第30話 虎の尾を踏む
「ボス危ないっ!」
クラリッサの顔面へと迫る魔物の針。リーゼの声に反応して避けられる距離ではない。近すぎる。
俺はとっさにボックスから童子切を引き抜いて、超高速でプテロスティリスに向かって走った。
移動中のコンマ数秒で、絶望した顔のレータにレーネ、リーゼが見えた。もちろんクラリッサも目を見開き、目先の攻撃を凝視している。
ゆっくりとした時間の中、クラリッサも己の運命を悟ったようで、顔を歪める。それは悔しさ、恐怖、悲壮感様々な感情が渦巻いた表情だった。
「そこで立ち止まるな、のろま」
瞬間、クラリッサの前に現れる俺。前に冒険者ギルド入口で暴言を吐かれた時のお返しとばかりに彼女にむけて呟いた。
クラリッサも咄嗟に眼球を動かし、俺を見た。
そして、童子切を下から上に向けて振り抜く。
『キン』という音と共に、刃は魔物の毒針を上へと切り飛ばす。その衝撃で魔物は回転しながら後方に吹っ飛んだ。
童子切を鞘にしまってから魔物を見ると、少し先でひっくり返っていた。仰向けになった状態で足を高速で動かしていて気持ちが悪い。
とっさの判断でここに飛び込んできたが、正直下手をこいたかもしれない。クラリッサを助けるにしてももっとスマートな方法があったはずだ。例えば彼女を引っ張るとか。それにクラリッサが俺に向けたのと似た暴言吐いてしまった。
でも勝手に口から出たのだからしょうがない。俺の復讐心が黙ってはいなかったのだ。
「ボス! 大丈夫ですか!?」
盾を小脇に抱えたリーゼが走ってくる。
「あ、ああ、あああああ! 貴方! ギルドの前で見たことがあったわ!」
俺に向けて人差し指を指すクラリッサ。ようやく思い出したようだ。俺の方は忘れていなかったというのに。
「無事みたいっすねボス! 危ないとこを助けて貰ってありがとうございます朔夜クン!」
頭を下げるリーゼ。それからレータとレーネも駆け寄ってきた。
「ありがと、朔夜、さん」
「おかげで、ボス、助かった」
クラリッサ以外の三人に感謝され、少し照れてしまう。
「ふんっ、まぁ、そこらの犬よりかは使えるみたいね! ……貴方名前は?」
「朔夜ですよボス。それに感謝の言葉くらい掛けてあげたほうが良いんじゃないですかね」
クラリッサにこっそりと耳打ちするリーゼ。
俺の名前を全く覚えていなかったようで軽くショックだ。
それから少し顔を赤らめるクラリッサ。
「しょうがないわね……た、助かったわ! ありがとね……朔夜。あっ! でものろまって言ったわね! やっぱり殺すわ!」
思い出して怒ったのか、双剣を俺に向けるクラリッサ。彼女の尋常ではない速度の攻撃を見た後だ。正直俺でも躱せる自信がない。ここは謝ろう。
「ついつい口に出ちゃって……ごめんなさい。でも、クラリッサさんも俺に同じこと言いましたよね。それでおあいこにしましょう」
やばい、つい笑顔で煽ってしまった。これも昨日ギルドで蔑まれたのが無意識にストレスになり、それを発散するために脳が勝手に暴走しているだけなんだ。それにしても、よどみなくすらすらと言葉が出るものだ。意外と俺はアナウンサーなどに向いているのかもしれない。
「はぁぁぁあっ!? 殺す!」
眉間に皺がより、鋭い目つきになって双剣を突き刺してくるクラリッサ。
そこに慌てて割り込んでくるリーゼ。双剣は俺に届く寸前で盾に跳ね返された。
「そこを退きなさいリーゼ!」
「嫌です! 彼死んじゃいます! うわっ! 早く謝って朔夜クン!」
高速で連撃を繰り出すクラリッサと、盾で防ぐリーゼ。
まったく、俺のために争わないで欲しい。
「のろまとか言ってすみませんでしたクラリッサ様! この通りです!」
流石に冗談を言える雰囲気では無かったため、俺は腰を九十度曲げて頭を下げる。
「えぇっ! そんなこと言ったの朔夜クン!? はぁ、次からはチビとかガキとかも言っちゃだめだからね!」
盾を器用に使いながら振り向くリーゼ。とてもいい笑顔だ。
「てめぇらまとめて殺すっ!!!」
さらに逆上し、攻撃がより早くなるクラリッサ。俺はその猛攻を防ぐリーゼの後ろに隠れることしか出来なかった。
数十分後、激高するクラリッサをなだめることに成功したリーゼ。
俺も後ろからひたすら『ごめんなさい』と『すみません』を繰り返した。だが、その度にクラリッサの攻撃は重くなり、とうとうリーゼからも『喋らないで』と言われてしまった。煽るつもりは一切なく、純粋に謝っていただけなのにだ。
「ほんと、無事でよかったー」
盾を地面に突き刺して、うんと背伸びをするリーゼ。クラリッサの双剣による猛攻も難なく受け止める彼女は、かなりの実力者なのだと感じさせられた。対して俺は逃げ回っているだけの雑魚だ。でもこれで雑魚の俺が巨大な魔物を倒したとは疑われないだろう。
「そうですねー」
「お前は黙れ」
「はい」
人殺しの目をした金髪双剣無双ロリに睨まれては従うしかない。彼女が本気になれば大抵の冒険者では太刀打ちできずに三枚におろされるだけだろう。
「あっヤバ! あの魔物は!?」
ふと思い出したのか、周りを見渡すリーゼ。俺達は魔物以上に凶暴な人間から逃げ回ったばかりで、そのことは意識から完全に外れていた。
「わたし、たちが」
「倒したから、大丈夫」
大きな炎を背にこちらに歩いてくるレータとレーネ。さっきまで戦っていた魔物はキャンプファイヤーのように燃え上がっていて、炎の真ん中に黒い影が見えるだけだ。
彼女たちも強力な魔法の使い手だった。
「「グッ」」
レータとレーネはいつも通り半目で無表情だが、俺達に向けて親指を立てた。動きがピッタリだ。
他の冒険者や騎士団も魔物を倒したようで、張り詰めていた空気は緩くなっている。
だがこういう時に本命の敵とやらは出てくるものだ。俺は改めて気を引き締める。
「私は騎士団のリーダーと話してくるわ。それまで少し待っていてちょうだい」
クラリッサは堂々たる足取りで騎士団のいるところまで歩いていった。もしかして、この何十人もいる冒険者集団を率いていたのは彼女なのか。
「意外そうな顔してるね朔夜クン。今回はボスが中心となっての討伐なんだ。他のAランクパーティー、オルキスやアングレカムには作戦参加自体断られちゃってね」
苦笑いのリーゼ。
そうだったのか。なにも冒険者が皆、王国のためにひと肌ぬぐわけではないのか。エミリーがそうだったから愛国心に溢れた人達だと勝手に思い込んでいた。
やっぱり冒険者は利己的な思考の人がなるよな。自分で好きな時に好きなだけ稼ぐ。でも、少なくともこのプテロスティリスは違うみたいだ。優しくて良い人ばかりだ。一名を除いて。
「てか、ボスは避難してろって言ったのになんでこんなとこまで来たの?」
リーゼはそれが疑問だったようで、丸く大きな目で俺を見る。
「家にいたらなんだか気になってさ、急に近くで見てみたくなって。あはは……」
俺は本当に言い訳が下手だ。こんな巨大で気持ち悪い魔物なんか普通は誰も近寄りたくない。現にエミリーやミアが王都に住んでいなかったら絶対に斃しに来てはいなかっただろう。
「ふーん……そうなんだ。まぁ助かったよ、ありがとね!」
勘が鋭そうなこの人のことだ。色々と疑った上で流してくれたのかもしれない。
深く探らないでくれて俺としてはありがたかった。
それから少ししてクラリッサが戻ってくる。
「後のことは第一騎士団に任せて私達は帰るわよ。調査など色々とあるみたいだし」
一切疲れを見せないクラリッサに続いて俺も戦場を後にする。途中、騎士団の中からレオを探したが、それらしい姿は見つけられなかった。
だだ、一人だけ気になる人物を発見した。
黒髪で身長が高い男だ。
馬に乗って指揮をしていて、西洋鎧と甲冑のいいとこ取りしたような装備をし、日本刀らしきものを腰に挿していた。
プテロスティリスに加勢する前、冒険者パーティーに紛れながらチラリと騎士団の方を見ると、その人が中心になって蜂に似た魔物と戦っていた。スピードと威力共に、Aランクパーティーの冒険者と比べても圧倒的に強いと感じた。
不思議な雰囲気の男で、何故か俺はそいつがとても気になった。




