第31話 朝餉
日が昇って一時間ほど経った。一部の騎士団員以外は王都へ向けて歩いている。
結局、腹部から這い出た魔物の他には何も現れなかった。強大な黒幕が出てくると思ったが、杞憂だったようだ。
ただ、山の中腹にいた黒ずくめの人たちが気掛かりだ。どこの誰であそこで一体何をしていたのか。考えてみても答えは出なかった。
巨大な魔物ではなく、黒ずくめの奴らを追った方が良かったのか。そんな風にも考えてしまう。だが、あいつ等を追えば、巨大な魔物と交戦になった騎士団や冒険者からかなりの被害が出ただろう。それに王都を囲む城門も破壊されていたかもしれない。そうなると家で寝ているエミリーやミアも被害にあってしまう。
そんな『もしも』の可能性ばかり、堂々巡りするのであった。
城門を抜けたところでプテロスティリスのメンバーと別れることにする。彼女達は一旦冒険者ギルドへ戻り、報告を済ませてくると言っていたからだ。
俺は一刻も早くアルトナー家に帰らないといけない。エミリーも起床して朝食を作っている頃だろう。
彼女のことだ。夜中に一人で出ていった俺のことを心配しているはずだろう。早く顔を見せて安心させなければ。
そういえば、玄関から出る前のハグは何だったのだろう。鼓舞するにしてはやたらと力が強かったような。
やばい、思い出すだけで心臓が早くなる。でも期待しても意味が無い。エミリーにはレオがいる。あれはただのいってらっしゃいみたいなものだ。でもあの顔は……。
「……ってば! おいってば! 無視するな!」
気が付けば前を歩いていたクラリッサが横にいて、俺を見上げている。
なぜか急に、『身長小さいな』と思った。ここでチビと言ったら確実に殺されるだろうから口が裂けても言えないが。
「ごめん、ちょっと眠ってました」
「そんな訳あるか! 普通に目開いて歩いていたわ!」
やたらとツッコんでくるクラリッサ。
この人、普段は貴族令嬢のような喋り方なのに怒ると口調が荒くなる。
改めてクラリッサを見る。頭の位置が俺の胸より下にあって、本当に小さい。金髪で色白で顔も整っている。黙ってれば保護欲を誘うタイプの人だ。でも実際は凶暴なクズリだが。
「だから、私達はここでお別れなの! だから、あの、あれよ! ……今日は助かったわ、ありがと朔夜! じゃあね!」
クラリッサはそれだけ告げると、そっぽを向いて歩き出してしまった。
「ふっふっふーボスも天の邪鬼なとこありますからなー。じゃあ、ここいらでさよならだ。またね朔夜クン」
リーゼは追い抜きざまに声をかけてくる。しかもウィンク付きだ。
今回の王都魔物襲来事件で、ムードメーカーで気が利くイメージと、勘が鋭いイメージが合わさって中々に侮れない人物だと認識した。
「「じゃ、またね、朔夜」」
レータとレーネも後ろから俺を追い抜き、声をかけてくる。その際、何故か二人に挟まれる形になった。
それから俺を覗き込み、『グッ』という声と共に親指を立てるレータとレーネ。無表情な彼女達だが、ちょっと可愛いと思ってしまった。
俺は前を歩くプテロスティリスに、小さくありがとうと呟いて、アルトナー家へと早足で向かうのであった。
「よし、入るぞ。最初はただいまでいいよな。うん。他にねーか、あーどうしよ」
アルトナー家の前で身なりを整える俺。といってもコートについた埃を叩くくらいだが。
どうにも昨夜のエミリーのハグを思い出して緊張してしまう。普通に家に入ればいいじゃないかと思うだろうが、顔を合わせた時の一言目をどうするかとか色々と考えてしまう。
いや、でもエミリーは気にしていないか。俺の考えすぎだ。彼女は笑顔で温かく迎えてくれるだろう。
「よし」
俺は意を決して玄関のドアを開け、中へと入った。
「た、ただいま」
よし。玄関から見えるところには誰もいない。このままリビングで頭を冷やして冷静になってからエミリーと顔を合わせよう。
玄関から少しだけ進むと、突然、ダイニングルームから顔を覗かせる影が見えた。
「お、お帰りなさい。朔夜、さん」
エミリーだ。
彼女も頬を赤く染め、恥ずかしそうにしている。
俺だけじゃなく、エミリーも昨夜のことを意識しているのだ。
予想通り温かく迎えてくれたはいいが、いや、温かいを越えてもはや熱い。
そんな初心な反応をされると俺まで顔が茹で上がりそうになってしまう。
「大丈夫、無事、戻ったよ。魔物も、倒した。もう、大丈夫」
呂律が回らず、レータとレーネのような喋り方になってしまった。いや、それよりロボットに近いのかもしれない。
それに恥ずかしくて彼女の目を真っ直ぐ見られない。
「そ、そうなんですね。良かたです! あっ……ちょ、朝食ももうすぐ出来ますし、こちらに、どうぞ」
エミリーもレータとレータに似た喋り方になっていて笑いそうになる。
『良かた』という噛み方もなんだか可愛く思えた。
「分かった」
俺はエミリーの言う通りにダイニングへ入る。
そして彼女の横を通る時、心臓はいつも以上に高鳴るのだった。
今朝の朝食はパンとスープとサラダで、アルトナー家ではありふれた献立だ。
宿だけでなく、食事も提供してくれていることに日々感謝しなくてはならない。
「それにしても、ミアはまだ起きて来ませんね……」
「そ、そうだな。疲れてるんだろう」
それから無言になる俺とエミリー。
「も、もう先にいただいちゃいましょうか」
「そうするか。いただきます」
「いただきます」
無言で食べ始める俺達。どちらも相手の出方を伺っているようだ。
エミリーまで昨夜のハグを意識しているとなると、俺からは話しかけられない。ましてや、何で抱きしめたのとか聞けるわけがない。
「朔夜さん、それで……巨大な魔物はどうでした?」
スープを飲み込んだ後、エミリーが話し掛けてくる。自然と上目遣いになっていてずるい。
「災厄の魔物の時と同じく一撃で倒したよ。だからもう安心していいと思う」
パンチとレーザーなら大分違う気がするが、そこらは細く言う必要も無いだろう。
「やっぱり凄いですね、朔夜さん。普通はそんなに簡単に倒せませんから」
返答に困る。
あの装甲が異常なだけであって、俺自身はそれほど強くはないのだ。過去、scoでプレイヤーキルされた経験が山のようにある。
「俺なんか全然……あ、そうだ。明後日なんだけど、一緒にダンジョン行かないか?」
前からダンジョンの事を知りたいと思っていたが、最近は声をかけるタイミングが無かった。だから二人きりの今、誘ってみる。
「はい、いいですよ。協会の依頼があって行けてませんでしたもんね」
エミリーも覚えていてくれたようで、内心とても嬉しい。前にギルドに連れて行って貰った時に約束をしたんだ。
「おはよーお姉ちゃん、サクヤ」
そうこうしているうちに、お寝坊さんのミアが起きてきた。丁度ダンジョンへ行く話が纏まったところで、ほっとする。
そういう話を聞いたミアはデートやらと茶化すに決まっているからな。
「じゃあ明後日ねエミリー」
「はいっ」
『何の話してるの?』から、『あー! 魔物は!? 倒しに行かないと!』と騒ぐミアだった。




