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二度目でも、ファーストキス  作者: 小織 舞(こおり まい)
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その4

2016.11.14 描写が不十分だった箇所を追補。

 山賊を退治したと思ったら、ギルドメンバーの皆はさっさと立ち去ってしまった。“すめらぎ”さんが“あゆむ”さんに問い詰めていた通り、近くで私たちの様子を見ていたのかもしれない……。そう考えると羞恥心で茹で上がりそうだが、大丈夫、今の私は鎧武者だった。恥ずかしさは顔に出ない。


「えっと……」

『………………』

「解散、しますかね……」

『えっ』

「お昼どき、ですし……」


 居心地悪そうに紡がれた言葉に思わず愕然とする。うつむき加減の“皇”さんの表情は、二メートルの位置から見下ろすこの視界からはよく分からない。せめてどうか、名残惜しみながらの言葉であってほしい。だってこのまま別れてしまったら、午後からは二人にはなれない……!


(自分から誘えばいいじゃない、まだ一緒にいたいですって……。ああ、でも……)


 その勇気が出ない。その一言が喉に張り付いて出てこない……。身勝手なのは承知の上で、それでも“皇”さん……、いえ、さつきさんから誘ってほしい……!


「それじゃあ、また……。二時、でしたよね」

『あ! あの……』

「はい?」

『えっと……』


(言わなくちゃ……言わなくちゃ……!)


 沈黙が続いてしまう……。手持ち無沙汰に無骨な指をいじり倒す。


「“刀匠”さん」

『はいっ!?』

「……夜、少しだけオレに付き合ってくれませんか」


(そんな! 今、私に「付き合って」って!? ……違いますよね~。分かってます、はい)


『良いですよ。何時にしましょうか』

「明日があるから、八時半に、“大樹の街”で」

『……はい、分かりました』

「それじゃあ、また後で」

『はい、ありがとうございました』

「………………」


 街と街とを繋ぐゲートの前で別れて、“皇”さんから“ゲート”をくぐっていった。手を振る“皇”さんに、鎧のごつい手で振り返す。


(それにしても“大樹の街”って、初心者のスタート地点じゃないですか。確かにそこもハロウィーン仕様にはなっているでしょうけど、大して見る場所もない、小さな街なのに、どうして……?)


 思い当たるのは、そこは初心者がレベルアップしやすいようにモンスターの“ポップ”ポイントが多く設置されているということだ。つまり、さっきの戦闘で浮き彫りになった、多数の敵を相手取ったときの戦い方を低レベルのモンスター相手に復習しようということなのだろう。


(な~んだ、結局は戦いのレクチャーなんですね。ちょっぴり期待してたのに……)


『皐さんの、ば~か……』


 誰にも聞こえないように、小さな声で、呟いた。






 午後も盛り上がりが衰えないハロウィーン・イベント、全員揃って射的に挑戦してみたり、お化け屋敷では脅かし役になって一般入場者を怖がらせてみたりした。元々のキャラクター造作が怖い“髑髏”さんなんかは、吸血鬼の格好が似合いすぎてお化け屋敷の外でも怖がられる始末。魔女である私やケットシーの白雉猫“歩”さん、黒猫娘の“ルナ”さん、妖精の女の子の姿をした“アップル”さんは好意的に受け取られていたようだ。

 他にも、「お菓子集め」イベントの表彰式では、“ナインライヴズ”の名物プレイヤーにして私たちのギルマス“白銀しろがね”さんのライバル、“水の魔女”さんがギルドでの取得総数一位ということで、表彰台で挨拶していたりした。


 楽しい時間はあっという間に過ぎていくもので、午後の五時半、私たちは揃って手を振って別れた。結局、午後の集まりでは“皇”さんと一言も交わすことなく……。この後も、会えるといったら会えるけれども、ダンスに誘ってもらったわけでなし。


「はぁ……。どうして、まだ一緒にいたいって、言えなかったんでしょうか……。私のお馬鹿さん」


 鏡を覗き込む。そこに見えるのは今にも泣き出しそうな八の字の眉と歪んだ唇。

 自分の不甲斐なさのせいだと分かっていても、ロマンチックな期待をしていた心には、「本日の戦闘へのダメ出し+戦闘訓練」は悲しすぎた。


 鏡の中の自分と掌を重ねる。口に出すべき言葉はたった一つ。


「好きです……皐さん……」


 ずっと言えないでいるこの気持ちも、きっと、いつかは……。

 勇気を出して。涙は仕舞いこんで。


「さぁ、もう、行きましょう」


 私はいつも通り寝る支度を済ませてからベッドにVRキットを広げた。ヘッドセットを装着する。眼鏡に似た薄い透過フィルムを装着すると、よくしなる硬質の形状記憶素材で出来たブランチが三本、フィルムから繋がっているそれらが髪の毛を掻き分けて、脳への刺激を伝えるための場所に収まる。小型マイクも小型スピーカーも所定の位置に収まった。首を痛めないような姿勢で横になって、キットを起動すれば、次に目に入ってくる世界は仮想現実だ。

 幻脳海げんのうかいのホームに辿り着くと、どこか懐かしく温かい、ポーンと響く音がする。目を開けるとそこは横幅も奥行きも、二メートルもない小さな部屋だ。どっしりとした茶色のじゅうたん、臙脂えんじ色の凸凹のある壁紙、窓のない代わりに一幅いっぷく飾られているのは湖畔を描いた油絵、一枚のミルク色の扉とその横にはピンク色の椅子とちょこんと首を傾げたテディベア。赤いベルベットのリボンを巻いている。このリボンは私が祖母に貰って大切にしていた物だ。


 私のホームのインターフェースは、この小さな熊のぬいぐるみだ。音声は祖母を思い出させてくれるような、温かみのある女性の合成音声だ。設定通りに今日も私を迎えてくれる。


『おかえりなさい、あずさ。何かわたしにして欲しいことはある?』

「……こんばんは。“ナインライヴズ”へ繋げてもらえますか?」

『もちろん、喜んで。いってらっしゃい、気をつけてね』

「はい、行って参ります」


 いつものやりとりをして、扉をくぐると、今度は“ナインライヴズ”の拠点ホームへ立っていた。私のホーム、私の店、私の大切な場所。今日の店の履歴に目を通して、在庫の確認と明日の業務予定の修正、優先入手リストも二、三入れ替える。


「ふむ。順調ですね……」


 これで気分もスッキリと、特訓に打ち込むことが出来る。ちなみに「順調」とは決して上手く行っているというわけではないので、何か目新しいことを探さないと店の売り上げが落ちそうというだなぁという嫌な予測を指している。


「いっそ恋愛運上昇などのアイテムがあれば売り上げも……うん、あったらそれ、私が使いたいですね!」


 良いアイデアは出なかった!


 時間になって“大樹の街”へ向かう。一つしかない広場は人通りも少なく、すぐに彼を見つけることが出来た。夜でも目立つ白金色の髪の毛、捻れた角。……角!?


(どうして……どうして仮装のままなんですか?)


 鎧武者の姿でここまで来てしまったことにあわてふためき、私は急いで魔鎧まがいを外そうとした。そこへ運悪く“皇”さんが振り向く。


「…………“刀匠”さん!?」

『……はい。こんばんは』

「こんばんは……。えっと、え? 何でゴーレム被ってんのか聞いてもいいですか?」

『長く……なるので……』

「……そう、ですか」

『……はい』


(呆れられたぁぁぁ! 絶対に呆れられてしまいました!! うわ~ん、私のばかばかばかばか!)


『脱いでもいいですかっ?』

「どうぞどうぞ」

『どうも……』


 むしろいっそ消えてしまいたい衝動に駆られつつも、私は鎧を脱いで“皇”さんの隣にちょこんと腰掛けた。ちょこんと腰を置いたのは、これ以上恥ずかしい出来事が起こったらすぐさまこの場から逃げるためであり、他意はない。それよりも今すぐダッシュしたい。あと、うっかり口が滑らないように舌を噛みちぎっておくのも良いかもしれない。


「……えっと、いい夜ですね」

「……そうですね」

「ここ、星がよく見えるんですよ。月が、隠れるから……」

「え?」

「この街からは月が見えないようになってるんです。ほら、ここ“大樹の街”だから、どの場所から見上げても、枝が空を遮って、隙間からは星しか見えないように設計されてるんだって聞きました」

「すごい……初耳です。物知りなんですね」

「……たまたま。受け売りだから」

「あ、ここにも音楽が流れてくるんですね。素敵……」


 遠くからタンゴの軽快な音楽が聞こえる。私は今までの恥ずかしさを他所に置くことにして、そのリズムに耳を傾けた。


「ダンスとか、やったことないんで分かんないです、オレ……」

「あら。やってみれば、楽しいかもしれませんよ?」

「えっ……」

「ダンスは体だけじゃなくて、心を添わせるものなんですって。信頼すること、でもそれに甘えて流されないことだって、祖母が言っていました。長年やっていると、踊らなくても、側に立つだけで、相手の気持ちが手に取るように分かるのですって」

「へぇ。それって何だか、すごく……」

「素敵でしょう? ……でもちょっと怖い」

「え?」

「心を覗かれてしまうのは、ちょっとだけ、怖いです……」

「……どうして?」


 私は詰まった。どう言ったら良いか分からなかったから。

 答え方は色々あると思う。「愛が覚めていたら嫌だ」とか、「不安になるから」とか……。でもそれは私の気持ちじゃない。私の答えじゃない。迷って迷って、頭を捻ってどうにか言葉を口にした。不思議と、口にしたそれが一番しっくりとくる気がした。


「そうですね……、見せたい部分と、心に持っているものは違うから……でしょうか」

「………………」

「心で考えていることはたくさんあります。けど、その中で相手に伝えたいことって、心にあるもの全てとは違う気がするんです。ふふ、多分、良く見られたいんですね……。ズルいのかも、しれません」

「……ズルじゃない。よく見られたいのは誰でも一緒ですよ。オレだって、好きな人には、自分のことをよく見せたいし」

「すめら……」

「黙って」


 いつの間にか触れそうなほど近くに彼がいた。私の顎を持ち上げる右手の親指が唇を塞いでいる。彼の緑色の深い湖の中に映る私は、私に似ていて、私じゃない女の子だった。そっと、左手が耳たぶに触れ、私の髪を優しくいた。


「嫌だったら、押しのけて……」


 答える代わりに私は息を止めて目を閉じた。

 ちょん、と触れるだけの優しいキスが落とされる。さらりと額に触れる髪の毛の感触。唇の温かさ。

 紛い物の心臓が痛いくらいに脈打った。


「明日、帰るときに送ってくから……。絶対に、来いよ、あずさ……」

「!!」


 耳元で囁かれた名前にうっかり心臓が止まった。

 震える両手で、顔を覆った。涙は出ない。出ないけれど、きっと私は泣いている……。


『警告します。血圧、心拍が急上昇しています。メディカルチェックを実行しますか?』

「……必要、ないです。……ああ、死んでしまいそう」

『救急車を呼びますか?』

「……いいえ、いりません。大丈夫です」


 ふわふわして、浮いた心地のままに私は警告を聞き流した。もうこのまま寝てしまっても構わない気になる。涙もキスも全て溶かして、甘やかな夢の中に沈んでしまいたい……。






『梓…………』


 どこからか、皐さんの呼ぶ声がする……。どこ……? どこにいるの……?


『梓……』


 肩に置かれる手、その重みと温もりが私の心を喜びに震わせる。振り返ると、色素の薄い猫のようにつり上がった目が私を捉える。笑うと温かく緩むその目が好き……。


『梓……、早く……』

「なぁに……?」


 手を伸ばして。

 彼を捕まえようとした。 


「……梓様、もう起きられませんと、お時間に間に合いませんぞ?」

「………………ほあっ!?」


(い、今のは……まさか、夢っ!?)


 無情にも、飛び起きた私の耳に入ってくるのは、いつもの笹本の声だった。


「さあ、朝御飯の用意はできておりますよ。さあ……」

「ああ……、ありがとう、笹本」

「本日のお召し物は全て整っております。 もしもお取り替えでしたら、お早めに……」

「ええ、ありがとう。まずは顔を洗ってきますね……」

「はい」


 夢の中なら皐さんに抱きついても頬擦りしても許されるというのに、あとちょっとのところでそれを逃すなんて……。


「もったいないです……もったいなかったですっ! ああっ、皐さん!!」

「お、お嬢様……?」


 私の声にすぐ側に立っていた新人のメイドが驚いたような声を上げる。そんなどうでも良いことは無視して私は鏡を割る勢いで手を叩き付けた。乱れた髪の毛をした寝起きの自分を睨みつける。


 そもそも。そもそもVRでキスしたのは、本当のことだったのだろうか? それとも、それすら夢? 都合の良い幻だったのだろうか?


(いいえ……いいえいいえ! あれは本当にあった出来事です! そうに違いありませんっ! とすれば私は初めてのキスを皐さんと……!)


「きゃあああああっ!!」


 感極まって叫び声を上げると、背後で何かをひっくり返したような破壊音がした。


「お、お嬢様!? 大変です、笹本さん!」

「皐さん皐さん皐さん皐さん皐さーん!」

「落ち着きなさい。大丈夫、いつもの発作です」

「え……えぇっ!?」


(そうそう、いつもの病気が出ただけですからね。慌てることないですよ、新人メイドさん。笹本……グッジョブです!)


「ああっ、皐さんっ!」


 ボケをやるのはそこまでにしておいて、私はオフ会に出かける支度をした。幻脳海で人気の、“ナインライヴズ”の“コスチューム”そっくりに仕立てられるというのが売りの店で魔女の衣装を注文していたのだ。大きな変更点は一つ、スカート丈だ。

 ここは重要だ。ゲームのままの長さでは、座ったり立ったりも気を遣わせてしまうから、膝が隠れるくらいまでにしてもらった。髪の毛を緩く巻いて、キープするために整髪剤を吹き付ける。


「……完璧、です」


 魔女の衣装に力を貰おう。


(皐さんの顔を見ても、いつも通りでいられますように……!)

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