その3
2016.11.14 誤字、表記揺れ及び不自然な表現を訂正。
ついに来てしまったハロウィーン前日の土曜日。いつもよりも長めのメンテナンスのため、午前二時から朝の八時まで“ナインライヴズ”には入場できない。「年越しオールナイト」のイベント、「夏休みの花火大会」のイベントに並んで、普段はゲームをしない一般人、つまりアカウントを持っていない人まで招待コードで入場出来る「ハロウィーン・ナイト」イベントは本当に大掛かりなものだ。
人気アイドルグループによるライヴ、大手企業による新商品のPR、ゲーム関連商品の販売配達など、プレイヤーとしてもそうでなくても楽しめる。動員数は数千万人とも囁かれるこのイベント、処理速度は落ちてもパンクしないところは、さすが最大手。実は政府による国家運営のシミュレーション用にあるのじゃないかともっぱらの噂だ。
それはさておき。私は今日の“コスチューム”をもう一度確かめた。肘までを覆うカボチャ色の手袋、同じくカボチャ色のノースリーブの開襟シャツは短めでおへそが見えている。Aラインスカートの裾は黒のレースで縁取られ、膝から脚の付け根までの丁度中間という下着が見えるか見えないかギリギリのラインだけれども、これもゲームだからこそ出来るオシャレの楽しみ方だと言える。現実にはこんなの恥ずかしくて履けないから。とはいえゲームでも配慮はある。足首まである黒マントがお尻を隠してくれるので動き回ってもうっかり見られる心配はないのだ。
頭にはカボチャのワンポイントが付いた黒の帽子(カボチャ色のリボンを巻いてある)。腰にはコウモリを模したチャームを繋げたファッションベルト、足元は襟ぐりの大きなショートブーツ(ただしヒールはない)。網タイツが大人っぽさを、ペットの黒猫がチャーミングさを、紫のグラデーションに変えた髪の毛が妖艶さを醸し出している……ハズ……。
メイクは綺麗めより可愛さ重視、唇は「食べちゃいたくなるチェリーピンク」を指定。キラキラした雲を生む“無意味効果”を付加した菷型魔杖を手にして、完璧な魔女を演出している。
「完璧です……。今日は鎧武者にはなりませんよ~。こんな可愛いアバターを見たら、きっと皐さんだって私を好きになるハズですよね! 中身が多少アレでもラッピングで勝負です!」
「自分で言ってて悲しくならないか……?」
「あ、“歩”さん、おはようございます。もう来ていらっしゃったんですね」
「おはよう、“刀匠”さん。往来でリアルネームはまずいんじゃないかと思うけど」
「ああっ、ごめんなさい、つい……。気を付けますね」
「うん。まぁ、多分大丈夫だろ」
イベント会場には多くの人々が入場していて、ランダムに表示されるはずの通行人が最大数まで埋まっている。登録してあるプレイヤー・キャラクターは問題なく表示されるので、皆がここに集まるのもそう長くはかからないだろう。
「“歩”さん、お似合いですね~」
「“刀匠”さんもな」
照れた表情で微笑む“歩”さん。中性的な顔立ちや柔らかいハスキーヴォイスはVRでも変わらない。ハロウィーンらしく頬にもラメがかかっていたりして可愛さに磨きがかかっている。白っぽい毛に灰色の筋が入った雉猫風の猫耳と尻尾、手袋もきちんと猫の手だ。結構ごつい首輪をしており、それに合わせたパンク風のタンクトップと網の目状のトップス、短パン姿。ブーツは厳ついけれど白のカラーリングによってその険しさが打ち消されている。……同じケットシーで女の子用でも全く問題ないように見える。言ったら怒られるから、言わないけれど。
そのうちに全員が揃った。可憐なフェアリー姿を披露する毒舌美少女“アップル”さん(中身は銀行マン)とジャック・オー・ランタンの格好をした中年の人斬り侍“武蔵”さん(中身は女子高生)が喧嘩を始めたり、男の子キャラクターである“クロス”さんがバニー娘ちゃんスタイルで現われちゃったりと賑やかなハプニングはあったけれど、それ以外はスムーズに開会式に移行出来た。花火の打ち上がる中での開会式は、サプライズで若手の俳優が現われて挨拶したりと大盛り上がりだった。TVでも放映される予定らしい。
予てからの取り決めで、午前中は思い思いに別れて行動し、昼休憩を挟んで二時からまたここに集まって全員で見て回ろうということになっていた。
皆と楽しそうに喋っている“皇”さんを盗み見る。今日の彼は悪魔の出で立ちで、逆立てた白金の髪の毛からは赤黒い捻れた角が生えている。黒い革のトップスは喉まで覆うタートルネックでありながら袖を落としたパンク風で、鎖骨と背中に穴があるのが艶かしくて素敵だ。肩甲骨から生えたコウモリの羽根は本物そっくりに時々羽ばたくし、しなやかな尻尾も硬質的な輝きがあって……触りたい! ゆらゆらしてるあの尻尾に触ってみたいッ! でもそうするとあのキュッと引き締まったお尻や、ホットパンツとロングブーツの間の黄金地帯にも手を伸ばしたくなってしまう!
(耐えて梓っ、そんなことしちゃったら痴女確定よっ!? 皐さんに嫌われたら生きていけないわ!)
手を伸ばしたい欲求を必死で耐えていると、もうおしゃべりは終わったのか、“皇”さんが私に手を振りながらこちらへ向かってきた。
「お待たせしました。もう、別れて見て回ろうって話になったんで……」
「はい……」
「じゃあ、行きましょうか」
「はい!」
そっと差し出される手。私が恐る恐る掌を重ねると、ギュッと握られた。
温かい……。
感じるハズのない体温が、触れる手の質感が、私を淡く酔いしれさせる。ここが“幻夢”だということをついつい、忘れてしまいそうだ。
この体からは鼓動も、呼吸音さえ聞こえてこない作り物なのに。触れる以上のことは出来ないのに。それでも脳へ送られた誤信号から即座にフィードバックされる“幻夢”がもたらしてくれるものは紛れもなく幸福感だった。
(皐さんが好き……。笑った顔も、すねた顔も、声も言葉も何もかも。触れたい。もっと近くに……)
でも、リアルの私はそれが怖い。楽しい皆でのおしゃべりの中に、私が割って入ってそれが壊れてしまったらと想像すると、心臓が冷たい氷で貫かれてしまったみたいに何も出来なくなる。壊したくないから、嫌われたくないから、私は輪の外で愛想笑いをしていた方がずっと良い。それが私だから。そうしているのがお似合いなんだから……。
握られた右手を、そっと外そうとすると、もう一度ギュッと握りこまれて密着度が増した。
「!」
「……今だけ。今はオレと、ハロウィーンのイベントのことだけ、考えててください」
「っ!!」
VRで良かった。
鼻血も出ないし、汗も噴き出さないし。
今の出来事は心のアルバムに大切に保存しておいて後から思い出してはベッドで転がることにしよう、そうしよう。
実際の私は無言で頷くことしか出来なかったけれど、彼は笑って私の手を引いた。なすがままに連れまわされて、へんてこな展示物や、縁日さながらの出店を楽しんだ。頭の中は彼のことでいっぱいで、それがとても幸せで、もうこれでこのまま死んでしまっても良いとさえ思えた。
「あー、おなか減ってきますね、こんな所にいると」
「ふふ、そうですね。美味しそうな匂い……」
ちょうど昼の鐘が鳴って、通りがかったのは食事どころの多い区画だった。人はまばらで、私たちは少し開けた角で立ち止まった。白い漆喰の塗られた建物の先、坂道を下ればそこには海が広がっている。ぼんやりと眺めるには最適の風景だ。そう言えばこの区画には引退したプレイヤーが自分の名を刻むというお墓もあるのだったか。
「こんなにリアルに匂いだけ再現しておいて、味が全然しないなんて、悪魔の所業ですよね」
悪魔の格好をした“皇”さんが不満げに唇をすぼめる。
「そうですね。でも、味まで感じられたら、ログアウトするのを忘れてしまいそうです」
「それもそうですね。ああ、でも、ミートソースの匂いもするし、あっちの牛串は美味しそうだしで昼メシに何食べようか迷います。これで出てくるのがうどんだったら嫌だな……。メシは外で食べるってメールしとけばよかったですよ」
「ふふふ。そればっかりはどうしようもありませんね。私はドネルケバブの屋台を見つけてしまってから、どこへ行けばあったかしらとそればっかり考えています」
「ああ~、ホットドッグもケバブも食べたい! やっぱり人が多くてもいいから途中で引き返しておくんだった」
「じゃあ、そろそろログアウトしてお昼にしましょうか」
「そうですね、じゃあ……」
「そうはさせるかぁ!」
ひとしきり美味しいものの話で盛り上がっていた私たちを取り囲むようにして、五人の男たちが現れた。ゲームの中だからか造作は整っているのに、どこもかしこもトゲトゲの防具に身を包んだ彼らは立派な山賊……噂に聞く世紀末覇者に出てくるヤラレ役といった感がある。
「なんだ、お前たちはっ!」
“皇”さんが、後ろ手に私を庇って僅かに後退する。背中が壁に付くくらいまで追い詰められ、男たちは下卑た笑いを浮かべながら輪を狭めてくる。
(……かっ、こいいぃ! 格好良いです、皐さん! しかもこんな三文芝居に付き合って差し上げるなんて、すごくお優しいんですね……)
微笑ましくやり取りを見守っていると、何だか不穏な言葉が聞こえてくる。しかも、手に手に得物まで構え出すではないか……!
「女連れでいいご身分だなぁ色男……! だが、そのすかした面ぁ殴らせてもらうぜ」
「俺たちをコケにした奴ぁ、泣くまでどつき回してやる!」
「そうだそうだ! この、“ハゲ鷲め”!」
“ハゲ鷲”……! それは“皇”さんにつけられた渾名で、値切る際には際限なく値切ったり、ギルドに“寄生”しようとするズルいプレイヤーに対して「アイテムと通貨を全部渡すなら考えてやる」と言って諦めさせようとすることから陰でそう呼ばれるようになってしまったのだそうだ。まさか、売買のトラブル……?
「待ってください、“皇”さんが何をしたというのですか? 何か誤解があるのかもしれません、話し合いましょう?」
「“刀匠”さん……」
「話し合いだぁ? そんなんじゃ納得しねぇ! こいつは……こいつはなぁ……!」
怒りに肩を震わせるリーダーらしき男の言葉を待つ。男は芝居がかった大きな手振りをすると、人差し指を“皇”さんに突きつけた。
「こいつは、俺たちが新人相手に“ポーション”を三倍の値段で売り付けようとしていたのを邪魔したんだ!!」
「…………はぁ?」
「おまけに、ぐだぐだ煩い新人をPKしようとしたところをキチ○イ侍を宛がって俺たちをPKさせたんだ! 許せねぇ!」
「バッサバサ斬られてるのを指差して笑いやがってぇ!」
……それはつまり、迷惑行為を止めさせようとしたらこの人たちが襲いかかってきて、逆に武蔵さんが斬り捨てたと? HPが0になるまで攻撃した武蔵さんは確かにキチ○イかもしれないが、これって明らかに八つ当たり……。しかも“リターン”で逃げられない街中で襲ってくるなんて、タチが悪いですね……!
「“皇”さんは……悪くないじゃないですか! それを八つ当たりで…………許せません!」
「お? 許せないならどうしようってんだ? お嬢ちゃん?」
「…………シフト……バトルモード……」
「と、“刀匠”さんっ?」
『スイッチ! 魔鎧装着、ランスロット!!』
「うおっ、なんだ!?」
「やべぇ、ゴーレムだぁ……!」
『……叩きのめす……!』
待機させていた鎧ゴーレムがあっという間に私を包み込み、ずっしりした図体の鎧武者が顕現した。五人まとめてはちょっと厳しいが、“皇”さんが援護射撃してくれれば追い払うことは出来る。こんなことで“ポーション”は使いたくないけれど、いざとなったら……何を使ってでも勝つしかない!
「あわてんな! 囲んで殴れば怖くないだろ」
「そうだ、いつも通りのフォーメーションを組むぜ!」
(手馴れている上に、落ち着きを取り戻してしまいましたね……)
『援護を!』
「……オッケー。無理しないでくださいよっ、と!」
銃を取り出した“皇”さんがすかさず《抜き打ち》による威嚇射撃を放つ。それを避けた男たちが距離を取ってこちらを囲む。剣と盾の軽装戦士二人、回復役らしい神官戦士一人が一塊に、“壁”役の盾使いとガンナーの中でもアタック強化職、魔砲使いとが一塊になっている。三人組で私たちを囲んで、遠くから魔砲で削るつもりなんだろう。
(山賊のクセに、結構強そうじゃないですかぁ!)
焦りは禁物、私は深く呼吸した。
最近になって戦闘に必要なスキルを覚えた私にとって、前衛で“壁”になるのにはまだ慣れていない。攻撃が当たったときのポコッと柔らかいもので叩かれるような“ショック”も心臓に悪いし、かと言ってその機能を外すとHPの減りをいちいち目視しないと気付かないうちに0になっているかもしれないし……。
「やっちまえ!」
「ひゃっはー!」
来る……!
後ろで“皇”さんが小さく呟いた。
「“刀匠”さん、一瞬、目ぇ閉じてください」
『え?』
カッと弾ける閃光。悲鳴が聞こえる。
山賊たちから視界を奪うという“皇”さんの作戦が図に当たったったようで、バッド・ステータス、“盲目”を付与するアイテム閃光弾の効果が覿面に効力を発揮していた。
(“皇”さんごめんなさい、私、《閃光耐性》あるの言ってなかったですね……)
“盲目”を与えてくるモンスターは少ないので、仲間が使用する際には目を瞑るなどして“盲目”を回避するプレイヤーは多い。私みたいに耐性がある方が稀なのだ。
“皇”さんがサブマシンガンに持ち替えて掃射するのに合わせて、私にも何か出来ないかとスキルやアイテムを探したけれど、この鎧武者は大剣による近接攻撃しか出来ないのだった。残念。
「このォ!!」
相手の切り札、魔砲がこちらを向く。めくら撃ちだろうか。こんな短時間で使えるようになるスキルじゃ、攻撃力は低いだろうが“皇”さんに当てるわけにはいかない……!
『“皇”さん……!』
その時、聞き覚えのある声が私の耳に届いた。
「……我が呪いで萎えよ、《腕萎え》」
「風よ吹きすさべ、地獄の雄たけびのごとく! 《インフェルノ・デス・ストーム》!!」
「ふはははは! 武蔵、見参!」
「爆弾ですぅ☆」
これは……地獄絵図!?
モンスターよりもモンスターらしい半分ミイラみたいな吸血鬼魔法使いと、中学二年生だから仕方がないのか妙な前口上を叫ぶ魔法使いの弟子(ただし、女装バニー)と、PKが大好きなジャック・オー・ランタン侍と、爆弾を投げつけてくる悪魔娘になすすべもなくやられていく山賊たち。本当に、どう見てもヤラレ役です、お疲れ様でした。
「“皇”、“刀匠”さん、間に合ってよかった」
『“歩”さん……』
「全員連れてきたのか。…………にしても、早すぎじゃね? まさか、ついてきてたのか!?」
「……あはは~」
「あはは、じゃねえよ、コイツ!」
“歩”さんの前でだけ口が悪くなる“皇”さん。“歩”さんの細い首に腕を回して締め上げている。男同士の友情に入っていけないのが少し寂しい……。
「片付いたみたいだね。二人だけだと苦戦するかと思って、余計なお世話かと思ったけど……」
「……無事で、良かった」
『“暁”さん、“白銀”さん! 来てくださってありがとうございます!』
鈍足だけれど頼りになる強化剣士と“最強の盾”である騎士も駆けつけて、憐れ山賊の勝ち目はこれで0となった。紙装甲のガンナー、近接攻撃オンリーの鎧武者を並べて、そこに足すのがBS付与がメインの魔法使い、攻撃魔術オンリーの魔法使い、補助魔法メインのプリンセス、紙装甲の侍、同じく紙装甲のアイテムピッチャー、攻撃手段のない紙装甲の癒し手にときたら、数で押していても不安が残るもの。メインのダメージディーラー二人がいて初めて、高位モンスターと渡り合えるのだ。
「ふはは、討ち取ったり!」
山賊程度には、やられたりしないけれどもね。
以下、別にいらない情報
スキル《腕萎え》=命中率30%低下。
特殊スキル《インフェルノ・デス・ストーム》=敵の最大HPの半分(端数切り上げ)に当たる数値までHPを減少させる。最大HPの半分(端数切り上げ)よりも残HPが少ない場合には無効。視界内の全敵対的存在に効果を適用する。
“閃光耐性”=BS“盲目”の効果を受けない。個別に設定しない限り、画面内で受ける光の明るさを一定に保つ。まぶしさを感じたくない人にオススメのスキル。
“盲目”=BS(バッドステータス=状態異常)の一つ。視界を奪われる。このBS保持者が攻撃を行う場合はフレンドリィファイアが適用される。もし味方に命中した場合は通常ダメージを算出すること。命中率低下、その他視界が奪われることによって引き起こされる不具合を全て適用。この効果は30秒続く。※視界が奪われることによって引き起こされる不具合の具体例……アイテム欄を開いてもどこに何を入れたか覚えてないと効果的に使えない。逆に覚えていれば通常通り使える。