さな頭。髪は外側に跳ねてふわりとしている。肌は雪のように白く、暖炉に近いせいか、頬に朱がさしている。


 純情可憐で八面玲瓏の美少女だ。膝に乗せてずっと頭を撫でていたい。そして、時々上目遣いで見上げてくるミアを……思いっきり抱きしめたりなんかして、甘やかすのだ。


「あぁ、可愛いなぁミァ……っ!」


 無意識に口から、うわごとのような小声が漏れ出てしまい、両手で塞ぐ。二人は手元に集中して気付かない。


 またもや危なかった。もっと、他のことを考えるんだ。

 例えば……レオだ。アルトナー家へ毎日のように顔を出していたレオも、このところ見ていない。エミリーも心配している。

 特別な許可も無しにこちらから王城へ行けるわけもないし、連絡のしようがないから、待つことしか出来ない。一体、彼はどうしたというのだろう。


 作業をする二人とは反対に、ソファに深く座りぼーっとする。学生でもないのに働かず、家の手伝いも時々しかしない。

 あれ、俺はもしかしなくてもニートなのでは……いや、美少女に面倒を見てもらっているから、実質ヒモだ。あまりにもクズすぎる。


「ハァ……」


 思わず溜息を吐く。

 このままではいけない。俺から何か力になってやれることを探さないと!

 そうだ。まず手始めに、明日のミアの為、最大限の努力をしよう。何か、やる気を出してくれそうな事がいいだろう。勉強については俺から教えられることはない。となれば、活力を与えたいから、……美味しい食事か。

 そうと決まれば、今夜は特別な料理を作るのだ。そしてマイルームも開放しよう。


「よし、ちょっと出掛けてくる。今日の晩ごはんは俺が作るから」


 ソファから立ち上がると、エミリーは編み物を、ミアは本を閉じて、視線を向ける。


「なになにサクヤ! また美味しいもの作ってくれるの!?」


「晩ごはんはお昼の残り物で何か作ろうと思っていましたが、朔夜さんが作って下さるのならお願いしますね。これは期待しちゃいますっ」


 二人共最高の笑顔だ。

 この姉妹は美味しいものに目がなく、俺が作るちょっと珍しい料理に異常な期待を示す。変にハードルが上がりすぎなければいいのだが。


「じゃあ買い物行ってくる」


「はい、いってらっしゃい朔夜さん」


「早く帰ってきてね、サクヤ!」


 二人に見送られリビングを出る。

 ボックスと呟くと、目の前の空間に黒い渦が発生し、右手を差し入れる。そこから黒いコートを取り出して羽織った。

 目指すは商店街だ。




 目当ての食材を調達し、一時間ほどで帰宅する。

 調理の時間を加味しても、日が落ちる前までにはエミリーとミアをマイルームへ呼び出せるだろう。


 リビングには寄らず、食材を抱えたまま自室へと移動し、マイルームへと続くドアを出現させて中に入った。

 玄関にはダンジョンで手に入れた木材が置いてある。アルトナー家の前で数日乾燥させたので、加工もしやすくなっているだろう。それを避けて、廊下を渡り、リビングダイニングへと移動した。


「よし、たれもある」


 キッチン収納棚を確認。


 ゲームを始めて少しして、俺はこのマイルームを購入した。元々凝り性なため、現実で住んでいたマンションのキッチンにある調味料などをスキャニングした。もちろん、本物そのままの3Dモデルにテクスチャを貼り付けた完璧なオブジェクトが出来上がる。だからゲーム内でも現実の様なマンション内部を再現出来たのだ。自室もだが、特にキッチンのクオリティはとても高いと自負している。

 そんなテクスチャを貼り付けたオブジェクトは、持ち出して相手に投げるなどの投擲武器としての使用は認められたが、中身など無い状態で、食べることなどもってのほかだった。

 だが、この世界ではパッケージも中身もある完璧な商品として現界している。そしてゲーム内通貨『ガルド』があれば、いくら使っても自動で買い足すことが可能だ。


 今から作るのは、多数あるスキャニングした商品の中の一つを使用する。液体調味料だ。


 先程商店街で購入した食材をキッチンに並べる。調理をするといっても、切って煮るだけで、とても簡単だ。

 牛肉を薄切りにし、食べやすい大きさに。長ネギは一センチサイズで斜めに切る。白菜はざく切りだ。

 しいたけに似たキノコはそのままに、食材を鍋へ入れて見栄えが良くなるよう並べる。

 そう、今夜はすき焼きだ。タレと水を丁度いい塩梅で入れ、蓋をした。後は火を点ければいいだけの状態にする。

 ダイニングテーブルにIHクッキングヒーターを乗せ、その上に鍋を置く。

 そして米を研いで炊飯ジャーのスイッチを入れる。米はこの世界のものなので、日本のとは少し違っていて粒の形状が若干長い。でも味は悪くない。


「もう終わった……よし。あれでも作るか」


 玄関へ移動してショップで購入した迷彩柄のシートを敷き、その上に木材を置く。

 そしてボックスから童子切を取り出し、抜刀。床を傷つけないように、三十センチ程の長さの木片に切る。


「よし、これをさらに切って、角を削ればオーケーかな」


 その場で三十分ほど作業をし、ある物を作り終えてからエミリーとミアを呼びにアルトナー家の自室へと戻った。

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