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第34話 純情朔夜とプリティーミア

 俺は結構な時間ミアの横顔を眺めていた。集中して写本している彼女の横顔は真剣そのもので、幼さの中に美しさがみえた。

 それはまるで加工を施している途中の宝石のようで、出来上がったら物凄い価値が出るであろうが、今の未完成な状態でも二度と見ることの出来ない儚い美しさといったものが感じ取れた。

 難しい内容の魔法書と、紙を往復するミア。頬杖をつき、じっと彼女を凝視する俺。そう、第三者するとかなりの危険人物に映るのだ。実際、横を通る人は俺を二度見する。正面から見ると、肘をついて昼寝でもしていると勘違いしてしまうのだろう。だが、よく見るとまだ幼さの残る少女をガン見している変態がいるのだ。


 ミアはあまり周りを気にしないタイプなのか、俺に目線を向けるどころか言葉一つ掛けてこない。少しはミアに構って欲しいという願望もあったため、軽くショックだった。

 段々と周囲の目がきつくなるが、まだ我慢をする。

 これは戦いだ。ただ純粋に綺麗で可愛いもの(ミア)を見ているだけの俺と、そんな俺に害虫でも見るような目線を向けてくる大人との、聖戦だ。


 思えばエミリーもそうだが、これほどまでの美少女は見たことがない。もし俺が通っていた中学や高校にいたとしたら全学年合わせても最上位に食い込めるだろう。そんな子が目の前にいるのだ。逆に見ないと失礼なレベルだ。


 俺は中学時代、バスケットボール部に所属していた。本気で部活に取り組む雰囲気はなく、皆お遊びでやっていた。大会では一回戦敗退、よくて二回戦までだ。中学を卒業し、同じように高校でも男だらけで楽しい雰囲気を期待してバスケットボール部に入部したが、中学とはまるで違っていた。過酷な練習とレギュラー争いからギスギスした空気。

 それでもなんとか頑張って一年間続けたが、俺に才能の芽は無く、二年に進級すると同時に退部した。

 中学と同じように楽しくバスケがしたかった。そんな言い訳をして。


 何を言いたいのか分からないだろう。だがそれは至極簡単。つまり俺が伝えたいこと、それは――――女の子と接点が無かったということだ。

 彼女はもちろんいない。クラスでは挨拶を交わす程度の女子はいたが、それだけ――――嘘だ。見栄を張った。そんなものはいない。気軽に女子に挨拶をする友達を眺めていただけだ。

 放課後はむさ苦しい男達の(ほとばし)る筋肉とぶつかり合い、熱湯のような汗を浴びせられた。よく一年も耐えられたと思う。

 そして二年になり、これから青春を謳歌しようとした矢先にscoにはまってしまった。


 それからなんやかんやあってのこの状況だ。


 エミリーも美少女、ミアも美少女。プテロスティリスのメンバーだって美少女揃いだ。あのクラリッサでさえ外見だけは最高ランクだろう。それとレオ……は男だ。いくら女顔の中性的な美形だとしても、男だ。

 そういえば、いつかクラスにいたポップカルチャー好きの男子が言っていた。『性癖は宇宙と一緒だ』と。当時の俺は分からなかったが、今なら少しだけ理解できる。宇宙は光の速度で広がっている。そして性癖を宇宙に当てはめると、光の速度で拡張しているとも取れる。

 つまり将来、性癖が広がり続けた俺は――――美少年さえ、いけるようになるのだと。


「いや、無いな」


 思わずそう呟いた。そんな日は永遠に来ることはないだろう。


 俺が今口に出した言葉で集中を途切れさせたのではないかとミアの方を見る。

 ミアは一生懸命に写本していて、影響はなさそうだった。


 それからまたミアを眺める作業に入る。本を見るミアとミアを見る俺。頭の中がミアで埋め尽くされていく。睫毛は長く、目が大きい。鼻筋は通っていて、薄く桜色の唇は柔らかそう。ほっぺたも白くてつきたてのお餅のようだ。

 こんな美少女を間近で見ることが出来る経験などそうないだろう。今のうちに脳に焼き付けておくんだ。

 不純な感情は一切無い、清らかな目線でミアを見つめる。


「……サクヤ」


 すると手を止め、俺を見るミア。単純に見ていたかっただけで、邪魔する気持ちは無かった。そんな彼女に迷惑をかけてしてしまいとても申し訳なくなる。


「そんなに見ちゃ、めっ……だよ?」


 頬を赤らめ小声で叱るミア。


 怒っているのになんだろうこの可愛さは。


 それに小首を傾げてからの上目遣い。破壊力が倍増している。


 その瞬間、俺の心臓は動くのを止めた。


「ごめん、ミア」


 俺は思わず席を立って、本の森へと身を投げたのだった。




「ふぅ、ふぅ、ふぅ……危なかった」


 俺は読書スペースから隠れるように近くの本棚に背を預け、深呼吸している。さっきのミアの精神攻撃は心臓にクリティカルヒットし、危うく心筋梗塞を起こすところだった。


「適当に本でも探そう」


 少しの間休憩をし、呼吸を整えてから手近な本棚を物色しだす。


「こういう時文字読めるって便利だなぁ……っと、周辺国か」


 少し冷静になってから、この国や近隣諸国について何も知らなかったことを思いだす。たまたま近くにそのような本があったため、手に取って席に戻った。

 本と紙を往復するミアの横で、俺は近隣諸国について書かれた本を広げる。

 今いるここがエーベルハルト王国で、隣にバルシュ帝国その隣にハザル公国。そしてこの三国と接している大国がリトアトス共和国。反対側に接している国は無く、長く大きな山脈が大陸を横切るように連なっている。

 国の内側に都市などは描かれていない。この地図が軍事利用されるのを恐れてのことだろう。


 エーベルハルト王国は海と面しているらしいので、いずれは行ってみたい。夏にアルトナー姉妹とビーチリゾートへ……とても素晴らしい。もう、行く気マンゴスチンだ。


 余計な妄想を止め、しばらく本に集中していると、夕刻の鐘がなった。事前にミアから聞いたのだが、これは帰りの合図らしい。


「サクヤ! 早く本を戻さないと!」


 素早い動作で紙とペンを鞄に仕舞うミア。俺は自分で持ってきたものとミアの分を合わせて十一冊の本を抱え、彼女の案内で棚に戻す作業をしたのだった。




 王立図書館から出る時の検査で、こいつ何回か俺の股間触ったななどと男の衛兵に思いながら、女性の衛兵にチェックを受けるミアを見ていた。

 帰りの手荷物検査と全身チェックを終え、家へと帰る俺達。


「帰ってからもまた勉強か?」


「うん! 試験もあるし!」


 横を歩くミア。残念なことに手は繋いでいない。行きのように、景観を見渡しながらゆっくり歩く作戦にでようかとも思ったが、今は急いでいるわけでもないし意味がないと判断する。


「前から思ってたんだけど、その試験ってのはなんの?」


 前にその話題になった時に聞きそびれたのだ。おおよその予想はつくが、確認のために何の試験なのかを尋ねてみる。


「ラヴィトゥーア魔法学校のだよ!」


 予想通り学校か。俺もまだ学生でいたい気持ちがあるし、ちょっと通ってみたいかも。寮ごとに別れて魔法を使った運動会とかありそうだ。そして悪の秘密組織が学校へテロをしに来たり。そんな悪人どもを究極魔法でコテンパンに……みたいな。


 でも肝心の魔法が使えないから俺には無理だった。


「そっか。頑張れよミア」


 心から受験に合格して欲しい。そういった意味も込めてミアの頭を撫でる。俺の僅かな運を注入だ。これで幸運ステータスがゼロになったかもしれないな。でもそれでミアが合格できるならいいんだ。


「サクヤ、あのね……」


 何故か俯くミア。

 俺はべつに、頭を鷲掴みにして力を入れているわけではない。

 一体どうしたというんだ。


「あのね、おんぶ……」


 上目遣いで俺を見た後、恥ずかしそうな表情で立ち止まるミア。

 まったく、この前のリネルト村からの帰り道で味をしめたのだろうか。俺はこう見えて簡単に人を甘やかすわけはな……


 気付いた時にはしゃがんで背中を差し出し、ミアを受け入れる体勢をとっていた。


「ありがとサクヤ!」


 嬉しそうに背中に飛び込んでくるミア。

 筋力ステータスはカンストしているため、例えトラックが衝突してきても背中で受け流せるだろうが、ミアのタックルは思いのほか強く、俺は十メートル吹き飛んだ。もちろん冗談だ。

 ミアの身体は軽く、すぐに立ち上がることができた。


「ははは。いつでも背中は空けとくからね」


「むふー」


 首に手を回し、力を強めるミア。それからゆっくりと脱力していった。

 

 エミリーから断片的に聞いた話だと、ミアはこれまで父親と触れ合ったことが無かったみたいだ。いや、親自体あまり……。


 そうだ、その分俺がいっぱい甘やかせてあげよう。


 その時、俺の耳に『ふぅ』と息がかかった。


「ミ、ミア?」


 彼女からの応答は無い。代わりにうなじに息が吹きかけられた。

 俺は首が弱点なので、むず痒くて身をよじってしまう。


 このまま首を攻められたりでもしたら力が抜けてしまって、最悪立てなくなる。


 慌てて振り返り背中のミアを見ると、左頬に柔らかい感触がした。


 俺の左目には、目を瞑ったミアの可愛い顔が大きく映ったのだった。



***



 ミア視点



「あのね、おんぶ……」


 こんな事、言うつもりは無かったのについ口に出ちゃう。でもサクヤがいけないんだ。なんでもミアの言うことを聞いてくれるから。わがままを言ったらお姉ちゃんは怒るけど、サクヤは大抵許してくれる。困った顔でミアに言い聞かせてくる時もあるけど、押したら受け入れる。そんなちょっと弱気なところもサクヤらしいんだ。


 サクヤは一瞬停止した後、無言でしゃがむ。それから手をミアに向けて伸ばした。駄目かと思ったけど、ほら、優しくしてくれる。


「ありがとサクヤ!」


 勢いよく背中に飛び込む。どれだけ強くても受け止めてくれるし、安心感がある。それに広くて温かい背中。


「ははは。いつでも背中は空けとくからね」


 背中からはサクヤの横顔しか見れないが、ちょっと困ったような笑顔をしている。ふふ、もっと、もっとくっついてやるんだ。

 私はちょっとだけ力をいれる。だけどサクヤの匂いと体温が異常なまでの安心感を与えてくれて、身体は弛んでいく。最初にダンジョンから助け出してくれた時に薄っすらと感じたのと一緒で、とても心地が良かった。


「むふー」


 最後は全身の力が抜けてしまう。でもいっか。サクヤが支えてくれるし。


 そういえば今日、図書館でやたらとミアを見つめていたのは何なんだろう。

 何故か時々おかしくなるんだサクヤは。普段はキリッとして格好いいのに……違うか。ゆるっとしていて、初めて会う人には緊張して口数が減るし、だらしないとこもあるけど放っておけないというか、それでいて頼りになって格好いい時もある……みたいな。

 とにかく不思議な人なんだ。

 最初に助けてくれた時のあのとんでもない力や、お部屋を作る能力。そんな凄いものを持っているのに隠すし、どんな人にもへりくだる。ミアだったらあの力でお金いっぱい稼いだり世界征服するよ。


 でもそんな優しいサクヤが、好き、なんだ。


 鈍感なサクヤにはちょっとイタズラしちゃおう。


 私は彼の耳にそっと息を吹きかける。


「ミ、ミア?」


 声が上擦っていて可愛い。それに急にイタズラされたことで戸惑っている。

 あえて反応せず、今度は首を狙っちゃおう。


 うなじに息を吹きかけると、サクヤの身体が大きく揺れた。前におんぶして貰った時にも思ったけど、首が弱いらしい。


 慌てて振り返るサクヤ。左のほっぺがガラ空きだ。

 どんなイタズラをしようか、考えるより先に――――私は反射的にキスをしていた。



「ミ、ミ、ミアちゃん!? えっ、あ、あの、あんまりからかうんじゃありませんっ!!」


 テンパっているサクヤ。

 正直ミア自身も驚いている。なんて大胆なことをしてしまったんだろう。サクヤ、嫌じゃなかったかな。


 でもやってしまったことはしょうがない。前向きだ。前向きにとらえよう。


「えへへ、早く帰ろっ! お兄ちゃん!」


 この際だ。サクヤにもぉっと甘えちゃえっ。

 腕に力を込めてもっと、もーっと身体を密着させる。


「え、さっきのは……それにお兄ちゃん!?」


 顔が赤くなってしまったサクヤはしどろもどろだ。そんなお兄ちゃんを見てるとミアまで照れてしまう。


「二人だけの時はお兄ちゃん……ダメ?」


「いや、だ、駄目じゃないよ、むしろご褒美というか……」


 良かった。サクヤも喜んでくれたみたいだ。これからも甘えちゃおう。



 それからお家に帰るまで、ミアはサクヤお兄ちゃんの背中を堪能したのだった。

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