営業会議
20180505機種依存文字を修正
腕時計が時間を知らせる。
「もうこんな時間かよ」
腕時計の文字盤には行動予定が表示されている。定例会議だ。端末の電源スイッチに触れ、モニタの前に座る。
画面には会議チャットウィンドウ。自分の顔と、リアルタイムで生成されたアバター。パジャマを着ていようと裸だろうと、オンライン会議ではスーツ姿のビジネスマンだ。
会議のための資料はクラウド上にアップロード済み。相手も同時に同じ資料を見ることになる。
「え~、今期の売り上げは予定の102%を……」
いつものセリフ、いつもの作り笑顔。
心臓はドキドキいっているが相手には伝わっていないはず。だがライフロガー兼用の腕時計がイヤフォンを通して心拍数を警告してくる。
「ハートレートが160rpmを上回っています。問題ありませんか?」
そんなことを気に掛けている暇なんかないんだよ、こっちは。
「警備部門の損耗率が許容量ギリギリのようだが?」
想定済みの質問が飛んでくる。事前に作った回答例のリストをスクロールし、私物のアドバイザーAIが計測した心証効率のもっともよい回答を少々アレンジして読み上げる。
「この結果は想定済みです。たしかにギリギリではありますが許容量以内に収めています。
原因としては装備の更新が開始されています。
過渡期による慣熟訓練の不十分がこのような結果に繋がっていると考えております。
慣熟の進んだ来月には損耗率も下がる予定です」
上司がチラリと視線を動かしてから。
「想定内であるなら良し。次からそういった不安要素があるのであれば先に報告しておくように。以上」
手元のタブレット端末にでも視線を飛ばしたのだろう。この情報は先月の会議で報告していたハズなのだが……。
ここで反論すると心証が悪くなる、とAIが警告を飛ばしてくる。語調とキーワードから会議の盛り上がりを計測しているのだ。もっとも会議は終わってしまったが。
今時、言った言わないの論争に意味は無い。すべてはログとして残っている。ここで指摘して上司の気分を損ねたところで得をするわけでもない。
上司が直接読むわけでもない週報メールにひとこと追記するだけだ。それでこっちの不手際ではないことに言及しておけばいい。
業績は決して悪くないし、勤怠も平均以上。評価は落ちない。勤務評定に異存があればメールの管理番号を指定して苦情申し立てを行えばいい。
上司は業務管理をするだけだ。評価は企業経営AIが行う。業務管理もAIに任せてしまえばいいのに。
会議の時間か。一対一の報告会は面倒だ。しかし現場の話を聞いて経営に反映させている、というスタンスを崩すわけにはいかない。
これでも30人を管理する部下持ちの立場なのだ。決して弱音は吐けない。
最初は、そうアイツだ。警備部担当の。新人でもないが慣れてきて手を抜くたぐいのバカでもない。下手なところは見せられない相手だ。
どうせ会議はすべて評価対象として記録されている。余計なことは言わずに無難に済ませたい。
「じゃ、始めようか」
報告はいつも通り。業績もいつも通り。こいつは有能だ。100%を切ることはない。
普通ならAIまかせでもプラスマイナス5%程度の揺らぎは出るのに、こいつだけがマイナスにさせたことがない。
そのうちこちらの立場を食いかねないやつだ。降格だけはまずい。なにかミスがあればそこをつっこめるのだが。
AIが警備部門の損耗率について指摘しろ、とメッセージを出している。許容範囲のはずだが、と思ったがAIに間違いはないだろう。指示に従い口を開く。
「警備部門の損耗率が許容量ギリギリのようだね。先月の報告の件かな?」
嫌味にならないよう、気をつけながら確認する。
モニターの中の部下は作ったような笑顔で答える。
「この結果は想定済みです。ギリギリですが許容量以内です。
原因としては装備の更新が開始されています。
過渡期による慣熟訓練の不十分がこのような結果に繋がっています。
慣熟の進んだ来月には損耗率も下がる予定です」
想定通りの質問とばかりに回答が帰ってくる。まあ問題ないからいいのだが。
AIが「報告を密にせよ、という旨を指摘し会議を終了させよ」とデバイスに表示させる。
「場のコントロールはこちらがしていると相手に示すこと」
というメッセージが点滅している。
「想定内であるようだし問題ない。次も不安、不確定要素があれば報告してくれ。会議は以上でかまわないね?」
モニターに映った彼は笑顔のまま、返答はない。終了ボタンを押し、この会議を終わらせる。
次は誰だったかな?