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第50話 夜もすがら君想う

「ただいま……」


 深夜、アルトナー家へと遅い帰宅。道すがら見えたリビングには電気が点いていなかったので、きっとエミリーとミアは就寝したのだろう。

 音を立てないようにそっと扉を開けて家の中へと入る。


 すると、廊下中程にあるダイニングからエミリーが顔を覗かせた。彼女はリビングではなく、ダイニングで待っていたのだ。


「朔夜さん! こんな遅くまでどこに行ってたんですか!」


 エミリーの怒気を孕んだ声に思わず硬直してしまい、玄関に入ってすぐのところで立ち止まる。そんな俺目掛け、エミリーは駆け寄ってきた。


「本当に! ……心配したんですから」


 まるで存在を確かめるように、俺の右手は、エミリーの白く細い両手で包み込まれる。

 外出したまま帰ってこない俺のことを心配して、遅くまで待ってくれていたのだ。いたずらを叱られる子供のような気持ちと、心底申し訳ない気持ち、それにこそばゆい気持ちが複雑に混ざり合う。

 エミリーへ目を向けると、少し涙ぐんでいるように見えた。


「あの、ごめんエミリー。遅くなって」


「何か、事件や事故に巻き込まれたのかと……思いました。でも、無事みたいでよかったです。……お腹、減っていませんか? 晩ごはん温めますから」


 怒った表情から心底心配するような表情、相手を安心させるような表情へと移り変わるエミリー。年の近い少女からの母親のような優しさに、むず痒くなる感覚がした。


「事件といえば事件かも……いや、詳しくは座ってから話すよ。ごめん、迷惑かけて。それと、ありがとうエミリー。待っててくれて。でもご飯はお腹いっぱいだから大丈夫、かな」


「ではスープだけでも。外は寒かったでしょうし」


「ありがとう。じゃあいただくよ」


 エミリーに手を引かれ、ダイニングへと移動する。あたたかい手だ。夜風に吹かれ、末端の指先などは冷たくなっていた。そんな身体と心に、彼女の優しさが染み渡った。

 前を歩くエミリーの表情は見えないが、それで良い。反対に、今の俺の緩みきった顔も見られないということだから。


 ダイニングでは定位置に座る。エミリーはスープを温め直すため、キッチンに立ち、鍋を火にかける。

 彼女の手が離れる瞬間、思わず握り返したい衝動に駆られたが、ぐっとこらえた。レオに隠れて大胆な行動に出るなんて、誠実さに欠けるからだ。

 無言のまま鍋をかき混ぜるエミリー。そして数分後、温めたスープを俺の前へと置いた。『ありがとう』と言って受け取り、一口飲む。温かく、優しい味がした。


 彼女はいつもミアの対面の席だが、今は俺の前へと座る。ミアはというと、もう寝たようだ。後でこっそりと寝顔を見に行ってみようか。


「それで朔夜さんはこんな時間まで一体どこへ……」


 目を細め、顎に手を当て首を傾げるエミリー。アルトナー家に住まわせて貰って数ヶ月。初めて無断で夕食をすっぽかしたあげく、深夜の帰宅だ。エミリー自身、探すあても無かっただろう。


「午後にちょっと王城付近まで外出してさ、その帰りにリーゼさんと図らずも、たまたま、偶然会ったんだ」


 元の世界に帰るための手掛かりを見つけに行っていたというのは伏せておく。それと、これから話すプテロスティリスとの酒盛りも、俺の本意では無かったことを強調するため、わざとリーゼとの遭遇を強調している。


「はい……リーゼさんと……?」


「ああ。偶然会った時、リーゼさんはもう異常なくらい酔っ払っていて、無理矢理飲み屋に連行された。店の奥まで行くと、そこではプテロスティリス全員が飲んでいて、巻き込まれたんだ。一時間くらいして、やっと帰れると思った矢先に、クラリッサさんとリーゼさんが酔いつぶれて、レータさんの案内のもと、動けないクラリッサさんを背負ってあの豪華な邸宅まで運んだんだ」


「あはは……」


 困ったような笑い顔をするエミリー。彼女もクラリッサとリーゼの酒癖の悪さに覚えがあるみたいだ。


「クラリッサさんを門前まで送り届けたから、帰ろうとしたんだ。でも、まだ動けそうにないから屋敷の中まで運べって言われてさ、言う通りにした。そこでリーンさんという人を紹介され、あれやこれやといううちに軽食とお酒をご馳走になった。で、問題はここからで、酔っぱらったクラリッサに、罰ゲームありのカードゲームをしようと言われ、流れの中断ることも出来ず、やることに。あの時のクラリッサさんは生き生きとしていて、酔って動けそうになかった状態が嘘みたいだったよ」


「ああ、その流れはまさか……」


 流石に気づいたようだ。リーンから聞いた話によると、エミリーもあの闇のゲームをさせられたようなのだ。


「ゲームは俺が有利のまま好調に進むと思った。最初の二回はレータさんとリーゼさんが負けて、その、服を……ゴホン

、ちょっとだけ脱いだりしてた。だけどそれ以降は何故か勝てなくなり、俺は連敗し続けたんだ……」


 俺の顔は赤いだろう。だが、エミリーにはありのままを話すんだ。自分の情報について普段は秘匿している。そんな俺が出来る、せめてもの償いだ。


「あ、ああ……では朔夜さんも……」


「そう。俺は負けてパンツ一枚にされた。そして、リーゼさんに脱げ脱げコールをされ、心が折れかけた時……」


 エミリーは眉をハの字にし、下唇をキュッと噛みしめる。

 その苦悶の表情に、もしかしたら俺を想うあまり嫉妬したのかもと、淡い期待をしてしまう。もしその場合は、レオというイケメン彼氏がいるから、所有欲からなる歪な感情だが。でも何も思われないよりはマシなのだ。


「リーンさんが颯爽と現れ、助けだしてくれたんだ」


「ふぅー……良かったです。変なことにならず……」


「その後に少し話をしたんだけど、エミリーもあの、同じ様なことされたって言ってたよ……」


 流石に、エミリーも下着姿にされたんでしょとは言えない。


「はい。私も同じ様な流れで、その、……脱がされました」


 恥じるエミリー。視線は左右に揺れ、挙動がおかしくみえる。そんな羞恥の表情もまた可憐なのだ。


「私もリーンさんに助けてもらいました。後日お礼をするため、クラリッサさんのお宅にお菓子を持って伺ったんです。リーンさんは、気にしなくて良いのですよと、気前良く言ってくれました。それからクラリッサさんも出てきて、謝られました。その時にカードには細工がしてあり、引くカードを自由に選べることを教えてくれました」


 あまりにも出来すぎているわけだ。最初に良い思いをさせ、降りることの無いよう判断力を奪う。そして、自分は何かしらのトリックを使い、引きたいカードを引いて配るという戦法か。レータのショーツとリーゼの胸の谷間に、見事撃沈してしまった。


「それにプテロスティリスの皆さんは、アイコンタクトや、テーブルを決まった回数叩いたり、耳たぶに二回触るなど、言葉を必要としないコミュニケーションがとれます。私もプテロスティリスの皆さんと会ってからあまり時間が経っていませんでしたので、簡単に騙されてしまいました」


 ということは、クラリッサだけでなく、全員がグルだったのか。もしや、あのショーツもフェイクだった可能性が……。俺はただ騙されただけだ。失ったモノしかない。


「そう、だったのか……。もうつらい……」


「げ、元気を出して下さい朔夜さん! あれは通過儀礼というか、愛のあるイジりというか、とにかく! 仲が良くなりたい人にしかやらないそうですから、大丈夫です!」


「そうは言うけど、裸を見られちゃったし……もうだめだ……」


「それは……私だって見たことないのに……」


 エミリーの放った言葉はあまりに小さく、俺の耳にまで届かなかった。

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