2私は『私』を知っていました
携帯で確認したら読みにくかったので、少し行間を開けてみる事にしました…。
私にはやり込んでいたものがあった。それは、『ルーンスフィア~暁の魔王と宵月の女神~』というタイトルの、オフラインRPGだ。
このゲームはルーンスフィアと呼ばれる異世界で繰り広げられる冒険ファンタジーで、やり込み要素が多いのが魅力的だった。
冒険ファンタジーであるだけに、大まかなストーリーをクリアしていくのがメインにはなる。しかし、採取や合成、釣りや農業を含む生産活動もあるし、装備で見た目も変更可能だったりと、とても奥が深いゲームなのだ。
このゲーム、例えストーリーをクリアし終わってもいろいろな楽しみ方が出来る。
メインキャラクターを自分好みのステータス配分にして楽しむも良し。好みのスキルもプレイ次第では取得出来るので、それで最強を目指したり、パーティ編成をテイムしたモンスターで統一してモフモフハーレムを楽しむことだって出来る。
冒険者組合にはランダムに納品などのサブクエストが出続けるので、所持金を限界まで増やすことを目標としてもいいし、稼いだお金で購入した牧場で、生産や加工をしながら、のんびりお金稼ぎするような農業の真似事だって出来るなど、むしろクリア後に自分だけのスタイルでプレイするのが醍醐味だとさえ思えるゲームである。
そんなゲームだったが故に、いろいろあって引き籠っていた私は、とにかくこのゲームにのめり込んでいた。
完全攻略な攻略本やファンブックも――ネットを使って――購入したし、何度も何度も繰り返し、飽きずに新しいデータを作成していろいろなステータス配分やスキル構成でプレイする位にはやり込んでいたので、今ではストーリーに関わりのあるキャラクターに関しては、その役回りや属性なども把握しているほどだ。
さて。長くなってしまったが、何故、鏡の中の『私』と対峙しながらそんなゲームの話を思い出しているかと言えば、だ。奇しくも目の前に映っているこの姿が、その中の登場人物の一人に、容姿がとても――服装の趣きや外見年齢に至るまで――酷似していたからである。
その人物は、ゲームの序盤に出てくる少々高飛車な性格の少女で、名前は、レヴィア・Y・ローズという。主人公の引っ越してくる町の、商家の跡取り娘という設定があった。また、その容姿は町で五本の指に入るといわれており、それが影響しているかは定かではないが、少々人を見下したような言動をとるキャラクターだった。そんな彼女はメインストーリーの序盤…旅立ちに関わる重要な役割を担っていた。
このレヴィアというキャラクターは、主人公の性別がどちらであっても関わりがあるが、主人公の性別によって少し立ち位置が異なる。
プレイヤーが男主人公を選択したときは、引っ越してきた主人公に一目ぼれするキャラクターとしてレヴィアは描かれる。しかし、主人公は彼女の幼馴染であるヒロイン――見た目は女主人公――と仲良くなっていくため、それに嫉妬した彼女はヒロインに嫌がらせをするようになっていく。
女主人公を選択したときは、レヴィアの幼馴染であり許婚の少年――見た目は男主人公――が、主人公に惹かれていることに気がついき、レヴィアは主人公を目の敵にするようになっていくのである。
その後レヴィアは主人公たちに抱いた嫉妬心から悪魔を召喚してしまい、取り憑かれてしまう事になる。そして現れるのが、最初のボスモンスターの『嫉妬の卵・レヴィア』だ。
嫉妬に狂い我を失ったレヴィアは暴れまわり、森や町の一部を破壊する。そして、嫉妬の矛先である、自身の前に立ちはだかった主人公たちに襲いかかり、そのまま倒されることになるのだ。
嫉妬が彼女の運命を破滅へと導き、そしてその行動が、二人の絆を強くする橋渡しとなる結果になってしまったという、ある意味不憫な始まりのボス。それが、彼女に与えられた役割である。
ちなみにファンブックによると、その名前の由来からして嫉妬に深く関わるキャラクターだと臭わされていることが分かる。大罪の一柱である嫉妬の悪魔と、嫉妬が花言葉である黄色の薔薇の名を冠しているのだから。
閑話休題。
もし、鏡に映るこの姿が他人の空似などではなく、本当にルーンスフィアの世界に転生したという考察が正しいのであれば、だ。この子…いや、『私』の名前ははレヴィア・Y・ローズ。主人公の最初の踏み台であるボスキャラクターということになる。つまりは、このままいけば他殺確定の死にキャラである。
そこまで考えて、自分にとってそう悪い事態ではないと理解し、私は安堵した。
何の手違いか神の悪戯か転生してしまったことは想定外だったが、自殺が他殺に変わるだけのこと。むしろ、死に場所を与えられたのだと喜んでもいい。レヴィアとして生きていれば自然と人生に幕を引くことができるのだから。
ポジティブに考えてしまえば、これから出会うであろうヒロイン――もしくは女主人公のように町に越してくる(来た)人物――の事さえ、ちまちまと妨害や嫌がらせをしていけばいい。それだけで面倒な準備や計画を立てる必要性すら無くなるのだ。
そもそもこの異世界で、高濃度のヘリウムガスなんて入手できるかも不明であるし、都合良く毒草や毒茸が手に入るとも限らない――もしかすると植生そのものががらりと変わっている可能性も考えられる――のだ。確実に死ねるルートなら大歓迎である。
どの道、こうして転生することもなく、元の世界で障害を負って生きることになった可能性もあったのだ。ならば、精一杯演じてみようじゃないか。レヴィア・Y・ローズとしての生き様――死に様――を。
さて、そうと決まれば、こうしてぼんやりと物思いに耽ってばかりもいられない。まずは行動に移るべきだ。さしあたっては、本当に私がレヴィアであるのかを確認しなければならないだろう。確認の取れた後は、この町に住む幼馴染を探そう。主人公の性別で立ち位置が変わるのだから、把握するに越したことはないだろう。…もっとも、最初の一つはあっけなく解決することになるのだが。
「よし、まずは行動すべし!」
そう意気込んで、ベッドの脇に畳んで用意されていた洋服に袖を――着なれないタイプの洋服に多少苦戦しつつ――通し、意気込んでドアを引いた私。その眼前に、ドアに掛けられたプレートが勢いよく迫りぶつかりそうになった。冷や汗を拭いながら、其処に刻まれた文字を確認して、私は少し戸惑いを隠せなかった。
「うわぁ…新設設定なのか、ベタなのか…」
ご親切にも『レヴィアの部屋』と刻まれたそれ。果たしてツッコミを入れるべきか、素直に喜んでおくべきか、それとも呆れたら良いのか。無事に確認できたことは喜ばしい。喜ばしいのだが、何というか呆気なさ過ぎて複雑な気分である。
…そう言えば、ゲームでもシナリオに関わりのありそうな人物の部屋は、ドアを調べれば『○○の部屋』と表示されていたか…。思えばあれは、こういったプレートが下げられていたのかも知れないな、と早くもプチ逃避をしそうになった。
気分は置いておくとして、何はともあれ目的の一つは解決された訳だ。私は気を取り直し、部屋の外へ一歩足を踏み出した。
…後から思えば、この時のこの選択から、運命の歯車が変わり始めてしまったのだろうが、この時の私がそんなことを知る由も、知るすべも無いのであった。