第49話 ぷてろすてぃりすと!らすと
リーンに手を引かれ、玄関前まで移動する。
俺の迎えが来たということは、恐らく帰りが遅いのを心配したエミリーだろう。他に、この窮地を救ってくれる人物などに心当たりは無いのだから。
長い廊下を渡り、玄関前の吹き抜けに到着した。ここでようやく手を離し、俺へと向き直るリーン。
「あれ、誰もいない……」
「失礼しました。迎えはおりません。私の判断で勝手に連れ出しました」
彼女は両手を前に組んで、深く頭を下げる。
「いえいえ、とんでもありません。あの、凄い助かりました……。ありがとうございます」
あの場から救うための嘘なのだから、謝罪なんてもってのほかだ。俺からも頭を下げる。
「あの、一ノ瀬様……申し訳ありませんが、お召物を……」
顔を上げると、唇をキュッと結んで視線を逸らすリーンの姿が目に入る。一瞬、不快感で視界にも入れたくないのかと思ってショックを受ける。
が、それはハズレで、彼女の腕には俺が脱いだ服が綺麗に畳まれた状態で下げられていた。歩きながらの早技だ。執事レベルカンストしていそうだ彼女は。
「す、すみません! 今着ますので!」
彼女の手から服を取り、急いで着る。その間も俺を直視することは無いリーン。そんな彼女の頬は薄っすらと赤い。男の裸に、若干照れているのかもしれない。
「汚いものを見せてしまってすいません、もう大丈夫です。いやぁ、ホントに助かりましたリーンさん。改めてありがとうございます」
「いえ、流石にあのままエスカレートして間違いが起こるかもしれないと考えると……いえ、何でもありません。取り敢えず、無事のようで何よりです。それと夜も遅いので、家までお送りしますよ」
爽やかに笑うリーン。ショートカットの金髪に燕尾服姿の彼女は、女性が憧れる男性像そのものだった。俺の中の乙女回路が生み出す幻想の中の、だが。
「いや、そこまでしてもらうのは申し訳ないというか……女性を夜道に歩かせたくないんです。ですので、その気持ちだけ有難く受け取っておくということで」
「そうですか。紳士なのですね朔夜さんは。では、門前までということでどうでしょう?」
俺の身を案じ、尚も警護を申し出てくれる。
親切を断るのも悪い気がしたし、相手も譲歩してくれたので、ここが落しどころだろう。門前だと敷地内なので、間違っても彼女が悪漢に襲われる心配は無さそうだ。
「分かりました。それじゃあお願いします」
「ふふふっ……。失礼しました」
突然笑い出すリーンに、何事かと目を向ける。先程までは口角を上げているだけで、本心からの笑顔では無いように見えたのだが、今は偽りのない笑顔をしている。彼女が笑い出すような、何か変なことを言ってしまったかと記憶を辿る。が、特に思い当たる節はない。
「いえ、不思議な雰囲気の方だなと思いまして。もちろん、悪い意味では無いですよ。むしろ好意的です。誰に対しても優しく接する様な人柄だなと感じたのです」
「そ、そうですか。ありがとうございます?」
よく分からないが、褒められたようなので、お礼を述べる。
それからリーンは笑顔を浮かべながら玄関の扉を開け、俺を先に通す。レディファースト然とした扱いに、心がトキメク音がした。こんなにカッコいい女性は他にいるのだろうか。女性らしいなめらかなボディラインを強調させながらも、スタイリッシュな燕尾服姿で、流し目をする仕草にはキラキラと光が散る幻が見えるのだ。
そんな彼女のエスコートで外へ出ると、大分暗く、夜風は肌寒い。深夜なのだと実感させる。かなりの時間プテロスティリスの人達と一緒にいたみたいだ。
そんなことを考えていると、『こちらへ』と言って案内するリーンの声が聞こえた。慌てて後を追うと、庭園の中程で立ち止まる彼女が見えた。
「すみません一ノ瀬様。少しだけお話に付き合っていただいてもよろしいですか?」
「ああ、俺は大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。では、この長椅子へお掛けになって下さい」
庭園の中央にある噴水側のベンチへ二人で腰掛ける。
「一ノ瀬様。実はですね、前にも一度同じようなことがあったんです。罰ゲームだなんだと言ってカードゲームをプレイしたことが」
「え、そうなんですか……あはは」
使い古された罠に掛かった気分だ。俺は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。
「はい。それで、その時は有能な冒険者の女性を連れてきまして、同じように下着の状態まで脱がせていました。その女性もあまり前に出る性格では無いのでしょう。恥ずかしそうに俯いているだけで、抵抗もあまり見受けられませんでした」
「はあ……」
その人も俺みたいに怖い思いをしたのだろう。心の底から同情する。
「私も流石に下着まで脱がせるのはいけないと思い、今回のように止めたのです。その時のあの女性は、とても、とても、とても、異常なまでに可愛いかった。あの恥じらう姿は同性の私でさえ、情欲を思いのままにぶつけてしまいそうな、そんな蠱惑的な表情で、間に入った私を見つめてきたのです」
嬉しいのか悲しいのか、読み取れない表情のリーン。ただ、言葉の端々から、とてつもない愉悦を感じたのだろうことが分かる。
それに、一番まともそうな人が一番危なそうな人だったことに衝撃を受けた。このクラリッサ邸は頭のネジがぶっ飛んだイカれた美少女ばかりなのだと、この時に理解した。出来れば知らないままでいたかった……。
「ああ、そ、そう、ですか、はい。あ、だから今回もいざとなったら俺を助ける為に部屋に帰るふりをして、廊下から様子を伺っていたということですか?」
「はい、その通りです。それに、男性の裸体を嫁入り前の淑女達に見せるなど、なるべく阻止したいですしね」
キラッと光る満開スマイル。中性的で整っている顔は、レオを想起させた。
「でも最近はその女性冒険者が来なくて寂しいのです。少し前はかなりの頻度でこの屋敷を訪れていたのですが。でもまぁ、その方の姉が亡くなってしまったりで、しょうがない部分もあるのですけど……」
姉が亡くなった、プテロスティリスと関係のある魅力的な女性……もしかして……。
「あの、もしかしてその女性の名前は……エミリーといいませんか?」
「えっ!? エミリー様をご存知なのですか!?」
やはり、エミリーだ。その姉というのもシスターだろう。
驚きからか、顔を近づけてくるリーン。
「ええ、まぁ……」
ここで、同じ家に住んでいると明かすのは危険だ。リーンもエミリーを好意的に見ている。下手をしたら羨ま死刑で刺される可能性もあるのだ。
「エミリー様とはどのようなご関係で……失礼しました。無粋ですね。すー、はー。では、マリィ様もご存知で?」
鬼の様な形相から、深呼吸をし、自力で冷静になるリーン。流石一流の執事だ。
マリィ。初めて聞く名前だ。誰なのか、俺には分からない。
「すいませんが、マリィさんという人はちょっと分からないですね」
「え……? その、エミリー様の……お姉様ですよ」
「……!?」
まさか、話に出そうな時エミリーが泣きそうな表情になる人物、シスターの名前が判明するとは思ってもみなかった。家令のリーンが知っているということは、主人のクラリッサとシスターは何かしら面識があったのだろう。
「あの……。プテロスティリスの皆さんとそのマリィさんは仲が良かったりしたんですか?」
「そうですね。クラリッサ様が駆け出しの頃からお世話になっていた方で、それが縁でエミリー様とも交友を持てたと、そう聞いております」
「そうですか……」
意外な真実だ。クラリッサはエミリーより先にシスターと親交があったのだ。
シスターという人物について、リーンが知っていることを全て教えて貰おうか。
だが、エミリーに内緒にして裏で探っていたというのは……あまりにも失礼だ。俺自身、魔法もダンジョンも無い違う世界から来たという事実をひた隠しにしている。
それについてエミリーは詮索する様な真似はしない。優しいのだ。そんな彼女を俺は、裏切りたくはない。
シスターについて聞きたいことは山ほどあるが、ここはぐっと堪える。
「……リーンさんは、クラリッサさんとはやはり長い付き合いなんですか?」
シスターについての情報をシャットアウトするため、無理矢理話題を変える。
「私とクラリッサ様、ですか。長いも何も、物心がついた時から将来仕える方なのだと両親から聞いておりましたので。クラリッサ様は幼少期から秀でた才能と明晰な頭脳があり、容姿も淡麗で、ノブレスオブリージュを体現した様な、まさに非の打ち所が無い完璧な淑女でした。あの日までは」
鼻が高いのか、意気揚々と語るリーンだったが、目線を地面へと向ける。
あの日というのは、貴族として没落してしまった日だろう。
「……クラリッサさんの過去は彼女自身から聞きました。俺が何か言うのもおこがましいですが、凄い人だと思いました」
「クラリッサ様から直接聞いたのですか。一ノ瀬様は相当好かれているようです。軽々しくご自身の過去を話す方ではありませんから」
そう言った彼女は、少し寂しそうな表情だった。
初対面で暴言を吐かれ、その後も親密というわけでは無かったのだが、リーンがそう言うのなら間違いはないのだろう。
この一ヶ月、何度かプテロスティリスと会っていたエミリーが、俺についての良くない誤解などを取り払ってくれたのだと予想する。
「クラリッサさんも、こんなに自分を理解してくれて、一途に、忠実に仕えてくれるリーンさんのような方がいることにとても感謝していると思います。俺から見ても、羨ましく思える程に素晴らしい関係なのだと、そう感じましたから」
身近にこんなに親身になってくれる人がいるのだ。この人の為にと頑張れるし、道を踏み外す前には助言をしてくれるだろう。
もし、俺にも彼女のような存在がいたら、不登校にならずに、楽しい学生生活を謳歌することが出来たのかな……と、考えてしまわずにはいられない。
「い、いえ、私など、クラリッサ様から恩を受けてばかりで、お役に立てているのかどうか……いえ、折角一ノ瀬様が褒めてくれたのです。ここは素直に受け取ります。貴方に、最大の感謝を」
背筋を伸ばし、礼をするリーン。ふわりと舞う金色の髪と、甘い香水の香りがした。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、貴方はやはり不思議な人です。隣国との冷戦状態で気を張っている人々が多い中、とても自然体で優しさがあるといいますか……まるで、平和な国から来たばかりのような。もちろん良い意味でです。心にゆとりがあるのだと分かります」
「そ、そうですか、……あはは」
実際に当たらずも遠からずなのだ。俺の育った日本では戦争など無く平和な世の中だった。地球のどこかではあったのだろうが、身近に感じたことが無い俺は、気楽で、浮いた様な、甘っちょろい存在に見えるのだろう。リーンは良い方向に捉えてくれたようだが。
今まで気付かなかったが、この国も中世ヨーロッパのように常に侵略の危機を抱えているようだ。攻めて来られる前に知れてよかった。事前に知っているのと知らないのとでは緊急時の判断のスピードが違うからだ。
「……私は、クラリッサ様に助けられたのです」
真面目な表情になるリーン。
「クラリッサ様がご成人なされてから少しして、ローゼンベルク家は事業に失敗なさり、栄華が去りました。当然、代々家令を務める私達一家も路頭に迷うことになりました。若い頃冒険者をしていた母は、腕は立つのですが、幼い私の世話のために近所の酒屋で働き、父は現在もフェルディナント侯爵領エールドにある鉱山で炭鉱夫として働いています。私はというと、家事をするだけで、半ば引きこもりのような生活をしていました。将来はクラリッサ様に尽くすことを目標にしていましたが、それが叶わないことを知り、全てを諦めて自分が一番不幸なんだと、そう思いながら何もなさずに生きていました」
ローゼンベルクというのが、クラリッサの家名なのだろう。本人からでなく、リーンから聞いてしまったがしょうがない。
事業失敗の悪影響はクラリッサだけでなく、その周囲にまで及ぼした。当時の彼女たちの心境たるや、平穏に生きてきた俺には想像もつかない。
塞ぐようにして語っていたリーンは、顔を上げる。
「そしてローゼンベルク家凋落から数年たったある日、クラリッサ様が私達の住む家へ訪れたのです。無気力全開で、自室で寝転んでいた私の前に立ち、遅くなったわねとただ一言。私の手を取り、買い戻した邸宅へ案内してくれました。私が立ち止まっていた間に、クラリッサ様は己の力で全てを取り戻そうと最大限の努力をし、見事再建なされたのです。そして、かつての使用人などを再び呼び戻したクラリッサ様は、数年もの間何もしてこなかったこんな私でも、傍に置いて下さるとおっしゃったのです。本当に感謝してもしきれません」
リーンの気持ちは痛いほど分かる。同じ様な気持ちで、ずるずると不登校を続けていたからだ。
「私の父はまだ仕送りしたいからとそのまま炭鉱夫を続け、母はクラリッサ様の身の回りの世話や、邸宅の掃除係として、離れに私と住んでいます。私は、幸せです。この幸せもクラリッサ様自身の努力のおかげなのです。そんな敬愛する主人のため、さらに精進を重ねていきたいと思います。そして一ノ瀬様。どうか、これからもクラリッサ様を何卒よろしくお願いします」
リーンは透き通るような青い瞳で、真っ直ぐ俺の目を見ると、頭を下げるのだった。
彼女はクラリッサに救われた分、これからの人生を掛けて忠義を尽くすのだと、そう瞳が語っていた。
「はい。こちらこそよろしくお願いします。リーンさんも頭を上げてください」
真摯に向き合ってくれたのだ。俺もそれに精一杯応える。クラリッサやプテロスティリスとも、よりよい関係を築けるように努力をするんだ。
顔を上げるリーン。表情は晴れやかで、夜の帳が下りているのを一瞬忘れそうになる程だった。
長椅子から立ち上がり、二人で門まで歩く。
「遅くまで付き合わせてしまい、すみません一ノ瀬様。またいらして下さい。クラリッサ様も喜びますから」
門を開け、片手で押さえるリーン。
「ありがとうございます。……そういえば、誰も追ってこないんですね」
帰る寸前で彼女達を思い出す。プテロスティリスのメンバーなら、獲物が死ぬまで追いかけ回しそうだと思ったのだ。
「私が特別な力を使って施錠しましたから。心配いりません」
「あはは、そうですか……」
良い雰囲気の後だ。色々と気になるがここは追求しないでおく。
「では、おやすみなさいませ。一ノ瀬様」
「こちらこそ今日はありがとうございました。リーンさん」
腰を折り、深く礼をするリーンに向けて俺も頭を下げてから、帰路につく。
街灯が多い一等地を抜け、寝静まった住宅街を歩く。
「エミリー、心配してるかなぁ」
何も言わずに深夜に帰宅だ。俺のことなど気にせずに、もう寝ていてほしいと思わずにはいられなかった。




