第19話 溢れる妄想、思考の暴走
洗面所へ入ると、少しだけ蒸すような空気と、うっすら彼女達の匂いが漂う。
手に持った着替えをカゴの中に置き、素早く脱いだ服を雑に洗濯機へ投げ入れた。
「失礼します」
くもりガラスのドアを開けて、いざ浴室へ。
「とてもいい匂いがする……」
いつも使っているはずなのに、何故か新世界かのように感じる。
風呂椅子と風呂桶はきちんと整理されてカランの前に置いてあり、エミリーの性格が表れていた。
風呂椅子にシャワーをかけるか少し悩んだが、俺は直に座ることにした。
ゆっくりとした動きで風呂椅子へと腰を下ろす。プラスチックの表面からは、若干の温もりが伝わってきた。エミリーが生尻で座った椅子……それに俺も座っている。
「えへへ、やばいな……へへ……」
妄想の中で裸のエミリーが座っているところを思い浮かべる。もう思い残す事は無いかもしれない。
「……って、何やってんだ。風呂は早く終わらせて食事作んないと」
いけない妄想をシャットアウトし、冷静を装う。お腹を空かしているであろう彼女達のためにも早く風呂からあがらないとだ。
シャワーを軽く浴びてから湯船に入る。温度調節せずとも、最適な湯加減だ。
「ふぅー……よし」
数分間お湯に肩まで浸かり、身体を温めてから湯船を出る。
頭を洗い、身体を洗う。
それから再び浴槽へ。
「……このお湯にエミリーも入ってたんだよな」
お湯を手で掬う。水面から手を出したと同時に指の隙間から溢れ落ちていく。
温かいし、落ち着く。
そういえばさっき、ミアがエミリーの胸を……。
「それ以上は駄目だ。……もう出よう」
湯船から勢いよく立ち上がり、軽くシャワーを浴びてから浴室を出た。お湯に浸かりながらだと、変な妄想が止めどなく溢れてきて制御不能になってしまうようだ。
着替えを終えてリビングに戻ると、ソファに並んで座るエミリーとミアがいた。
「待たせた。今からご飯作るから」
お喋りを一旦止めて、こちらを向く二人。
「いえいえ。料理、私も手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。俺一人で作るから、ソファに座ってゆっくりしていてくれ」
今日は普段のお礼も兼ねているから、エミリーに甘えるのは駄目なんだ。
キッチンに移動し、冷蔵庫を開け玉ねぎと鶏肉を取出す。まずは玉ねぎをまな板に乗せてみじん切りにする。それから鶏肉も一口サイズにカットする。
フライパンに火をつけ、バターを溶かす。そこに切った玉ねぎと鶏肉を入れ、狐色になるまで炒める。塩コショウを軽く振ってから、あらかじめ炊いておいた白米を投入。それを木べらで切るように炒めながら、ケチャップを適量入れて混ぜた。
「これでチキンライスは完成っと」
皿にチキンライスを盛り付けてから、冷蔵庫の中から卵を取り出す。卵をボウルに開けてかき混ぜてから、フライパンに流し込む。半熟は衛生的に問題があるかもしれないので、完全に火を通すことにする。
チキンライスの上に焼いた卵を乗せて、オムライスの完成だ。
オムライスが乗った皿とスプーン、お冷をダイニングテーブルに並べる。
「出来たよー。エミリー、ミアちゃん。こっちに座って」
「わーい!」
「今行きます」
走ってくるミアは、アルトナー家と同じ位置の椅子に座る。テーブルの右端だ。エミリーはミアの向かいの席の腰掛ける。
「これは、卵の料理?」
「ちょっと待ってミアちゃん」
スプーンを右手に、早速食べようとするミアを制す。それからオムライスの上に、ケチャップで『ミア』と名前を書いてあげた。
「あー! ミアの名前だ!」
テンションが上がるミア。やっぱり子供はこういうのが好きなんだ。かく言う俺も、昔は親に書いて貰ったっけな。
「ミアちゃん、まだ食べないでね。次はエミリーの分」
ミアの向かいに座る彼女のオムライスにも、エミリーと名前を書く。
「わああぁ……とても嬉しいです、朔夜さんっ」
とびっきりの笑顔で俺を見るエミリー。喜んで貰えて俺も凄く嬉しい。
最後に自分の席に座り、目の前のオムライスにサクヤと書いた。ちなみに、これらはエーベルハルト王国で使われている文字だ。アルトナー家に届いた手紙などから彼女達の名前の書き方を学んだ。自分の名前の文字はというと、レオに頭を下げて教えて貰った。
「じゃあ食べようか。いただきます」
「はい。いただきます」
「いただきまーす!」
舌に合うのか不安で、自分の分は放っておいて彼女たちが食べるのを見てしまう。ミアとエミリーは同時にスプーンを口に運んだ。
「んん! めちゃめちゃ美味しいよサクヤ!」
「うんうん。美味しいです」
笑顔で頬張るエミリーとミア。
舌にも合うみたいだし、ちゃんと美味しいオムライスが出来たようだ。
「よかった。じゃあ俺も」
スプーンで掬い、一口食べる。うん、中々美味だ。
一番最初にミア、続いて俺とエミリーが食べ終わった。
「あー美味しかった。これはなんて言う料理なの?」
ミアが尋ねる。
「オムライスって言うんだ。俺の国の料理でさ……とにかく、良かったよ。美味しいって言ってもらえて」
「オムライスね! サクヤ、また作ってくれる?」
おねだりをする猫みたいな表情で俺を見上げてくるミア。
上目遣いは反則だ。作らないわけにはいかないだろう。
「ああ。また今度な」
「やった! 絶対だよ!」
そう言って向日葵のような笑顔を咲かせる子猫のミア。
次はミアの大好物のビーフシチューをかけて、デミグラスオムライスにして驚かせてやろう。
エミリーはというと、少し俯いていて表情は分からない。何かボソッと呟いているが、ほとんど聞き取れなかった。かろうじてシスターという単語だけは拾えたが。
それから勢いよく顔を上げるエミリー。
「私も! とても、美味しかったです!」
一瞬悲しそうな雰囲気にも見えたが、勘違いだったらしい。
席から立ち上がるエミリーはいつに無く熱烈だ。
「あ、ああ。それはよかった」
「そ、それでですね、お礼というか、あの、後でマッサージをしてあげますねっ!」
エミリーの普段は見せない、あまりの圧に、俺は無言で頷く事しか出来なかった。
「……で、寝る時はここ使っていいから」
皿洗いなどの片付けが終わった後、各部屋に案内する。
リビングとは廊下を挟んで反対側にある、自室の隣の空き部屋だ。ゲーム内通貨で拡張も出来るが、自室の他にベッドと机がある部屋が三つも余っているので、拡張の必要は無いと判断した。
「ミアはお姉ちゃんと一緒に寝るー」
「分かった。ということは俺の隣の部屋一つだけでいいってことか」
空き部屋に三人で入る。
タブレット端末を操作し、ショップからベッドの拡張を選択する。画面右上残高から数千Gが引かれ、シングルベッドが淡い光に包まれる。光が収まるとダブルベッドへと変わっていた。
「わぁ、大きくなりました」
驚くエミリー。二人で寝るのならこれくらいのサイズで問題無いだろう。
「ぼふーっ」
ミアがベッドへダイブする。数回バウンドしてから壁際で止まった。
「もう、ミア! お行儀……」
「あはは、いいからエミリー。ミアちゃん楽しそうだし」
それからタオルケットに包まって寝る体勢になるミア。
「んー、寝るぅ……お休み、お姉ちゃん、シャクヤー……」
柔らかいベッドとふわふわのタオルケットの魔力に一瞬で眠りに落ちるミアだった。
「今日は歩きっぱなしだったから疲れてるんだろう」
「そうですね。まったくミアは……」
口では厳しい事を言うが、優しくミアの頭を撫で付けるエミリー。タオルケットのシワを伸ばし、ミアの肩までかけ直す。
「隣の部屋にいるから。何かあったら呼んで」
「はい」
俺は部屋を出て、自室に入る。PCを操作してモニターや照明の類いをスタンバイモードに設定しておく。
「ふあぁー」
軽く欠伸をしながら、ベッドに横になる。
「あ、俺もサイズでかくしてみよ」
何となく思いつきで、シングルサイズからクイーンサイズへと拡張する。タブレットの残高からは数万Gが引かれた。
「おー、広い。快適だ」
ごろごろ転がってみたりする。それから枕を正し、就寝しようと毛布を被る。
その時、コンコンとノックの音がした。
「ん? 入っていいよ」
「失礼します」
スウェットを腕まくりしたエミリーが入ってくる。しかも、わずかに上気した顔でだ。一体何の用だろう。
「あの、さっきのお礼の……マッサージをしに……来ました……」
食後のあれは本気だったのか。ただの社交辞令だと思っていた。
「あー、別に無理しなくてもいいよ。疲れてるのはエミリーも一緒だし」
「いえ! 私がお礼をしたいんです! そのままうつ伏せになって下さい!」
「……はい」
俺はエミリーの圧に押され、素直に従うことにした。
うつ伏せになり、顔を横に向ける。するとこちらに近付いてくるエミリーが見える。
毎日俺が寝る時に着ていたスウェットも彼女が着ると、なんというか、胸の部分の主張が激しい。とても盛り上がっているのだ。
エミリーはゆっくりとした動作でベッドに上がり、四つん這いで俺の方に進んでくる。
「朔夜さん、失礼します」
頭の上から聞こえる声。
そして、腰あたりに感じる生温かい体温。膝立ちで俺を跨いでいるのだ。
「いきます……」
「……はい」
エミリーのほっそりとした指が、俺の腰に沈む。ゆっくりと時間をかけて指圧で揉みほぐされる。
「ん、んんっっ……」
あまりの気持ち良さに思わず声が漏れる。
「さ、朔夜さん、変な声出さないで下さい……」
「ご、ごめん、気持ちよくてつい……」
それから時間をかけて、背骨に沿って肩まで指圧マッサージをしてくれた。
「他にやって欲しいところとかあります?」
三十分程全身マッサージを受け、大分満足した。じゃあ、お言葉に甘えて一番気持ち良かったアレを頼もう。
「じゃあ、最後にもう一回腰の指圧お願いできる?」
「分かりました。強さはどのくらいで?」
「とびっきり強いやつで」
エミリーは頷くと、腰に添えた両手親指に体重を掛ける体勢をとる。
全体重を指に乗せるように体勢を変えながらマッサージに勤しむエミリー。
そんな彼女が強く押そうと身体を沈めるたび、俺と密着する形になる。特に、彼女の特大な胸部の脂肪が、俺の背中に柔らかく重い感触を与える。
やばい。
マッサージの気持ち良さと彼女の胸の感触のせいで理性が飛びそうだ。
「ぁぁぁああああっ……」
「ふふ、朔夜さんっ、気持ちいいですか」
マッサージに呼応し彼女の上半身は浮いたり沈んだりで忙しない。俺の背中に彼女がもたれ掛かるような幸福も、数秒で離れてしまう。でもまたすぐにあの柔らかな感触が背中に押し寄せる。
そんな中、彼女のピンク色の唇が、俺の頬に触れそうなくらい近付いて、甘い吐息が耳にかかる。まるで後ろから抱き着かれているみたいだ。
わざとやっているのかと疑うくらい、今のエミリーは密着してくる。
このままだと心臓がもたない。
マッサージの快感と人肌の温もり、エミリーの甘い匂いに、多幸感でいっぱいだ。
俺は、すまないレオと心中で呟き、意識を手放すのだった。




