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第32話 再び

 俺は手書きの地図を見ながら一人王都を歩いている。明日のダンジョン探索に必要な物を買い揃えるためだ。エミリーは教会で手伝いをした後に一人で買い出しに行くと言っていた。ミアは昼まで家で勉強するらしい。

 というわけで俺一人なのだ。何気に初めてのソロ王都散策で、家を出る前から少し楽しみだった。


「ここがそうか……」


 古びた商店の前に立つ。

 晴天だというのに、中は暗くて見えなかった。




 朝、アルトナー家を出て買い出しに行く途中に思ったことがあった。それはダンジョン探索に必要な物が分からないということだ。マイルームで寝泊まり出来るし、武器は童子切があるし、怪我をしてもショップからポーションを大量に買うことができる。

 外はとても晴れやかで、このまますぐ帰宅というのも憚られた。エミリーとミアにいってらっしゃいと見送られた手前、余計にだ。


 悩んだ挙げ句、冒険者ギルドに向かうことにした。あそこで冒険者の装備と道具を観察してダンジョンに必要な物を確かめる作戦だ。そんなの、ギルドを歩いている冒険者に直接聞けばいいと思うかもしれないが、元不登校引きこもり半ニートだ。初対面の人に話しかけるのは最も苦手としている。

 最近は色々な人と触れ合ってきて耐性がつきつつあるが、未だハードルが高い。それに人に聞けば教えてくれるという精神が嫌いだ。まるで自分で調べもしない老害ではないか。

 そういった理屈を盾にして自己正当化するのだった。



 アルトナー家から数十分歩いて冒険者ギルドに到着する。入口では、ぶつかってくる人物がいないか注意しつつ中に入った。

 入口すぐにあるスペースで、空いているテーブルを探して椅子に座る。そこで肘を立て、口元を隠しながら冒険者を観察をした。


 しばらく冒険者を眺めていたが、収穫は無かった。それもそのはず、ダンジョン探索に必要な物は皆、アイテムポーチに収納しているというオチだ。


 俺はここにいても得るものが無いと判断し、帰ろうと席を立った。


「あら」


 その時、後ろから声を掛けられた。それは女性のもので、俺は誰かなと期待して振り返る。


「この前雑草を持ってきた駆け出し冒険者じゃないの」


 前に依頼失敗した時の相手、BBA受付嬢だった。


「こんにちは。今から帰るとこなんで……」


「まぁ待ちなさいよ」


 帰ろうとした俺はBBA受付嬢に引き止められる。

 なにか用でもあるのか。それとも捕食されてドロドロに溶かされるのだろうか。はたまた棍棒で叩き潰され、なめろうにでもされるのか。

 とりあえず、胃にぶちこまれる前にこのモンスターから逃げないと。


「はいこれ。帰りにでも見て勉強していきな。それじゃ」


 俺に紙を渡して、奥へと向かうBBA受付嬢。突然のことに呆気にとられる。別に攻撃する意図があったわけではないようだ。だったらこの紙は何なのだろう。

 何が書いてあるのか見てみると、そこには手書きの地図で薬屋の場所が記入されていた。


「なんだ、案外優しい人なのか……」


 最初に馬鹿にされた印象が強かったため、意地悪なおばさんだと思いこんでいた。だが、実際は面倒見が良い人だった。

 まだまだ俺は身勝手な子供で世間しらずだということを認識させられた。そんな出来事だった。




 冒険者ギルドを出て、薬屋を目指し地図の通りに歩く。

 それはずいぶんと人通りが少ない道にあった。商店街から少し道が外れているため、初めて来店する人は見つけづらそうだ。


 ドアをノックして中に入る。


「すいません」


 店内は薄暗く、思わず小声になってしまう。客どころか店主すらいなく、湿気が満ちた空間だ。

 店内を観察してみると、まるで図書館のように棚が並んでおり、様々な草や木の根、瓶に入った液体がずらりと陳列している。どれがどの用途で何に使うのだろうかは素人目では分からない。

 商品を横目で見ながら俺は奥に向かって歩く。そこには腰までの高さの木製のカウンターがある。普段はそこに人がいて会計をするであろうことが分かった。


 会計の下にも商品がある。緑色の草で、それはダンジョンで採取した雑草に似ていた。

 俺は近くで見ようと思わずしゃがんだ。


「どうかしたねお客さん」


 突然、頭の上から声がした。

 俺は慌てて顔を上げる。


 さっきまで誰もいなかった会計には、老婆が佇んでいた。腰も曲がっていてかなりの年齢に見えるが、何故か強者の気配を感じた。


 突然現れたのはびっくりしたが、多分この店の店主だろう。今失礼なのは老婆を見て目を見開いている俺だ。


「あ、こんにちは。薬草を探しにきたんですけど、どれですかね」


 すぐさま立ち上がる俺。思わず声が上擦ってしまった。万引き犯だと勘違いされなければいいが。


「ヒャッヒャッヒャッ、お主が見ていたそれじゃよ」


 老婆はニヤリと笑う。それに、そんなことも知らんのかみたいな空気が出ている。

 俺としては万引きを疑われていないことが分かって安心した。


「じゃあこれ一束ください」


 もうあの依頼は受けないだろうが、一応薬草を買っておくことにする。

 いつかまた見分けることがあるかもしれないからな。多分無いけど。


「銅貨三枚だ」


 ポッケから銅貨を三枚取り出して払う。

 俺は予め、ポッケに小分けにした通貨を入れているのだ。銀貨二枚、銅貨十枚だ。scoでは現代と同じく電子通貨のやり取りだったので、実際にお金を持ち歩くのは新鮮に感じる。もし落とした時や足りない時でも、無限収納ボックスから取り出せるので心配無い。


 それから薬草を一束貰う。店を出るまでは左手に持ったままにしよう。無限収納ボックスを使う時は黒い渦が出現するから、それを尋ねられるのはまずいからだ。

 もう用事は済んだし帰ることにする。


「あんた、名前は?」


 老婆は何故か俺に名前を聞いてくる。別にこの店を贔屓にするつもりはないのだが。

 でもここで断ることは俺には出来ない。それは何故か。余計なトラブルは起こしたくない。それだけだ。


「一ノ瀬朔夜です」


「そうか、朔夜か。私はヒャルダという。人からはヒャルダ婆さんと呼ばれているよ。よろしく」


 ヒャッヒャッヒャッと笑う老婆。名前と笑い声が似ているなという印象だ。


「はい。よろしくお願いします」


「それで、薬草は擦り潰していかんのか?」


 薬草はすり潰すものなのか。全く分からない。


「普通はそうするんですか?」


「ヒャッヒャッヒャ、そりゃそうさ。擦り潰して瓶に入れるのさ。今回は安くしといてやるが」


 初めて知った。薬草は潰してから瓶に移して、scoのポーションのように使うのだろう。

 そりゃそうか。戦闘中に草のままむしゃむしゃと羊みたいに食べる馬鹿はいない。俺はそこらへんを何も考えていなかった。


 まぁ、今後使うことも無いだろうしお金も取られるのならいらないか。


「あの、すみません。大丈夫です。ありがとうございました」


「そうかい。またおいで」


 俺は店を出てからボックスに薬草をしまう。

 店主はなんだか不思議な人だった。

 ヒャルダ婆さん。童話に出てくる魔女みたいだ。見た目もそうだし雰囲気もだ。

 いつか毒りんごを渡してきそうだなと思った。




「ただいま」


「おかえりサクヤ! 早かったね!」


 アルトナー家に帰るとミアが出迎えてくれた。

 時刻はちょうど昼で、ダイニングからいい匂いがしてくる。朝食のスープのあまりだろう。


「今ね、スープを温めたとこなんだ。サクヤも食べる?」


「うん! 食べる!」


 普段の甘えた感じのではなく、エミリーに似てしっかりした雰囲気のミアだったため、俺は一瞬幼児退行してしまう。年下の女の子に母性を感じてしまったのだ。

 これは許されざる罪だ。気をしっかり持たないと……。


 それからミアの後ろを追ってダイニングに入る。


「サクヤは座ってていいよ!」


 その言葉に甘えて俺はいつもの席に座る。

 ミアは鍋に火を着けてかき混ぜる。俺が帰宅する前に温めていたのもあって、時間はあまりかからなかった。それから皿二枚に盛り付け、パンと一緒に俺の前に差し出した。

 自分の分も置いてから俺の隣に座るミア。


「じゃあ食べようサクヤ! いただきます!」


「うん! いただきます!」


 俺は自分の意志とは反対に、また甘えてしまうのだった。




「あー美味しかった! ね!」


 食事も終わり、リビングのソファに並んで座っていると、ミアが俺の方を向いた。


「うん! 流石ミアちゃんだよーなんでも上手だなぁ」


 またもや自分の意志とは反対にデレデレした言葉使いになってしまう。顔も緩みに緩みきっているだろう。でもしょうがない。こんな俺のためにお世話をしてくれるミアが悪いのだから。


「えへへ、作ったのはお姉ちゃんだけどね! あっ、準備しないと」


 そう言ってソファから立ち上がるミア。

 隣の温もりが急に離れ、寂しく感じてしまう。午後はミアに遊んでもらおうとしていたのに、一体何の準備だろう。

 いやいや、俺がミアの面倒を見てあげようと思ったの間違いだ。


「準備? どっか出かけるの?」


「うん! 午後はね、図書館に行くんだ!」


 ということはエミリーが帰ってくるまで俺一人で留守番か。

 決して寂しいというわけではないが、ある提案をしよう。そう、ミアが心配だからこその提案だ。


「俺も図書館に行く」


「いつも一人で行ってるから大丈夫だよ?」


「そうか、なら大丈夫か……だが俺も行く」


「えへへ、やったー!」


 笑顔のミア。

 午後の俺はボディーガード。そう、これはあくまで仕事なのだ。


 一緒に行く、ただそれだけなのに喜んでくれるミア。なんだか俺まで嬉しくなる。

 それから出かける準備をし、俺達は図書館へと向かった。

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