第18話 お披露目
日が暮れて仄暗い空の下、俺達は街道を歩く。人はもちろん、馬車までも見かけることは無くなった。体力が心配だったミアもまだまだ元気がある。ここまでの道中は特に危ない事など無く順調だ。
「そろそろ野営の準備でもしませんか」
「そうだな。もう大分暗い」
「やっと休める!」
「朔夜さんが色々と準備して下さったので頼もしいです」
遠征に必要な細かい物は各自で揃えたが、野営の準備などは俺が請け負ったのだ。
「ミア。ここまでよく歩いたね。えらいえらい」
「よく頑張った、ミアちゃん」
エミリーはミアの頭を撫でる。俺も一緒になって褒めてあげた。今日一日、弱音を吐かずに歩ききったのだ。後でご褒美をあげると誓おう。
「えっへん!」
小さな胸を張るミア。
じゃあ俺も『アレ』を出しますか……。
「エミリー、ミアちゃん聞いてくれ。実はさ、野営の道具なんて一つも用意していないんだ」
目を大きく見開いて驚く二人。
「えー! じゃあどうするの!? 草の上でなんか寝れないよ、チクチクしそうだし……」
「あの、えっと、何か考えがあるんですよね? 朔夜さん?」
俺は黙って頷く。
「驚かないでくれ。……マイルーム」
呟いた瞬間、俺の前に突如として扉が出現する。
「あっ、これは……」
「なにこれっ! どうやったの!?」
俺はその扉を片手で押して、街道から逸れた林の中へと移動させる。その間、エミリーとミアは俺の後ろをついて来る。
街道に扉の正面を向け、モニターに監視映像を映せるようにする。もちろん、道を通る人からは見えないであろう木々の間に隠すように設置した。
「これは誰にも言わないでくれ」
そう忠告をしてから、扉を開けた。
「わっ、凄い……」
「なにこれー! お邪魔しますっ」
ミアが玄関に飛び込む。エミリーはなにやら戸惑っているようだ。
「大丈夫だから、エミリーもほら」
俺は優しくエミリーの背中を押して、中へと招いた。
ミアには玄関で靴を脱ぐように注意する。そうすると『はーい』と軽い返事の後に脱いだ靴を整え、すぐさまリビングまで走っていった。
「もう、ミア! そんなに急がないのっ……まったく、ふふっ」
玄関から一段高い廊下にいる俺は、エミリーの手をとって靴を脱ぐのを待ってから彼女と一緒にリビングに入った。
「わぁ……見たことがないものがいっぱいです……」
「すごい! 大っきい窓から景色が見えるよ! お姉ちゃんも早く!」
ミアはリビングの大きな窓に夢中になっているようだ。それは窓枠にはめられた大型ディスプレイで、様々な風景を映すことが出来る。ようは着せ替えだ。基本俺はランダムに表示させていて、今はライトアップされた夜の日本庭園と、奥には月夜の富士山が映し出されいてる。
「凄い。本当に、とても綺麗……」
エミリーもミアの隣に立ち、純和風な景色に目を奪われている。写真とは違い、角度によって見え方が変わる特殊技術が使われていて、本物と遜色ない。
「すごい、すごいよサクヤ!」
ミアは大喜びで俺の胸に飛び込んでくる。それを受け止め、この前もやったようにメリーゴーランドをする。
「あははっ、楽しい!」
数回回ってミアを下ろす。
「そうだ、汗いっぱいかいたでしょ。お風呂もあるから入ってきなよ」
「入る!」
「エミリーも、こっちに来て」
「あ、はいっ」
窓を眺めてぼんやりとするエミリーとテンションマックスのミアをお風呂場まで案内する。
「これが蛇口でこれがシャワー。シャンプーとボディーソープとリンス。基本的な使い方は同じだよ。今からお湯を張るから、少しだけ待ってて」
軽い説明の後、蛇口横にあるボタンを押す。すると湯船の上あたりにある切れ込みから、お湯がダムのように流れ出て、数秒で浴槽いっぱいに貯まる。
「わあ、一瞬……魔石で沸かさなくていいんだ……」
「あちっ」
驚嘆するエミリーと、お湯に指を突っ込むミア。
「もし熱かったら、このボタンで調節出来るから」
さっきと同じ、蛇口横にある操作ボタンを教えた。
「とりあえずお風呂に入っててよ。寝巻きは用意してあるから、後でここに置いておく。ただ、下着は自分達の持ってきたやつを使ってくれ」
「はい、ありがとうございます朔夜さん」
「サクヤありがと!」
俺は浴槽と洗面所を出る。
姉妹二人で仲良く入浴するのか。しかも俺のマイルームで。浴槽に溜まったお湯は聖水として空瓶に入れて保存しよう。
「って、俺の馬鹿。また変な妄想ばかりして……。どうしようもないな」
そうだ少しキッチンを確認した後に着替えを取りに行かないと。
俺はリビングダイニングの奥にあるキッチンスペースまで移動し、冷蔵庫を開け、昨日商店街で買った食材と調味料を確認する。
調味料は、scoではただ手に持ったり出来るハリボテのようなものだった。だがこの世界だと本物のように使用可能だ。最初の一週間マイルームに閉じこもった時に、七味唐辛子をカップ麺に振りかけることが出来るのを発見した。
「オーケーだな。次」
俺はリビングに移動し、ソファに座る。それからテーブルの上にあるタブレット端末を操作し、スウェットを購入しようとショップを開く。そのスウェットはネタ装備といわれるもので、防御力も無いに等しい代物だ。
「いや、待てよ。買わなくてもこの前洗濯したやつが二着あったな。それでいいか」
サイズは俺専用なので彼女達には少し大きだろうが、そこは我慢してもらうしか無い。どうせショップで買ってもサイズの選択は出来ないだろうし、余計にスウェットを増やすのも邪魔になるだけだ。
俺は自室のクローゼットからスウェットとバスタオルを二セット取り出し、洗面所まで移動した。
三回ノックをしてから、失礼しますと小声で言って洗面所に入る。そして浴槽近くのカゴの中に着替えとバスタオルを入れる。
「着替えここに置いておくから」
俺はすりガラス越しにエミリーとミアに向かって声を掛ける。シャワーの音はしない。二人で湯船に浸かっているのだろう。
「あっ、朔夜さん、何から何までありがとうございます」
「んー、サクヤも入ればー」
ドア越しにくぐもった声が聞こえてくる。
いきなり、何を言い出すんだミアは。俺は硬直する。
「なっ! 何言ってるのもうっ、ミ、ミア! ばか! ……ん、んっ」
あれ……今、かすかにエミリーの色っぽい声が聞こえたような。……いや、気の所為だろう。
「サクヤー、お姉ちゃんのおっぱい柔らかいよー」
おいおい。二人で湯船に浸かっていると思ったらいったい何をしているんだ。変なことを想像してしまうが、これは違う。ただミアが姉に甘えているだけだ。うん、きっとそうだ。
ヤバイ。このままだと俺の下半身が硬直してしまう。そうなる前に脱出だ。
「あはは、ゆっくり肩まで浸かって百まで数えてね」
すりガラス越しの姉妹のスキンシップを尻目に、俺はリビングへと退散した。
「はぁああぁぁ……! アレはやばかった」
俺はソファにぐったりと倒れる。エミリーの艶っぽい声が聞けただけで、もう死にそうだ。生映像だと昇天する自信がある。
最近は考えないようにしていたのに、エミリーの事がかなり気になってしまう。
このままじゃ料理も手につかない。
「そうだ。思考を変えてゲームをしよう」
コントローラーのリモート機能でPCのゲームを起動する。リンクしているモニターも自動で電源が着く。
俺は少しの間、ゾンビを殺すことだけに集中した。
「ふう、やっぱ面白いわこれ」
ゲームを止め、コントローラーをテーブルの上に置く。モニターはデスクトップを表示した状態だ。
そろそろ料理を作らないと……。
立ち上がった瞬間、胸に軽い衝撃が走る。その衝撃の正体は、下着姿のミアだった。
「えっ、ミアちゃん!?」
上気したピンクの顔と、濡れた髪。それは、シャンプーの良い匂いを振りまくロリモンスターだった。
「お風呂上がったから、次サクヤ入っていいよ!」
いや、その前に俺が用意したスウェットは……。
「もうっ、ミアったら!」
エミリーも後を追ってリビングに入ってくる。少しだけ袖を余したスウェットと赤い頬。普段は白い肌も、全体的にピンク色で可愛らしい。頭の上にバスタオルが乗っているのも湯上り感抜群でポイントが高い。
ああ、俺もそのバスタオルを使いたい。
「サクヤー? また意識が飛んでる……」
エミリーを見つめたまま、数秒間固まってしまったようだ。
「ミア、これを着なさい!」
「やだー暑いもん」
無理矢理にスウェットを着せるエミリー。まるで母親が娘にするみたいだ。
ミアは着せられた後、また俺へと全速力で飛びついてきた。ソファに押し倒され、馬乗り状態になる。見上げればミアの笑った顔。
「サクヤ! 髪拭いて!」
「ああ、それくらいだったら良いよ。ちょっと待ってて」
なんだ、俺のところに来たのはそういうことか。髪を乾かしてもらいたかったのだ。
ミアを退けて、素早く洗面所からコードレスドライヤーを持ってくる。
俺がソファに座ると、足の間に身体をねじ込んでくるミア。
「早くー」
上目遣いでねだるな。制限なく甘やかしてしまうじゃあないか。
俺はミアの髪をバスタオルで優しく拭いてあげ、仕上げにドライヤーを使うのだった。
「アレ凄いね! ブワーって音がして、熱風が出るんだもん」
体験したことがない機械に興味津々なミア。ドライヤーは少しだけオーバーテクノロジーかもしれない。
ミアの髪を乾かした後、エミリーにも使い方を教える。何故かその間、ちょっぴり不機嫌そうな顔をしていたエミリーだった。もしかしてミアのように俺がやってあげると期待していたのだろうか。と、プラスの方向で捉えておくことにする。
本当はレオのことでも想像したのだろう。あいつなら喜んで髪を拭いてくれそうだ。拭き終わった後とか、おでこに仕上げのキスまでするだろう。
それより、今日沢山歩いたご褒美としてミアにアレをあげなければ。もちろんエミリーにも。
「二人共、喉乾いたでしょ」
冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出す。とりあえずサイダーを二つだ。
「はい。これめっちゃ美味しいから」
ソファに座り、『ふえー、何かが映ってる……』とモニターを眺めている二人の前に、缶に入ったサイダーを差し出した。
「ありがとうございます。これは……?」
ドライヤーをテーブルの端に置き、サイダーを手に取るエミリー。ミアは缶を覗き込み、飲み物だと分かるとすぐに口元まで持っていく。
「なにこれー! んーっ、ジガジガして美味しいっ」
ミアは一気にジュースを飲み干す。反対にエミリーはゆっくりと口をつけた。
「んん、とても、刺激が強い、です。でも美味しい……」
良かった。エミリーも気に入ったみたいだ。
両手でサイダーを持つミア。やはり小さい彼女にとって俺サイズのスウェットはブカブカで、袖が余って邪魔そうだ。
タブレットを手に取り、ショップを開く。
かなりの数があるネタ装備をスクロールして探す。ミアに合いそうな小さい寝巻きはないものだろうか。
「あっ、これだ」
思わず声が漏れる。
「どうしたのサクヤ?」
「いや、その寝巻きだと大きすぎたなって思って。ミアに合いそうなの見つけたからさ」
購入画面でOKの文字をタップする。すると、ソファの上に折り畳んだ状態のパジャマが現れた。
それを広げて見せる。
「わぁ! なにそれなにそれ!」
ふわふわと手触りの良い素材のツナギ服で、尚且つ薄手で風通しも良い。尻尾と耳猫がついているフードが特徴の、いわゆる着ぐるみパジャマというやつだ。
「はいどうぞ。これでよかったら着てみてよミアちゃん」
「かわいい! やったー!」
猫型の着ぐるみパジャマを受け取ったミアはその場でスウェットを脱ぎ捨て、下着姿になる。
俺は慌てて目を逸らした。
「こらミア! はしたないでしょっ、もう」
ミアは叱るエミリーへ目もくれず、パジャマの襟元からスポッと顔を出した。
「じゃーん! ネコちゃん!」
早着替えを終えたミアは、丸めた手で目をかいて猫っぽい動作をし、お尻も軽く左右に揺らしている。
「サクヤぁ、にゃーん? にゃんっ」
かわいい猫の動きをしながらウィンクするミア。
これはヤバイ。可愛い。死ぬほど可愛い。もし俺だけに手を振ってくれるアイドルがいたらこんな感じだろうか。
こんな可愛い娘が、俺だけに、俺のためだけに愛くるしい動作で魅了してくる。
一片の悔い無しってやつだ。俺はもうここで死んでいいかも。
目が合うと、ニコッと笑顔になるミア。
可愛すぎて頭がクラッとする。
「かぁーわいい……ミアちゃん……かぁいしゅぎりゅ……」
「えへへ……サクヤぁ」
そっと頬に赤がさすミア。
この瞬間が永遠に続けばいい。この世の至福幸福全てがここにあるのだ。永遠。永遠にこれが続けばいい。廻る。回る。永遠の世界。回る回る。タービンが回る。タービンは回り続ける。タービンが回る。大丈夫、タービンが回る。回る。回る。タービンが回る。回るまわるまわるマワルまわる回るタービンは回る……
「えいっ!」
脇腹に衝撃。
「うわっ、なにっ」
いきなりエミリーに脇腹をつつかれた。
「な、なんででしょう。あはは……」
一体なんなんだエミリー。おかげで目が覚めたが。
ミアの可愛さに一瞬トリップしていたみたいだ。本当に可愛すぎて危なかった。
『にゃんにゃん』と小さい声で鳴きながらポーズを決めるミアを横目に、エミリーへと声を掛ける。
「そういえば今更だけどごめん、エミリーが今着てるそれ、俺が使ってた寝巻きなんだ。もちろん洗濯はしたんだけど、嫌だったら新しいもの出そ……」
「いえっ! 大丈夫です! このままで良いというか、これがいいというか……と、とにかく私はこれが気に入っていますので! はい! ……つまり朔夜さんとお揃いってことですし……」
「そ、そっか。だったらいいんだけど」
ミアのように新しい物の方が良いかなと思っての提案だったが、勢いよく断られた。後半は声が小さく聞こえなかったが、少し興奮してるっぽいので問い正すのはよそう。
それに晩飯を作るのが遅くなってしまう。俺も早く風呂に入らないと。
「じゃあ、風呂でも入ってくるから。ゆっくりしてて」
「分かりました」
「はーい」
俺は自室で着替えとバスタオルを持った後、浴室へと向かった。




