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第24話 帰還

 城壁の西門で身分証明や持ち物検査をした後、その他に質問などをされそうになったが、教会の依頼書を見せるとすんなりと入ることが出来た。


 多くの人が行き交う大通りを歩きながら王都の街並みを眺める。城壁側から王都へ入ったことは無いため、王城の角度もいつもと違って見えた。



 しばらく歩き、アルトナー家の前まで来ると、ある人物が今か今かといった雰囲気で待ち構えていた。


「久しぶりだね! エミリー」


 レオだ。

  彼はエミリーに駆け寄りハグをする。

 こいつは俺たちが帰ってくることをどうやって嗅ぎ付けたんだろう。エミリーに発信機でも仕掛けているのではないか。


「ミアちゃんは……寝てるのか。朔夜もお帰り」


「ああ、ただいまレオ。あんまり大きい声出すなよ」


 エミリーと久しぶりに会えて嬉しそうなレオ。エミリーも笑顔で抱きしめ返す。

 それを見て少しモヤモヤとした気持ちが生まれ、レオに強くあたってしまう。


「ああ、すまないね。エミリー、旅の話でも聞かせてよ」


「はい。まずは中に入りましょうか」



 あまり揺らさないよう気を付けてミアをエミリーに預けると、部屋に寝かせてくると言って、リビングの向こうにあるミアの部屋まで運んで行った。なんでも夕食が出来上がるまでは寝させてあげるようだ。



「晩飯まで時間があるな……けど何もすることがない」


 俺はソファにだらしなく座る。最近は村へ行く準備で忙しかったから、何もしない時間というのが無く、この状態が少し苦痛だ。ミアをベッドに寝かせたエミリーは、部屋で旅道具の片付けでもしているのだろう。リビングに居るのは向かいのソファに座るレオだけだ。


「おい、朔夜」


「ん? どうした」


 レオが背筋を伸ばして俺の方を向く。いつ見ても真っ直ぐで綺麗な姿勢だ。

 小さい頃から礼儀作法を躾けられていたのかなと勘ぐってしまう。


「エミリーやミアに手を出していないだろうな」


 ふざけ気味に返事をしようかとも思ったが、顔が怖いので真剣に返すことにする。


「当たり前だろ……」


 俺は目線を下に向けて言った。正直、やましいことは沢山あって彼の目を見れなかった。あくまで俺からは何もしていない……と思いたい。マッサージの件だって、エミリーが自主的にやってくれたことだ。


 レオは俺の目を見た後、『そうか』とただ一言だけ呟いた。



 それから数分してエミリーがリビングにやってくる。その間、レオと無言の気まずい空間を過ごした。さっき彼女達に何もしていないアピールをした手前、余計なことを喋ってボロを出すのだけは避けたかったのだ。


「レオくん、折角遊びに来たところ悪いんですけど、今から教会に報告をしに言ってもいいですか?」


 申し訳無さそうな表情でレオに謝るエミリー。

 この空気から逃れるチャンスだと俺は判断した。教会に着いていこう。


「ああ、もちろん。じゃあボクは留守番してるよ。ミアちゃんもいるしね」


 快く引き受けるレオ。流石、イケメンはスマートに察して発言する。


「俺も一緒に行くよエミリー」


 決してレオと一緒が嫌だという顔はしない。俺も一緒にリネルト村へ行ったから、何か聞かれても役に立つという表情を繕う。 

 でも、本当に彼のことは嫌いじゃない。信じられる良い奴だし、ずっと見ていても飽きないくらいの美形だ。悪いのはこの空気だけだ。学生時代も内輪の空気の変化には機敏だったからな。いや、今も一応学生なのか。元の世界に帰ったらちゃんと登校するつもりだし。


「いいんじゃないか」


 あっさりと納得し、引き下がるレオ。表情はいつも通り爽やかで、むしろエミリーと行動することを推奨しているように見えた。一睨みくらいはされると思ったのだが。


 それからすぐ俺とエミリーは外出する準備をし、教会に向かった。




「あらエミリー、思ったより早い到着ね」


 教会の入口側の長椅子に、白い祭服を着た老婆が座っていた。カサンドラだ。

 事前に俺達が来る事が分かっていたかのように話し掛けてくる。聖職者とはいえ、何だか常人とは違った空気を纏っている人だと思う。


「ただいま戻りましたカサンドラ様。これが依頼書です」


 エミリーは依頼書をカサンドラに手渡す。紙には村長のサインも記入してあった。村を出るときにでも書いて貰っていたのだろう。


「ありがとねエミリー。そちらの方も……あらごめんなさい、お名前は……」


一ノ瀬朔夜(いちのせ さくや)です、どうも」


「私はカサンドラ・ダンゲルマイヤ。先日以来ですね」


 人が良さそうな笑顔を浮かべるカサンドラと握手をする。会うのは二回目だが、最初俺は名乗っていなかった。


 先日はありがたい神話を聞かせて貰ったんだ。俺からも日本の神話を……詳しく知らないから、縄文時代の話でもしてあげようかな。


「それでエミリー、村で何か変わったことなどあったかい?」


「いえ。特にトラブルもなく、無事に治療を終えました」


「そう。なら良かったわ」


 懐から布袋を取り出すカサンドラ。袋はずっしりとしていて、硬貨が入っているのだろうと分かった。


「多くはないけれど、費用以外に少し余るくらいは入れておいたからね」


「ありがとうございます」


 エミリーは頭を下げてから両手で受け取り、アイテムポーチの中へと仕舞った。



 それからカサンドラと村までの往路と復路や村人の様子について話したり、軽く雑談などをした。


「エミリー、朔夜さん、ありがとうね。では、神の祝福があらんことを」


 教会を出るまで見送ってくれるカサンドラだった。




 商店街で夕食の買い物をしてから家に帰ると、いつの間に起きたのか元気なミアと、その相手をしているレオがいた。

 二人はリビングのソファに座っている。ミアはレオに密着して、彼の膝の上でしきりに指を走らせていた。


「これは痒い?」


「痒くないよ」


「これは?」


 より早く指を動かすミア。彼女の右手は不規則な動きをしていて、レオの膝の上で蜘蛛がダンスしているように跳ねていた。


「全然痒くないよ」


 レオは余裕な顔で足を組んでいる。

 これは一体どういう遊びなんだ。帰宅した俺達に気付かないほど熱中出来るものなのか。エミリーは食材をキッチンに運び、俺はFPSでクリアリングをするかのように壁の影からリビングの様子を窺う。


「んーっ! レオくんの弱点は知ってるもん!」


 ミアはレオから一旦離れ、指を脇腹に一突きした。それから両手でくすぐり始める。


「かはっ! ははははははっ、止めてよっ、ミアちゃんんっ」


 自分より一回り以上小さい少女に弄ばれ、もがき出すレオ。高い声と涙目せいで幼く見え、一瞬だが、十代の女の子かと思ってしまう。

 だが彼はエミリーのことが大好きな男の子だ。危うく勘違いしてしまうところだった。苦しくも楽しそうな顔をしているレオは、なんだかいつもより雰囲気が柔らかかった。

 


 そうだ、今日一番の収穫があったのだ。レオの弱点だ。心の中でミアに感謝する。

 彼は脇腹が弱い。弱点を知っていればこれを使っていつか……


「朔夜さん、そこで何をしているんですか?」


 不幸にもキッチンから戻ってきたエミリーに、薄ら笑いを浮かべながらリビングを覗いているところを発見されてしまった。


 そしてやっと俺達が帰ってきたことに気付くミアとレオ。


「あ! お帰りお姉ちゃん、サクヤ!」


「あはははっ、……ゴホンッ。か、帰ってたのか」


 いつも通り、花が咲いたような笑顔のミアと、顔が赤いレオに迎えられてリビング入った。

 俺とエミリーは並んでソファに座る。夕食までまだ少し時間があるため、それまで暇を潰すための雑談をする。


「コホン。それで、教会からの依頼はどうだったんだい?」


 レオは咳払いを一つした後、エミリーに問いかける。


「そうですね、依頼で行ったとは思えないほど楽しかったですよ。あのですね、行きはとても早くて一泊だけで村まで行けたんです。それで村での診療も特に問題はなかったですね。ですけど、帰りに一つアクシデントがあったんです。途中で大型の魔物に襲われてしまいまして……」


「街道に大型の魔物が! 大丈夫だったのか!?」


 驚くレオ。無理もないか。山奥にいる魔物が街道に出現するなど、普通ではありえないことらしいし。もしそんなことが起きたら商人たちが困る。その結果、物流にも悪い影響が出てしてしまう。

 あの時のケルベロスはたまたまなのか、それとも……。


「はい、大丈夫でしたよ。朔夜さんが一瞬で倒してくてましたから」


「凄かったんだよ! シュッてしたらプシャッて!」


 ほっこりした雰囲気で語るエミリー。それとは反対に、剣を見立てた両腕を振り回すミア。そのたびにミアの腕がレオに当たっていて笑いそうになる。

 そもそも俺はあんなに刀を振り回してはいなかったが。


「すぐ気付けたから簡単に処理出来たんだ。それに何故か魔物自体弱っていたし」


 たとえ全快の魔物だったとしても一太刀で両断出来る自信はあったが、口に出すと嫌味に聞こえてしまいそうだから隠しておくことにした。


「そも大型の魔物自体、街道で目撃される事など無かったんだけどなぁ。それに弱っていた? どんなふうに?」


 眉間に皺を寄せるレオ。生まれも育ちも王都っぽいし、周辺の事情も知っていそうだ。


「下半身の一部だけど、強酸でも浴びせられたように溶けていたとこがあったよ」


 俺はあの時のモンスターを思いだし、不可解な点を上げてみる。


「そうか。色々不思議だな。大型の魔物が人里近くまで下りてくるとなると……更に強力な魔物に襲われて逃げてきた、なんてね」


 可愛くウインクするレオ。

 俺のいた世界だったらあらゆる女子達を虜にしたであろう。

 現に、エミリーはとびっきりの笑顔、ミアは目を輝かせている。


「レオくん可愛い!」


「冗談だ……。そんな目でボクを見るな朔夜……」


 恥ずかしそうに俯くレオ。


 ミアは優しいな。俺は死んだ魚の目で返すことしか出来なかった。これでも笑顔を作ろうとしたんだ。



 それにしてもさっきから外が騒がしい。この時期になると王都は祭りでもあるのだろうか。


 皆も気付いたようで、窓を見る。


「なんだか外が……」


 エミリーが喋っている途中で、突然大きなノックの音がした。それは玄関からだった。


「おーい! 今すぐ逃げな! でっかい魔物が王都に向かってきてるよ!」



 

 ――――それは誰も予想だにしない出来事だった。

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