買取り屋
そろそろ取引相手が来る。地主と呼ばれる手合いだ。
連中はやっかいだ。頭は回るし、隙を見せると舐められる。しかし長い付き合いだ。それなりの敬意を払う態度で接していれば旨みのある商売相手でもある。
今日はIDの仕入れだ。履歴のあるIDを買い込む。とはいえ買うかどうかは履歴の種類による。基本的に問題無く買えるのは個人的な借金持ちのID。親戚やら知り合いやらに追われているってだけのIDだ。企業相手の借金持ちはそれほど旨みはない。前科持ちのIDも同じだ。用途が限られる。
擬装の銀行口座を作るくらいなら前科持ちでも構わない。ちょっとした犯罪ならな。
金銭関係の犯罪、知能犯などのIDは買わないし、使い道がまずない。やるヤツなら偽装死体なりなんなりを作るのに使うのかもしれんが、俺はやってねえ。
大抵は借金取りから逃げるやつや前科者の履歴消しだ。綺麗にしてまともに生活したいやつにIDを提供する。
更正したい人間に環境を与える、まっとうな仕事だよなぁ。
モニタに外の様子が映り、見慣れた顔が見える。
「俺だ、あけてくれ」
モニタをいくつか切り替え、対象の心拍数を確認。どうやら脅されてる様子はない。ボタンを押す。すぐに閉じられるようにボタンから手は離さない。
扉を通ったことを確認してからすぐに閉じる。ドアからここまでは数秒かかる。銃を取り出す余裕くらいはあるってもんだ。いつものリボルバーを持ち、作業室に移動する。
「らっしゃい」
「いつも通りのしけたツラしてやがるな」
「シケ具合はてめえの懐も似たようなもんだろうが」
フェイスが異臭を放つバッグをテーブルに置く。
「10人分ある。履歴持ちが4人、残りはない」
「その4人は借金持ちか?」
「いや、喧嘩やらのマエだ。たいしたことはしてないと聞いた」
「信じられねえな。確認させてもらうぜ?」
「構わん。金になりゃ儲けもん。ならなきゃ捨てといてくれ」
「全員分照会する。ちょっとかかるぞ」
「いつもの事だ。時間なら腐るほどあるさ」
ハンディスキャナ搭載の端末を取り出し、カバンの中身をビニールシートの上にひっくり返させる。
腐臭と鉄臭があふれ出す。腐りかけた肉片がこびりついたIDインプラントがゾロっと転がり出る。
「くっせえな。いつも洗ってから持ってこいって言ってるだろうが」
「水も値上がりしちまってね。砂にさらしたほうがよかったか?」
くそ。これだから地主ってやつは。身なりや匂いに無頓着すぎる。
飲みかけのボトルウォーターをぶっかけてざっと洗う。
ピンセットで肉片に混じったインプラントをかき分けて並べる。
端末でIDを読み取っていく。
六つは特に問題無く読み取れ、七つ目に取りかかった時だ。端末に警告マークが出る。
「クソ!!
おい、こいつ生きてやがる。電波を出してんぞ!!」
「あ!? そんなことあるのかよ!?」
「あるんだよ、たまに。やらかしたやつのインプラントにはな」
いらだつ。頭を掻いて考える。時間はまだあるはずだ。据え置き端末からアラートも飛んでこない。この作業室に使っているコンテナは電波暗室だ。ドアはちゃんと閉めてたよな?
「とりあえずヤバいもんを持ち込んだペナルティだ。こいつは持って帰って……、いやこっちで処分する。残りは詫びとして置いてけ。金も配給点も無しだ」
「くそ、せめて少しくらい払ってくれよ。バラすのに手間賃払ったんだ」
「そいつはてめえの都合だろうが。こっちはここを捨てて引き払わにゃならん。そんだけヤバいブツを持ち込んだってことだ」
「マジかよ」
「本当ならてめえをバラしてやりたい所だぜ。どうせまともな金なんざ持ってねえだろうし、手間にしかならねえからやらねえだけだ」
「少しなら現金がある。たいした額じゃねえがすまねえ。詫びさせてくれ」
「だから殺さないでくれってか?」
「それもだが商売を続けさせてくれ。ほかにはまともな額になる収入がないんだ」
「……クソ」
地主がコートを脱ぐ。コートの内張を剥がすと、ずっしりと重たい二重のビニール袋をいくつも引きずり出す。
換算して8500ニューイェン弱の小銭。中には100ニューイェン硬貨や1ドル銀貨もあった。
「小銭をたんまり貯めてやがったな。これで全部か?」
「ああ、電子マネーは好かねえ」
「いいだろう、新居が決まったらこっちから連絡してやる。それまでに1500ニューイェン用意しておけ。安いスキャナ付き端末を渡してやる。次からは確認してから持ってこい」
「それはきついよ。勘弁してくれ。ただでさえ全部持ってかれたら暮らせねえのに」
「……今回は8000ニューイェンと混ざってたシルバーだけで手を打ってやる。スキャナ付きは買い取ってもらうぞ? それまでは取引もなしだ」
「分かった。なんとか工面してみる」
地主の目の前ででかいハンマーを取り出し、ワーニングを鳴らしたインプラントに振り下ろす。
バチッという音と共に焦げ臭い匂いと腐った血肉が飛び散る。
チェックしたインプラントだけ箱に入れ、残りも叩き潰していく。
「どうすればいい、このまま急いで帰った方がいいのか? それとももう警官が向かってきてたりするのか?」
「見届けろ。ヤバいもんを持ち込んだらどうなるか見せてやる」
いくつかのメモリーカードをポケットに入れ、現金がつまったバッグを背負う。
「ここも長いこと使ったなぁ……」
感慨深いが思い出にふける時間はない。
PCやスキャナ、その他の端末、カードリーダーを床の黄色いラインで囲まれた一カ所に集めると隠してあったスイッチを押す。
ブン、という音とも振動ともつかない重低音。
バチンとブレーカーが落ちる音と同時にコンテナルームの明かりが消える。
円筒型手榴弾のピンを抜いてPCの上に赤いペットボトルとともに置く。レバーが飛び、パンという音と火薬が燃える匂い。
「出るぞ」
言った瞬間、手榴弾から炎が吹き出した。
コンテナが燃える。あたりの住人が騒ぎ出す。
「これからどうすればいい? 回り道してから帰っていいのか?」
「どうせヤサは割れた。誰かがIDの持ち主について聞きに来るかもしれんが『死体から抜いて売った、あとは知らん』で通せ」
「わかった」
「半年して俺が連絡しなかったら、そんときゃ俺もお前さんも死んでるだろうよ」




