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第29話 巨大な魔物

 アルトナー家を出て周囲に人がいないことを確認し、素早く屋根に登る。

 城壁まで民家の屋根を足場にして移動する作戦だ。


 全身に意識を集中するだけで超人的な力が湧いてくる。普段は無意識にセーブしているため、こういう時じゃないと全力を出せない。



 俺はアルトナー家の屋根から隣の家の屋根やその次の屋根へと猛スピード走り、飛び越え、駆け抜けていく。


「結構いけるもんだな」


 時にはパルクールのように障害物を乗り越え、走る。

 通りにまばらに見える人々は誰も俺に気がつかない。暗闇の中、高速で移動しているのだから当然だ。

 それ都会の排気ガス臭い空気と違い、王都の夜の冷えた空気は心地よかった。


 少し進むと、十五メートル以上も道幅がある通りが見えてきて、身構える。そこはタイミングを見計らって、手前の民家の屋根ギリギリでジャンプした。陸上の走り幅跳びを意識するが、思いの外上へと跳んでしまい、空中でニ、三回回転をしてから向かいの屋根に着地した。


 回転する必要は無かったが、これは実験だ。結果、体操選手以上に三半規管が強く、アクロバティックな身のこなしが出来るということが分かった。


「あははは、すげえ楽しい!」


 調子に乗って屋根の合間合間を膝を抱えた宙返りや、前方ひねり宙返りなどをして飛び越える。

 この異常なまでの身体能力。暗殺家業でも食べていけそうだ。

 人殺しだけはしたくないから絶対やらないが。


 それから数十分、王都の闇夜を駆け抜ける。すると高い城壁が見えてきた。


「このまま行くぞっ!」


 屋根を伝う足を早めて助走をつける。それから城壁手前の建物の屋根からジャンプする。

 建物にも気を配ったため、踏み込みが足りずに城壁の中ほどにぶつかった。

 だが、その勢いを殺さず、上へ上へと登る。

 城壁を床に見立てて、体操選手が競技で床を前転しながら移動するみたいにリズミカルに手足を壁につけて回転しながら登る。

 とても楽しかったが、壁の上まで後少しというところで目眩がした。


 咄嗟に背中の鞘から抜刀し、童子切を壁に突き刺す。


「やばい、吐きそう……」


 回転のしすぎで具合が悪くなる。自分自身、馬鹿すぎてどうしようもない。何が体操選手並の三半規管だ。あまりの高揚感に我を忘れただけではないか。

 城壁の上まであとニメートルといったところで止まっていたので、壁に刺した刀を引き抜いて一気に駆け上がった。


 俺が今いる場所は北門付近で、巨大な魔物がいる西門とは時計の九時と十二時くらい離れている。距離にして数キロ単位で離れているため、兵士はおろか、人っ子ひとりいない。

 そんな城壁の上は、人が三人並んで通れる程広かった。


「おえ、気持ち悪い……ここからでも魔物は見えるな」


 城壁上の(へり)に立ち、遠くの魔物を睨む。それはイザベラからの報告通り、巨大な虫の形をした魔物だった。

 西門から五百メートルほど離れた位置で停止している。体長は二十五メートルプールよりも確実にでかい。


 家くらいの大きさというのは正面から見ただけに過ぎず、全体を俯瞰で見ると相当なデカさだ。伝言は何人も間にはさむから事実が歪んでしまうというのを実体験した。


 それから門の近くには明かりが見えた。王都騎士団や冒険者たちだろう。


「あの虫どっかで……そうだ! マイマイカブリだ!」


 腹は大きく、頭に向けて細くなるシルエットと黒い甲殻。若干格好良く見えなくも無い。一部の昆虫マニアは欲しがりそうだ。


 俺は鞘から抜いた童子切の刀身を見る。これだと刺さりはするだろうが、足一本斬り落とすのにも苦労しそうだ。突き刺したままあの魔物を一周するとか、もはや罰ゲームだ。正直触れたくない。


「だめだ、吐き気が。少し休もう……」


 これは絶対に旅の疲れも影響していると思う。身体よりも、初めての長旅に精神が疲れたみたいな。

 時折、吐き気が波のように訪れる。だがそれをぐっと堪える。エミリーが作ってくれた料理だけば吐き出す訳にはいかないからだ。


「はぁ……」


 ここまで来て体調を崩すなんて本当に馬鹿だ。パールクールや体操の技などが楽しすぎて我を忘れるなんて。

 でもあの爽快感はたまらない。また今度同じことをしてしまいそうだ。


 数秒……数秒だけ目を閉じて回復に専念しよう。

 俺は横になり、少しだけ休むことにした


 目を瞑るが、無意識に瞼の裏で眼球が上下左右に動く。頭蓋骨内側への圧迫感。胸やけもする。


 石床は冷たく硬かった。それでも俺は目を瞑り、暫し休憩をした。






「ハッ!」


 いつの間にか気絶していたようだ。


 少しの間目を瞑るだけだったのに、失敗した。だが、吐き気は治まり体調は良くなっている。

 慌てて起き上がり魔物の方を見ると、まだ動き出してはいないようだった。

 かなりの時間意識を失っていたらしく、雰囲気でそろそろ夜が明けることを悟った。


 騎士団と冒険者の混合チームは松明を手に、集団になっている。日が昇る前に襲撃するようだ。


「フォーメーション作って進軍してるなぁ……そりゃあ相手がまだ眠ってる内に奇襲するか……って、どうしよう!」


 暗闇に紛れて魔物を討つ予定が、騎士団や冒険者に先を越されそうだ。

 最終手段、少しでも暗い内にアレを使う事に決める。

 そうとなれば話は早い。



 俺は数十メートルもの高さの城壁から身を投げ出した。



「デウスエクスマキナ!」



 落下中に装甲を展開する。黒い光に包まれて俺は、漆黒の龍へと変化した。

 地面に激突した勢いをそのまま推進力に変える。そして誰の目にも捉えることは出来ない速度で夜の草原を駆け抜けた。


 目指すは西門右手に見える山だ。


 ここ北門からは真っ直ぐ進めばいい。距離にして数キロ単位で離れているが、移動は一瞬だ。

 地面をニ、三歩蹴っただけで山の麓に到着した。そこで一回地面を蹴ると、もう目の前は山の中腹だ。


 止まるために足をつけるが、中々勢いは殺せず、木々を薙ぎ倒しながら数百メートル進む。

 巨大な落雷でもこれほど山肌を削りはしないだろう。

 ただ停止するだけで、巨大な傷跡を山に残したのだった。


 ようやく止まり、王都を見下ろすと山の中腹やや上まで移動してきたことが分かる。それに改めて見ると、俺が通った跡は酷いものだった。

 心の中で必死に謝る。いくら見つからないように音速で移動したとはいえ、ここまでの自然破壊行為はやりすぎだ。


「うわぁぁああああっ! 何だこの化物! 撤収、撤収!」


 気付いた時、目の前には全身黒ずくめの人間がいた。

 望遠鏡らしきものを手にしていて、王都の巨大な魔物を観察していたと思われた。


 人数は四人。全員同じように黒ずくめで、目だけ出している。

 俺は運良く轢き殺さなかったようで安心する。それにしてもこの人達は何なのだろう。王国の偵察隊とは思えない。

 話を聞いてみようと、俺は手を伸ばす。


「ヴヴゥ(あのぉ)……」


 ここで最悪なことにまた、装甲を展開している時は喋る事ができずに低音の唸り声を上げるだけというのを失念していた。まったく、ゲームでボイチャしているのでは無いのだ。


 相手には、『ヴヴヴゥ……』と威嚇し、爪を伸ばしたように見えただろう。


「早くそこをどけ! 俺が対処するッ!」


 目の前の狼狽えた男を庇うように、若い声の男が出てきた。若い声の男は無理に狼狽えた男を引っ張ったようで、装甲の爪が男の左肩を軽く傷付ける。


「あああああっ! 痛ぇええ! な、なんでこんな冒険譚に出てくるようなバケモノがいるんだよ!」


 背中から軽く血を流す男は叫びながら、仲間に肩を貸してもらって撤退していく。


 彼の肩に傷を付けたのは申し訳ないが、バケモノは酷すぎるのではないか。この装甲、結構格好いいと思うんだ。 奥に逃げていった三人は放っておく。今は巨大な魔物が優先だ。

 目の前の若そうな男性も、こちらから危害を加えさえしなければその内いなくなるだろう。


 少しの間目を逸らしただけ。


 その一瞬で若い声の男は掻き消えた。


 左右を見るが誰もいない。

 瞬間、背後から瓶のような物が投げられ、背中で割れた。

 謎の液体は装甲の表面を流れて地面に落ちる。すると、液体が落ちた地面は蒸気を出しながら猛烈な勢いで溶けた。

 硫酸だろうか。

 それから一瞬だけ感じた男の気配は、またもや掻き消える。


「毒が利かないだと……くっ、これならどうだッ!」


 突然、男の気配が左横に出現する。

 今度は片手サイズの水晶が投げられた。それは装甲の肩の部分に当たり、大きな爆発を起こす。


 その爆発で発生した煙が一時的に視界を阻む。だが腕を横薙ぎに払うことで突風を生み出し、霧散させた。もちろん俺は無傷だ。


 そして男の気配は完全に無くなった。


「今のは……スキルか?」


 視覚や聴覚を無視して隠れることが出来るスキル、隠匿。scoでも存在するスキルだ。

 この世界の人々は魔法以外使えないと思っていたが、認識を改める必要が出てきたのかもしれない。

 それに酸や爆破攻撃。あれらは魔法とはまた別なものだと推測する。この装甲にはまるで効かなかったが。


 俺は装甲の爪を見て、男の背中を誤って傷つけた時に付着した服の切れ端を(つま)んで広げる。


「蜂のマーク……かな」


 殆ど破けていて見えにくいが、蜂の横顔をデフォルメしているように見えた。


「それよりも魔物だ」


 山の奥に消えた男達は無視することにする。この装甲がある限り彼らの攻撃でかすり傷一つ負わないからだ。

 なんならいつでも掛かって来ていい。


「やば、作戦開始してるじゃん」


 騎士団は魔物の正面から、冒険者の集団は魔物の側面から攻撃を仕掛けるようだ。山の中腹から俯瞰しているので状況がよく分かる。

 だが、どちらも魔物の手前百メートルは離れている。ここがチャンスだ。



 この装甲を入手してすぐ、俺はある機能を発見した。それは口からレーザーを射出できるというものだ。

 出力は大から小まで選べ、試しに中くらいの威力のレーザーを過疎フィールドで大木に向けて発射したところ、目の前の全てを吹き飛ばして突き進み、奥にあった山に大穴を空けた。


 それを今、使う。


 騎士団や冒険者は離れているし問題無いだろう。

 動かない魔物に向けて照準を合わせ、威力は小を絞りに絞って極小にして打つことにする。


 装甲の口を開け、縦長に着弾するように顎を下から上に軽く動かしながらレーザーを発射した。


 レーザーの太さは赤子の片腕ほどの太さで、撃ったと同時に着弾する。どんなに高速で動く魔物でも逃れることの出来ない一撃だ。それは胸部と腹部の境に当たり、魔物は体液を撒き散らしながら真っ二つに引き裂かれた。

 魔物の下の地面にはレーザーが着弾した跡が大きく刻まれる。小規模の隕石が衝突したかなような細長いクレーターだ。


 目の前で魔物が二つに分かれて死んだのを見て、騎士団や冒険者は驚いたのか集団が乱れる。だが、確認のために勇気ある者は死体へ近づいていった。


「なんだかおかしいぞ」


 地面に転がった魔物の腹は、胸と繋がっていた部分が大きく抉れて断面が見えている。その腹部が段々と揺れ始めたのだ。


 暫くして揺れがおさまると、抉れた腹からまた新たな魔物が顔を出した。


 見た目は羽のない蜂で、背中から蜘蛛の足が八本生えている。あれだと飛行はまず無理だろう。大きさは人間二人分はある。

 それが六体、這い出てくる。


 騎士団と冒険者集団は各々隊列を組み直し、三体づつに分けて戦いだした。

 腹から出てきた魔物の動きは素早く、騎士団や冒険者は苦戦しているように見える。蜘蛛の動きに蜂の針、更には強力な顎の攻撃だ。

 内、一匹丸々相手にしているパーティーがあった。プテロスティリスだ。彼女たちは四人でフォーメーションを組んで戦っている。


 お調子者に見えたリーゼは大きな盾を構え、魔物の攻撃をブロックしている。その後方ではレータとレーネが詠唱して火球や水弾を撃っていた。

 リーダーの暴言金髪ロリことクラリッサは、双剣で近距離攻撃だ。リーゼが魔物の攻撃を弾いた瞬間に前に出て、多数の斬撃をお見舞いしている。

 とても良い連携だ。


「くそ、レーザー撃てないな……人数が多すぎる」


 マイマイカブリ型巨大魔物の周囲に人が密集し、戦闘をしているいるため、この光学兵器はとても危険だ。もし放とうものなら、いくつのバラバラ死体と鮮血の薔薇が咲くことになってしまうのだろう。


 ここでようやく日が昇る。


 まだ薄暗い内に冒険者集団に紛れ込み加勢することに決める。


 俺は装甲脚部に力を入れ、一気に開放した。


 山から麓へと着地し、そこから弾丸のようなスピードで冒険者集団へと突っ込む。


「デウスエクスマキナ」


 あらかじめ集団手前で装甲を解除することを忘れない。


 砂煙を上げながら足でブレーキをして、名前も知らない冒険者集団の後方で止まる。常人では捉えられない速度だ。たとえ歴戦の冒険者でも、突如現れた俺には気が付かないだろう。


「俺がコイツの攻撃を受ける! 隙をついて攻撃しろ!」


「はいっ!」


 目の前でごつい男の冒険者は勇敢に戦っていて、俺は思わずはいと返事をしてしまう。ごつい冒険者が振り向く前に、慌てて他のパーティーに紛れてやり過ごした。

 

 奥にある魔物の千切れた腹はとても巨大で気持ち悪かった。それに今相手取っている蜂の魔物もだ。高さは二メートル以上あり、六本の足が高速で動く。


「もっと危なそうなとこに加勢するか」


 俺は無手で集団を行き来し、戦闘を眺める。一応忙しいフリはしておいた。人数も冒険者側だけで三十人以上はいるようだ。



 プテロスティリスも善戦している。このまま時間をかければ腹から湧き出た魔物たちも倒せるだろう。


 盾で魔物の攻撃を押し返すリーゼから前に出たクラリッサに視線を移す。



 その時、魔物の毒針がクラリッサの顔目掛けて突き刺さるのが見えたのだった。

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