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第16話 はじめてのおつかい

 エミリーに頼まれたおつかいも終わり、商店街を出る俺とレオ。

 ピクルスが詰まった瓶と、カボチャやジャガイモなどが入った重い紙袋を持つレオ。反対に俺はキャベツなど葉菜類やパンが入った軽い紙袋を持っている。


 こういうところで出来る男の違いが浮き彫りになり、悲しくなる。自分から重い物を持ち、それを鼻にかけない態度。俺もそうなりたいと思ってしまう。


「なぁ、朔夜。少しだけ、寄り道いいかな?」


「ああ、別にいいけど……」


 あとはもう家に帰るだけなのだが、どうしたというのだろう。


 彼の案内で近くの公園に入る。ここは俺が串焼きを買うのに失敗した公園じゃないか。屋台のおじさんはいないよな。


 入口から少し歩いたところにあるベンチに腰掛けるレオ。俺も彼に倣って隣に座る。


「エミリーはさ、優しいんだよ」


 若干照れた表情で語り出すレオ。

 そんなことは俺も知っているが……なんなんだ。彼女自慢か。


「ボクには兄がいるんだ。騎士団の団長でね、武勇に優れ、聡明な人なんだ」


 何処か遠い目をするレオ。

 彼には兄がいるのか。それも団長とは。一番偉いじゃないか。


「昔、兄に認めて欲しくて一人でダンジョンに潜ったんだ。前人未到の四十層踏破を目指してね。でもね、見通しが甘かった。二十層の扉の守護者(ヴェヒター)を倒したのはいいものの、満身創痍でね。あの白く広い空間で一人、死を覚悟した」


 勝手に彼の人生は順風満帆だと思い込んでいた。だが意外にも苦労があった。それに優秀な兄とは良い関係ではないようだ。


「なんとかニ十一層へと続く階段まで出たはいいが、そこで体力が限界を迎えてね。目を瞑って意識を手放そうとしたその時、ぬくもりに包まれたんだ。そう、エミリーだ。彼女はたまたまソロでダンジョンに潜っていた時にボクを発見した。助けられたんだ」


 遠くを見ていたレオは俺に視線を移す。とても真剣な目だ。


「困っている人には手を差し伸べる優しいエミリー。このおつかいだって彼女なりの気遣いなんだと思う。君とボクはほら、仲が良いとは言えないじゃないか。どうにか距離を縮めて欲しいとか考えているんじゃないかな。だからさ、なんだ、仲良く……しようじゃないか」


 そう言ってレオは右手を差し出した。

 そういえばこいつも案外良いやつなんだとダンジョンで認識したじゃないか。俺も子供っぽくあたりすぎたのかもしれない。


「ああ、そうだな。よろしくなレオ」


 俺は彼の握手に応え、右手を強く握った。

 それにしても……。


「お前の手、意外に柔らかいな。肌も白くてすべすべしてるし」


 彼の右手を離さずに、空いた左手で撫でる。男にしてはずいぶんと可愛らしい手だ。


「な、なんだいきなり! 離せっ!」


 俺の手は勢いよく振り解かれた。それに頬を赤らめて怒るレオ。男同士なのに変な反応をするなよな。


「ああ、すまん。悪気は無いんだ」


「全く……君は。大事な話の後なのに」


 胸の前に持ってきた自身の右手を撫でるレオ。未だに赤い頬と合わさって、なぜだかとても色っぽいような……いかんいかん、俺は男相手に何を思っているんだ。見境がなさすぎるだろ。


「実は、君にはちょっとだけ感謝してるんだ。ここ二週間くらいエミリーは元気が無かったからさ。何があったかは分からないけど、まぁ、ありがと」


 災厄の魔物討伐のことで元気が無かったことは、ミアだけじゃなくレオにもばれていたぞエミリー。でもエミリーが討伐に参加したことは俺からは言わないでおこう。彼女が話したくなったらその時に二人で話すといい。


「それにしてもさっきから顔赤いけど、お前熱でもあるのか?」


 俺は隣に座るレオの前髪をそっと片手で上げる。それから自分の額を近づけてくっつけた。彼からは、ほんのり柑橘系の爽やかで甘いような、良い匂いがした。


「ひゃっ……!」


「うーん。だいじょぶそうだな。じゃあ帰るかレオ……ってなに俯いてんだ」


 両手で顔を覆うレオ。黒髪の隙間から見える耳は夕焼け色に染まっている。

 俺的には距離が近づいたというか、仲良くしたいと思った故の行動だったのだが。男同士なら軽くケツを叩きあえるくらいの方が良い関係を築けるのだ。おでこならまだ尻よりイージーだと思うのだが。


「うっ、なんでもない! バカ朔夜! 早く帰るぞ!」


 そう言って一息で立ち上がるレオ。

 少々辛辣な言葉に、彼は友達があまりいないのかななどと勝手に想像してしまう。


「あはは。じゃあ行くか、可愛いレオくん」


「からかうのはよせっ!」


 レオは意外といじられている方が面白いと感じた。見た目Sっぽいのにな。

 早足のレオの後を追って俺は公園を後にした。




「「ただいま」」


「おかえりー! ごはんっ、ごはんっ」


 お腹が減ったのか、急かすミアに出迎えられた。まずはレオと共にキッチンにいるエミリーへ食材を渡す。

 レオはエミリーを手伝い、一緒に料理を作るみたいだ。イケメンエリート騎士で腕も立って料理も出来るとか、あいつこそ存在がチートなんじゃないか。

 俺はリビングに戻ってソファに浅く座り、背もたれに身体を預ける。


「サクヤー」


 エミリーが調理に入ったことで落ち着いたミア。そんな彼女が何やら向かいのソファで難しそうな本を読んでいるのを止め、俺に話し掛けてくる。


「どうしたのミアちゃん?」


「呼んだだけー」


 何だったんだ……?

 それからすぐに移動してきて、俺の隣に座るミア。見たところ、ミアが読んでいるのは魔法関係の本らしい。そういえば図書館にも行っていると聞くし、勉強でもしているのだろうか。


「ミアちゃんは魔法の勉強?」


「うん。入学試験もうすぐだから」


「そうだったのか。頑張らなきゃな」


 ちゃんと応えてくれるが、厚い本から目を離さないミアの頭を軽く撫でる。

 それにしても試験か……魔法の学校にでも行くんだろうか。俺も今更だけど、高校に行かなくなったことを後悔する。部活は一年の時に退部したが、それなりに友達もいたし楽しかった。やっぱりあの世界に還りたい。


「ミア、朔夜さん、ご飯出来ましたよ」


「分かった。今行くよ」


「ごはん!」


 ミアは速攻で本を閉じ、ダイニングへ向かう。俺もその後をゆっくりと追った。

 ダイニングでは、皿に盛り付けをするレオと、テーブルに食器を並べるエミリーがいた。俺は定位置に座り、レオを見る。


「レオも結構エプロン似合うじゃん」


 エミリーの物と似た、白いエプロンをつけているレオ。腕まくりをして、白い肌に細い腕を出している。あの細腕で剣を振るっているのが不思議だ。もっとトレーニングした方が良いのではないかといらぬ心配をしてしまう。


「なっ! 別に嬉しくなんかないぞっ」


「レオくん可愛い!」


 そのわりに少し嬉しそうな顔をするレオと、ちゃかすミア。レオはツンデレなのだろうか。男ならもっと寛容な態度でいた方が良いぞ。

 自分のことは棚に上げる俺。


「レオくんはおつかいもしてくれるいい子だもんね。よしよし」


「エ、エミリーその、恥ずかしいじゃないか……」


 エミリーに頭を撫でれられるレオ。くすぐったそうにしているが、とても嬉しそうだ。羨ましいな、俺もエミリーに撫でられたい……。


「ん? サクヤ? よしよしー」


 ミアは俺とエミリーを交互に見た後、椅子に膝立ちになった。それから隣に座る俺の頭を撫でる。

 ミアの小さな掌から温かな体温が伝わってきた。


「あはは、ありがとミアちゃん。じゃあ俺からもよしよし」


「むふふーっ」


 お返しに頭を撫でると、目を細めて喜ぶミア。髪質も柔らかくて撫で心地が良い。なんだか本物の猫みたいだ。ミアがもっと小さかったら、抱っこしてずっと撫で続けられるのになぁ……。


「君たちは何をやっているんだ……先にいただくぞ」


 気付いた時には、パンとシチューが盛られた皿がテーブルに並べられていた。そして目の前には苦笑いのエミリーと、訝しげな視線のレオ。

 これは恥ずかしいところを見られてしまった。軽く引かれているっぽい。ミアとのやりとりは、汚れが一切無い、純粋な優しい気持ちになり我を忘れてしまうんだ。


「ああ、すまん。食べよう食べよう」


 どうにか誤魔化すが……いや、誤魔化しきれてはいないか。まぁ、でもこういうのも悪くないかもしれない。


 エミリーとレオが作った丹精込めて作ったシチューは、とても美味しかった。




 食後のティータイムも終わり、リビングで四人、ゆったり寛いでいる。


「じゃあ明日は買い出しだな」


「そうですね。明後日の朝には出発したいですし」


「エミリー、何処かに出かけるのかい?」


 俺とエミリーは治療依頼のことを軽く相談する。すると少し驚いた表情で問いかけてくるレオ。


「はい。明後日、リネルト村というところまで教会の依頼で行くんです」


「行くー!」


「そうだったのか。教会の依頼、か。その村まではどのくらいかかるんだい?」


「歩いて二日くらいですね」


「二日も? ああ、心配だ。……ボクもついて行って……駄目だ。そんなの許してもらえない……」


 何やら悩みだすレオ。ついて来る気なのかコイツは。心配なのは分かるがいくらなんでもそれは……。


「あー、頼りないかもしれないけど、俺も付き添って護衛するから大丈夫だよ。……多分」


「なっ、朔夜も行くのか!? 余計に心配だ……が、実力はあるからな。くそ、ボクとしては非常に不本意だが、必ず守り抜けよ! 絶対だぞ!」


 真剣な表情で釘を刺してくるレオ。


「分かってるよ」


 嫌そうな顔のままだが、一応納得してくれたみたいだ。 


 それからレオも含めてしばらく話し合いをした後、彼は王城へと帰って行った。

 もう彼とは友達みたいなものだし、変なことはしないと誓う俺であった。


 明日は必需品の買い出しで、明後日の朝に出発。

 王都の外だ。中世っぽい世界だから山賊対策とか考えておこう。

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