第38話 エミリーと二人だけ
「取り乱してしまってすみません……」
十階層の扉の守護者を倒し、十一階層へと下る階段の途中、エミリーは気を落とした様子で謝罪をしてきた。
「あはは、俺は気にしてないから」
むしろ、彼女の普段とは違った一面を見ることが出来て嬉しい。おおらかでゆったりとした雰囲気とは違って、涙目で必死に巨大ミミズから逃げ回る姿は少し可愛かった。
「いや、ですが……」
「俺の方こそ最初は任せきりにして悪かったと思ってる。もうこの話題はおしまい。次だ次」
ここらで強引に話をまとめる。でないとエミリーは自己嫌悪に陥って、余計に気を使うに違いない。
「……はい、ありがとうございます」
並んで階段を下りる俺の横で、エミリーは小さく微笑んだ。
十一階層フィールド前の白い部屋には、複数の冒険者パーティーがいた。時刻は夕方を過ぎていて、このままフィールドを探索するには暗くて危ない。
冒険者達はここか安全地帯で夜を明かすのだろう。だが俺は十一階層のフィールドへと続く扉を開けた。
白い部屋で休んでいる冒険者達はそんな俺達に視線を向けて、口々に『死ぬ気か』や『夜に探索とは馬鹿だ』などと呟いている。
そんな中、後ろを歩くエミリーが心配そうな表情で俺にそっと耳打ちしてきた。
「あの朔夜さん。もう暗くなりますが、本当にこのまま進むんですか?」
「ああ。行くぞエミリー」
俺は強引に彼女の手を引き、森をかき分けて進んだ。
「ここらでいいだろ」
獣道から外れ、安全地帯から離れたところで立ち止まる。辺りは暗く、普通の冒険者なら魔物に近づかれたとしても目視出来ず、反応に遅れが出るだろう。危険な場所といえる。
「安全地帯から遠いようですけど……」
あえて遠くにしたのだ。近いとばれてしまう可能性があるから。
「こういうことだよエミリー。マイルーム」
俺は扉を出現させ、木の影に隠す。
「ああ、そうだったんですね。お昼は使っていなかったので、てっきり今回はダンジョン内で過ごすのだとばかり思ってました」
日が昇っているうちは他人に見られる心配があったため使用を控えていただけだ。
「夜は温かいご飯とふかふかのベッドじゃないと疲れが取れないからね。それにお風呂にも入りたいし」
エミリーを先にマイルームに入れ、俺も後から入る。
リビングで装備を外して杖を置くエミリー。俺は黒のコートを脱いでソファに投げた。それを見たエミリーは何も言わずに畳んでくれる。
そんな些細な親切がとても嬉しく感じた。
「エミリーは先に入浴しててくれ。俺はその間にご飯を作っておくよ」
「ありがとうございます。じゃあお先にお風呂いただきますね」
洗面所へと向かうエミリーを見送り、俺は料理へ取り掛かる。
冷蔵庫から豚肉、ねぎ、生卵を取り出す。これらは昨日の夜に商店街や市場で買っておいたものだ。この世界も似たような動物や野菜が多く、俺のいた世界とは途中で枝分かれした平行世界なのかななどと考える。
適当な思考を巡らせつつも手は止めない。エミリーが風呂から上がるまでに作り終わらないといけないのだ。俺の入浴は食事の後でもいいだろう。
豚肉を一口サイズ、ネギを細かく切る。豚肉に塩コショウをまぶし、きつね色になるまで炒めたら別の皿に移す。
それから溶いた生卵を熱したフライパンに流し込み、あらかじめタイマーをセットして炊いた米二合を投入して木べらで切るように混ぜる。ここで先日も使用した香味ソースで味付けをした。これがあるだけで他の調味料はいらないと言っていいかもしれない。それだけ色々な料理に使えるのだ。
最後に、先ほど炒めた豚肉とネギを混ぜ合わせてチャーハンの完成だ。
ここでもう一つ食後のおやつの準備をする。買い出しの時にさつまいもや紅芋に似た野菜を発見したため、購入して冷蔵庫に保管していたものを取り出す。
その芋をスティック状に切り、油で揚げた。出来上がったら砂糖をまぶしてさつまスティックの完成だ。
「いい匂いがしますぅ」
そこにちょうど風呂から上がったスウェット姿のエミリーがやってきた。髪をバスタオルで拭きながらの登場だ。
「今出来上がったとこだよ。ドライヤーで髪乾かしてきてね」
「はいそうします」
上機嫌で洗面所へと踵を返すエミリー。
その間にチャーハンを皿に盛り付け、ダイニングテーブルの上に置いた。
いつもはミアがエミリーの前に座って食事をするのだが、今回は俺がエミリーの前を陣取る。もしミアがいたら、『そこはミアの席だよサクヤ!』などと怒るのだろう。簡単に想像が出来てしまうから笑えてくる。
「それが当たり前みたいになってるのはやばいなぁ」
本当は元の世界で、明日こそ学校に行かなければと自分を責めていなければならないのに、のほほんとしていていいのだろうか。
それにゲームでこそ人との繋がりはあったが、こんなに他人と親密な間柄になるなんて思いもしなかった。おまけに超がつくほどの美少女たちだ。
「でも俺は、元の世界に……」
「どうしました? 朔夜さん?」
ダイニングテーブルのミアの席に座って、レンゲをいじる俺を覗き込むエミリー。心配してくれるのだろうか。まったく、このお人好しは俺の気も知らないで……。
「何でもない。食べようかエミリー」
エミリーへの気持ちや元の世界に戻る方法、ミアやレオについてなど、言葉には言い表せない感情が湧いて来る。だが今はそれらを押さえつける。
「はい! これは……美味しそうですね」
エミリーは俺の向かいに座り、皿を見つめる。
「チャーハンだよ。いただきます」
「いただきます」
エミリーが口に運ぶのを見届けてから俺も食べ始める。パラパラで美味しいチャーハンだ。香味ソースの味とこうばしい香りもたまらない。
彼女も、美味しい美味しいと言いながら大盛りの炒飯をものすごいスピードで食べていた。
「「ごちそうさまでした」」
今日一日ダンジョン探索で動き回ったから、かなりお腹も減っていたのだろう。食べ足りなさそうな顔をするエミリー。
「エミリーちょっと待ってて」
俺はキッチンに移動し、さつまスティックを電子レンジで温め直す。それと冷蔵庫からコーラを二本取り出してリビングへ持っていく。
「エミリーこっちに来て。ゆっくり食べよう」
ソファに座り、キッチンのエミリーを見る。
食器を片付けたエミリーは鼻をぴくぴく動かし、犬のようにダッシュで向かってきた。
「美味しそうです!」
俺の横に座るエミリー。風呂上がりということもあって、いつも以上に良い匂いがした。
少し距離が近いような気もするが、あまり気にしないでおこう。
コーラの缶を開けてエミリーに渡し、さつまスティックを食べながらのんびりする。
「っん、もぐ、うん。美味しいですねぇ。それにこの飲み物も最高です」
「よかった。その飲み物はコーラって言うんだ」
「コーラという名前だったんですね! ごく、ごく、爽快感がクセになります」
こんなにも満足してくれるとは。作りがいがあるというものだ。ミアがサイダー、エミリーはコーラと、二人が好きなジュースも違っているようだ。
これだけ長い時間エミリーと二人きりというのも凄く久しぶりな気がする。最初にアルトナー家にお邪魔した時にミアを寝かせてエミリーと夕食を食べた時以来だ。いや、先日の巨大な魔物の騒ぎ以来か。今までの人生の中で経験したことがないことばかりで、それだけ濃密な時を過ごしているということなのだろう。
そういえば、最初は一泊だけで後は適当に放浪しようなどと考えていたため、こんなにお世話になるとは思いもしなかった。
「朔夜さんと二人きりというのも久しぶりですね」
えへへ、と笑うエミリー。上気した頬は赤く、色っぽい。
エミリーも同じことを考えていたとは……ちょっと気恥ずかしい。
「そ、そうだな」
こういう時、他になんて言えばいいのか分からない。言葉を紡ぐことが出来ないのだ。
「ダンジョンの中なのにゆっくり出来るとは思いませんでした……」
ダンジョンとはもっと過酷な冒険なのだろう。俺だけが例外なのだ。装甲や身体能力はもちろん、マイルームという能力だけでも十分異常だ。
あれ、気がつけばエミリーが近づいているような……。
「エ、エミリー、俺汗臭いから……」
ソファで隣同士、拳ひとつ分の距離。
スメハラをするわけにもいかず、少し距離をとる。もしクサイなどと言われしまったら間違いなく俺は死ぬ。その前に予防線を張るのだ。
だが、そんな俺の気を知らずにエミリーは距離を詰めてきた。開いた分を埋めるレベルではない。もう肩と肩が触れ合う近さだ。
「あの! そんなことは無いと思います。私、朔夜さんの匂い、好きです。安心、します」
俺の右腕をとって、二の腕付近に顔を埋めるエミリー。ホールドされた腕からは彼女の胸の柔らかな感触が伝わってくる。
「ほら、私はダイジョブ……ですから」
これはいけないと思い、俺はエミリーを振りほどいて立ち上がる。
「ああありがと! そろそろ俺はフロ行かないと!」
エミリーがどんな表情をしているのか見る間もなく、俺はリビングから出るのだった。
心地よい温度の湯船の中で体を弛緩させる。思い返すは先程のこと。
「はぁ……女子ってわからん……」
エミリーは優しいから気遣ってしまうのだろう。それゆえのさっきの行動だ。ああいうのは彼氏のレオにだけ許されたものなのに、なんで俺にも……。
そのまま一時間ほど浴槽に浸かってエミリーのことを考えるのだった。




