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第12話 中性的な美少年

 昨日早く眠ったせいか、日が昇る前に起きてしまったので、マイルームに移動し、風呂やら歯磨きを済ませてからリビングでくつろぐ。


「久々にゲームでもするかな」


 リモートデスクトップでリビングの大型モニターにパソコンの画面を映し、TPS視点のシューティングゲームを起動させる。


 


「飽きた……」


 次々に襲い掛かってくるゾンビをひたすら撃ったが、数十分で飽きてしまった。

 でも丁度いいかもしれない。そろそろエミリーやミアも起きる頃合いだろうし、朝ご飯を食べにダイニングへ向かおう。


 ワイヤレスコントローラーをリビングテーブルに置き、俺は玄関まで歩く。結構このマイルームは広いから狭くしようかななどと思考を巡らす。


 玄関に着き、ドアを開ける。


 そこにはエプロン姿のエミリーが立っていた。


「あっ……おはようエミリー」


 俺はスルー作戦に出る。

 何も見なかったことにしてくれエミリー。


「お、おはようございます朔夜さん……すみません、勝手に。ノックしてもお返事が無かったもので……あの、一体それは……?」


 マイルームへ続く、現代風の扉を指差すエミリー。彼女からしたら、長年暮らしてきた自分の家の一室で、謎のドアが中央で浮いているという変な状況だ。俺が昨夜オシャレなドアをナンパして部屋に連れ込んでるとでも思ったのかもしれない。


 なんてな。


 今回ばかりはスルーしてくれないみたいだ。


「これ? ああ、なんでも無いよ今消す。さぁ、エミリーの美味しいご飯だ。楽しみだな」


 心の中でマイルームと呟き、扉を消す。それからエミリーの肩を抱いて、無理矢理方向転換させてからダイニングルームに向かった。



 ダイニングテーブルのいつもの席に、ミアが座っていた。まだ眠いのか、しきりに目を擦っている。


「おはよー、お姉ちゃん、サクヤ」


「おはようミアちゃん」


 俺はようやく、エミリーの肩から手を離す。それにしても一向にエミリーが挨拶を返さないので、顔を見てみると若干赤くなっている。

 冷静に考えてみると、俺はなんてことをしてるんだ。

 ラブホテル前で強引に部下の肩を抱く上司みたいな。ドラマで観たことのある、権力パワーで無理やり連れ込もうとする、”それ”ではないか。

 少し距離が縮まったとはいえ、これは失礼だ。


「あっ、ごめんエミリーさん。軽率だった」


「い、いえ、別に、気にしないで下さい。ミアも、おはよう」


 俺の無礼も、優しい彼女はぎこち無い笑顔で許してくれる。文句の一つくらい言ってもいいのだけど。


「う〜」


 眠すぎるのかミアは唸っている。


「もしかして、ミアちゃんって朝に弱いの?」


「ええ、そうなんです。この子、朝はいつもこんな感じで……」


 意外と朝に弱いのか。元気なミアばかり見ていたせいか逆に新鮮だ。今も右手で目をくりくり掻いている姿が、猫のグルーミングに見えて可愛い。

 俺はミアの隣の席に座るついでに彼女の頭を一撫でした。茶髪で艶めいている髪は、ふわふわで柔らかかった。

 次々とエミリーが朝食を並べていく。


「実はミアをすぐ起こす方法があるんです。それはですね――ミアの好きなビーフシチューだよっ」


 エミリーがそう言った瞬間、ミアが目を大きく開ける。


「あー! ミアの好きなやつ!」


 ミアは大好物を前にすると、一気に覚醒するようだ。




 時刻はお昼前。俺はリビングでミアとお留守番だ。

 エミリーは朝食後、早々と教会に行ってしまった。なにやら治療の依頼があるらしい。

 お昼前には戻ってくると言っていたが……まだ帰宅していない。エミリーの料理が恋しい。この数日で俺の胃袋は完全掌握されてしまった。


「サクヤ! 今ね、王都で流行ってる遊びがあるんだ! じゃんっ」


 そう言ってミアが取り出したものは、オセロだった。


「これはね、リバーシって言ってコマを挟んで自分の色に変えるんだ。こうやって、はいっ」

 

 実演してくれるミア。やり方はもちろん知っている。レトロなテーブルゲームは現代でも人気だった。

 それにしてもこんなものまであるとは。俺が販売して大儲けする計画が台無しだ。もちろん嘘だけど。


 それにこれはもう、俺がいた世界からこっちの世界に転移している人がいるのは確実だ。


「それでね、色が多い方が勝ち……って、聞いてるサクヤ?」


「ああ、ごめん。聞いてるよ」


「じゃあやろっ。ミアが白ね。えいっ」


 いきなり始まったな。それに勝手に先手を打たれた。でもなミア、オセロってのは後攻の方が有利なんだ。最初は相手に取らせて後から一気に巻き返す。そして四つ角を取って俺の勝ちだ。子供相手でも容赦しないぞ。



 結果。三回やったが、俺は全敗した。



 ミアは死ぬほど強かった。頭が良いとはこういう子のことを言うのだろう。

 言い訳じゃないが、俺はこの半年不登校で勉強をしておらず、頭を使うこと自体が久しぶりだった。だからこれは半年ハンデをあげたと同義だ。

 全然悔しくなんてないが、もうこのクソゲーはやらないと心に決めた。


「はぁ〜、ミアちゃん強すぎ。今度美味しい飲み物あげるよ。だからこれはもうやらない! はい! しまって!」


「やったー! 貰うー」


 子供に勝つにはモノをチラつかせてやればいい。これで実質俺の勝ちだ。マイルームの冷蔵庫にある美味しいジュースをたらふく飲ませてやるからな。覚悟してろよミア。


 ミアが片付けをするのを眺めていると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。エミリーが帰ってきた……いや、待てよ。エミリーはノックせずに、ただいまという声と共にそのまま入って来るだろう。ということは、俺が知らない誰か……か。ここはミアに任せて、俺は空気になろう。ただリビングを漂う空気だ。


 それからミアも誰かが来たことに気付く。俺は背筋を正してソファに座り、目を閉じる。


 それは介錯を待つ侍の様な姿だった。


「誰だろう? ちょっと玄関見てくるね」


 ミアはオセロを木箱に仕舞い、リビングテーブルの隅に置いてから玄関まで走って行った。


 それから暫く客人と玄関で立ち話をしていて、リビングに戻ってこない。俺はその間ソファで背筋を伸ばす。玄関から話し声は聞こえるが、内容までは分からなかった。

 


 ようやく玄関の扉が閉まる音がした。客人も帰ったようで、ミアがリビングに戻ってくる。


「おかえり、ミア……」


 ミアは笑顔で戻って来た。

 それだけだと良かったのだが、後ろに一人男性を連れていた。

 そう、さっき帰ったはずの客人だ。帰ったと思ったがどうやら俺の勘違いだったらしい。


「あれ、ミアちゃんこの人は?」


 透き通った、男性にしては高めの声でミアに問いかける黒髪の美少年。

 黒いスキニーに白シャツという一般市民が着ているようなラフな格好であるにも関わらず、とてもスタイリッシュに決まっている。それにチラチラと見えるデコルテと地肌は白く滑らかだ。

 ショートカットの髪も似合っていて、輪郭の良さを引き立たせている。


 それは男の俺から見てもたいそう綺麗な美少年であった。


「サクヤだよサクヤ! 今一緒に住んでるんだ!」


 とびっきりの笑顔でミアは応える。それは真実なのだが、今この場で言うのはいけない。もっとオブラートに包んで、困っていた旅人に宿を貸しただけみたいな……とりあえず誤魔化してほしかった。

 俺は顔が青くなる。


「へぇ……そうか。ボクの名はレオ。気軽にレオって呼んでね。サ ク ヤ さ ん」


 笑顔だが、目が笑っていない。視線で射殺すとはまさにこのことだ。

 睨んでいても、整った顔に見惚れそうになってしまう。だがこいつは男だ。


「こ、こんにちは。一ノ瀬朔夜です……」


「よろしく朔夜。とりあえず、暇な時でもゆっくり話をしようか」


 俺は、美系の獅子に目を付けられたのだった。




 それからエミリーが帰ってくるまでミアと仲良く遊ぶレオを眺めていた。

 それにしても笑顔が素敵な美少年だ。ミアととても楽しそうに話をしたり、時にはじゃれ合ったりしている。ミアも懐いているようで、抱きつくのは当たり前、時には頬にキスまでしていた。


 それはとても美しい日常の一幕だった。反対に俺は心に大きな傷を負った。大事に育てた妹を横から取られたような、そんな気分。



「ただいま、遅れてごめんね。すぐお昼作るから……って、レオくんっ!」


 リビングルームに入ってくるなり、目を輝かせるエミリー。

 レオがアルトナー家に来て、大体三十分程経ってからの帰宅だ。その間レオとミアの美しい一幕を観賞し続けた俺は精神がボロボロだ。


「エミリー! お帰り!」


 レオは最高の笑顔でエミリーの元に駆け寄り――――熱い抱擁をした。


「最近顔を見に来られなくてごめん。ちょっと王城内でゴタゴタがあってね。ああ、エミリー! 会いたかった……」


 抱きしめる力をより強めるレオ。エミリーの首元に顔を埋めて深呼吸しているようにも見える。


 

 これは一体、何の冗談だ。理解したくない。



 そんな二人の抱擁を見せつけられた俺の魂は粉々に砕け散り、この世全てを呪う怨念となった。


 いや、本当はただ、泣きそうになったんだ。勝手に期待していたのは自分だけで、エミリーにはレオという最高のパートナーがいた。それも知らずに俺はただただ一人で舞い上がり……。



 気が付いた時にはダイニングのいつもの席に座っていて、お昼ご飯を食べていた。美味しそうなトマトのリゾットだ。

 そのリゾットを無意識に口に運んで咀嚼しているが、味は分からなかった。

 ただ、米もあんのかよと心の中でツッコんだ。




「……いんだよっ、って聞いてる? おーいサクヤ!」


 ミアの呼びかけで意識が戻る。食事が終わり、今はダイニングでエミリーの淹れた紅茶を飲んでいる。記憶が飛び飛びだ。


「うんうん、プロテインが何だって?」


「お姉ちゃん、サクヤがおかしくなった」


 見当違いの回答をしてしまったようだ。


「もう、ミア失礼でしょ」


 いつもの微笑ましいミアお叱りタイムも、それを笑顔で見守るレオが視界に入るので俺は素直に楽しめない。


 でも分かっている。邪魔者は俺だ。


 本来は、今エミリーの隣の席に座っている美少年が居るはずだったポジションなんだ、ここは。そこに我が物顔で座る俺は一体……。


「それでね、レオくんは凄いんだよ! 第一ナントカの偉い人なんだよ! それに格好いい!」


「ははっ、ミアちゃんはあまりそういうのに興味無いもんね。一応第一騎士団だよ。偉くは無いけどね」


 謙遜するレオは、嫌味の無い爽やかな笑顔だ。王城勤めのエリートか。所詮根無し草の俺は逆立ちしても勝てない。


 向かいのソファに並んで座っているエミリーとレオはとてもお似合いだ。美少女と美少年。まるで少女漫画の一ページのようで、俺なんかが到底敵う筈はないと思い知らされる。流石騎士様だ。……もう部屋に戻ろう。


 無言で席を立つ。


「朔夜さん?」


 エミリーが声を掛けてくる。彼女を心配させるようなことだけはしたくないが、言葉が見つからない。


「俺はもう部屋に戻るよ」


 エミリーに引き止められた気がするが、聞こえないふりをしてそのまま部屋に向かった。



***


 エミリー視点



「朔夜さん、どうしたんでしょう……」


 まるで魂が抜けたような顔をしていた彼。楽しくお茶を飲んでいただけなのに、いきなり席を立ってしまうとは。どこか具合いが悪いのだろうか?だとしたら私の治癒魔法で――。


「人が心の奥底で何を考えているかなんて、分からないものだよ。それと、正体不明の彼をこのまま居候させるのは反対だ」


 さっきまでの優しい笑顔から真面目な顔に変わり、低めの声で忠告をするレオ。


「何でもいい。不審な兆候があたらボクに教えるんだ。すぐに駆けつけるから。いいかい? エミリー」


 レオは真剣な表情で私の手を握る。


「もう、レオくんは心配性なんだから。朔夜さんは信頼出来る人です。ダンジョンでも私達を助けてくれましたし、それに、とっても優しい方ですから」


 朔夜さんほど自制心がある人は中々いないだろう。あんなに強い力を持っているのに、それを悪用することもせず、おくびにも出さない。むしろ、こちらが守ってあげたくなる。時々見せる憂う表情や、照れた顔が可愛いと思ってしまう。


 レオも私を思ってのことなのは分かっているが、心配しすぎなのだ。


「でも……」


「サクヤはお腹痛くなっただけかもー……」



 レオの言葉を遮って発言するミア。それから何か思いついた顔をして、自分の懐を漁り始める。


「あっ! 分かった、嫉妬だよ嫉妬。レオくんを格好いいって言ちゃったから! 実はこんなに可愛いのにね!」


 ミアはポケットから、ピンクの花をあしらったヘアピンを取り出し、レオの前髪をそっと留めた。


「止めてくれミアちゃん。ボクにこういったものは似合わないから」


 男性のような見た目から、一瞬でボーイッシュ系美少女に早変わりするレオ。流れた前髪に、頬を少し赤らめるのがとても可愛い。


「レオくん、可愛いね! お姉さん、頭なでなでしちゃうっ♪」


 よしよしと頭を撫でると、恥ずかしそうな表情になるレオ。でも満更でもなさそうだ。

 本当は年頃の少女なのに、家の都合からか、男性のような振る舞いをしている彼女。私くらいは甘やかせてあげないといけない。


「エ、エミリー! からかうのはよすんだっ。ボクはそろそろお暇するっ」


 レオは赤面したまま、『お邪魔した。また遊びにくる』と言い残し、足早に帰って行ってしまった。

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