第43話 ピジャ!
エミリーとダンジョン探索をした日から一ヶ月が経った。
ミアと図書館に行ったり、レオとトレーニングしたり、エミリーとダンジョンに潜ったり。そんな日々が俺の日常になりつつあった。
そして今日もレオに付き合ってトレーニングをしていた。
ダンジョン一階層で木剣での打ち合いの後、公園でレオと共に汗を流しているのだ。
「レオ、今日は特別メニューだ。そこに仰向けで寝てくれ」
公園の芝生のところで畳ニ畳ほどの敷物をしいて二人並んで腕立て伏せをしていたが、それを切り上げ、レオの方を向く。
「ああ、分かった。これでいいかい?」
仰向けになるレオ。
そんな彼の太ももの上へと俺は跨がった。
「な、なにをするんだ朔夜!」
「ちょ、暴れるな!」
足を固定した事により、動けなくなったレオは両腕を振り回す。
そんな彼の両手首を掴んで押さえ、動きを封じる。
「こ、こんなことをしてっ」
「特別メニューだって言っただろ! いいから聞いてくれ、お前のためなんだ!」
抑えつけることにより、自然と顔が近くなる。お互いの吐息がかかる距離だ。
レオは諦めたのか、抵抗する力が抜けていく。
「それでいい」
レオの腕を開放し、俺も上体を起こす。
「それで、何なんだよぉ……」
いつものような覇気は無く、視線を横に向けるレオ。顔も若干赤い。
それに涙目で、暴漢に襲われた女の子の様な表情になっている。
少しばかりやり過ぎたかもしれない。が、男同士なので問題は無い。
「今から腹筋を鍛える! 腹にパンチをするから、当たる瞬間に力を入れろよ」
これは高校のバスケットボール部時代にあった、キツめの練習方法だ。
先輩が後輩に馬乗りになり、両腕に持ったボールを腹筋に叩きつける。段々と腹筋が鍛えられていった後輩はボールで満足出来なくなり、硬い拳を求めるようになる。
俺も最初はボールすら耐えられなかったが、不思議なもので次第に慣れていくのだ。
あのハードな練習のおかげか、普通に殴る程度の威力なら今でも余裕で耐えられる。それに部活を辞めて結構経ったが、腹筋は綺麗に割れたままだ。
「行くぞレオ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 聞いたことないよそんなトレーニング!」
「じゃあお前がこの伝統を広めるんだ!」
馬乗りになっている俺は、彼の腹部に向けて拳を振り下ろす。
レオはギュッと目を閉じ、耐える。恐怖で身体は震え、雨に濡れた仔犬のようになっていた。
そんなレオを見て俺は思った。
流石に可哀想だと。
振り下ろした拳は、彼の腹筋から数ミリ手前で停止した。
「あ、あれ……」
「ごめん、やり過ぎた」
あんな顔を見せられたらやめるしかない。俺はレオの上から退き、横に座る。
レオは上半身を起こして俺を睨む。頬が膨れてハムスターみたいだ。
「はぁ、朔夜はどうしたいのさ……あと君ね、トレーニングの時はなんでそう口調がキツいんだ」
「あー、なんでだろ」
無意識に鬼教官のイメージに引っ張られていたのかもしれない。コーチや教官は厳しいという固定概念だ。
「別にボクは気にしてないからいいけどっ」
そっぽを向くレオ。気にしてるじゃんとは指摘しづらい。
「ごめん、レオ」
「……なぁ朔夜」
レオは正面を向き、何処か遠くを眺めている。
「どうした?」
「……ボクは兄に勝てるだろうか」
何時になく不安そうな表情だ。まったく、こいつには爽やかな笑顔が似合うってのに。
「大丈夫だろ。一撃一撃が重くなったし、速度も上がった。それに、型にはまらない動きをして予測が難しくなった。まぁ、当たって砕けろだ」
こういう時は無理にでも背中を押す言葉を掛けるのが良い。なんでもプラスに捉えた方が人生上手く行くと、何かの本で読んだ。
「頑張れ、レオ」
レオの肩に軽く拳を当てる。
「ふふ、ありがと朔夜」
彼も同じく俺の肩へ拳を当てた。
片付けをして公園を出る。その頃には日も傾いていた。
アルトナー家前でレオと別れる。いつも通り夕食を食べていくかと思ったが、断られた。
覚悟を決めた表情のレオを見送り、家の中に入ると、ミアが本を読んでいるのが見えた。
「ただいまミア。試験、そろそろだっけか」
「お帰りサクヤ! そうだよー。やることはやったし、後は復習かな」
リビングテーブル横の暖炉には火が灯り、ソファに座るミアの横顔を赤く照らしている。
この国にも四季があり、今は秋の終わりだ。地球で例えると北半球で、緯度が日本と同じなのかもしれない。
「ミアなら絶対合格だな。で、エミリーはまだ帰ってないか」
今日は確か教会の手伝いと言っていた。治療魔法で教会に訪れる患者を治しているのだろう。本当にエミリーは働き者というか頑張り屋というか。またプテロスティリスとダンジョン攻略に行く計画も立てているようだし。
「なにするか……」
夕食までまだ時間がある。
本を読んでいるミアの邪魔にならないよう、俺は自室へ移動しよう。
踵を返し、リビングを出ようとした俺の手はミアに掴まれる。
「サクヤ、行っちゃうの?」
本をテーブルに置き、ソファから移動してきたミアは俺を見上げる。今まで一人で寂しかったのかもしれない。
自室で特にやることも無いし、こんなミアを放っておけない。
「いや、ここにいるよ。座ろっかミア」
「うん!」
ソファまで手を引かれ、隣に座る。それだけで上機嫌になるミア。足をぶらぶらさせていて、喜びを表しているようだ。
猫みたいな印象を受けるのに、本人の性格は懐きやすく言う事をちゃんと聞く犬のようで、愛らしい。
「あのねあのね! サクヤはどんな料理が好きなの?」
「ミアが作る料理全部」
「やったー!」
考える前に口から出てしまう。そんな俺の言葉でも喜ぶミア。
例え泥団子でもミアの手作りなら一口で食べてしまえるだろう。
「じゃあ時々ミアもご飯作るね!」
「そうか。楽しみだなぁ」
夢中でミアとの会話を楽しんでいると、玄関から音がした。エミリーが帰ってきたようだ。
「ただいま」
「「おかえり」」
エミリーはリビングへ入ってくる。いつもなら夕食の材料を持ってキッチンへ行くのだが、今日は手ぶらだった。
「朔夜さん、ミア。夕食なんですけど、外食をしようと思うんですがどうですか?」
首をかしげながら頬に手を当て、提案してくるエミリー。
「「賛成!」」
俺とミアの声が揃う。何気に外食自体初めてだ。
急いで部屋に戻り、外出の準備をするミア。俺はコートを羽織るだけなのですぐにでも出発できる。
数分で部屋着から洋服へと着替え、スキップしながらリビングへ入ってくるミア。
「ミア準備できたよ!」
「俺も」
「では混まないうちにお店へ行きましょうか」
商店街を抜けて真っ直ぐ進んだ先の大通り。その一角にエミリーおすすめの店はあった。
人通りが多い道に面しているせいか、夕飯時前だというのに店内は客が多く、賑やかな雰囲気だ。
そんな店へ入ると、店内中程の四人がけのテーブルに案内される。そこでも、いつもダイニングで食事する時のような配置で座った。
「ここのピザは美味しいとクラリッサさんから聞いていて、いつか来ようと思ってたんです」
「ピジャだ!」
「ピザか、楽しみだ」
ミアは興奮して『ジャ』と噛んでいる。
それにしてもピザまであるのか。チーズもあったし不思議……ではないか。アルトナー家でピザを作っているのは見たことがなかったから、知らなかった。
いや、そもそも家庭で作るものではないのかもしれない。本格的なピザを作るには、高温に耐えられる専用の窯などが必要だろうし。
とりあえず俺たちはメニューにあるおすすめのピザを頼んだ。
店員に注文をする際、お酒も勧められたが断った。
この国では成人が十五歳なので、俺は飲めるのだが、外出先で判断力が低下するのを恐れたため飲まないことにした。あとは単純に飲んだことがないので怖いというのもある。プテロスティリスとの出来事はなかった事にした。記憶からデリートだ。
それとここでは一年が三百六十五日で、季節も日本と一緒だとエミリーから聞いた話で理解した。そしてエミリーは俺と同じ十七歳。彼女もお酒は飲めるのだ。
「エミリーは飲んでもいいんじゃない?」
「私はシスターに禁止されてたのもあってまだ飲んだことがなく……」
「そっか。ごめん」
シスターの名前を出されると何も言えなくなってしまう。
でも少し、エミリーが酔うところを見てみたかった。
十五分後、ピザが乗った三枚の皿を店員が運んできた。
濃厚なチーズの香りに食欲をそそられる。
「わぁ、でっかいよ!」
テーブルに置かれたピザを興奮気味に見つめるミア。
「では食べましょうか」
「そうだな。いただきます」
「「いただきます」」
熱々のピザを一切れ手にとって食べると、チーズが糸を引いて長く伸びる。野菜や肉、独特なソースの味がとても美味い。
「おいひー!」
たまらず唸るミア。口いっぱいに頬張っている。
「んー、美味しいですね」
「うん美味い」
エミリーは幸せそうな顔で、頬に手を当てている。
家庭料理もいいが、たまにはこういった店で食べるのも良いと感じた。




