第21話 ゾンビ村
村長がいる家を近くで見ると、他の民家とは違って奥行もあり、かなり大きい。エミリーはドアに近づきノックをする。
「すみません、教会の者なんですが」
数秒してからドアが少しだけ開く。隙間からこちらを訝しげに見ているのは、腰が曲がった老婆だ。
俺は既視感を覚える。この雰囲気、どこかで……。
そうだ、あのゲームだ。
ゾンビを倒すシューティングゲーム。マイルームで暇な時にプレイしているやつだ。
これは油断していると村人が襲いかかってくるパターンだ。廊下を歩いてるだけで、腐卵臭を漂わせた動物が窓を突き破って出てくるのだ。気を付けなければ。
ドアがゆっくりと開く。
ギィ……という錆びた丁番が擦れる音と共に老婆は姿を現した。
「ああっ教会の人たちか! 待っておったぞ! 腰が痛くてかなわん」
俺の予想は外れた。
出てきたのはただの人当たりがいいお婆さんだ。老人だらけの不思議な村だと疑ったが、よく考えれば、今は日中。若者は畑仕事をし、村には働けなくなった老人等が外出していただけだ。
訝しげな顔から一転、老婆は笑顔になって俺達を家の中へと案内してくれた。
「わしは隣に住んどるこの村の村長じゃ。ここは集会所でな、さっきまで老人達が集まっておったんじゃよ。冬が来る前に教会の人等が来るのを心待ちにしておったわ。それと今日はここに泊まっておくれ」
民家四軒分の広さはある大広間に案内される。そこには椅子が並べられており、診療なども行える場所だということが分かった。
「早速だが、明日の朝から頼まれてくれんかの?」
老婆はエミリーに向かって言葉を放つ。
「はい。明日の朝ですね。大丈夫ですよ。人数はどれくらいですか?」
「そうさね。定期的に来てもらってるけん。そこまで数はおらんね」
この村に何日も滞在することはないようだ。なんだかんだで王都が好きだから、いや、アルトナー家が好きだから、早く帰りたいとも思ってしまう。
「ここは自由に使っていいさ。ベッドも奥にある。そうだ、かなりの距離を歩いてきて腹が減ったろ? 今すぐ夕食持ってくるけんね」
そう言い残して老婆は集会所を出ていった。
「うーん、なんだか広くて怖いね」
ミアが俺の右手を取り、軽く握る。
「大丈夫だって」
ミアの頭を撫でてあげる。不安な時はスキンシップが大切だ。でも、正直俺も怖いと思った。彼女達から離れないようにしよう。
それから少し時間が経ってから、老婆が集会所に入ってくる。
「はい、これを食べなされ。熱いから気を付けるんだよ」
スープと肉料理とオートミールだ。想像していたよりも豪華で驚く。
片田舎だから食事は質素なのかと思っていた。
「はは、ここまで来てくれたんだ。食事くらいは良いもの出すさ」
表情を読み取られてしまったみたいだ。反省しないと。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。わたしゃマヌエラだ」
にっこりと笑う老婆。
「私はエミリーと申します。こっちはミアです」
「よろしくおねがいします!」
「サクヤです」
お互いに自己紹介をする。
「あら、若いのにわざわざ夫婦でねぇ……」
申し訳なさそうな顔をするマヌエラ。大変な勘違いをしているみたいだ。
俺は誤解を解こうと口を開きかけるが、あえて止める。
「いえ、私達は……」
「そうなんですよ、ははは。嫁が心配で着いてきてしまいまして。よろしくお願いしますマヌエラさん」
俺はエミリーの言葉をさえぎってマヌエラと握手をする。その間頬を赤く染めたエミリーが、目を見開いて俺を凝視する。
「食器はまとめて置いてけばいい。こんなだだっ広いとこで悪いが、ゆっくりしていってくれ。じゃあ、明日の朝にまた食事を持ってくるよ」
マヌエラはゆっくりとした動作で立ち上がり、隣の家へと帰っていった。
俺達は静かに夕食を食べる。
「それで、あの、朔夜さん。さっきのは一体……」
食べ物を口に運んでいた手を止め、上目遣いでこちらを見るエミリー。
「ああ、悪いな。そうした方が面倒が少なくなると思ってさ。だって、エミリーみたいな若くて可愛い子がいたら村の男達は放って置かないだろ」
現にレオがいたし……。思い出すだけで悲しくなる。
「そ、そうだったんですね。はぁ……もう期待しちゃったよ」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもありませんっ」
「お姉ちゃん顔真っ赤ー」
もうっ、と怒るエミリーに茶化すミア。いつもの食事の光景だった。
夕食を食べ終えて大広間でくつろいでいると、突然ミアが立ち上がる。
「サクヤ、あのね、お風呂に入りたい」
俺は別にいいのだが、もしマヌエラが急に訪れて、誰かがいなくなっていたら不思議に思うだろう。だから今日はマイルームを使用しない方向でいこうと思っていた。
でも汗をかいて不快なままというのは女の子にとって厳しいのかもしれない。
「うーん、分かった。じゃあエミリーと一緒に素早く入って来てよ」
マイルームと呟き、ドアを出現させる。
「私もいいんですか?」
「もちろん。俺はここで待ってるから、早めにね。マヌエラさんにドア見つかると面倒そうだから」
「ありがとうございます朔夜さん。ミア、行くよ」
「うん! ありがとサクヤ!」
ドアを開けてマイルームに入っていくエミリーとミア。言葉には出さなかっただけで、エミリーも汗をかいて不快だったのだろう。
彼女たちが中に入るのを確認してから扉を閉め、ドア本体を壁際に寄せておく。これで集会所の入口から見られても少しは誤魔化しが効くだろう。
それにしても、一人でこの薄暗い集会所にいるのは怖い。夜になると墓地から死者が這い出て歩きだすとかないよな。
「……トイレに行こう」
一人の時に限って尿意を催す。
もしこれが洋画だとしたら、天井に潜んでいたエイリアンに殺される第一被害者ポジションだ。主人公が『何処に行ったんだ!?』と騒ぐが見つからず、後から死体で発見されるみたいな。
「クックック。今の俺は殺られる前に殺る側だし余裕ッショ……なんてな」
広い集会所の奥へと歩く。途中ベッドが複数あり、触れてみる。どれも寝心地が良さそうとは言えない。幅は狭く、マットは硬い。でも床で寝るよりは大分ましだろう。
少し先のトイレに着く。明かりを付けてから扉を開ける。中は薄暗い。
照明に使う魔石も小さい物を使っているのだろう。原理は不明だが、魔石は電池のように使用できるのだ。ただ、大きさで出力が変わってしまうため、安定はしない。この先優れた技術者が改良してくれることに期待だ。
特に問題無く西洋式のトイレで用を足し、早足で大広間に戻る。さっきと同じ位置に座って胡座をかき、彼女たちが戻ってくるのを待つことにした。
だが、この広い集会所の真ん中に一人というのは、トイレに行く時より怖く感じた。
「すみません、お待たせしました」
「さっぱりしたー」
「お帰り」
十分後、彼女たちは戻ってきた。早く済ませてきたみたいだ。髪もまだ濡れていて、タオルでしきりに拭いている。
「マヌエラさんも来る気配がないし、戻ってドライヤーを使ってきてもいいよ」
俺はエミリーに向けてそう提案した。
「いえ、大丈夫ですよ。すぐ乾きますので」
風呂上がりの色っぽい雰囲気と、ボディーソープのいい匂いを振りまいて髪を撫で付けている姿は幻想的で目に毒だ。特にエミリーは長い髪を横にして拭いて、湖の精霊のように綺麗だ。
「ああ、そうか。分かった」
意識しないよう務めるが、チラチラと横目で見てしまう。そのたびにエミリーと視線が合い、微笑みかけられる。それがなんだかむず痒くて、でも、不思議と心地が良かった。
一方ミアは、水で濡れた猫が身体を振るうみたいに頭をふるふるしながら髪を拭いたりしていて小動物のような可愛さだった。
彼女たちの髪が乾ききった後、俺もマイルームに移動して風呂に入った。それから自動で洗濯と乾燥をし、服を畳む機能がついた全自動洗濯機へ、一週間で溜まった服や下着を放り込んだ。出来上がった物は明日の朝にでも自室のクローゼットに仕舞うことにする。
マイルームから集会所の大広間に出ると、エミリーとミアは奥の方にいた。
「戻ったよ。そろそろ寝るのか?」
彼女たちはベッドを整えているようだ。
「はい。朔夜さんはこちらで寝て下さい」
風呂に入っている間、エミリーは俺のためにベッドメイキングしてくれていたのだ。こういう些細な気遣いがとっても嬉しい。
「ありがとうエミリー」
俺の感謝の言葉に、彼女は微笑み返すのだった。
ベッドに入って一時間。俺はまだ寝付けないでいた。
理由は簡単、隣のベッドでエミリーたちが寝ているということである。昨日は別々の部屋だったし、いつもは離れた部屋だしで、変に緊張してしまう。
目を閉じたまま寝返りをうつ。
すると突然、右手を何かに掴まれた。
一瞬、ゾンビになった老婆に手を噛まれたと思い、素早く目線を右手に向ける。
「サクヤ、おしっこ……」
それはソンビなどでは無く、トイレを我慢しているミアだった。歯でなく、爪を立てて握っていたのだ。
ずいぶん温かい手だと思ったんだ。俺もトイレに行くのが怖かったから、ミアも当然そうなのだろう。
小さく『お願いぃ』と言っていて、断るのは出来ないと判断した。保護欲を駆り立てるこの仕草。将来は大物になるだろう。
それからミアと手を繋いだまま、大広間奥のトイレを目指す。なんだかずいぶんと俺に心を許してくれたんだと思うと嬉しくなる。暗闇が怖いのは俺も同じだが、ミアに格好悪いところは見せられないと、胸を張って歩いた。
個室の前に着いたが、一向に手を離さないミア。
「ミアちゃん、早くいかないと……」
「やだ……サクヤも一緒。手、離さないで……」
薄暗いトイレが怖いのだ。でも、一緒に入るわけには断じていかない。
「ドアの前にいるから、安心して。ね?」
ミアに目線を合わせ、そう言い聞かせる。物分りが良いミアは少しだけ迷った後、しぶしぶといった表情で引き下がった。
「絶対だよ」
そう言い残し、個室に入る彼女。
俺は扉の前でじっと待つ。その間も、『サクヤいる?』『うん』『サクヤそこにいる?』『うん』『ホントに?』『うん』というのを繰り返すのだった。




