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第23話 帰り道

 翌日の夕方。

 俺達はゆっくりとしたペースで王都を目指し、歩いていた。行きは一泊だけでリネルト村に着いたのだが、帰りはもう一泊必要なようだ。行きが早かっただけで、これくらいが普通なのだろう。


「まだ王都は見えませんね」


「そうだな。でもまぁ後は帰るだけだし気楽だ」


「虫~」


 並んで歩く俺とエミリー。

 少し前を歩くミアは珍しい虫を発見したのか追いかけている。都会育ちの俺は虫が苦手だから、捕まえてもこっちには持ってこないで欲しいと全力で願う。ただ、例外的に黒光りするGだけは素手で殺せる。見逃したら次にいつ襲ってくるか分からない恐怖に苛まれ、不安な時を過ごす羽目になるからだ。




 日が沈み、街道にまばらにいた人たちの姿も見えなくなる。俺達も歩みを止め、マイルームに入った。

 今日は俺が一番風呂で、その後にエミリーとミアが入浴した。


「ぷはーっ! うまい!」


 風呂上がりの火照ったミアにコーラをあげると、おっさんみたいにグビグビ飲んでいた。エミリーはサイダーが好きらしく、グラスにあけて飲んでいる。


「シュワシュワして美味しいです……朔夜さんもどうですか?」


 俺はその言葉に甘えることにし、エミリーの缶から少し分けてもらってサイダーを飲む。エミリーは直接口をつけていないのに、何故か普通のサイダーよりも美味しく感じられた。


「サクヤ! ご飯は!?」


 お腹が減ったミアは、夕飯の準備をしていないのを見て疑問に思ったのだろう。だが、今日の晩ご飯は事前準備がほとんど必要ないアレ。

 今はお米が炊きあがるのを待っているだけなのだ。

 そこに丁度、ピーという炊飯ジャーの音が鳴る。


「もう少しだから、ちょっと待ってねミアちゃん」


「早くー」


「もう、ミアは……」


 コーラ片手にソファに座るミアとは反対に、コーラを飲みきったエミリーはダイニングテーブルを拭いている。そんなエミリーの姿を俺は後ろから眺めていた。なんだか出来がいい嫁を通り越して、姑みたいに思えてくる。もちろん褒め言葉だ。現代ではエミリーくらいの年齢だと、ファーストフード店で友達と駄弁ったり遊んでいる人の方が圧倒的に多い。だから頑張って仕事をし、家事もこなすエミリーは凄いと改めて思った。


「どうしました? 朔夜さん」


 気が付くと、振り返ったエミリーと視線がぶつかる。


「ああっ! な、なんでもないよ。さて、準備準備」


 彼女を眺めてぼーっとしていたなんて、恥ずかしくて言えはしない。

 急いでエプロンをし、冷蔵庫から食材を取り出す。まな板にのせた野菜と肉を切り、皿に移してダイニングテーブルまで運ぶ。それからIHクッキングヒーターをテーブルの上に置き、焼き肉プレートを乗せた。


「ミアちゃん、ハイ! ご飯!」


「ごはん!」


 リビングにいるミアに呼びかけると、レトリーブをする猫みたいに目を輝かせて飛んでくる。

 俺は炊飯ジャーから三人分のご飯をよそい、それぞれの席の前に置いた。エミリーとミアが着席したのを確認して、俺も座る。


「明日には王都に着くから、その前に余った食べ物を全部片付けようと思う。焼き肉だぞ!」


 俺は小皿に焼肉のタレを注いで配る。


「楽しみですっ」


「やったー!」


 熱した焼き肉プレートに油を垂らし、肉と野菜を乗せていく。俺自身も久しぶりの焼き肉でテンションが上がる。

 エミリーはお肉が大好物なので、口の端を涎で光せ、目尻は幸せそうに垂れ下がっている。まるでエサの前でお座りをする大型犬だ。


 数分後、プレートで熱せられた肉や野菜が焼き上がる。食欲をそそる良い匂いだ。


「肉に火が通ったみたいだし、食べるか! いただきます」


「いただきますっ」


「いただきまーす!」


 ミアはもちろん、エミリーもかなり空腹だったらしく、もの凄い勢いで食べ始める。俺も食べるが、肉と野菜がみるみる減っていく。

 このままじゃ焼く係がいないので、俺は食べるのを一旦止めて肉をプレートに放り込んでいく。


「んーっ! この甘辛いタレも合わさって美味しいです」


 口いっぱいに頬張るエミリーは年頃の少女に戻ったようで、普段とは違うギャップがある。


「あはは、はいこれも食べて。あっ、これも美味しいよ」


 俺はエミリーの皿に焼けた肉をどんどん乗せてていく。そのたびエミリーは美味しそうに平らげる。

 なんだかとても楽しいぞこれ。次々に肉を食べるエミリーの可愛さったらない。


「んまっ! んま!」


 ミアもいっぱい食べている。彼女の皿にも焼けた肉や野菜を乗せる。


「んー! サクヤ、ご飯おかわり!」


「はいはい」


 俺はキッチンにある炊飯ジャーからご飯をよそい、ミアに渡す。


「ありがと!」


 ご飯をいっぱい食べるミア。リスみたいで可愛い。

 俺は炊飯ジャー本体をダイニングテーブルまで持ってくる。これでいちいち席を立たずに済む。それにエミリーもおかわりしたそうな目で俺を見ていたので、可哀想になったというのもある。彼女は遠慮しすぎるところがあるから、無言でも主張が見れて嬉しい。


「エミリー、いっぱい食べてね」


「……あ、ありがとうございます!」


 エミリーにご飯をよそって渡すと、少し照れた表情で感謝された。


 俺はその後も焼き肉奉行をし続けたのであった。いや、給仕係といった方が正しいかもしれない。とにかく、幸せそうな彼女たちを見ることが出来て嬉しかった。




 食後のリビング。


「すみません朔夜さん。私とミアばかりあんなに食べてしまって……」


 肩を落とすエミリー。ここはなんとかしないと、ますます遠慮気味になってしまう。


「気にしないでくれ。俺、いっぱい食べる女の子が好きなんだ。それにあの、あれだ、そんなところも可愛かったし……」


 軽い褒め言葉で慰めようとしただけなのに、これじゃあ口説いてるみたいじゃないか。自分で言ったのに恥ずかしくなる。


「……っ! えへへ、そうですか」


 照れて下を向くエミリー。効果抜群のようだ。


「ミアちゃんも、美味しかった?」


「うん! 美味しかった!」


 ミアは元気いっぱいでこちらもまた可愛かった。



 翌日。


「あっ、朔夜さん。王都が見えてきました」


 行き一泊、村で一泊、帰りは二泊の四泊五日の旅もそろそろ終了だ。教会からの依頼だったのだが、旅行のように楽しめた。


「前と後ろも人が多いな」


 振り返ると、俺達と同じ様に王都を目指す人々が沢山歩いていた。一体何処からやってきて、王都で何をするのだろう。ふと気になったが、手当たり次第に声を掛けるわけにはいかないので、心の内に仕舞っておく。


「そうですね。ふふ、本当は私だけの予定でしたのに、こんなに楽しくて。今回は本当にありがとうございます朔夜さん」


「いや、俺こそ楽しかった。それに着いていくとわがまま言ったのは俺だ」


 女性だけで行かせるのは心配だった。それに、自分自身離れたくないと心の何処かで思ってしまったのだろう。だから普段の俺からは考えられないような強引な態度でついていくと言ってしまったのだ。


 お互いに照れて笑い合う。この旅で距離が近づいたのもあって、こそばゆい。



「……ちかれた」


 さっきまで悠々と前を歩いていたミアが突然失速した。


「サクヤー!」


 振り返り、こちらへ顔を向けるミアが大声で俺を呼ぶ。


 何事かとミアに近寄ると、俺に向かって両手を広げた。


「おんぶ!」


 ただ単に疲れただけみたいだ。王都を目の前にして緊張の糸が切れたのだろう。


「はい、ミア様。どうぞ」


 俺はミアに背を向けてしゃがむと、彼女は勢いよく飛び乗ってきた。


「えへへー。くるしゅーない」


 ミアは体重が軽く、このまま一万kmは余裕で歩けると感じた。それと体温が高くて、肌が冷えるこの季節には最適だ。

 俺はミアを背負って街道を進む。


「もうっミアは。あと少しでしょ。歩きなさい」


 隣で並んで歩くエミリーは、ミアを薄目で睨んで叱る。


「いいからエミリー。ミアちゃんもここまで頑張ったもんね」


 右手をミアの足から外して頭を撫でる。すると猫のように右手と首にスリスリしてくるミア。可愛くて、くすぐったくて、もどかしい。


「えへへ、何だか安心する……」


 そう言って肩に顎を乗せ、眠りに落ちるミア。


「ダンジョンから出る時もこんな感じだったし、懐かしいのかな。最近のことだけど……」


「まったく、この子は甘えん坊なんですよ」


 お餅みたいに白くて柔らかいミアのほっぺをつつくエミリー。


「あははは。そういうとこも可愛いからねミアちゃん」


 詳しくはわからないが、小さい頃はスラムやらなんやらと複雑だったようだ。それでも今は幸せそうな寝顔を晒している。

 エミリーと姉妹になって良かったと心の底から思う。それもこれも二人を育ててくれたシスターという人物に感謝だ。


「あの! ミアばかりで、私はどうなんですか!?」


 横を歩くエミリーが突然、顔を真っ赤にして喋りだす。

 いきなりどうしたというんだエミリーは。怒っているのだろうか。


「どう、とは……」


「可愛いですか!?」


 自分が何を言ったのか気付いたらしく、段々顔が青ざめていくエミリー。完全に勢いだけで言ってしまったみたいだ。


「あっ、あ……いきなりすみま……」


「か、可愛いよ! エミリーは可愛いから自信持って……」


 途中から照れて言葉が小さくなってしまう。だが、俺は本心を包み隠さず言う。死ぬほど恥ずかしいが、彼女にはもっと自分に正直なって欲しいし、何より『可愛いですか!?』なんて真面目に聞いてくる、そんな飾り気の無い姿を見せてくれたことがとても嬉しかったから。


 これからも彼女とは良い関係を築いていきたい。


 友情とは言い難い、複雑な感情。これは恋なのかとも俺は思う。だが、エミリーにはもう心に決めた相手がいる。だから俺からの一方的な感情は表には出さないようにしないと。


 下を向いて、手をもじもじさせるエミリー。そんな反応が可笑しくて、声を殺して笑う。


 気付いた時にはもう城壁は目の前にあった。

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