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ID屋

「あんたが依頼人(クライアント)?」


 陰気な小屋に陰気な声の店主。シンプルなグレーのツナギに帽子を目深に被ったおっさんがサングラス越しにこちらを見据えてくる。


 12フィートコンテナの中にコンパネボードと発泡断熱材の内装。木のテーブルに作業台、コンピュータ端末が二台。カードリーダーやプリンターが作業台の端に据え付けられている。


地主(フェイス)に紹介されて来たんですけれど」

「今時、オフで依頼ってのも珍しいやね。あの爺さんの紹介だから受けるけどさ」

「どうも」


 緊張する。新IDを作ってもらうだけだが、一応は非合法だ。


「支払いは?」

現金(リアルマネー)でお願いします」

 そう言ってカバンに手を入れる。

「ゆっくりだ。ゆっくり出しな」


 見るとテーブルの縁にリボルバーの銃口がこちらを捉えている。


「え、あの……」

「こういう商売してるとよ、金目当てのやつとかコネや機材目当てのやつがしょっちゅう殺しに来るのよ。だから用心してんのさ」


 どうも早まったらしい。銃を取り出すと思われたのか。


「金はテーブルの上に出しな。カバンをひっくり返す感じでな。相手から見えないところに手を突っ込むのは良くないぜ兄ちゃん」

「はい。すみません」


 ゆっくりとカバンから手を出し、(てのひら)を相手にむけて見せる。


「どう見ても素人(カタギ)だよな。なんでまたIDを新しくしようってんだか」


 独りごちる店主。こっちの事情は地主から聞いていないらしい。


「実は実家が……」


 と言い始めたところで。


「聞かないよ、細々した事情(ワケ)なんて。いいからカバンの中身をひっくり返しな」


 銃口でカバンを指し示し、はやくしろとせき立ててくる。

 ぼくは口を閉じてバッグをテーブルの上で逆さにする。

 じゃらじゃらと小銭があふれる。転がったコインがテーブルの縁の飾りで跳ね返り、バッグに当たる。

「またずいぶん苦労して貯めたみたいだな。ひのふのみの……」


 コインを数え出す店主。


「OK、5800ニューイェン。まいどあり」


 手数料分を確保した店主は残りの小銭をこちらにまとめて押し返す。


「名前と年齢、国籍に希望はあるかい?」

「名前の希望は、元のやつに近いのがあれば。年は21、ニホンでお願いします」

「あいよ」


 聞きながらキーボードを叩く。その目はこちらを見据えて、時々視線を動かすだけだ。


「マエ無し、借金無し、平凡な名前、希望の年齢と国籍。特に問題ないな、これでいいか?」


 アームに固定されたモニタをこちらに見せる。


「それでいいです」

「こっちを見な」


 と言われたと同時に、フラッシュが焚かれ目がチカチカする。


 カードになにやらデータを書き込み、別の端末のスロットに読ませ、別のキーボードを叩く。


「このカードを持って役所に行って、転入処理をやってきな。転入処理だ。間違えるなよ?

 住所や本籍はこっちの……」


 チリチリという音と共に紙がスロットから吐き出される。


「この紙に書いてあるとおりに書けばOKだ。判子(ハンコ)もこいつをくれてやる。持っていきな。

 転入処理が終わったら端末(デバイス)を持ってこい。 IDやら名前やらを書き換えてやるからよ」


 役所での手続きはあっという間に終わった。どうもカワサキという場所から引っ越して来たことになっているらしい。本人確認手続きとやらもたいしたことはやってない。カードを差し出してモニタとこっちの顔を何回か見ただけで終わった。

 簡単なものだ。役人は何の疑問ももっていない。こっちは内心バクバクものだってのに。


 なんにせよ僕は生まれ変わった。誕生日も名前も新しく。すっきりさっぱり。

 顔を整形するでもなく、インプラントIDを埋め込まれるでもなく。ただの手続きのようなものだけで。


 こんな簡単なことで生まれ変われるのなら、もっと早くしておけばよかった。


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