買い取り屋2
バッグの中から旧式の鍵を取り出すと貸倉庫にかかった錠前にさしこんだ。
貸倉庫にされている20フィートコンテナに入ると扉を閉め、懐中電灯を点ける。内側から鍵を掛けて一息つく。
「何年ぶりだ? PC生きてっかな?」
元電源のブレーカーを上げる。青白い室内灯が点いたのを確認すると懐中電灯を懐にしまう。
壁のロッカーを開き、中を確認。いくつも立ててあったノートPCの一つを取り出すと、埃を払い、作業台に座って電源を入れる。
IDとPASSを手早く入力し、セキュリティを確認。かなり旧式のマイナーOSだが、それゆえに最近のOS向けのウィルスには感染しない。ハードウェアレベルのウィルスやワームには感染するかもしれないが、気にするほどの確率ではない。
貸倉庫内に設置されたカメラの映像記録とタイムスタンプをざっと確認。問題はなし。
「侵入者はいなかった、と。予備電源もちゃんと生きてたみたいだな」
ノートPCを脇に置くと、再度ロッカーに向かう。
古い据え置き型PCを引きずり出すと、後ろのネジを指先で緩め横板を取り払う。中には金属ケースがネジ止めされている。見えにくい位置のダイヤルロックを手探りで回し、開く。
中には溶けかけた輪ゴムでとめられたカードの束。そのうち数枚を抜き取るとカードの束を新しい輪ゴムでまとめて中にしまい、ロックしなおす。
古いハードディスクを取り外す。キーホルダーにつけてある小さなドライバーでネジをいくつか回してあけると中には汎用電子通貨番号がプリントされた紙。やはり数枚を抜き取って残りを戻し本体に固定しなおす。
横板を戻してロッカーにPCをしまう。
ノートPCのリーダー部分にカードを乗せて全てのデータを読み出す。モニタには顔写真こそ同じだが別名義のID番号がズラリ。
一番マシな名前のIDを選ぶと手首をリーダーにかざし、専用ソフトでID書き換えコマンドを実行。これで生まれ変わったわけだ。簡単なものだ。
端末も有線でノートPCにつなぎ、名義を書き換える。無線でも可能だが、この貸倉庫は完全な電波暗室ではない。漏れる可能性が少しでもあるなら有線のほうが安心だ。
古いIDはポケットに入っていたインプラントに書き込む。そのうち処分屋に流して偽装死体を用意してもらおう。
印字された電子通貨番号を端末で読み取り、残高を確認。盗まれたり無効化されたものはない。
「枝がついてなきゃいいが……」
そこまで気にしていたら何もできない。そもそも数年動かしていない資産を監視する利点も当局にはないだろう。元が履歴のある通貨ならともかく、ロンダリング済みのクリーンな金だ。個人で貯金代わりに寝かせておいてもおかしくない。
相場を見ると150%以上も値上がりしているようだ。
「タンス預金ならぬロッカー預金ってか。銀行より利子がついてやがる」
5年寝かせて運良く二倍半以上の価値になっていた。だが今後はどうなるかは分からない。ある程度は今のうちに両替しておいたほうが良さそうだ。
「半分はニューイェンでいいか」
新しいID名義の口座に両替送金する。これで銀行に行けば、いつでも硬貨で持ち出せる。当座は手元のバッグにある100ニューイェン硬貨20枚のシュリンク30本とバラの硬貨8000ニューイェン。合計68000ニューイェンの現金。さらに口座に振り込んだ数十万ニューイェンと汎用電子通貨で数十万ニューイェン相当。換金率によっては多少の変動はあるかもしれないが、まず安心だ。
金地金とプラチナ地金として現物で保管したものもあるが、今は換金率が悪い。まだロッカーで寝かせておこう。しかし歯科用金パラ合金だけは換金しやすいし値段も安定している。未開封のパッケージを5つばかりバッグに放り込む。
「とりあえず必要なのは最新PCとカードリーダーつきの端末、プリンタか?」
最新PCならカードリーダーもついてるものがあるだろう。前のは古い機種だったので外付けするしかなかったのだ。今の価値で2000ニューイェン以上したんだがな。5年以上前のPCだからしかたないか。端末と呼ばれる前の代物だ。
新しいものは調達屋に頼もう。手段は知らないが、履歴のつかない方法で用意してくれるだろう。
ヘッドセットのスイッチに触れると撫でるようにして連絡先をスクロールする。一人を選んで発信。さて連絡先は生きてるかな?
数コール後に反応。
「まいどどうも。で、どちらさん?」
「買い取りやってるシマダだよ。調達はまだやってるかい?」
「おお、生きてたのか。連絡ないからとっくに殺されてると思ってたぜ」
「ぬかせ。前の機材が死んだんで、新しいのが欲しくてな。振込先は変わったか?」
「変わった。いっぺんガサ入れ食らってな。不起訴だったから問題ねえ。それよりそっちもID変わってるみたいじゃねえか」
「バカがヘタなもんを持ち込んでな。シマダはそのうち死んでヨシダに変身だ」
「処分屋も必要か?」
「そっちはツテがあるから今はいい」
「そうかい。で、なにがいるんだ?」
「ID屋一式。最新には疎くてな。機種はそっちに任せる」
「おいおい。そんなこと言ったら一番高いの用意しちゃうよ?」
軽口をたたき合う。そんな余裕が嬉しかった。
「ばっか、おめえ。そんなんなら噂流すぞ、こら?」
「分かってるよ。お手頃価格で一式、一週間で揃えてやるよ」
「ちゃんとしたモノをよこせよ。で、いくらくらい必要だ?」
「手数料コミ、1800ニューイェンでどうだ?」
「だから相場が分からねえって言ってんだろうが」
「ちゃんとネットで情報を漁っておけよ。本体、周辺機器、ソフト1300の手数料500だ」
「そんくらいなら構わねえ」
「前より安くなって性能は段違いだぜ。使い勝手はずいぶん良くなったみたいだぞ」
「ふーん」
「ま、いいや。前金でハード代に1200は振り込んでもらうぞ」
「頼むわ。送付先はメッセージを出すからアドレスくれ」
「ついでに振込先もメッセージで送っとく。入金確認できたら買わせるよ」
「おう。ってもう振込先メッセが来たぞ、早いな」
「仕事が早くて困ることはねえだろ」
「まあな」
そう言いながら送金処理を行う。
イヤフォン越しに通知音が聞こえる。
「入金を確認した。送付先がないんだが?」
「決まり次第伝えるよ。まだ契約も場所も決まってねえんだ」
「死にたてほやほやかよ。ってことは今朝の火事、もしかしてお前のコンテナか?」
「そうだよ。そのうち火傷した死体がどっかでこんがり揚がるだろ」
「ん、じゃあ早めに送付先くれや。二週間まではこっちで預かっておいてやるからよ」
「じゃあな。また連絡する」
「まいど。本当に死ぬなよ。息の長い商売相手は少ないからな」
さて、今度は地主に連絡して安全なコンテナハウスを用意しよう。




