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第37話 ストライク!バッターアウト!

 十階層の扉の守護者(ヴェヒター)は巨大なミミズだった。

 ヤツメウナギに似た口と、ムカデのような節を持つ生物。それでいて見た目はミミズなのだ。よく見ると体の側面には棘も生えていて、巻き付かれたら危険だということが分かる。

 体長は十メートル程で、胴は成人男性よりも太い。部屋の中央でもぞもぞと蠢く姿はとても気持ち悪く、見ているだけで背筋が寒くなった。

 今の俺は遠距離から攻撃できるすべがない。だからといって童子切で接近戦などしたくはない。

 仕方ないが、ここは彼女に頼むとしよう。


「エミリー……まかせた……」


「デスワームですよ朔夜さん……ええっ、朔夜さんは戦わないんですか!?」


 驚くエミリー。

 アスファルトとコンクリートに囲まれて育った身として虫系はどうも苦手なのだ。小さい頃から田舎で過ごし、自然に触れていれば少しはマシだったかもしれない。


「……分かりました。朔夜さんは下がっていてください」


 俺を庇うようにして前に立つエミリー。なんて頼もしいのだろう。

 レーザービームのような火炎魔法を使える彼女の実力なら、苦も無く倒せるだろう。

 

 中央にいたデスワームは体をくねらせながらこちらに向かってくる。意外とスピードが早く、口を開けていて気持ち悪い。不揃いに並ぶ牙の間から消化液が垂れている。

 エミリーは杖をデスワームへ向け、詠唱する。ホワイトラビットの時とは違い、殴り殺す真似はしないようで安心した。


上級魔法・撃ち抜け水(グゥル・ヒュドル)よ」


 砲丸投げに使用される鉄球サイズの水弾が三つ、デスワームへと高速で発射される。

 その内二つは外れ、一つが胴体中程に当たった。


「ギィィィイイイ!」


 悲鳴は歯が擦れあった音のようで、不快に感じる音程だ。

 水弾はかなりの威力で、被弾した箇所は大きくへこんでいる。たまらずその場で悶えるデスワーム。


「いいぞエミリー! やっちゃえエミリー!」


「はい!」


 俺はエミリーの影から応援する。一応、近づかれた場合にすぐさま抜けるように腰の童子切に手を置いておく。


「見てて下さい朔夜さん! 私のじつりょ……」


「エミリー前見て!」


 デスワームは痛みで悶ていたと思っていたが、すぐさま前進してきていたようで今はもう目の前だ。

 エミリーは振り向いて俺に視線を向けていたが、顔を戻して状況を飲み込む。



 そして彼女は――――一目散に逃げ出した。


「おーいっエミリー! 逃げるのかい!」


「ぇぇええ、だってあんな気持ち悪いのムリだもん!」


 さっきまでこれくらい平気ですみたいな顔して攻撃してたのに、どうしたというんだ。それに丁寧語も忘れて逃げることに集中している。

 ミアみたいな口調でちょっと可愛いと思ってしまった。


 一人残った俺へとデスワームは接近してくる。

 すかさずエミリーを追って逃げることにする。


「もっと深い階層まで行ったことあるって言ってなかったか!?」


 高速移動で追いつき、エミリーと並走する。

 ここを突破したことがあるのならデスワーム対処法など知っていそうなのだが。


「その時は全力集中していて、見た目まで意識が回らなかったんです!」


 ソロと違って今のエミリーは余裕がある……ということだろうか。それにしてもエミリーは足が速い。デスワームとは距離が開く一方だ。競馬で先頭のまま逃げ切る名馬のようだ。


 それと涙目で必死な表情のエミリーは何かそそるものがあった。

 胸部に目を向けると、とても大きく柔らかいものが激しく揺れていてそれもまた……。


「いかんいかん! こんな時に何を!」


「ひえぇぇぇえっ!」


 女の子走りのエミリーは悲鳴を上げながら全力疾走している。もう使い物にならないだろう。俺がこの状況を打破しないといけない。

 考えろ、考えるんだ。


 腰に下げた童子切で接近戦は……近づきたくないので無理だ。

 魔法は……使えない。

 遠距離からの攻撃手段は……装甲のレーザー射出か。でもあの装甲はオーバーキルにもほどがある。下手したら下の階層のいくつかを貫通し、最悪そこで戦闘中の冒険者を殺してしまうかもしれない。却下だ。


 他になにか遠距離から投げるもの……待てよ。投げるものといえば、今朝ミアにいらないと断られた……。


「毒投げナイフがあるじゃん!」


 俺は真っ直ぐに走るエミリーから逸れ、デスワームを誘導する。俺に向かってきたところを攻撃する作戦だ。

 心中でボックスと呟くと、目の前に黒い渦が出現する。その中から毒が塗ってある投げナイフを五本取り出し、左手に四本、右手に一本持つ。


「こっちに来い! ってあれ……」


 デスワームは俺に見向きもせず、エミリーを追って走り去って行った。


「なんでだよ!!!」


 いや、どう考えても美味しそうなのはエミリーだけどさ、モンスターなのに目前の餌に脇目も振らないってどういう了見だ。


 一生懸命胸部の脂肪を揺らしながら走るエミリーと彼女を追うデスワーム。

 そんなデスワームに並走して狙いを定めた。


「これでも食らえ!」


 デスワームに合わせて走りながらナイフを全力投球する。

 だが、一本目は外してしまう。


「チッ、これならどうだ!」


 二本目はお互いの移動速度などを計算して投げるが、またもや外してしまった。


「くそ、でも野球も楽しいもんだなっ!」


 三本目を投げる。今度はテレビで見た投手を意識したフォームだ。

 それは吸い込まれるようにデスワームの胴体へと――――ぶち当たった。


「しゃー! ストライク!」


 投げたナイフの速度は何百キロ出たのか分からないが、人間一回り以上はあるデスワームの胴体の、後方四分の一が引き千切れた。

 緑の体液をぶちまけながら吹き飛ぶ胴体は空高く舞った後、鈍い音と共に地面に落ちた。


「ギギイギイィィィイイイ!」


 かなりのダメージを与えたのか、動きが遅くなるデスワーム。それでも体をくねらせてエミリーを追う。その間も緑の体液は流れ続けていた。

 これはチャンスだ。エミリーは遥か先を走っている。今のうちにナイフで殺す。


 苦しむデスワームに少しだけ罪悪感が沸くが、そんな事言っていられない。食うか食われるか。これは弱肉強食だ。


「あれはキャッチャーミット。ただのミット」


 俺はピッチングマシーン。俺はピッチングマシーンと、自分に言い聞かせる。


 苦しく悶えながらも進むデスワームの動きは遅い。

 でもこれは遅く見えるだけであって、実際の速さはさっきまでと変わらない。つまり俺はゾーンに入っているのだ。きっとそうなんだ。


「一球目、投げました。ストライク。続いて二球目も投げました。ストライク」


 カンストステータスで投げるナイフの一つ一つが大砲並の威力だ。

 それはデスワームの残りの胴と頭部分に当たり、水風船が破裂するように中身が吹き飛んだのだった。




「おーいエミリー、扉空いたよ!」


 無事扉の守護者(ヴェヒター)を倒した俺は、未だ遠くを走っているエミリーに大声で呼びかける。


 エミリーは呼びかけに気付いたようで、走りながら戻ってきた。

 それから勢いよく俺に抱きつく。


「うえぇぇん、ありがとうございましゅ朔夜さん……」


 俺は彼女の泣き顔に、不覚にもときめいてしまうのだった。

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