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3/5

3ファンタジーな初遭遇

「それにしても、まさか私がレヴィアたんになるなんてね…」

 思った言葉がぽつりと口から零れ落ちる。本当に、何が起きるかわからないものである。


 確かに、元の世界では転生無双でチートな小説は飽きるほど読んできた。死亡フラグを回避するために奮闘する悪役令嬢に転生する話も、召喚されたり転移したりするような話ももちろん読んできた。だが、それはあくまでも夢物語の範疇であり、まさかそれが自殺したはずの自分に降りかかるなど、誰が思うだろうか。


 人間は、自分の目で耳で見聞きしたり体験したもの、きちんとした根拠があるものでなければ、懐疑と眉唾交じりの目で見ている訳で。死んでその後どうなるのかなんて、生きている人間の理解の範疇を超えて、皆目見当がつかないものだ。そして、死人に口なし。どうやっても聞きだせるはずもないし、こうじゃないかと憶測してみても、信じる根拠も否定する根拠もない。

 よって、知りえる事の出来ないことなのだから、このような事態にならない、あり得ない等と言い切ることはできないのは分かる。わかるのだが、戸惑うなというのは無茶だろう。


 まあ、なってしまったものは仕方がないし、先ほど、精一杯演じきると誓ったばかりである。気を取り直して部屋の外を散策するとしよう。ゲームとは何かが違うかも知れないのだし。


 ゲームでは、レヴィアの部屋は階段を上って右に曲がった突当たりにあった。それは現実となった今も変わらず、部屋の前の廊下を進めば階段に辿り着く。散策という点で言えば、そのまま二階にどんな部屋があるのか見るべきなのだろうが、レヴィアの両親の寝室などがあるのだろうと予測し、私は迷わず階段を下った。


 玄関ホールに続くその階段は、Yの字のように二股に分かれた造りになっていた。部屋から近いほう、その右側の階段から降りて行くと中間地点が踊り場となっていて、そこに重厚な雰囲気を醸し出す大きな木製の柱時計が鎮座していた。


 こつ、こつ…と、時計が時を刻む音だけが空間を支配する。射し込んできた朝日が照らしだしたその姿は、とても神々しい物のように感じられて。私は時間が止まったかのように目を奪われる。


 その柱時計は、素人目に見ても素晴らしいものだった。

 頂点に雄々しい鷲獅子グリフォンの彫刻を頂き、妖精や天馬ペガサス一角獣ユニコーン等が繊細に彫り込まれ、朝日に照らされて鈍色に光る振り子は尾を絡めて揺れる翼竜ドラゴンの姿をしている。時を刻む文字盤には扇形の切れ込みがあり、その中では月の絵が沈みかけ、太陽の絵が昇り始めている。どうやら仕掛け時計なのか、時間で絵柄が廻る仕組みらしい。


「きれい…」


 今まで感じたことのないような、きらきらとした物が胸にこみあげてくるのを感じながら、私はただただ見惚れていた。


 

 ずっと違和感を感じていた。何処か、自分の居るべき場所が此処では無いような、そんな違和感を。家族に愛されているのだろうということも、気に掛けて貰っていたことも感じていたのに拘らず、ずっと。


 暇をつぶすために本は読んだ。本当に幼い頃には、遊びに混じろうと努力だってした。でも、此処が居場所だと感じることはどうにもなくて、気がつけば独り引き籠るようになった。


 何というか、無感動で退屈な、ともすれば生きることに意味も見出せず、世界への愛着も執着もなく、ただ時が過ぎるのを待っているような生き方をしていた私。唯一執着するようにこのゲームはやり込んでいたが、今、初めて――レヴィアとしてはまだ一日目ではあるが、前世も含めて――本当の意味で心が動いたような、そんな気がした。


 何と言って良いのか分からない。こう、世界が何もかも変わって見えて――実際、別世界にいるので変わって見えるのは事実なのだが、そういうことでなく、見方が変わったような――とても新鮮な感覚、とでも言ったらいいのだろうか。目の前に深く立ち込めていた靄がパッと晴れて視界がふわっと明るくなったような、陽だまりに干した後の布団か何かに転がったような、不思議な感覚。温かい何かが胸の中に入り込んでくすぐってくるような、そんな気持ちになった。


「…あ、もう六時なんだ」


 ぼうっと時計を見上げていると、不意に時計が、時を告げる鐘を鳴らした。ゴーン、ゴーンとなるその音に我に返った私は、時刻が朝の六時を廻ったことに気がついた。


 まだじっくりと時計を眺めていたいような名残惜しさはある。しかし、もう誰かが起きだしてきて、此処を通りかかっても不思議ではない時刻だ。

 流石に私も、この家に十六年暮らしているレヴィアが、ある日突然自宅の時計に見惚れていたりすれば驚くし、訝しがられる事は容易に想像できる。出来ればそれは避けたいので、移動することにした。


 さて、移動しようとは思うが、何処に行くべきかが悩みどころなのだが。


「んー…何処に行ってみよう…確か、ゲームマップだとあっちがリビングだったと思うんだけど…」


 玄関ホールに降りてきて、右と左を見比べた。確かに、ゲームマップの記憶を引っ張りだせば、ある程度主要な部屋の場所くらいの検討はつけられる。だが、ここはゲームではなく現実なのだ。ゲームでは唯の飾り扉のような壁の模様の一部だった所にも部屋はあるし、ゲームでは必要のなかったトイレだって必要なわけで――幸い、トイレには親切にも『WC』マークがついていたためすぐに見つける事が出来、自宅でトイレが見つからずに失禁するという失態は何とか避けられたが――、いろいろと違いがある為、正直ボロが出そうで困る。物語を完結させるためにも、ゲームマップ以外の情報をきちんと集めないといけない。頑張らなければ。


 そうして意気込んで歩いていると不意に良い匂いを感じ、スンスンと鼻が反応する。次いで、クウッと小さく腹の虫も。


「朝ごはんの準備をしてるのかな?」


 匂いを辿っていくと、廊下の突き当たりにあるドアから漏れ出して来ているのが分かった。どうやら此処がこの家の厨房のようだ。


 こちらの世界の母親は一体どんな料理を作っているのだろうと気になり、私はこっそりと中を覗き込むことにした。そして、目に飛び込んできた光景に暫く脳が追いつかず、呆然と見つめるしかできなくなるのだった。



 シンクの前で動く人物。そのスカートの腰のあたりに、ふさふさとした尻尾が揺れている。鼻歌交じりにクルリと振り向いたその顔は、人間の平坦なそれではなく、ツンとしたマズルが伸びた犬のそれ。半分耳が垂れていて、何と言うか凄くコリーっぽい。こちらの姿を認めて、驚いたように瞳をぱちくりと瞬かせているその姿は、立ち姿こそ人間とあまり変わらないが、獣人といったら良いのだろうか。


 料理をするのは母親だろうという先入観を持っていたのだが、明らかにあの人物は私の…レヴィアの母親ではなさそうである。これは、使用人というやつなのだろうか?

 レヴィアの父はやり手実業家という設定があったと記憶しているし、使用人の一人や二人、雇っていてもおかしくない広さの家ではあるのだが。正直、一般家庭ではお目に掛かる事も無いため度肝を抜かれた。いや、そもそも、この世界で初めて遭遇したのが獣人だったということがかなりインパクトがありすぎた。


「おはようございます、お嬢さん。今日は随分とお早いお目覚めなのですね?」


 度肝を抜かれて固まっていると、料理の手が止まった彼女の口から、柔らかな声で疑問が投げられた。思いっきりファンタジーである。ついでに、彼女の後ろに見える竈の中に、ちらりとヤモリのような生き物が動いているようにも見えたのだが、気のせいだろうか。


 それにしても、舌の構造的に人間と同じように流暢な話し方が出来るのが、とても不思議だ。向こうの世界だったらありえないし、やはりファンタジーマジックとして受け入れるしかないのだろうか?

 …それにしても、今日は本当に現実逃避したくなるというか、脳の理解できるキャパシティーを超えた事だらけである。まだ、朝だというのに。


「あの…お嬢さん?どうされました?」

「え?!あ、いや、その、今日は早く目が覚めてしまって。」


 いろいろと考えていたら返事が遅れてしまい、心配そうな顔で、また尋ねられてしまった。…本当は、この世界で初めての会話になる訳で、自然に行こうと思っていたのだが、反応が遅れて盛大にどもってしまった。こんなところに引き籠りの影響が出なくてもいいのに…と、少々自分が恨めしい。


「そうでしたか。あいにく直ぐにご用意できるのはお水だけなのですが、お飲みになりますか?」

「あ、はい。丁度喉が渇いていたので、頂きます」


 今度は何とか、思ったよりもスラスラと答える事が出来たと思う。

 え?ちっともスラスラになっていない?…申し訳ない、これでも頑張っている方なのだ。言葉や返事の前に『あ』という音や『…』という間がくっついてしまうのは大目に見てくれたら嬉しい。誰かと話すということは難しくて、どうにも口と脳がシンクロしてくれないのだ。ワンテンポ遅れてもどかしい限りである。いつか、治ればいいのだが…。


さて。私の返事を聞くと、獣人の彼女はにこりと微笑み――だと思われる表情を浮かべ――、水を注いだグラスをそっと渡してくれた。その時私が思ったのは、あ…手は肉球じゃなくて人間よりなんだ…と言う割とどうでもいい内容だった。

読んでくださりありがとうございます。

ブックマーク及び評価など、励みになります。


今のところ、書いて、読んで、直して、加筆して…と、亀速度で執筆しています。

書きためはありませんが、ゆっくり次話も進めていますので、次回の更新も読んでいただければとても嬉しいです。

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