表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/60

第1話 不安の末に、一歩踏み出す少年

 学校へ行こうと決意してから一時間。俺はまだ自室のベッドの上で寝転がっていた。


「やっぱだるいな……」


 そう呟いてから目を閉じる。


 一ノ瀬朔夜(いちのせ さくや)十七歳。不登校歴半年。学校に行かなくなった原因はいじめなど外的要因ではなく、単にネットゲームに嵌まったから。

 Steel Claw Online 通称scoと呼ばれるvrmmoで、武器とスキルを使ってモンスターを倒し、装備を強化してストーリーを進めていくというごくありふれたゲームだ。ジャンルはRPGで、強大なモンスターに占拠された都市を開放していくストーリーだ。ついこの間、第五部が終了して今は第六部の開始を待っている。


 もともとスポーツが得意だった俺は、自分自身の体捌きが最も重要なこのゲームに適正があったのだろう。初めてのvrmmoにもかかわらず、最初から生身の体以上に使いこなし、特に違和感を感じることも無くプレイ出来た。事前に調べた情報によると、初めてプレイする人は、大抵慣れるまでかなりの時間を要すると聞いていたので拍子抜けした。

 それもそのはず、レベル1の段階から既に運動能力が常人の1.5倍に設定されていて、日常の動作を行おうにも否応無く機敏な動きになり、現実世界の身体との差異が生じてまうからだ。


 新年度が始まって一ヶ月目に、最新のゲーム情報を扱うサイトでたまたま目にし、何気なく始めてみたscoに俺は瞬く間に虜になった。二、三日学校を休んで、夢中でscoをプレイした。そこからはもうあっという間だった。もともと親が放任主義の家庭であったため、登校しろと叱責されたのも最初の数日だけだ。

 それから半年間俺は最低限の寝食のみで、scoの世界に浸り続けた。


 だが、最近になって親がうるさくなった。度重なる学校からの連絡に重い腰をあげたのだ。

 折角小遣いを貯めて購入したゲームだが、強制的に取り上げられてしまう。幸いにも処分はされず、学校へ行った後だったらゲームをして良いと説教の後に言われた。そういう訳で、非常に面倒だが登校を決意したのだ。

 登校を決意したといっても、外に出ること自体が久々すぎて、なかなか一歩を踏み出せずにいるというのが今の状況である。


「よしっ! 行くぞっ! 速攻帰ってきてヘッドギア返してもらわないと」


 勢い良くベッドから跳ね起きる。一つ深呼吸をしてから、階段を一気に駆け下り、玄関で靴を履きドアノブに手を掛ける。

 その間も、クラスメイトや仲が良かった友達のことが頭の中でぐるぐると巡る。

 休み始めて一ヶ月くらいはSNSでやり取りなどをしていたなとか、教室で最初になんて声かけようかなとか。


 あれ、そういえば二年に進級してから不登校になったクラスメイトが一人いたっけな。名前は確か……あかりだかひかりだか、とにかく明るそうな名前のわりに根暗だった人だ。そういう俺も人の事をどうこう言えた義理じゃないが。


 そんな取り留めの無い事を考えながら、玄関の扉を開ける。


 勢いよく外へ出るとそこは、





――――――薄暗い洞窟の中だった。




「な、なんだここは!?」


 瞬く間の出来事に慌てて辺りを見回すが、見慣れた自宅の前では断じて無い。振り向くと自分の家は無くなっており、半球状の空間に岩の壁と天井には光る苔が生えている場所に立っている。見たこともない場所なのになぜかよく知っているような、憶えのある場所のように感じられた。


 それから、妙な『感覚』があった。


「これは……」


 現実世界そのままに、vrmmoでクリエイトしたキャラクターそのままの能力が使えることが分かるのだ。最初から手足を動かせるように、それはまるで生まれた時から備わっていたと錯覚させる。


 レベルやステータス、スキルもろもろが、scoプレイ時のように感覚で分かる。

 だがそれらを調べ、試す前に、まずは現状把握と安全の確認が大切だ。


 もう一度周囲を見回す。


 生命反応は無し。岩の壁には入り口も出口もない。植物も生えてはいるが、日本では見たことのないものばかりだ。地面に目をやると、わずかだが人の足跡のような痕跡があり、さっきまで誰かいたかのように感じさせる。少し不気味だ。


 我が家の前とは違いすぎる岩だらけの風景に、まるで玄関から出た一瞬で世界がまるごと入れ替わったように感じた。


「本当にどこだここ。もしかして異世界だったりしてな。ゲームだと現実と混同しないように、少しグラフィック落としてるし。見た感じリアルすぎる。解像度が高いってレベルじゃないぞ」


 しばらく周囲を見回した後でちょうど良さげな岩に腰掛け、頭の中を模索する。

 家の玄関は世界のどこかにランダムでワープする機能が付いたのか。それとも家を出た瞬間に飛行機の破片が降ってきたとかで事故死して、異世界転生したのか。一ノ瀬朔也の記憶を持った別人なのか。様々な可能性が思い浮かぶ。


 つまるところ、あり得ない事が起きているこの現状に困惑しているのだ。


 心を落ち着ける為に目を瞑ると、scoプレイ時の感覚が自然と呼び起こされる。ゲーム内にあった機能が利用可能なことが分かるのだ。


 とりあえず、グラフィックが現実と遜色ないくらいにアプデしたscoだと思って、ゲームからログアウトする方法を探す旅に出る……という方針にしよう。もう他に思いつかない。


「scoで使ってた武器の類も念じればすぐとりだせそうだし、とりあえず安全なところへ逃げ込むことにしよう……マイルーム」


 目の前にドアが出現する。何も無い空間にフッと現れたのだ。Steel Claw Onlineでは最寄りの街からしかマイルームに行けなかったが、どうやら野外のフィールドと思われるこんな場所であっても、求める機能を口に出すだけで実行されるらしい。


「マイルーム、マイルーム、マイルーム」


 ドアを出したり消したりしてみる。そのまま入室して出て来られなくなるのが怖いので何度か試すが、特に問題は無いようだ。


 俺はもう一度ドアを出現させてから扉を開けて中に入る。ゲーム内と同様、新築のマンションのような室内は、真新しく汚れがない。リビングダイニング、洗面所・浴室、トイレ、洋室が三部屋の、所謂4LDKという一人暮らしには広すぎる部屋だ。なぜこんなにも広いのかというと、ゲーム内通貨が溜まっていく一方だったので、なんとなく消費するためだけに部屋を拡張したのだ。


 ゲームそのままの玄関を通りリビングへ。

 リビングのソファーに座り、壁に掛けてある大型テレビモニターの電源を着けると、画面にはドアの上から俯瞰するように洞窟内部が映っていた。


「何だこの監視カメラみたいな機能。ゲームじゃこんなん無かったぞ」

 

 リモコンで操作する。ゲームとは少し違った機能はあるものの、UIなどは基本同じだ。


「あー、このドアって現界したまま消えないのか。このままだと扉の背の方の状況が分からないから壁際まで寄せたほうがいいか」


 面倒だが、玄関から外へ出てドアを壁際まで移動させる。地面から数ミリ程度浮いていて、軽く押すだけでスムーズに動かすことが出来た。

 所有者認証でもしているのか、俺以外だと梃子でも動かないのだろうとその時に感じた。鍵も同様で、所有者が許可を出した者にしか解錠出来ないようだ。


 後ろを守るように扉を端まで移動させた後、中に入り各部屋を周る。ベッドの有無やシャワー、トイレがちゃんと使える事を確認した。

 それから最後にPCを起動するため、リビングから一番遠い自室へと移動する。ミドルタワー型の本体は床に、モニターは机の上に置いてある。現実世界の自室のPCと同じ中身、外見なのはスキャニングして取り込んだからだ。


「はぁ、オフラインか……」


 PCは通常通り起動はするが、ブラウザは白い画面で、回線にバツ印のマークが表示された状態のままインターネットには繋がらなかった。


 HDD内に保存してある映画や音楽をリビングのモニターでも再生出来るようにセットアップしてからリビングに戻る。

 ソファに座り、四角いリビングテーブルの上に置いてある九インチ程のタブレット型端末を手に取る。これはモニターの操作やリモートデスクトップなど様々なことが出来る代物だ。そしてその機能一つにショップというものがあり、そこであるアイテムを買う。


「あったぜ。今まで買ったことなかったけど、この状況だとありがたいよカップ麺」


 カップ麺はゲーム内で味覚情報が解禁されている唯一の食べ物だ。基本的に他の食べ物は現実世界との混同を防ぐため、味が全く無い。ただ、飲み物だけは味がついている。飲んでも現実世界には影響が少ないと判断されたためだ。


「味はスタンダードに醤油で」


 端末を操作し、ショップの画面からリアルなカップ麺が表示されたアイコンをタップすると、テーブルの上に一瞬でカップ麺が出現した。きちんと出てきたのを確認し、一先ず食料問題は大丈夫だなと安堵する。これは昼にでも食べよう。


 端末に表示されているショップ画面右上を見ると、そこに表示されている通貨は数百Gほど減っていた。

 G『ガルド』で表せられている通貨を俺は腐るほど大量に持っている。何故そんなに持っているのかというと、最近あった夏のイベントを走りまくったからだ。親から貰った小遣いを全て課金に回して。

 武器や防具の強化にはGを消費するが、十分装備が整ってる俺にはそれほど使う必要がなかった。


「金はあるから一生ここでカップ麺啜って生きていけるな」


 冗談か本気か自分でも分からない独り言をごちる。

 ソファに横になった俺は、いきなり訳がわからない状況に立たされて一体全体何をどうすれば良いのか分からず、冷静を装うフリをするのが精一杯だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ