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第5話 絶体絶命

 部屋の中央を見るとそこには――ミアがいた。


「ミアっ!!!」


 ミアは全身傷だらけで、立っているのもやっとに見える。そして額から血を流しながら、目の前の異形を睨みつけていた。


 ミアの前には化物としか言い表せない、そんな異形が立っていた。

 二足歩行した犬の様な身体で筋骨隆々。本来なら顔があるはずところには、花が咲く前の蕾の形をしたナニか。

 そして背中から鳥の羽が複数枚生えていて、尻尾のある位置から軟体生物の足の形をした触手が多数伸びている。

 全体的に大きく、三メートル超はある。


 見ているだけで不快になるほどの嫌悪感と、異常なまでの魔力を内包しているのがここからでも伝わる。

 この魔物はとてつもなく強いのだろう。

 高ランク冒険者が束になっても勝てるかどうか。

 

 そして理解する。これが、これこそが倒すべき悪。


 ――災厄の魔物、だと。


「ミアっ! 今助けるからっ!」


 早くミアを連れ出して安全地帯まで逃げ、治療しないといけない。そのためにはまずこちらに注意を向けさせてから、隙を突いて向こうまで移動する。ボロボロのあの子を見るのはとても辛く、心が痛くなるが、それを堪える。


 私が発した大声に気付いたのか、こちらに顔を向ける災厄の魔物。

 反対に、必死で目の前の敵の一挙一動を見逃すまいと集中するミアは、私が来たことに気付いていない。だが、少しだけ隙を与えたことで、ミアは片足を引きずりながらも後退する。

 災厄の魔物から離れた今がチャンスだ。杖を構えて呪文を唱える。


上級魔法・撃ち抜け水(グゥル・ヒュドル)よ」


 杖の先端から、握り拳程の大きさの水弾を三つ高速で発射する。

 それを災厄の魔物は避けることはせず、腕でガードした。三つ全て着弾するも平然としており、ダメージは与えられていない。身体が濡れただけのようだ。


「これでも、高速で撃ち出した鉄球並の威力はあるんだけどなぁ……」


 上級魔法ですらこの程度のダメージしか与えられないのか。本当に化物だ。

 

「お姉ちゃんっ!!!」


 さっきの攻撃でミアがこちらに気付いたらしく、目を見開いて私を見る。


「ミアっ、出来るだけそいつから距離を取って! 今お姉ちゃんがそっちに行くからっ」

 

「うん、うん……ごめん、ごめんねお姉ちゃんっ」


 私が来たことで緊張の糸が切れたのか泣き出す妹。でも、たった一人でこんなに強大な敵に向かって行けるだけでも凄いことだと私は思う。

 

「ミア、少しだ……」


 たった一瞬。一瞬だけ災厄の魔物から目を逸らした。それだけで数十メートルも離れていた災厄の魔物が、気付いた時には目の前に立って右腕を振りかざしている。


「お姉ちゃん危ないっ!」


 私は反射的に斜め後ろに飛ぶ。全身に風圧を感じながら、ギリギリの回避だ。

 運良く間に合い、災厄の魔物の大きな拳はそのまま地面を叩いた。

 

 姿勢を元に正しながら魔法の詠唱に入る。


上級魔法・切り裂け風(グゥル・ヴィンド)よ」


 風で作られたカッターを数枚、災厄の魔物に向けて飛ばす。魔物も躱そうと身体を傾けるが、いかんせん風は目で捉えにくいらしく、内一つが二の腕に当たった。


「グガガガガガガアアアッッ」


 二の腕から僅かな出血と、苛立つ魔物の声。


「お姉ちゃんっ、お姉ちゃんっっ」


 ミアは涙を流しながらこっちを向いて、私が無事で安心したという表情をしている。声は大分うわずってはいるが。

 


 ここで切り札を使う覚悟を決める。災厄の魔物を一時的に動けなくさせてからミアを連れて脱出しよう。

 私は右手に風魔法、左手に水魔法を意識する。普通はここで命令を与えて発動となるのだが、今はそうしない。両手を合わせ、二つの魔法を掛け合わせるのだ。水魔法で氷を含んだ雲を生み出し、それを風魔法で囲い、内側を高速回転させる。そうすることである自然現象を再現する、あの人オリジナルの魔法だ。


「最上位複合魔法・直線に進(ドルニス・グ・ルーザ)め雷槌」


 瞬間――黄金の輝き。


 轟音と共に撃ち出されるのは眩い電撃。太い稲妻が一瞬で災厄の魔物へと到達する。


「――ガッッ……」


 反応する隙すら与えられずに直撃し、そのまま倒れる災厄の魔物。

 先の魔法で全身が濡れていたため、深刻なダメージを負っただろう。


 これは大切な人に教えてもらった特別な魔法だ。当然威力も凄い。ただ、今のでかなりの魔力を消費した。


「ミアっ!」


「お姉ちゃんっ!」


 災厄の魔物が動かなくなったのを確認してから、全速力で妹の元まで駆け寄る。


「もうっ、バカ……」


 力いっぱいミアを抱きしめると自然と涙が溢れてきた。


「ごめん、ごめんねお姉ちゃん……ああぁぁああ怖かったよぉ……」


 泣きじゃくる妹と私。あんな化物と対峙して、無事に生きているだけで奇跡だ。


「ぐすっ……ミア立てる? 安全地帯まで急ごう」


「……うんっ」


 ミアの腕を掴んで立ち上がらせる。とりあえずここから逃げて、安全な場所で治療魔法を……


 

 その時、後ろで動く気配を感じた。



 ミアは私の影にいて気付いていない。


 振り向く暇はない。私は慌ててミアを突き飛ばす。

 ミアは目を見開いて私とその後ろを見る。


「お姉ちゃ……」


「ミア、振り向かずに逃げなさい」



 直後、災厄の魔物の薙ぎ払いで私は空中を舞った。


 

 打撃の衝撃と浮遊感の後、地面に激突した。全身に痛みが走る。特に右足に激痛が走り、骨に深刻なダメージがある事が感じられた。私はもうここからの移動は無理だろう。

 ただ、今の攻撃で死なずに意識がある。これは幸運だ。あの子を逃がすための最後の囮くらいは出来るのだから。


「ミアっ走って逃げて!! 早く!!!」


「やだっ! お姉ちゃんを置いてなんか行けないよ!!」


「いいからっ……早く逃げなさいっ!」


 泣きじゃくる妹。優しいのだミアは。ここに来たのも私を思ってのことだった。

 そんなミアを、私は姉として生かして返さなければならない。

 一歩一歩こちらに近づいてくる災厄の魔物を睨みつけ、詠唱する。


上級魔法・駆けろ水の(グゥル・ヒュドル)刃」


 水で出来た刃が地面を伝い、災厄の魔物に向かって走る。それを魔物は躱すこともせずに尻尾のような触手で軽く払う。それだけで上位魔法が掻き消えた。

 最上級魔法クラスじゃないと通じないのは分かっている。これは足止めだ。災厄の魔物の注意が私に向いているうちに遠くへ行って、ミア。


 扉の方を見る。もうミアはそこへたどり着いているころだろうと。

 だが、扉の近くにミアの姿は無かった。


「お姉ちゃんに近づくなぁぁぁあああああっ!」


 あろうことかミアは災厄の魔物に向かって走っている。本当に、どうしようもない子だ。

 足を怪我し、ここからもう動けない私なんかの為に……。


「中級魔法・顔に向かっ(ラハヴ)て飛んでけ火球」 


 ミアが生み出した火の玉は災厄の魔物目掛け飛んでいき、頭に当たる。だが、そこまで効いているようには見えない。

 斜め後ろからの不意打ちに足を止め、振り向く魔物。

 ミアはこちらに向かって走ったまま連続で詠唱を行う。


「上級魔法・動けなくなれ、(グゥル・ヒュドレ)氷よ」



 災厄の魔物が止まった瞬間に、私の魔法で出来た水溜りを凍らせて足を拘束した。思いのほか拘束力が強く、抜け出せずに藻掻く魔物。

 その横を抜けてミアは私の元に駆け寄って来た。


「……逃げてって言ったのに、ミアのばか」


「お姉っ、ちゃんを、置いて、逃げるなんて、出来ないもんっ」


 私はミアをぎゅっと抱きしめる。二人共涙で目が真っ赤だ。


 災厄の魔物は拘束から抜け出し、苛立った様子でこちらに近づいてくる。

 踏み出す足が地面に当たるたび、ドンっと腹の底に重低音が聞こえてきた。それから、顔の部分にある蕾が開く。内側には牙がびっしりと生えている。まさか、あれで私達を捕食する気ではないのか。


「お姉ちゃんっ」


「ミアっ……」


 ミアを強く抱きしめ、私は目を瞑る。

 ドン、ドン、という音と共にそれは近づいてくる。


 ドン、ドンッ、ドンッッ。


 もうここまでなのか……。


 「「……」」




 それから数秒立ったが何も起きなかった。


 私は疑問に思い薄目を開けると、なぜか下を向いて動かない災厄の魔物が見えた。その間も一定の感覚でドンと鳴っている。


 それは災厄の魔物の足音では無く、下から何かが近づいてくる音だった。

 部屋全体を揺らす衝撃と音が段々と大きくなってくる。



 揺れの大きさで、ついに下の階層まで到達したのが分かる。



 そして『ソレ』は、爆音と共に地面を突き破って現れた。




 部屋中央に爆発のような衝撃があり、ダンジョンの硬い石材が飴細工のように砕けて飛び散り、雨のように降り注いだ。

 ここからは舞う埃のせいで薄っすらとした影しか見えない。それでもその影は高さ四m程で、災厄の魔物より大きく見える。

 この状況で現れるモノなど私には想像が付かない。


 しだいに埃が落ち、視界が段々と晴れていくと姿が見えてくる。



 漆黒の外殻、長い尻尾、知性を感じさせる眼光。腕が異常に長く、拳が地面についている。



 それはまるで、二足歩行した龍のようだった。

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