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第48話 ぷてろすてぃりすと!5

 どうしてこうなった。


 あの時に引き返せていればこうなる未来も回避できたのかもしれない。後悔先に立たずというが、どうしても悔やんでしまう。与えられた蜜を疑いもせず享受した少し前の自分を殴りたい。だが、終わってしまったことばかり考えてもしょうがない。覆水盆に返らずだ。今のこの状況を打破するために何をするかを考え……。


「朔夜。脱ぎなさい」


 氷のように冷たい声が、広いダイニングに響く。クラリッサだ。彼女は中々脱ごうとしない俺へしびれを切らしたのだ。


「いや、でも……」


「あら。ルールを破るの?」


 感情が見えない程暗い瞳と、つり上がった口角が般若を思わせた。


 俺は今、ダイニングテーブルから少し離れた床に正座している。

 ボクサーパンツ一枚でだ。


 何故このような状況になってしまったのかというと、単純に負けたからだ。

 連勝して勢いに乗っていた俺は、三回目の勝負でスペードの六という、まあまあ大きい数のカードを引いたのだが、周りはもっと大きい数を引いていて、最下位になってしまった。この時は靴下を脱ぎ、次の勝負へ挑んだ。

 四回目の勝負では、信じていたクラリッサに裏切られ、見事敗北した。ここで上を脱いだ。


 五回目の勝負。山札はリセットされ、新たな手札だ。前回まではクラリッサがカウンティングなりをしていて、偶々状況が悪くなっていただけだと自分に言い聞かせた。だが、ここでもまた負けた。クラリッサの言葉を信じなかった俺だが、この時彼女は真実を口にしていたのだ。結果ズボンを脱ぐ。もうヤケだった。

 ここで降りれば最悪の事態は免れると分かっていたが、どうしてもプテロスティリスの、いや、クラリッサが脱ぐのが見たかった俺は、最後の砦ともいえる己の下着をチップに勝負を挑んだ。この先に起こるであろう、高飛車なクラリッサの羞恥に歪む表情を想像して。


 そして六回戦目の結果は、俺の負けだった。

 ありえる筈も無い、カードチェンジをしたにもかかわらず、一番低い数字のカードを連続で引いてしまったのだ。


 そして現在。

 リーゼ以降連続で負け続けた俺は正座をさせられ、美少女四人に見下ろされながら下着を脱げと強要されているというわけだ。


「勝負の途中は言い出せなかったけど、朔夜クン、脱ぐと意外と筋肉があって、吃驚しましたぞ。……えいっ!」


「うわあっ!」 


 左手に酒が入ったボトルを持ったままリーゼはしゃがみ、俺と同じ目線になる。そして俺の腹筋をつん、と突いた。

 バスケットボール部のハードなトレーニングで鍛え上げられ、炎を纏う巨大な剣さえ弾き返すこのシックスパックの腹筋は、美少女に触れられただけで、大きく震えた。


「わぁ……硬いんだね。何か不思議な気分になってきましたね、はい……」


 アルコールなのか、照れからなのか分からないが、頬を赤く染めるリーゼ。そんな表情ながらも、俺の腹部をつつく白く細い指は止まらない。


「ふふふ、可愛い」


「男の人の、筋肉、触って、みたかった」


 『ふわぁ……』と言いながら、つんつん、と触り続けるリーゼの隣にしゃがむレータとレーネ。


 彼女達は揃った動きで俺の二の腕へと触れた。


「結構、がっしり、してる」


「服を、着ていたら、分からなかった」


 無表情に見えた彼女達も、頭の中では色々と考えているみたいだ。感情が表情に表れにくいだけなのだろう。

 絶妙な力加減で二の腕の感触を確かめるレータとレーネ。それはまるで人と握手をするような、掌全てを使った接触だった。そんな二人の手は冷たく、アルコールで火照った俺の身体には大変気持ち良かった。


「じゃれている場合では無いの。退きなさい」


 俺の腹筋を『つつく』から『撫でる』に変わつつあるリーゼと、二の腕から肩や背中へ手を伸ばすレータとレーネを無理矢理引き剥がすクラリッサ。


 三人が離れると、クラリッサは俺の正面でしゃがみ込む。そして、羞恥のあまり伏せている俺の顔へと、下から覗き込んできた。


「あれぇ? 勝負に負けた貴方は義務を果たすべきでしょう。それなのに、何でそんなトコロをおっ立てているのかしら?」


「……っ!?」


 ニタリとした笑みを浮かべるクラリッサの言葉に、慌てて自らの下半身へと目を向ける。まさか、こんな酷い目に合わされているというのに、反応するとは思わなかったのだ。


 だが、ボクサーパンツは微塵も膨らんでおらず、彼女の術中にはまったのだと気付かされた。


「へぇ。今どこを見たのか正直に言ってみなさい。私が言った『立っている』は、鳥肌のことなのだけれど」


 クラリッサの細い指が、俺の太腿の上を滑る。ゆっくりとした動作で膝から上へ、まるで鳥肌を優しく撫でつけて元に戻そうとしているような、そんなこそばゆさ。


 正直に……言えるわけがない。口に出したら最後、死ぬまで玩具にされ続けるに決まっているからだ。


「……それと、見るまで分からないものね。結構良い身体をしているじゃない」


 クラリッサは臍から腹筋、胸筋へと人差し指を上へとなめらかに滑らせる。赤子の肌に触れるような優しいさわり方に、心臓の鼓動が早くなる。


 矢継ぎ早に攻撃された事により、この状況を切り抜ける打開策も浮かんでこない。それに、アルコールの影響と恥ずかしさで、頭がぼうっとしてきた。


 何か助けがないか、無意識に周囲を見る。


「ちょっと、なにその朔夜クンの怯えた目……やばい、新しい扉を開けそう……」


「分かる、かも」


「かわいそう、……違う、かわいい」


 目を見開き、肉食獣の様な視線を向けるリーゼ。よだれか、はたまた酒なのか分からないが、口元から顎先へと一筋の線を引いている。レータとレーネも同様、生肉を前にした獣の如き眼光。


 目の前のクラリッサは頬を染め、恍惚とした表情で俺を見る。


 窮地、苦境、四面楚歌。周りは敵しかいない。助けなど、来るはずもない。


「……げ。……ぅげ。……ぬーげ、脱ーげ、脱ぅぅぅぅげ!」


「「ぬ、げ。ぬ、げ」」


「朔夜。ここはいさぎよく、ね。分かるでしょう?」


 酒を煽りながら、俺を急かすリーゼと、それに賛同する姉妹。

 尋問に使用される心理術の、良い警官・悪い警官ばりに、甘い声色で囁くクラリッサ。


 ここはもう諦めて脱ぐしかない。


 溢れ出しそうになる涙を堪えて、自らのボクサーパンツに手を掛ける。


「ごくごく、ぷはぁ! しゃぁぁぁああぁあついに来ましたぞ!」


「ちょっと、やばい」


「レータは、見ちゃ、だめ」


「ふふふ、可愛いじゃない……」


 目の前にはプテロスティリスの四人。声色だけで、全員が悦に入る表情をしているであろうことが簡単に想像出来る。一人ひとりが捕食者。そんな、見た目が美少女なだけの化物達に見下される俺。


 もうここまでだ。


 ごめん、ミア。こんな情けないお兄ちゃんで。


 ごめん、エミリー。俺の純潔はもう……。


 一瞬、音が消える。そして――――


「失礼します。一ノ瀬様、お迎えの方が御出です」


 ガチャリと扉を開け、ダイニングルームに入ってくるのは家令のリーン。

 彼女は呆気にとられるプテロスティリスを尻目に、俺の衣服をかき集める。そして手を取ってダイニングから連れ出した。この間僅か数秒。誰一人声を発する暇も与えられないまま、玄関まで導かれるのだった。

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