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第28話 複雑な気持ちと安心感

 ダイニングテーブルのいつもの席に座る俺とミア。目の前のキッチンではエミリーが晩飯を作っている。夕方から一騒動あり、少し遅めの食事だ。


「お姉ちゃんまだー?」


 お腹が空いたミアはテーブルに上半身と顎を乗せ、体の力が抜けた状態になっている。テーブルの下で足をバタバタ揺らしていて退屈そうだ。


「もうちょっとだから。ミアもテーブルを拭くくらいはしなさい」


「はーい」


 火にかけた縦長の鍋を木べらでゆっくりと混ぜるエミリーは振り向き、だらしないミアに注意をした。

 素直に従うミアは席を立ち、キッチンのシンクでふきんを絞ってからダイニングテーブルを拭きだした。

 その間俺は何もやることがなく、疎外感を味わった。

 本当は自分で仕事を見つけないといけないのだ。でもやることがないから、今度何か美味しいものを作ってあげることにしよう。


 結局座っているだけの俺は、こちらに背を向けているエミリーを観察することにした。

 エミリーは縦長の鍋から茹で上がったパスタを取り出し、熱湯を捨てる。それからきざんだ玉葱やにんにくを熱したフライパンにあけ、ペーストしたトマトと混ぜる。そこにあらかじめ炒めておいた挽肉を投入した。どうやらソースを作っているようだ。


 フライパンを木べらでかき混ぜるエミリーの腰はリズミカルに揺れる。肉付きが良いエミリーだ。そういった趣向の人には堪らない動きをしている。

 腕の回転が上半身を伝わり、むっちりとしたお尻を揺らすのだ。


 俺はここに、日常に潜む神秘をみた。


「サクヤ、じっとお姉ちゃんを見つめてどうしたの?」


 テーブルを拭く手を止めて俺を覗き込むミア。彼女のとても純粋な目に、俺の(よこしま)な視線は避けるように横を向いた。


「見てないよ。遠くを見ていただけだよ」


 矛盾しているようなどうしようもない言い訳をする。とっさに嘘をつこうとしたが、途中誤魔化す方向に切り替えることにして混ざったのだ。


「見てたもん! お姉ちゃんのお尻!」


 だめだ、バレてた。しかもどこを見ていたかまで。死ぬほど恥ずかしい。

 謝ろう。


「いや、あの、ごめん。見てました。ほんとごめん」


「ほら!」


 勝ち誇った顔をするミア。

 今回は俺の負けだが、いつかこの邪眼がミアまでも毒牙に……やめておこう。

 素直に反省だ反省。


「あはは、恥ずかしいですね。あ、あまり見ないで……下さいね」


 両手で自分のお尻をおさえながら顔だけ振り向くエミリー。『やっぱり太いのかな……』などと呟いている。罵倒を覚悟していたが、温和な彼女はそういった事はせず、ただ甘やかさせてくれるのだった。

 それに、照れながらのセリフは死ぬほど可愛かった。



 出来上がった料理をテーブルに並べるエミリーとお手伝いさんのミア。パスタに挽肉たっぷりの真っ赤なソースがかかっていて食欲をそそる。


「遅くなりました。ミートソーススパゲティです」


「いただきます! うん、美味しい!」


 皿を並べ終わったミアは早々に席に着き、食べ始めた。


「「いただきます」」


 俺とエミリーも少し遅れて食べ始める。


「めちゃめちゃ美味い。エミリーが作る料理は全部美味しいな」


 さっきのお詫びで褒めているとかではなく、本気でそう思った。元の世界で俺自身が作った料理や、外食に比べても断然エミリーの方が美味い。


「ありがとうございます。朔夜さんにそう言っていただけると、なんというか、その、とても嬉しいですね」


 頬を赤く染め、照れ笑いするエミリー。そんなに喜んでもらえると俺も嬉しくなる。だけど少し恥ずかしくもなる。


「シスターもお姉ちゃんの料理いっぱい褒めてたもんね!」


 ミアの言葉に、少しだけ表情に影を落とすエミリー。

 無意識にミアが地雷を踏んでしまった。ここは俺が話題を変えなくては。


「あー、そういえばミアちゃん。なんでプテロスティリスと災厄の魔物のこと話している時に俺が倒したって言いかけたんだ」


 これで大丈夫だろう。シスターの話題はエミリーにとっては色々複雑みたいだからな。


「だってサクヤ、何言われても言い返さないじゃん! ホントは強いし凄いことしてるのに平然としてるし、隠さず言っちゃえばいいのに」


 やっぱり俺のために、捲土重来を図ろうとしてくれたのか。だけど怪物を倒した英雄なんて称号は必要ないんだ。どうせ元の世界に帰るのだし、今はこの優しい人達がいるだけで充分満たされているから。


「俺のためにありがと、ミア。だけどエミリーとミアが理解してくれるだけでとても嬉しいんだ。今はそれだけでいいんだよ」


 ミアの頭をそっと撫でる。


「サクヤがそれでいいなら……わかった。うん、じゃあ皆の代わりにミアが褒めてあげるね! よしよし」


 椅子から少し腰を浮かせて俺を撫でるミア。

 皆とは、間接的に災厄の魔物から救った多くの人のことだろう。


「ふふ、朔夜さんはいい子いい子、です」


 何故か立ち上がって俺の側にくるエミリー。そんな彼女の柔らかく温かい手で撫でられるのがとても気持ちが良かった。




 食後、リビングのソファに座る俺。テーブルを挟んで反対のソファにはエミリーとミアが座っている。


「今活動停止している魔物なんだけど、明日の朝、日が昇る前に起きて討伐に向かうというのはどうだろう。休める時に休んでおいた方がいいと思うんだ」


「うーん、もし夜中に活動を再開したら……騒ぎで分かりそうですし、そうしましょうか」


「ミアも賛成! それまで寝る!」


 俺はカンストステータスで体力的に余裕だが、彼女たちはまだ旅の疲れが相当残っているはずだ。いくら王国のためとはいっても、志だけで魔物は倒せない。せめて全快の状態じゃないと。


「では今日のところはもう休みましょうか。行こう、ミア」


 ミアを連れて寝室に向かうエミリー。

 

 それでいい。


「おやすみ。俺も寝るよ」


 リビングの明かりを消し、自室へと向かった。

 向かう途中で立ち止まり、廊下から彼女たちの部屋を見て、入っていくのを見届ける。ちゃんと眠りにつくようだ。

 それから俺も自室に入り、ベッドに寝転ぶ。


「ボックス」


 無限収納ボックスから黒のフード付きローブと愛刀を取り出す。


「夜目が効くわけじゃないからなあ……アレがあったよな」


 無限収納ボックスの黒い渦に手を入れ、模索する。そこからスポーツサングラスに似た見た目の暗視スコープを取り出した。これがあれば夜中でも真っ昼間のように見えるのだ。



 それから三十分待機する。



 いつも腰に下げる刀は背負うことにし、コートのフードを深く被る。全身黒ずくめだ。これで暗闇に紛れて移動出来るだろう。


 音を立てずに玄関まで移動する。途中、明かりがついていないリビングから声がした。


「朔夜さん、やっぱり一人で行くんですね」


 声の主はエミリーだった。俺は思わず玄関前で立ち止まる。窓から差し込む月明り。

 薄暗く、ほとんど見えない中、彼女は俺の行動を予測して待っていたのだ。


「騙すようなことしてごめん。でも、エミリーやミアを危ない目に合わせたくないから」


 暗視スコープをつけている俺は、悲しそうな顔をするエミリーがよく見えた。


「私に強力な魔物と戦う実力が無いのは分かっています。それでも、貴方が心配なんです。側で支えて上げたいんです。わがままでごめんなさい」


 俯くエミリー。彼女は自身の力不足に悩んでいたのか。

 でも悲壮な顔をさせてしまっている時点で俺が悪い。いや、そういう発想自体がいけないなのかもしれない。


「ごめん、それでも俺は……」


 瞬間、顔を上げたエミリーが胸に飛び込んできた。

 甘い香りと柔らかな感触が俺を包む。


「朔夜さん。朝ごはん作って待ってますから、無事に帰ってきて下さいね」


 レオへの申し訳ないという感情、その他にも言葉に出来ないモヤモヤが頭の中をかき乱す。

 だが、それを上回る、今まで感じたことのない安心感が確かにあった。

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